十七節【怒りの日】
村が焼けている。延々と消えることなく、十年前のあの日から時が止まってしまったかのように。
だが俺の姿は、この日から十年後の「今の」姿のままだ。鍛練用の銅剣も握ってはいない。……ついさっきまでは、俺も過去に囚われていたっていうのにな。
崩れた教会へ向かう途中、“皆”のことは一度も見掛けなかったが、代わりに得体の知れないものが漂っていることに気が付いた。
それは表面上は赤黒い影のようであり、空中を漂ったり、建物の壁に入り込んだりしている。これは一体何だ。不気味で仕方がない。
だが、こいつらは危害は加えてこない。ただそこら辺を漂っているだけなら、わざわざ意識を向ける必要はないだろう。
ギャアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!!!
獣の咆哮が段々と近付いてきている。それと共に、建物が崩れる轟音も更に大きくなってくる。今更だが、あんなスケールの敵を相手取るなんて経験は、後にも先にも奴だけだ。これっきりにしてくれることを祈るしかないな。
瓦礫の山を超えた先に、ようやく見えた。暴れまわる“獣”と互角に渡り合うクローディアの姿が……!
「クローディア!!」
大声で呼び掛けたが、クローディアはこちらを一瞥したのみで、獣の応戦を続けた。これで良い。俺の存在を認識させることが重要で、後はクローディアの動きを阻害しないよう援護するだけだ。
俺はホルスターから拳銃を取り出し、獣の無数の口へ次々と鉛玉を撃ち込んだ。デカい図体をしている割に動きは速いが、所詮は獣。動きがワンパターンで読みやすく、加えて俺にはこの世界で奴との戦闘経験がある。何度も呼び込んだお前の失策だよ。
ババババババババッッッッ!!!!!!
獣は目に見えて怯み始め、クローディアはその一瞬の隙を文字通り“突いた”。クローディアが投擲した槍で鼻を潰された獣は激しくのたうち回り、辺り一帯の建物へと連続して突っ込んだ。何も言わずとも弱点を見抜いていたことは流石と言わざるを得ない。
獣が村一番の大きさを誇る屋敷に突っ込み、やがて沈黙した。
「やった……のか……?」
「戯け」
不意に殴られた。誰に? いつの間にか俺の真横に移動して来ていたクローディアにだ。
「ッてぇな!」
「何故来た? 死にに来たのか?」
それについては言い返せんが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「アンタを連れ帰りに来た。奴のことは二の次だ」
「ふん……多少マシな目をするようになったじゃないか」
憎まれ口を叩きながらも、クローディアはそれ以上俺を責め立てることはしなかった。どうやら俺の意思を汲んでくれたらしい。
「先に言っておくが、私が奴の鼻を潰したのはこれで“二度目”だ。……言っている意味が分かるか?」
沈黙した獣に視線を送ったクローディアは、声色を変えて俺に問いかけてくる。奴の鼻は一つしかないが、それを既に二度潰した。これが意味することは、奴をまだ殺せていないということだろう。分かってはいたがな。
「再生能力でもあるのか?」
「さぁな。どういう仕組みかは分からんが、この空間にいる以上奴は殺せないらしい」
「なら今の内に撤退するしかないだろ。奴の意識の外まで行けば――」
「事はそう単純な話じゃない」
俺の提案はクローディアにあえなく遮られた。一体全体何が言いたいんだこいつは。
「確かに、ここは奴の意識空間であることは間違いないだろう。奴の意識外まで行けばここから出られるというのも、恐らくその通りだ。だが仮にそうした所で、放置された奴は何をしでかすと思う?」
クローディアに詰められ、以前話されたことを思い出した。「三日もすれば、森中の全てを喰らいつくすだろう」と。根本解決に至らないうえ、森に住む命……ケンラ村の住人達もただでは済まないということだろう。
「だが、今の俺達には……」
「奴に喰われた生命は“穢される”。お前も森の中で散々見てきただろう」
言われて漸く気付く。森の中で俺達を襲ってきた黒くぶよぶよとした影は、奴に喰われたものの成れの果てだったことに。……クソ、何て悍ましい野郎だ。余計に気味が悪く思えてきたぜ。
「一度穢された生命は二度と元には戻らん。それは動物や植物、魔物、当然人間も例外ではない。……誰かがやらなければいけないんだ」
尚も言い聞かせる様に話すクローディアには、既に確固たる意思があるようだ。それは傭兵としての矜持なのか、個人としての意地なのかは分からんが。
「ここまで来たなら、私はお前を一人前の傭兵と認識する。お前も私に応えてくれ」
「ああ、分かった」
どうやら、覚悟を決めなければいけないらしい。こうまで言われて引き下がれる男がどこにいる。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
間もなく、獣は動き出した。クローディアが刺した槍は抜け落ち、瓦礫の中に埋まっていた。
「槍を回収する。隙を作れ!」
言わずが否や、クローディアは跳躍した。およそ人間の身体能力ではないが、それが今は頼もしい。
俺は拳銃の弾倉を交換し、クローディアに続いた。獣の出鼻を挫き、動きを牽制すると共に、意識をこちらへ集中させる。当然こちらへ突っ込んで来るが、俺は建物に巻きつけたワイヤーを一気に巻いて飛び上がり、それを回避した。
ババババババッッッ!!!!
