十四節【作戦決行】
一晩が経ち、胸と脇腹の痛みはかなり引いていた。なんでもノエミが「乙女の魔法」を使ったからとか何とか言っていたが、逆に怖い。あれだけの傷を完治とまではいかないまでも、たった一晩でここまで和らげられるものか? クローディアに聞いても「深く考えるな。とりあえずはある程度治ったものと考えろ」と返って来ただけで、詳細は教えて貰えなかった。
何はともあれ、ようやく自身の足で歩けるようになった俺は、怪我人ではなく傭兵として、この場に出席することが可能となった。癪ではあるが、感謝はしておいても良いだろうな。
「皆さん、揃いましたね。では早速『獣』討伐の作戦会議を始めます」
午前十一時十五分。いつの間にかヨハンが申請を通していた公民館の一室の中で、俺やクローディア、先輩、ダン、レイナを含めた総勢三十余名が、ロの字型のテーブルを囲む図となっていた。
「今朝方連絡させていただいたとおり、今回の作戦はたった一小隊でA級対象を討伐するという、非常に難易度の高いものとなっています。ですので、あくまで作戦参加は個人の意思を尊重するという前提を忘れないでください。この場に集った皆さんは、参加の意思が明確であるとしてよろしいですね?」
この場にいる全員が無言でヨハンを見据える。尻尾を巻くような奴は一人もいないだろう。俺たち学生組を除けば、大多数はヨハンが招集したプロの傭兵集団なんだからな。
「はい。それでは作戦概要の説明へ移ります。私達小隊は、この後正午よりイーストスクエアを出立し、約二時間かけて目的地であるロッソ森林を目指します。道中には多少魔物が生息している程度ですので、大きな事故は起こりえないでしょうが、各員できる限りの注意は払ってください。ロッソ森林の南東部へ到達したら、迅速に拠点を設営します。医療班はここで待機し、負傷者が発生した場合は適宜救護を行ってください。それ以外の班は編隊を組み、拠点から北西に位置するサリア村へ進行します。ここで注意点が、討伐対象がサリア村外部にて活動を続けている場合です。突然戦闘になる恐れもありますので、各分隊は他の隊と離れすぎないことを意識してください。また、討伐対象を確認した場合は、無謀な先制攻撃等は行わず、一度全隊への伝達をお願いします。討伐対象を完全に捕捉したら、狙撃班は高所にある狙撃ポイントへ移動してください。この間、前衛班は接敵を避けつつ、討伐対象を進行方向に向けて半円状に取り囲むように展開してください」
「俺達狙撃犯は斥候もできるが、偵察班は編成しないのか?」
「今回に限っては編成しません。理由は二つありますが、一つは討伐対象がどこに潜んでいるか分からないことから、思わぬ接敵により斥候が各個撃破される危険性が高いためです。少人数では援護も難しいですし、仮に拠点まで帰還できたとしても、迎撃の準備が整っていない拠点を突かれれば戦局は一気に瓦解します」
「へえ。随分と信用されてないんだねェ」
「隊全体の生存率を少しでも高めるためです」
「……そうかい。ま、依頼主はアンタなんだし、好きにすりゃいいさ。俺たちは報酬の分だけ働くだけだからな」
狙撃班に配置されているであろう男は多少不満げだったが、ヨハンの指示には従う意向を見せた。他のメンバーは静観するのみで、意見を言うつもりはないらしい。
「質問がなければ、会議を終了して出立の準備に移ります。各自弾薬の補充などは今の内に済ませ――」
「一つだけいい? この作戦は難易度の高いものってさっき言ったわよね。なら何故、そこにお子様が紛れ込んでいるのかしら?」
ヨハンが会議の締めに入ったところで、医療班らしき女が俺やレイナに視線を向けながら苦言を呈した。いつか指摘されるとは思っていたが、このタイミングかよ。
「彼らも我々小隊の一員であり仲間です。加えて『獣』が出現するよりも前に、私と共にロッソ森林でフィールドワークを行なっていた重要関係者でもあります。本人達の意思確認も既に済んでいますので、作戦参加に異議を唱えることはできませんよ」
「子守りしながら命懸けの任務をやれって? 冗談じゃないわよ!」
