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ブレイブヤード  作者: 蘇芳
第一部一章
17/19

十六節【選択と覚悟】

 状況は、はっきり言って絶望的だった。

 ロッソ森林を行軍中、突如出現した“獣”に、討伐隊は半壊させられた。奇襲を受けた前衛班が立て直しを図る暇もなく、文字通り蹴散らされた。俺の微かな記憶では、その後クローディアやマリア先輩が応戦する姿は見えたが……

「オイ、何だよこれ……」

「……聞くな」

 俺とダンが前線まで戻った時には、もう全てが遅かった。負傷者は小隊の四割を超え、死傷者も……いるようだ。

「う……ぅ……」

「おい、レイナ! しっかりしろ」

「っ……グレン……!? アンタ生きて……というか、平気なの……?」

「俺もダンも無事だ。……だから、お前はしばらく休め」

「そっ……かぁ……。良かっ…たぁ……」

 怪我を負ったレイナ……幸い擦り傷と強めの打撲痕があるだけだった……を介抱し、ビニールシートの上に横たえる。弱っちゃいるが致命傷は受けてないようだな。強い女だ。

「……ッ! グレン君、ダン君!」

 俺達に気付いたのか、救助と撤退の指示を出していたヨハンが駆け寄って来た。

「怪我の状態を報告……は必要なさそうですね。 今は経緯は問いません、とにかく動けるなら救助をお願いします!」

「ああ、分かった!」

 ダンは勿論、俺も必死な様相のヨハンを見るまでもなく、救助に回った。負傷した隊員は殆どが自力で動けず、苦しげに呻きながら蹲っていた。

「ぐっ…………すまん……ゲホッ! ゲホッ……」

「喋るな。傷が開くぞ」

 負傷した男……確か狙撃班の傭兵だったか……の脇の下に身体を入れ、反対の脇に腕を回し、持ち上げる。男が呻いたのを見ると、脇腹をやられているようだ。引き裂かれた痕が生々しく、血が滴っている。

「俺達は……っ、草陰に潜んでいた所を襲われた…………」

「喋るなって言ったろ」

「お前も……気を付けろ……ッ。奴は“一匹”じゃねぇ……」

 一匹じゃない? 何の冗談だ。“あんなの”がまだ何匹かいるってのか……?

「そこの坊や……アタシのことも頼めるかい……」

「ああ、待ってろ!」

 三十分ほど掛かり、俺とダンがそれぞれ三名ずつ救助を終えた所で、ノエミを含む医療班四名が到着した。野外でも使用可能な医療器具を手早くセットアップし、迅速に負傷者の治療に当たっていく。

「負傷者十一名、死傷者二名。あまりに大きな痛手です」

「分かっています。作戦続行は困難……負傷者の応急処置が済み次第、撤退します」

 医療班の報告を受け、ヨハンは指示を下した。撤退、即ち作戦は失敗。再度奇襲をかけられる前に、一秒でも早くこの森から脱出を、とのことだった。

「……人数が足りませんよね。クーちゃん……クローディア・バークスと、マリア・グレイディはどこへ?」

「彼女達は敵を引き付けるため、森の奥へ向かいました。戻る見込みはありません」

「……は?」

 冷静さを取り戻したヨハンが淡々と言うと、ノエミが目を吊り上げてヨハンの胸倉を掴み上げた。

「戻る見込みがない? そんな判断許されると思う?」

「許す許さないではありません。このまま彼女達が戻るまで待機を続ければ、次こそ私達は全滅します。それだけは避けなくてはなりません」

 ノエミの手を払いのけ、ヨハンは服の乱れを直した。確かにこいつの言い分は最もだし、現状を鑑みればそれが最善の選択ではあるだろう。

「標的の戦闘力が想定を大きく超えていたこと、加えて数的にも不利となっては、この限られた戦力だけでの対処は不可能です。一度イーストスクエアまで撤退し、再度戦略を組み直してからでないと――」

「良いんじゃねぇスか?」

 少し遠巻きから、俺はヨハンの判断に賛成の声を挙げた。最善の選択というか、それしか選択肢が残されてないからな。これ以上無駄な犠牲を出すこともないだろうよ。

「グーくん……」

「その呼び方はやめろ。……とにかく、撤退するならさっさと準備を始めた方が良い。日が落ちて視界が更に悪くなれば、それこそ殺してくださいって言ってるようなもんだ」

「グレン君の言う通りです。では、即座に撤退準備を始め――」


「ただし、俺以外に限っての話だがな」


 は? という視線が一斉に突き刺さる。お前は何を言ってるんだ? と言わんばかりの顔をしてる奴もいれば、あいつは何を言ったんだ? と怪訝な顔をしてる奴もいる。隣にいるダン、少し離れた位置にいるノエミやヨハンについても同様だ。

