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ブレイブヤード  作者: 蘇芳
第一部一章
11/19

十節【探すもの、彷徨うもの】

「…さん! …さんが!」

「しゃべっちゃダメ! 走って!」

「でも!」

「いいから! もう逃げるしかないの!」

 これは………夢か………?

 俺は相変わらず手を引かれて……そう、森の中を走っている。

「グレン! しっかりして! ほら早く!」

 体の小さい俺は、女の走る速さについて行けない。いくら手を引かれようとも、足がもつれて転んでしまう。

「うぁっ……!」

 女に抱きかかえられる。……初めて顔を見た。

「諦めちゃダメ! …さんも頑張ってるから!」

 女は俺だけでなく、自身にもその言葉を言い聞かせている様だった。表情も声も悲痛に満ちている。

 そのまま「何か」から逃げ続けること、数分。

 次第に……木々をなぎ倒す轟音と共に、巨大な影が後ろから迫って来る。

「だめっ! あいつが追って来る……!」

 女は歪んだ表情で髪を振り乱しながらも、決して俺のことは投げ出さず、森を駆けた。

 泥だらけになろうと、木の枝で身を切ろうと、決して立ち止まることはない。

 立ち止まった瞬間が最期だと、正しく認識しているからだろう。

「…さん、あれ……!」

「………! ええ……!」

 目の前には森の終わり……つまり、村から最も遠い街道への道筋が見えていた。

 街道のすぐ近くには大きなテントがいくつかあり、そこには大勢の人がいた。遠巻きに見ても、ほぼ全員が武装していることが分かる。

 この瞬間だけは、女も俺も希望に満ちた顔をしていただろう。

 そこまで逃げきれば助かるものと、思い込んでいたから。

 

《■■■■■□□■■■■■■■―――!!!!!》

 

          *


「……、………レ…! ……ろ…レン! ……グレン!」

「うぉっ!?」

 何だ……!?

「おお、やっと目が覚めたか! 急に意識を失ったから心配したぞ!」

「タレク……? どうしたんだ……?」

「それはこっちの台詞だ! 全く、無理をするなと言うに!」

 何があった……かは、今タレクが言った通りか。俺は急に意識を失ったらしい。目覚めはしたが、頭痛が酷いな。

「ほら、これを飲め。少しは楽になるぞ」

 そう言って手渡されたのはビン入りの紫色の液体。コルクを抜くと何とも言えない異臭がした。

「……気が進まんのだが」

「我儘を言うな。今の君の症状には持ってこいの気付け薬だぞ」

 拒否しても顔に押し付ける勢いでぐいぐい来るので、諦めて飲ん………だが………

「驚きの不味さァ゛!」

「ハッハ! そら元気になった!」

 アホか! 今まで口にしたもんの中でワースト一位レベルで不味いわ! まだ腐ったキャベツでも食った方がマシだわ!

「オェっ……味で気持ち悪くなってきた……」

「そこは我慢してほしい。効き目と不味さは二人三脚と言うしな!」

「意味わからん……」

 タレクお前、学の方は俺より無いんじゃなかろうな……。

「さてグレン、続きはいけるか?」

「ん……ああ、いける。癪だが本当に効き目だけは良いなその薬」

「そうだろう、そうだろう。また気分が悪くなったら飲んでいいぞ」

 二度と飲まんわ。

「つか……ここはどこだ。こんな洞窟、近くにはなかったと思うが」

「ああ、君をおぶって随分進んだからな。ここから少し行けば目的地だぞ」

 さりげなくとんでもないことを言うなコイツは。自分とほとんど体格の変わらないおれを担いで、一時間近く森を歩いたのか。体力じゃ野生児には敵わねぇな。

「そいつはどうも。……じゃ、行くか」

「ああ!」

 覚醒直後の重い体をなんとか起こし、洞窟を後にする。魔物に見つからなかったのは木々で死角になっていたお陰だろうな。

 雑草を掻き分けて少し進むと、タレクの言う通りすぐに地点Dが見えてきた。小さな池に隣りあった、比較的足場の状態が良い場所だ。フィールドワークの実施地点であることを明確にするためか、立て看板まで置かれている。目的地はここで間違いないな。

「ヴィゴは……いないな……」

 辺りを見回しても、人影らしきものは一切ない。見えるのは動物か魔物くらいだ。予想はしていたが、少し面倒なことになってきたな。

「この近くには廃村があるんだろ? そこに逃げ込んだんじゃねぇのか?」

「ああ……そうだな」

「? どうした、急に辛気臭い顏して」

「いや、何でもない。今は気にしても仕方がないことだ」

 タレクにしては珍しい、やけに引っ掛かる言い方だが、気にかけてる時間はなさそうだ。その村に何があろうとなかろうと、ここまで来て探しに行く以外の選択肢はない。

 地図を開いて方角を確認し、ヴィゴが逃げ込んだであろう廃村……『サリア村』へと移動する。道のりは短いうえに、ここからはちゃんとした道がある。恐らく五分も経たずに着くだろう。