「ご心配なく。彼らは全員、私と共に前衛班の補助役を担当して貰います。直接的な戦闘をさせるつもりはありません」
「それが子守りだって言ってんの! 窮地に陥っても、アンタその子達を守りながら戦える!? 命の保障はできるの!?」
医療班らしき女は徐々にヒートアップしてきていた。ヨハンの淡々とした態度も彼女の神経を逆撫でしてるんだろうが、一番の原因は作戦の成功率に関わってる点だろうな。先輩はともかく、俺やダン、レイナがプロの足を引っ張ることは目に見えているし、そうまでして前線近くに出す理由もない。客観的に見れば、ヨハンの指示は非常に倒錯的なものに写っているはずだ。
ここで一度現状を整理しておくと、事情を深く知るクローディアや俺は勿論、レイナ、先輩、ダン、ヨハンにもある程度の情報共有を既に行っている。というのが「獣出現のトリガーとなったのは、グレン・バークスがサリア村に近付いたことである」という仮定条件だ。
一度出現した獣が今もなお現地で顕在であれば問題はないが、仮に俺というトリガーがなければ出現しないのであれば、今回の討伐作戦は全くの徒労に終わる。獣は討伐できず、討伐できないが故に放置することになれば、いつまた何らかの要因で再出現し、森を喰い荒らすかは分かったもんじゃない。そこらの事情を理解しているからこそのヨハンの采配なんだろうが、さて。ここから出立までの短時間でどう切り返すか――
「その件については、私が護衛に入るので問題はない」
「何? アンタは?」
「クローディア・バークス。Aランク傭兵だ」
意外にも助け船を出したのはクローディアだった。臙脂色の傭兵証を取り出し、この場の全員に見えるよう掲げた。多少強引なやり方だが、医療班らしき女は苦々しい顏をしながらも引き下がった。効果は絶大だったようだ。
Aランク。俺たち傭兵は個々の能力に応じてランク分けがされるが、その中でも指折りのエリートである証だ。平凡な才覚であればDランク、一般よりも高いレベルがCランク、更に抜きん出て優秀な奴がBランクだ。C.W.A.最強生徒と目されているマリア先輩ですら、現状はBランクだったりする。如何にAランクがズバ抜けた評価なのかが分かるだろう。……まぁ、C.W.A.の教官にはそんな化物がうじゃうじゃいたりするわけだが。末恐ろしい話だ。
「納得いただけたようで。彼女には一人で遊撃班を担って貰います。支援も援護も一切不要ですので、留意いただければと思います」
扱いが何というか、雑だな。大きすぎる戦力は扱いに困るって奴か、それともヨハンの個人的な思惑があるのか。どちらにせよクローディアは誰に指示されずとも、最大限作戦成功のために動いてくれるだろう。普段は教師としての顔しか見てないが、傭兵として同じ視点に立つとその存在感の大きさを実感する。
「では、他に意見もないようですので、作戦会議はこれにて終了となります。後は各自、出発時間までには南門で待機していてください」
そう言うとヨハンは席を立ち、他の傭兵たちも続々と部屋を出て行った。残ったのは特に準備のない俺とダン、レイナだけだ。
「おいおい、何かすげぇ大事になってないか?」
「今更か? 超大事だっつーの」
「ずるいぜグレンよぉ! 俺抜きでこんな面白そうなことに首突っ込んでるなんてよぉ!」
「俺だって好きで突っ込んだんじゃねぇ。ちょっとフィールドワークに出向いただけでこうなったんだよ!」
「アンタ昔からそういう引き運の悪さあったもんねぇ」
「お前俺と知り合ったのここ一年くらいだろうが! さも昔から知ってるみたいに言ってんじゃねぇぞ」
「それは……アンタはそうかもしれないけど、私は……ああもう!」
何だ急に顔赤くして。熱か? 病院行っとけ。
「行き場のない思いに悩める乙女心。風流ですなぁ」
「何言ってんだお前」
ホント何言ってんだこの大事な時に、と思ったところでふと気付く。これはもしや、こいつらなりの気遣いなのか? 今まで気にも留めていなかったあれやそれが、全部俺の事を慮ってのことだったのか?