「……今、何と?」

 数瞬置いて質問を絞り出してきたヨハンに対し、もう一度ハッキリ啖呵を切る。

「“俺は残る”。撤退なり何なり、好きにして貰って構わない」

 ヨハンの形相が明らかに険しくなった。

「この期に及んで状況を引っ掻き回さないでください。君はまだ学生で、今回の任務については私の監督下に置かれています。勝手な言動は慎んでください」

「門を出る時、俺はしっかり“意思確認”を行った。言ってる意味、アンタなら伝わるよな」

「…………」

 ヨハンが黙ると、代わりにダンが応えた。

「そういうことなら、俺も残りますわ。ダチを放っとけねぇんで」

 俺の横に並び、ヨハンと小隊の面々を正面から見据えるダン。その表情には一片の曇りもなく、笑みを浮かべる余裕すらあるようだ。大した男だよ。

「あはっ☆ミ じゃあ私も残っちゃおーっと!」

 しばし固まっていたノエミが何を思ったのか、急に俺の腕に抱き着いて撤退拒否しやがった。マジかお前。

「医療班である貴女まで抜けるのは――」

「この負傷者の数なら、私の部下で十分対応できます。厳しく指導してるんですから」

 ノエミの言を受けて頷く医療班の面々。こいつら全員お前の部下だったのかよ……。

「……分かりました。ですが撤退を拒否されるなら、私は責任を負いかねます。今後一切の支援、援護は受けられないと思ってください」

 ヨハンが釘を刺すように最後の忠告をするが、俺たちの耳にはもはや届いていなかった。その様子を見てか、小隊の面々は早々に輸送車両へと戻っていった。ヨハンだけが、最後まで俺たちのことを感情の読めない表情で見つめていた。

「んじゃ、早速行きますかねぇ」

「おー、君頼りになりそうだね。ちゃんと私を守ってね?」

「ハッハ! そいつは無理かもしれん! なにせ俺も怖い!」

「素直な子だなぁ」

 ダンとノエミが軽口を叩きあいながら、森の奥へと進んでいった。俺もその後に続くが、後ろからの視線が気になり一度だけ振り返った。ヨハンはまだそこにいたが、もう引き留める様子はない。

「そっちも無事でな」

 つい余計なことを口走ってしまった。いや、負傷者が無事に帰還することは俺も願うところだが、わざわざコイツに言うことでもなかったということだ。どうせ恨み言くらいしか返ってこな――

「生きて帰って来てください」

「…………ああ」

 真意は分からない。単に死傷者が増えることを嫌っただけかもしれない。だが今俺は、柄にもなく「真に受けた」。死にに行くつもりだったが、多少は自分の身を案じてやってもいいのかもしれない。

「グレン! 置いてくぞ!」

 馬鹿がずいぶん先で呼んでいる。餞別も貰ったことだし、とっとと為すべきことを為しに行きましょうかね。

 俺は拳銃にしっかり弾が込められていることを確認し、ダンとノエミを見失わないよう駆け出した。



 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――――!

 俺たちは文字通り、脇目も振らず森を駆けた。どこで奇襲を受けるかもしれないこの状況下で何故……と普通は考えるだろうが、逆だ。

 これだけ視界が悪いと奇襲を受けるのは「当たり前」であり、なら奇襲を受けないよう立ち回るよりも、奇襲を受けたとしても即座に対応出来る状態であるのが好ましい。草影で息を潜めているよりは、こうして走り回った方が咄嗟に体も動くからな。

 加えて、そもそもこんな森の中を、碌に鼻も利かない人間がうろついていること自体が自殺行為なんだ。なら一秒でも早く抜け出してしまった方が良い。幸いなことに、タレクと夜間行軍をした時と違って魔物の姿は全く見えないしな。

「村まではあとどのくらいあるんだ!?」

「分からんが、それほど遠くはないはずだ!」

 作戦決行前に入念なマッピングをやりはしたが、今となっては大体の方角しか分からん。今更立ち止まって位置を確認する時間もないし、古い記憶に頼って外れを引きたくもない。今は西へ進むしかないんだ。