「………っ」

 何故か、落ち着いていたはずの頭痛が急にぶり返して来やがった。タレクに貰った薬、効能は良いが有効時間が短過ぎやしないか? だがもう一度アレを飲めと言われても嫌なので、このことについては黙っておく。我慢できないレベルじゃないしな。

 道なりに少し進むと、サリア村の石垣が見えてきた。それほど立派なもんじゃないが、この村を囲うには十分と思われる造りだ。……だが、やけに損傷が激しいな。まるで魔物の大群でも押し寄せたかのような破損具合だ。

「……やはり、神の怒りか」

「何だ急に」

 タレクが突然、神妙な面持ちで語り始める。

「この森には「神」がおわす。村の掟を守るのは、森の秩序を守るためだと村長は仰っておられたと思うが。それは森の秩序を乱すことにより、神の怒りに触れたくないがためなんだ」

「神の怒り、ねぇ……。買うとどうなるんだ?」

「今、目の前に見えているだろう。そうなるんだ」

 タレクが顎で指した先には、倒壊した家屋が多く残る、殺風景な「荒地」があった。十年前という時間の流れを考慮しても、この荒廃度合は明らかに異常だ。まるで村中焼き討ちにでも遭ったかのような…………凄惨な印象を受ける。

「……で、今アンタはその掟とやらを破っているわけだが」

「言うな。俺だって並々ならぬ覚悟をもってここまで来ている。ヴィゴを連れ帰ったところでこの罪悪感は消えはしないだろうが、村の未来こどもを守るという大義のためだ。森の神もきっとお許しになってくださると信じている」

 タレクの正義漢ぶりにもようやく慣れてきた俺は、少しだけ口角を上げていた。単なるイイ子ちゃんは嫌いだが、覚悟を持った奴は嫌いじゃない。そこまで言うなら、最後まで付き合ってやろうじゃねぇか。

 目線アイコンタクトでお互いの意思を確認した後、俺達は入口であろう門を通り、サリア村に足を踏み入れた。……やはりというか、村自体に生気が一切感じられない。人間は当然だが、動物の一匹すら寄り付いてない。イメージとしては完全に「墓場」だ。

「寒気がするな……ここだけ空気が違うみたいだ」

 タレクが自身の身を抱きながら言う。確かに森にいた時よりも肌寒いというか、悪寒がするというか。嫌な雰囲気に包まれている感覚はある。まぁ、どうせ視覚情報から来る錯覚なんだろうけどよ。

「ビビってても埒が明かん。さっさと探し出すぞ」

 段々と酷くなる頭痛に顔をしかめながら、俺は一軒の半壊した家屋の中へ入った。石造りが混じったこの家は今すぐ全壊するような状態ではないため、身を隠すなら丁度良いだろう。

 中は埃っぽいが、夜風を遮るくらいなら申し分ない。俺は村の外の魔物を引き寄せない程度の声量で、ヴィゴの名前を何回か呼んだ。

「いないな」

「ヴィゴは臆病な子だ。例え名を呼ばれようとも、それが知らない声であれば姿は見せないだろう」

 とのことなので、呼び掛けはタレクに任せることにした。よそ者は大人しくしといてやるよ。

 俺と同じくらいの声量でタレクも名前を呼んだが、変化は無し。つまりこの家にはいない。

「あと何軒か身を隠せそうな状態の建物がある。とりあえず全部当たっていくしかないだろ」

「そうだな……」

 ハナからすぐ見つかるとは思ってなかった。時間にはまだ少し余裕があるし、ゆっくり探していけばいい。

「それはそうとグレン、また随分と顔色が悪くなっているが?」

「ほっとけ。今はガキの方が重要だろ」

 タレクがあのクソ不味い薬のビンを手にそんな台詞を言うもんだから、俺はそそくさとその場を離れた。確かに頭痛は辛いが、それはもう飲みたくねぇ。

 家から出ると、さっきよりまた一段と寒気がした。風も空気も冷たいうえに、重苦しい気がする。本当に辛気臭い村だな。時間はあるが長居はしたくない。

 マイナスアプローチだが歩速の上がった俺は、タレクを連れて次々と家屋を調べていった。呼びかけに反応がないか、人が居た痕跡がないかを見て、なければ次へ。隠し部屋でもあったらお手上げだが、俺とタレクが見つけられないものを子供が見つけるとは思えん。なのでこの方法で十分だろう。

 単なる一軒家と思しきものから、食料品を扱ってたであろう店、村人が集っていたと思われる集会所、村に一つだけある小規模な診療所等々。数としては多くないが、なにぶんあちこちに散らばってるもんだから、一通り回るのにそれなりの時間が掛かった。携帯で時刻を確認すると、既に日付が変わっていた。

