十八節【痛みの解放】
体が動く。痛みも無い。あるのは多少の疲労感だけ。あれだけの傷を負っていたのに、本当に全て治っている。これは間違いなくあの力のお陰だ。道具も一切使わずに、一体どんな治療をしたのかはハッキリ分からないけれど……今の私なら凡その見当はつく。きっとあの人も……私と同じ。
サリア村の外壁に沿って、戦闘音が鳴り響いている方へと急ぐ。遠巻きでも家屋が激しく倒壊してる様が見てとれることから、未だ標的は健在。きっとまだ先生が一人で戦っている。
「(早く……早く……!)」
不意を突かれて怪我を負ったさっきまでとは違う。今なら先生の足手纏いになることもない筈――――
ドゴオオオォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!
突如激しい衝撃音がして、数十メートル先の外壁が崩れ落ちた。そこに獣の姿はない。瓦礫の中に見えたのは、戦闘用傭兵服に身を包んだクローディア先生の姿だった。
「遅かった……ッ!」
いくら先生といえども、長時間の単独戦闘は死のリスクが飛躍的に高まる。相手があんな化物なら猶更だ。
程なくして折り重なった爆発音が聞こえ、私は家屋の陰に身を潜めた。今度は一体何……!?
爆発のあった方から人影が一つ、崩れた外壁の方へと向かった。
「あれは…………グレン君!?」
間違いない、グレン君だ。獣に襲われて怪我を負った筈なのにどうしてここへ……!? いやそんなことよりも、今の爆発は……獣と戦っていたの……!?
頭の中が混乱に満ちて身動きが取れなくなった私は、そっと外壁の方を覗き見た。
先生を抱き抱えたグレン君はしばらく何かを叫んだ後、ゆっくりと項垂れた。
「先生が……そんな……」
力なく俯くグレン君の様子から、嫌でも察しがついてしまう。先生は…………殉職された。
それは私にとっても心痛むことだった。直接教えを受けた訳ではないけれど、厳しくも優しい教師の鑑の様な人だったからだ。……何より、グレン君の心境を思うと、胸が詰まって仕方なかった。
「……っ」
けど、今は切り替えなくちゃいけない。この絶望的な状況において、私に出来ること。それを為しに行こう。
私は家屋から身を乗り出し、獣の注意を引き付けようと村の通りへ躍り出た。数メートル先には煤に塗れ、頭部の姿が変わった獣がいた。恐怖心が無いと言えば嘘になる。だけどやるしかない。覚悟は決まったんだ。
「こっちだ!!!!!」
私はあらん限りの声量で叫んだ。獣に目があるかも、耳があるかも分からないけど、とにかく注意を引かなければ。そうすれば――――グレン君が逃げる隙を作れる……!
「あああああああああ!!!!!!!」
剣を引き抜き、獣へ突撃する。頭では分かっている。私は先生の様なプロに比べて、単なる傭兵見習いに過ぎない。そのプロが敵わない相手に、今立ち向かおうとしている。
きっと私も、ここで死ぬ。でも、それでも良いんだ。
大事な後輩が守れるなら、それで。
「■■■■■□□□■■■■」
獣は私を見ていなかった。まださっきの爆発のダメージが残っていて、身動きが取れないのかもしれない。今ならせめて、一矢報いることが出来るかもしれない。
剣を握る手に力を込める。握力で柄が変形したけど、今は気にしてる暇はない。
全身の力を使って地面を蹴り、出来る限りの跳躍をする。約十五メートル。ここから自重と重力を乗せた“突き”を放つ。
狙うは一点。三又に分かれた顔の中心――――!!!!
「はあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
勢いを全て乗せた突きが――――命中した。
瞬間。体が拉げた。
「――――――」
悲鳴の一つも上げることはなかった。数秒経ってようやく、体の左半分が潰されたことに気付いた。
失策だった。せめて一矢報いるなどという驕りが、全てをダメにした。
私の体は宙を舞い、小高い丘の上にあった教会の残骸に叩きつけられた。
「……………………ぁ……………………ぃ………………」
内臓も潰れている。脳か神経に異常をきたしたのか、痛みを感じない。
私は、このままただ静かに死を待つのみの肉塊となった。
まともな思考なんて働かない状態で、唯一意識を向けれたのがグレン君だった。
どうか今の一瞬で逃げ出してくれていたら、いいな。
体の感覚がなくなり、視界が赤黒く染まっていく。
役に立たない先輩で、ごめんね……。
意識が途切れる数舜、あるのは後悔ばかりだった。
*
オレは…………。
オレは、何の為に生まれたんだ?