「――っ! 二人とも、四時方向に敵!」

 ノエミが声を張り上げた直後、黒い影の様なものが襲い掛かって来た。ぎりぎり全員躱したが、危なかった。俺とダンは全く気付けていなかった。

「げ、何だコイツは……!?」

 体勢を立て直し、飛び掛かって来た“影”を見据えると……そこにはおぞましいモノがいた。

 黒くぶよぶよとした身体には無数の口があり、触手とも触腕ともとれるものを絶えず轟かせている。植物型の魔物にしてはやけに獣臭い……と言うより、明らかな腐臭が漂っており、口部からは黒く濁った体液の様なものが滴っている。こいつが話にあった野郎か。

「チッ!」

 生理的嫌悪感で一瞬体が強張ったが、すぐさま腰のホルスターから銃を抜き、標的を撃ち抜いた。そいつは全身の口から気色の悪い悲鳴を上げ、激しくのたうち回った後に動かなくなった。

「死んだ……のか?」

「さぁな。だが進むなら今のうちじゃねぇか」

 こんなのがこの森に無数にいるとしたら冗談じゃねぇ。一秒でも早くクローディアと先輩を見つけ出して逃げなきゃ、全員こいつらに喰われて終いだ。

「……残念、もう遅いみたい」

 ノエミが表情を引きつらせて戦闘態勢を取る。その視線の先には、二十数体の“影”が蠢いていた。

「オイオイオイ、冗談キツイって!!」

「うるせぇ! とっとと腹括れ!!」

 大男のダンが身を縮こませて震え上がってるが、アイツはあんななりで虫すら苦手だからな。このうじゃうじゃ共はさぞかし堪えるだろう。

 だがここを突破しない限り、サリア村には到底辿り着けない。もしこの場から逃げたとしても、こいつらは俺達よりも「速い」。早々に捕まってお陀仏だ。

 俺達が躊躇している間に、影は四方八方から無数に現れ、ものの数秒で取り囲まれた。もはや退路はない。ストックは少ないが、手榴弾で散らすしか――

「二人とも、伏せて」

 ノエミの突然の指示に、俺とダンは本能的に身を屈めた。この女、一体何を――

「ちょーキモいんでー、全部ハチの巣にしてあげるっ★ミ」

 ガシャン! ガチャガチャガチャ! と、ノエミがいつの間にか携帯していた大型のスーツケースが開き……中からショッキングピンクの機関銃ミニガンが飛び出してきやがった。おいおい……!?

「キャハッ★ 腸ぶち撒けなー★」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!!!!!!


 目と耳を疑いたくなるような光景が、そこに広がった。

 やたらボディラインが浮き出た白スーツを着こんだ女が、機関銃を抱えて乱射している。それも体の軸を回しながら三百六十度。影共は一瞬で薙ぎ払われ、数秒間で辺りには死体の山が出来上がった。

「ふーっ、あーしんどかった☆」

 ガチャン! と機関銃を地面に立てかけ、軽く汗を拭ってるノエミを見て、俺とダンは……

「…………こっわ」

 この女にだけは絶対に盾突かないでおこうと肝に銘じたのだった。



 ノエミのお陰で命拾いした俺達は、また同じ状況に陥ることを避けるためにも、速度を上げて走り出した。途中影に何度か襲われはしたが、銃弾が効くと分かってからは対処も早かった。出会いがしらに鉛玉をぶち込み、構わず走り抜ける。追い縋って来る奴は一体もいなかった。

「(この程度の奴らに、俺たちの部隊は半壊させられたのか……?)」

 疑問は尽きない。不意を突かれたとはいえ、これなら少し足が素早いだけの魔物と変わらないぞ。

「なぁダン、俺は一体どんな奴にやられたんだ?」

「分かんねぇよ。森の中からフッと大きな影が広がったと思ったら、お前が宙に浮いてズタズタにされたんだ。……でもそうだな、今襲ってきてるこいつらには、切り裂くための爪みたいなのが無いな!」

 俺の戦闘用傭兵服タクティカルスーツには、ダンの言う通り切り裂かれた様な痕が残っている。実際に多量の出血もしていたらしいが、小型の魔物に噛みつかれた程度でそこまでにはならないし、そもそもアーマーを貫通することもないだろう。

 だとすれば“獣”本体にやられたというのが正しそうだが、あんな図体をどうやって紛れさせたのかは皆目見当がつかない。何らかの絡繰りがあるってのか……?