獣の頭上を取った後、拳銃の斉射でまた口を壊していく。……気のせいじゃない、さっき壊した口も再生してやがる。本当に奴は不死身なのか?
「■■■■■□□■■■■■」
痛みに悶えているのか、獣が何か言葉の様なものを発し始めた。それは全身の口から発せられており、全ての音が不協和音かのような不愉快さがあった。思わず耳を塞ぎたくなるような音だ。
「■■■、■■■■□」
獣は尚も喋り続け、体全体を大きく震わせた。
瞬間、獣の頭部にあたる部分の左右が大きく膨れ上がり……新たな頭部が出現した。
「…………冗談キツいぜ」
新たに出現した左右の頭部にも、鼻がある。つまり最悪の表現をすれば、「弱点を一つ潰すだけでは無力化が出来なくなった」ということだ。悪夢が過ぎる。
「呆けるな! 弱点が増えただけだ!」
唖然とする俺に渇を入れつつ、クローディアが槍を手にして獣に突っ込んだ。……だが、獣はそれを完璧に捉え、クローディアを剛腕でぶん殴った。
「クローディア!!!!」
打撃をまともに受けたクローディアの身体は数十メートルを吹っ飛び、村の外壁に轟音と共に激突した。おい……おい! アンタ程の人が何してやがる! こんな……こんな犬モドキに遅れを取りやがって……!
「■□□■■、■■■□」
ケタケタと嗤うように鳴き続ける獣に手榴弾を投げつけ、爆発を背にしてクローディアの元へ向かう。頼むから生きててくれよ、こんなことで死ぬなよ! 俺の家族はもうアンタしかいないんだ!!
*
「マリア先輩! マリアせんぱーい! どこっスかー!?」
ダン君が必死に声を上げ、瓦礫の山を探し回っている。グーくんと離れてからしばらく経つけど、目的の人物はまだ見つかっていない。
「くっそ、一体どこにいるんスかマリア先輩!」
「気を失ってて返事が出来ないのかもね。根気強く探すしかないよ」
幸い、都心部と違ってここは辺境の村。地下空間の存在を気にする必要はないから、屋外のどこかにいるという前提は崩れない筈。
「そうだけど、埒が明かないっていうか」
「もう、せっかちなんだから」
頭を掻いて悩むダン君に苦笑する。こんな状況下でも心が折れないのは、この子の強い所ね。グーくんにこんな友達がいてくれて良かった。
「う……ぅ……」
「っ! 今の聞こえました?」
「うん、バッチリ」
瓦礫の裏から聞こえた呻き声を辿ると、地面に倒れ込んだ赤髪の女子生徒が見つかった。マリア・グレイディ、イーストスクエアの傭兵見習いの中で最強と目される彼女も、厳しい実戦環境ではこうも遅れを取ってしまう。恐ろしいことだよ。
「先輩、マリア先輩! 大丈夫ですか」
「う……ん……、ダ…ン……君……?」
良かった、重傷は負っているものの命に別状はないみたい。これなら何とか出来る。
「ダン君、私は応急処置にあたるから、念のため周囲の警戒をお願いしていい?」
「了解!」
気持ちの良い返事の後、ダン君は小高くなった位置へと昇り、警戒を始めてくれた。本当に素直な良い子で助かるよ。
「ごめんなさい……ご迷惑を……」
「しー、静かに。今は気持ちを落ち着かせることに専念して」
赤色の傭兵用戦闘服の腹部が破れ、そこからかなり出血している。まずは止血を……と言いたい所なんだけど、今は時間的余裕がないからね。許してね。
「少し痛むよ」
マリアちゃんの腹部に手をかざし、“直接治療”を行った。これは物理的なメスを介さない、根源的な治療。……他人には昔から「魔法」だなんだと言われたけれど、その実態は生命力の活性……つまりは細胞分裂の急激な促進。傷の治りは当然早まるけど、その分身体へも相応の負担が掛かる。
「ぐっ……うっ……!」
「ごめん、我慢してね」