そもそもが今回の作戦、報酬はかなりのもんだが、それに対してのリスクがあまりにも大きすぎる。いくら教師が付いていたとしても、死ぬ確率がゼロになるわけじゃないし、生徒が任務で命を落とした前例もある。それを承知の上でこいつらは俺に付いて来る、いや付いて来てくれるのか。
「何だよグレン、辛気臭い顏してよ」
「いや、何だ。……ありがとな」
「えっ、グレン今なんて?」
「ありがとな、つったんだよ。二度も言わせんな」
急に居心地が悪くなった俺は、ポカンとしている馬鹿二人を置いてさっさと部屋を出た。慣れねぇことはするもんじゃねぇなホント。
「ごめん、聞こえちゃった」
「……悪趣味っすよ」
部屋を出るとすぐに、壁に体を預けていた先輩と目が合った。先輩は慈愛の籠った視線を俺に向けているが、やめてくれませんかねそれ。男なら皆コロッと逝くやつですよそれ。
「ごめんね。でも、少し昔のグレン君に戻ってきたかな」
「昔も今も変わってないと思うんスけど」
「ううん、そんなことない。本来のキミが帰って来たんだよ」
「そんなもんスかね」
「ええ。おかえりなさい」
「……ただいまっス」
せっかく居心地の悪い空間から逃げて来たのに、またむず痒い雰囲気に包まれてしまった。先輩は近い距離感のまま付いて来るし、俺も行先は南門しかない。もう諦めるほかないなこれ。
俺はこの状況をどうにかすることを諦め、出発地点である南門まで、先輩を引き連れて向かうことにした。後からダンとレイナが走って追いついて来たが、その話については今はスルーさせてくれ。
ここから先は、気持ちの切り替えが必要だからな。
「……フーっ」
幾台もの軽装甲機動車を前に、身が引き締まる感覚があった。俺たちが最初にフィールドワークに向かうのに乗った車が、三十余名を乗せられるだけの数に増していた。これもヨハンの指示なんだろうが、いよいよアイツの正体が分からなくなってきたな。あれだけの傭兵を一晩にして集めたうえにこの準備の良さ。何者だよ一体。
俺を含めた学生組が立ち止まっていると、正面からクローディアが近づいて来た。
「揃ったな。お前たちは私と同じ車両だ。喜ぶといい」
「喜ぶ要素は?」
「安全」
なるほど。
「先生の運転なら安心ですね!」
「ああ。現地までは特に危険もないし、ここで休息を取ってくれ。その代わり、向こうに着けば休みなしだからな」
「はい!」
クローディアがそう発破をかけた所で、俺たちは気を引き締め車両に乗り込んだ。相変わらず狭いが、マットレスが敷いてあるお陰で以前よりは快適だ。
今回の作戦は、端的に言ってしまえば短期決戦だ。拠点は設営するものの、何日にも渡って戦闘を続ける算段は最初からない。作戦時間は実質今日の日が落ちるまで。それまでに仕留められなければ、暗い森の中で全員喰い殺されて終いだ。夜間戦闘だけは絶対避けるというのがヨハンの指示でもある。
「できれば午前の内から出立したかった所だが、色々と立て込んでいたようでな。さすがにこの規模となると統率にも時間が掛かるのだろう」
クローディアもタイムリミットを意識しているんだろうな。心なしか運転がスピード重視の粗めのものになっている。車内の乗り心地にそこまで影響が出ていないのが不思議なくらいだ。
雑談を交えた情報共有もそこそこに、俺たちはすぐさま休息モードに入った。眠らずとも、目を閉じて静かにしているだけでもある程度の体力回復は見込める。今は思考を極力なくすことが重要だ。
現地までの移動は予定よりも随分早くなった。時刻は十三時四十分。約二十分の余りが出たので、俺たちはさっさと拠点を設営することにした。大掛かりなテントを広げ、そこに医療機器やらベッドやらを相当数並べた。なさがら野戦治療院の様だが、これだけの物資をどうやって運んで来たんだ?