なぁ、誰か教えてくれよ。
オレは何の為に生きればいいんだ?
教えてくれよ。
生きていくには腹が減るんだよ。
満たされねぇよ、いつまで経っても。
何にもねぇよ、オレには……。
なぁ、くれよ。
オマエの全てを以てして、オレを満たしてくれよ――――。
「……違う」
これは俺じゃない。
「殺■」
「違う」
「奪■」
「違う」
「全■喰■■」
「違う! うるさい! 俺に喋りかけるな!」
「殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■殺■」
俺は気が狂ったのだろうか。
それとも、元々壊れていたんだろうか。
父さんと母さんが死んだ。愛情を持って育ててくれていた。大切な家族だった。
クローディアが死んだ。身寄りのない俺を引き取ってくれた。俺の支えだった。
マリア先輩が死んだ。どうしようもない俺にも寄り添ってくれた。優しい人だった。
「全員死んだ」
「全員殺■■■」
誰に?
「■■□■■」
そうか。
「殺■」
そうだな。
「殺■」
ああ。
「殺■」
分かった。
「殺■」
「ははっ、グレン! 随分腕が上がったじゃないか!」
「まぁ! もう父さんに勝てるかもしれないわね!」
「おいおい! 俺もまだまだ現役だぞ! ……っとと!」
「ふふっ、そうね!」
「中間テストの結果が返って来たぞ。流石、私の自慢の弟だ」
「眠れないのか? しょうのない奴だ。こっちに来るといい」
「そうか……。これからは寂しくなるな。だがお前の決めたことだ、好きにするといい」
「グレン君って友達は多い? 少ない? ……ふふ、実は私も」
「ごめんなさい、もうドジはしないから許してね……」
「皆進むべき道が見えてるんだね。グレン君は? ……そっか、それも良いかもね」
記憶が流れ込んでくる。これがグレン・バークスの半生であり、もう取り返せない過去だ。
人が過去を失ったとしたら、一体そいつは何になるんだろうと考えていた。
これまで積み上げてきた物がなくなるわけだから、その時点でのそいつは空っぽになる。
ダンみたいな前向きな奴は、これからまた積み上げていけばいいとでも言うんだろうな。
だが俺は、どうやらこの事実に耐えられなかった様だ。
圧倒的な空虚感。世界から切り取られた空白の様な、形すらも曖昧な存在。それが俺だ。
だから俺は目を付けられた。互いの記憶を共有する奴に、喰い物にされた。
その結果、皆死んだ。過去から現在に至る俺も死んだ。殺されたんだ。
憎いさ。だがそれよりも、酷く悲しい。どうしてこんな事になったのか、果たしてこれは俺自身が招いた結果なのか。もうやり直しはきかないのか。
誰も答えちゃくれない。そもそも、誰も答えを持ち合わせていないんだ。
それなら……。
「殺■」
もう、どうなってもいいよな。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネ死ね死ネあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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爽快だった。
肉が裂けて血が噴き出した。
骨が砕けて子気味良い音が鳴った。
内臓が破裂してくっせぇ中身が飛び散った。
全てが爽快。全てが快感。全てが気持ち良い。最高の気分だった。
跪いて許しを請う姿が滑稽だった。
意地汚く記憶の残りカスを貪ってるのが無様だった。
この世に生まれて来ちゃいけなかったクセに生まれて来ちまった場違い感が超嗤えた。
なァ? どんな気分だ? ええ?
体バラバラにされて、泣くことしか出来なくて、テメーが餌だと思ってた雑魚に喰われる気分はよォ。聞かせてくれよ。ナァ、頼むよ。
グッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャグッチャグチャギチャグチャ
……最初は楽しかったが、段々と飽きてきた。
目の前でテメェの体の一部で肉団子を作るくらいしか暇つぶしにならねぇ。
なァおい、まだ死なないでくれよ。まだオレの気は済んでねぇんだよ。
瓦礫の上に座り込み、両膝に腕を置いて顔を覗き込む。クッセェ息が掛かるのが心底不快だったんで、数回蹴り飛ばしちまった。もう原型なんざ1ミリもとどめちゃいないが、まぁ、生きてるならそれでいい。もう少し付き合ってもらわねーとな、ざっと十七年分くらい。
「ア……? 何だこれ」
右の額に違和感を感じて触ってみたら、皮膚を突き抜けて何かが生えてやがる。やたら硬ェけど角か何かか?