マリアちゃんは苦悶の表情を浮かべ、身を捩る。細胞の急激な稼働と、それにともなう神経的苦痛は、傷病の度合いが大きくなればなるほどそれに比例する。凄く辛いと思うけど、死ぬことはないから耐えて貰うしかない。
「…………ハァ…………ハァ…………ん……」
「うん、よく頑張ったね」
額に大粒の汗をかいて消耗しきった様子ではあるけれど、何とか一命は取り留めたみたい。普通の子と比べてもかなり生命力が強いのか、傷は完全に塞がっていた。
「あれ、マリア先輩大丈夫ですか!?」
「……もう大丈夫、心配かけてごめんなさい。それから、治療をしてくださってありがとうございます」
ようやく表情に余裕が戻ったマリアちゃんは、お礼を言ってくれた後すぐに立ち会がった。……普通、半日以上は寝たきりになるくらいの治療だったのに。この子のことを見くびってたかもしれない。
「もう少し休んでからの方がいいよ?」
「いえ、心配ありません。お陰で動けるようになりました」
そう言うと、マリアちゃんは近くに転がっていた質の良さそうな剣を拾い上げた。
「……一応聞くけど、何をするつもり?」
「獣を倒しに行きます。まだクローディア先生が戦っている筈ですから」
「冗談言わないで。傷は治ったとはいえ、貴方の身体には相当な負担が掛かってるの。今の貴方が行っても足手纏いになるだけだよ」
「それでも、行きます」
振り返り、覚悟の籠った瞳でこちらを見据えて来る。……それが貴方の意思なんだね。
「気持ちは汲んであげる。でも勝算はあるの?」
「先程は不意を突かれました。もう躊躇いません」
ドゴォッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
言うや否や、マリアちゃんは背後にあった石壁を拳で粉々に砕いて見せた。…………相当、怒ってるみたいだね。よく分かったよ。
「先輩……?」
「ごめんねダン君。私、化物みたいだから。驚かせてごめん」
「いや、そんなことは……」
「行ってくるね」
寂しそうな顔でそう言い切ると、彼女は行ってしまった。私もダン君も、それ以上は何も言わなかったし、言えなかった。ここは戦場で、本人の行動を決める権利は本人にしかないから。
「……皆自分勝手だなぁ」
アタシも、もう一回くらい我儘を言いたくなってきたな。
*
外壁に着いた。クローディアは息をしていなかった。
額からは多量の血が流れ、全身から力が抜け切っている。冗談じゃない。
胸部の装甲板を剥がし、胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返す。何度も何度も何度も何度も。クローディアはこんな所で死ぬようなタマじゃない。今だって俺の心肺蘇生法の手際について、内心で辛口評価でもしてやがるんだろう。……なァ、そうだと言ってくれよ。頼むから。
「………………」
なぁ、おい。嘘だろ。
「………………」
永遠とも思える時間が続き……クローディアの呼吸は終ぞ戻ることはなかった。
「…………じゃねェ」
■■■□■■■■□■■■■■。
「何………ア……が、より……よ…て」
■□■■、■■■□■■□■■■■!
「…………のせいだ」
■■■! ■■■! ■□■■■■!
「う…………ぐ………………ぁ………………………………」
■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■■□■■■■
俺■正■を失□た。
憎■。■が憎■。
■の全■を奪□て■くア■■が憎■。
■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。■し■やる。