「作戦決行に先んじて輸送班を手配しておいたので、物資には余裕があると思います。作戦中に負傷した場合、無理せず拠点まで帰還してください。一人での帰還が難しいようであれば、すぐに医療班まで連絡を。犠牲者は一人たりとも出さない予定ですので」
ヨハンが陣頭指揮を執り、小隊は着実に準備を進めていった。これから相見える強大な敵に対し、出来る限りをやろうと。あのノエミでさえ、真面目な顔で医療班に指示を出していた。やる時はやるタイプなんだな、アイツも。
全ての準備が整った頃、日は雲の陰に隠れた。東から段々と鉛色の空が広がって来ており、森の中は薄暗く、既に魔物が潜んでいても判別がつきにくい状態になっていた。不意の襲撃があれば、防御率は恐らく半分にも満たないだろう。
だが、やるしかない。時間が経てば経つほど、状況は絶望的になってくる。
「――では、これより『獣』の討伐へ向かいます。各員、細心の注意を払いつつ進軍してください」
遂に。遂に来た。この瞬間が。
過去の因縁と決別し、これから先の未来を決定づける戦いが。
この森へ戻って来たことによって、また俺の頭に映像がチラつく。鮮明に、残酷に。
やはりそうだ。俺の記憶の一部は確実に、「この地に留まっている」。俺自身が持つ記憶自体は断片的なモノでしかなく、この森に近付くことによってそれが補われる。何らかの要因でそうなっている。これは紛れもない事実だ。
だからこそ、ここに来るまでは俺は平静を保てていた。記憶を押し込んで、感情を制御できていたんだ。
俺が悪寒を感じ身震いしていると、ダンが肩に手を置いてきた。白い歯を見せて笑う顔が、今はこれ以上ない救いに思えた。
鬱蒼とした森の中を、医療班を除く二十五名が足音を殺して移動する。サリア村まではまだ距離があり、獣の気配も感じ取れない。不思議なのは動物はおろか、魔物すら一匹も見当たらないことだ。ここらには何の痕跡も残っていないが、既に森中の命は喰われた後なんだろうか。だとするとケンラ村の住民たちも……。
胸が締め付けられる思いだ。あの村でも、俺と同じ境遇の子どもが生まれてしまったのだろうか。俺のせいで、こんな思いを背負う子どもが――。
俺の鬱屈した気分とリンクするように、太陽は完全に曇天で覆われてしまっていた。茂みはより暗さを増し、視界の明度が徐々に失われていく。不味い運びだ。
〈――視界が悪くなってきました。奇襲を受けるリスクが上がっています。十分に気を付けてください――〉
ヨハンの無線音声にも緊張が……というより、少し焦りのようなものが感じられる。進軍を始めてから早二十分強。そろそろ獣の痕跡くらいは見つけておきたいところだろうからな……。
このまま何事もなく進んでしまえば、あと十分ばかりでサリア村に着いてしまう。村を外部から見張れるような位置は少なく、あったとしても前線からは大分遠のく。つまりサリア村の内部に獣が留まっていた場合、否が応にも白兵戦を迫られ正面衝突になる。道中で襲われるよりはまだマシだが、リスクが高いことに変わりはない。
各自無言で、ぬかるんだ地面を踏みしめ歩き続ける。気分が悪い。頭痛がする。だが……俺は一人じゃない。二十四の足音が、俺を奮い立たせてくれている。いくら怖かろうと、今度は投げ出さない。俺のためにも、父さんや母さん……姉さん。そして友達のためにも。必ず”獣“を討伐する……!
再度自己の意思を確認した俺は、気を持ち直した。目前には既にサリア村の外壁が見えている。
「あれが……」
「ええ……」
ダンや先輩が息を呑んでいるのが分かる。当然だ。暗闇を煌々と照らす炎が全てを焼き尽くし、獣によって人間や家畜が食い千切られる光景を見れば誰だって――
誰 だ っ て ――――― ――――― ――――