 思考を巡らせつつ森を駆け、結局サリア村に着いたのはそれから三十分以上経った後だった。

 村の様子は前と変わりない……と言いたかったが、違う。倒壊した家屋の数が以前と比べて圧倒的に多い。

「クローディア先生―! マリア先輩―! どこっスか―!!」

 ダンが村中に響き渡りそうな大声で呼び掛ける。……が、風の音以外は何も聞こえない。

「……妙ね」

 ノエミも真剣な眼差しで周囲を調べているが、手掛かりは掴めてなさそうだ。

 俺は前に獣と遭遇した村の中心部……村のシンボルでもあった噴水広場……今は大穴が開いているが……に視線を向けたが、そこにも奴はいなかった。

「別の場所に移動したのか……?」

「うーん、それはないかな。話に聞いてる標的のサイズだと、移動したなら相応の痕跡が残ってる筈だから」

 ノエミの言う通り、周囲に戦闘の跡はあれど、それが一方向に向かって続いてはいない。つまりこの場からは離れてない可能性が高い。

「(どういうことだ……? これじゃあまるで、忽然と空にでも飛んで行ったかのようだ)」

 ダンとノエミが引き続き周囲を調査している間、俺は一人立ち止まって考えを巡らせ始めた。恐らく常識の範疇には無いことなんだろう。“獣”に関して、曲がりなりにも一番経験が深いのは俺だ。加えて、アイツを呼び起こしたトリガーとなったのも俺だ。つまり答えは俺の中にあるのかもしれない。

「(考えろ……考えろ……)」

 奴が最初に出現した時の状況、小隊が奇襲を受けた際のダンの証言、俺が夢の中で見た、燃えるサリア村での――――。

「……餌だ」 

「グーくん……?」

「獣を釣るには餌が要る。単純な話だった」

 俺はその場に大の字で横たわった。ノエミが怪訝な表情で見ているが、これが最善・最短の策だ。

「おい、どうしたんだグレン! 腹でも痛いのか?」

「バカヤロー」

 こんな状況でも馬鹿ダンの天然は変わらない。しかしそれが逆に、俺の心に平静を届けてくれた。

 “獣”にとって一番の餌となるのは「グレン・バークス」その人だが……これは100%正しい認識じゃない。俺は夢の中で散々、奴が求めているものを見せられてきたからな。

 あの日の燃え盛るサリア村で、奴は飽きもせず人を……人の“記憶”を喰らっていた。俺と同じで記憶の欠けたあいつは、そうすることで心の安寧を保ってきたのだろう。

 だがそれも繰り返し続ければ、段々と味のないガムと同じになってくる。当然空腹は満たせず、より良質な獲物を求めるようになる。つまりはそれが、あの日の記憶を共有しつつも、今だ生き長らえている新鮮なおれになるってことだ。

 ここまでの経験から、奴がどれほど俺のことを喰いたがっているかは明白だ。そして奴の「夢の世界」に招かれる確率も、奴の本体がいるサリア村に近付けば近付くほど高くなるし、解像度も上がるのだろう。イーストスクエアに居た頃よりも記憶が鮮明になったのは、この森に来てからだしな。

「ねぇ、グーくん。何をしているか教えて貰っていい?」

「思い出してるんだ」

「……あの日のことを?」

 何だ、知ってたのか。

「ごめんなさい。クーちゃんが君を連れ帰って来た時、対応した医療班はアタシだったの。それで……」

「謝らなくていい。アンタも関係者だったってだけだ」

 むしろ、今はその方が安心する。俺も一人で抱え続けるには、いい加減限界だっただろうからな。

「詳しい説明は全て終わってからにする。今はただ、奴と戦う覚悟を聞いておきたい」

 目を閉じ、焼け落ちていくサリア村を思い浮かべながら、二人に問う。意思確認は大事だからな。

「何を今更。俺とお前は一蓮托生だぜ!」

「うん、アタシも同じ」

 ……全く。

「なら、この先何が起こっても驚くなよ。……二人とも、俺の体に触れてくれ」

 随分原始的なやり方だが、この方が二人を意識しやすい。奴の世界に入る仕組みは正直よく分からんが、今は直感を信じるしかないんだ。

「何だ!? 黒い霧が……!」

「キャッ……!?」

 一瞬の浮遊感と共に、俺達三人は暗い影の中に引きずり込まれた。



「…………」

 ……どうやら、上手くいったらしい。

 眼前には、すっかり見慣れてしまった当時のサリア村。……ただ今回は、逃げ惑う皆が一人も見当たらない。

「ここは!? 俺達はどうなったんだ!?」

「落ち着け。ここは十年前のサリア村……その再現だ」

 早くもダンがパニックに陥りかけていたので制止する。ノエミは……言伝だけでも知っていたお陰か、ただ固唾を飲んでるだけのようだ。

「十年前……? 一体何があったっていうんだ……」

「見ての通りだ。この村と俺の家族は…………“獣”に蹂躙されたんだ」


 ドゴオオオオォォォォォッッッッ!!!!!!!!!