気になってそこらに落ちてる硝子で自分の顔を見たらこりゃー驚いた。耳と歯が尖ってるばかりか、目の色が赤と金になってるわ、やっぱり角が生えてるわでまるで別人だった。
「□□□□□っ、□□■■□□□□□」
「……気安くしてんじゃねぇぞ」
肉団子を放り投げ、獣の……いや、玩具の肉を引きちぎった。この野郎まだ立場が分かってねェらしい。オレにタメ口ききやがった。
「■■■□□□■■■!!!!」
「おう痛ェか? テメェにもそんな感覚あったなんて知らなかったぜ」
新しい肉団子を捏ねて弄り回す。手がクセェったらありゃしねーが、まぁ、手持無沙汰だからな。
「■■! □■■■■!!」
「今更ンなこと出来っかよボケ。……オラ喰えよ、味のねぇガムでもイイんだろ?」
「■■■■ッ! □□■■□□!!」
「ハァ……?」
グチャッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「テメェゴラァ!!!!!!! 散々テメェがやって来たことだろうが!!!!! アァ!?!?!?!? 喰えよ!!!!!!!! 記憶でも何でもよォ!!!!!!!! 楽に死のうとしてんじゃねぇぞコラ!!!!!!!!!!」
そこらに漂ってる赤黒い影……獣が散々喰っては吐いてを繰り返した記憶の残りカスだ……を無理矢理クソ野郎の口に捻じ込む。クソゴミがむせて咳込んでるが関係ねェ。テメェが喰ったモンを戻すなボケ。気色悪いんだよ。躾のなってねェクソ犬が。
「…………□□、………□…………■□…………」
この野郎、息が細くなって来てやがる。テメェの好き勝手やった結果がこれかよ? あ? どれだけ自分勝手こいてんのか分かってんのか? 関係ねェ人間大勢巻き込んでよ。挙句の果てに殺してくださいってか? ふざけ散らかしてんじゃねぇぞ。テメェは一生ここで生き地獄を味わうんだよォ。
次はどうコイツをいたぶってやろうか。体の痛みってのも限界があるから、次はネチネチネチネチ精神的に追い詰めてやるか。よし決めた、そうしよ――
スパッ―――――――――――――――――――
「は…………?」
肉野郎を足蹴にしながら次のアイデアを練ってた所に、一本の光が伸びた。
それは獣の体を貫通したかと思えば、獣は赤い火の粉になって霧散しちまった。
「は……? いや、は…………?」
状況が飲み込めねェ。オレの玩具が。俺の恨みが。オレの楽しみが。俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの俺のオレの
「ッッッッガアアアアアアアァァァァァッッッ―――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! どこのどいつだゴラァッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! 人の玩具ぶっ壊してんじゃねェぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
視界が真っ赤に染まった。
角が突き破った皮膚の裂け目と両目から血が溢れ出した。
夢中で遊んでいた玩具を横取りをされたことが堪らなく悔しかった。
一体誰だ。どんな奴だ。このオレに楯突くクソボケカス野郎は。
光が伸びてきた方向を見ると、そこには女……というよりガキが立っていた。
長い黒髪に白い服を着たガキだ。幽霊の類かとも思ったが違う。そいつは確かにそこに立って「居た」し、その手には身の丈ほどもある銀の弓が握られていた。
「テメェか…………」
見覚えは……ない。ない筈だが、何故か記憶の端に一つだけ、こいつに関する記憶がある気がする。それがいつのことかは分からない。
一体こいつは何なんだ。何の為にこんなことをした? これからどうしようってんだ?
オレが疑問で頭を一杯にしている間に、そのガキはどこからともなく矢を取り出し、弓につがえやがった。今まで気付かなかったが、よく見るとそのガキの背中には真っ白い羽が六つもありやがる。
「……なるほど、面白ェ」
これが天からの裁きって奴なら、俺は喜んで―――――――
受けるわけねェだろ、そんなモン。