 突如響き渡る轟音。遠くに見えていた教会が勢いよく崩れ落ち、立ち昇った煙の中から、真っ黒な化物と一人の人間が飛び出して来た。

「クーちゃん!?」

 黒い化物は言わずもがな、“獣”だ。……そしてもう片方の人影は、俺の姉であり先生でもある、Aランク傭兵クローディア・バークス。動きを見た感じ、まだそこまで消耗し切ってはいないらしい。

「あんな所で……! 早く助けに行かねーと!」

「待て。行っても邪魔になるだけだ」

 すぐに頭に血が上るダンを再度引き留める。今俺達がやるべきことは、アレとの直接戦闘じゃない。

「この空間のどこかに、マリア先輩もいる筈だ。獣と戦闘していないことを考えると、恐らく負傷してどこかで休んでいる。まずは先輩を見つけるんだ」

「でもよぉ! 先生が!」

「……分かった。その代わり、グーくんも一緒に探してね」

 尚も納得がいかないダンを尻目に、ノエミは状況を把握したうえで、俺に釘を刺してきた。こういう所が「踏んで来た場数が違う」って言うんだろうな。

「……それは出来ない」

「どうして?」

「俺は“獣”から逃げられないからだ」

 この空間に俺達が入れたのは、「獣が俺達を招き入れたから」に他ならない。つまり、俺達は三人とも既に、獣に気付かれている可能性が高い。

 そして特に俺は、奴との繋がりが深いからな。ダンやノエミよりも、奴の嗅覚に引っ掛かる確率は高いし、こうしてる間にもこちらを感知して突っ込んで来るかもしれない。そうなれば俺だけじゃなく、こいつらまで無意味に死ぬことになる。それだけはあってはならない。

「俺達の目的はクローディアとマリア先輩を救助して連れ戻すことだ。だからこそ、マリア先輩の方はお前達二人に託したい」

「じゃあお前はどうするんだよ!?」

「俺はクローディアを助ける。効率を考えた役割分担ってわけだ」

 ダンの目を見据え、しっかりと意思表示をする。俺の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上はダンは何も言わなかった。

「先輩を無事救助出来たら、南東……あっちを目指すと良い。村の外郭付近にある井戸に隠し通路があって、それを使えばここから安全に出られる筈だ」

 これは仮説だが、“獣”の作り出す世界は、精々がサリア村とその周辺までの面積くらいしかない筈だ。この世界の中であっても、獣の意識外にまで離れればきっと脱出出来る。

「グーくん……」

「キャラ壊れてんぞ。いつものふざけた態度はどうした」

 終始辛気臭い顔をしていたノエミは、何を思ったのか急に俺を抱き締めてきた。何だ何だ。

「その合理的な考え方、クーちゃんみたい。やっぱり姉弟だね」

「……ああ、そうだな」

「絶対無事でいてね。グーくんもクーちゃんも、どっちかでも死んだら許さないから」

 ノエミは俺を更に強く抱き締め、また“釘”を刺してくる。学内での不穏な噂など無いかのような変貌っぷりだ。希望的観測だが、これがこいつの正体なのかもしれないな。

「分かった。約束だ」

「うん、約束」

 子どもを相手にするかの如く指切りを要求してきたノエミだったが、ダンの前でそれは流石に憚られたためやんわりと断った。

「俺と指切りしとくか?」

「しねーよ!」

 ったく、こんな時まで馬鹿な野郎だ。



 その後、先輩の捜索を始めたダンとノエミを見送った俺は、一人で教会の方へと向かった。

 ここから先は、正直言ってノープランだ。死にかけた時に見た夢……あの時と同じ方法が通じるかは分からんが、やってみるしかない。

 毎度の如く拳銃の弾倉にしっかり弾が込められていることを確認した俺は、仇と家族の元へ足早に駆けた。

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