「これだけ探してもいないとは……まさかとは思うが……」

「…………いや。諦めるのはまだ早そうだぜ」

 倒壊してない最後の建物、村外れの小高い丘にある小さな教会の前まで来て、ようやく俺はソレを見つけた。つい最近まで人が居たことを示す「痕跡」だ。

「これは……焚火の跡か! つまり……!」

「ああ。居るだろうよ」

 焚火の他にも、獣を捌いた跡があり、比較的新しい足跡まである。それもサイズ的にはかなり小さい。恐らく子供のものだろう。

「ヴィゴ―――!!」

 嬉々として教会の中に飛び込み、そう叫んだタレクに対し、

「…………………………にいちゃん…………?」

 十歳そこらの子供が、呼びかけに応えた。



「いやぁ良かった、良かった! 大事ないとは思っていたが、随分探したんだぞ!」

 タレクはようやくヴィゴを見つけ出せて、すっかりご満悦だ。お前さっきまで「ダメかも……」みたいな空気出してた割には……いや、言わんでおくか。この場でわざわざ水を差すこともない。

「そっちの………………人は…………?」

「ああ、この人はな! 兄ちゃんと一緒にヴィゴを探してくれた、とっても良い人だ!」

「グレンだ。良い人かどうかは知らんが、とにかくお前を探していた傭兵だ。ここからケンラ村までは付いてくからな、安心しとけ」

 子どもの相手なんざ碌にしたことのない俺は、こんな接し方くらいしかできないが……まぁ、意図が伝わればそれでいい。ここからは単なる護衛役エスコーターだ。

「しかし何だ、お前とは兄弟なのか? タレク」

「いやいや! 俺とヴィゴに血縁はないさ。だがまぁ、せめて兄役くらいはできるかと思ってな」

 なるほど。……外部に家族役の人間が必要ってことは、内部でそれが満たせないということだ。もしかすると、タレクが最初に言っていた「病気の母親のために掟を破った若い男」というのも、コイツのことをぼかして言ってたのかもしれないな。何となくだが。

「さて、じゃあ早速で悪いが、ここを発つぞ」

 ヴィゴを見つけ出すという第一条件はこれでクリアした。後は夜中の間にここからケンラ村までヴィゴを連れ帰ることができれば、(個人的)任務達成となる。危険性を考慮するなら朝になるのを待った方が良いが、ケンラ村であんな騒動があった以上、掟があるタレクは勿論、俺も朝になって村に居ないとなると都合が悪い。なのでこのままヴィゴを連れてケンラ村周辺まで戻り、俺とタレクは村に忍び込む。対してヴィゴは正面から帰還。あくまで「誰も助けには行かなかったが、自力で村に帰って来た」という演出が必要になる。そうなれば村長もその勇気を称えて、掟破りの罰を軽くしてくれるだろうとタレクは言う。そう上手くいくか? とは思うが、他に思いつく手がない以上こうするしかない。

「ヴィゴ、今から歩けるか? もし歩けないなら、兄ちゃんがおぶってやるぞ」

「いい………………」

「ん? 歩けるのか?」

「………………」

 俺とタレクが帰る算段をしている中、先程からどうもヴィゴの反応が良くない。単に疲れているだけなのか、または帰りたくないのか。掟破りの罰が怖いとはいえ、こんな気味の悪い村に居続けたいとは思わんだろうが……。

「よし、分かった。じゃあ兄ちゃんがおぶってやるから―――」

「イヤ!」

 タレクが差し伸べた手を、ヴィゴは叩き落とした。何だ、兄弟喧嘩か?

「どうしたんだヴィゴ、怖がる必要はないぞ。兄ちゃんを信じてくれ」

「イヤッ! イヤァァァ!!!」

 ヴィゴは目の焦点を失い、その場で転げ回った。それも、子供が駄々をこねているようなレベルじゃない。明らかに「錯乱」している。俺は慌ててヴィゴを押さえつけた。

「おい、どうなってる。兄役じゃなかったのか」

「……分からない。普段のヴィゴなら、考えられない」

 タレクは叩かれた手を握り締めて、心底ショックを受けた表情をしているが……これはどうも二人の関係性の問題じゃないぞ。ヴィゴが一時的にパニックに陥っているだけだ。今も押さえつけてはいるが、口に当てた手を思いきり噛んできやがる。

「こんな村に一人で長時間居れば、誰だって気が狂ってもおかしくはない。このくらいのガキなら尚更だ」

「そう……か。それもそうだな……」

 体力が尽きたのか、少し大人しくなったヴィゴをタレクは抱き締めた。すまない、すまないと目に涙を溜めながら。もう少し早く助けに来れていれば、とは理想論だが。この痛ましいまでの怯え方を見ると、俺も気持ちを同じにせずにいられないな。

 しばらく経ち、ヴィゴは急に大人しくなった。まさか死んではいないだろうな!? とタレクは心配したが、ちゃんと呼吸はしているし脈もある。気絶するかの如く眠ったんだろう。

「ひとまずはこれで帰れる。ルートは同じで行きたいが……途中はほとんどアンタ頼みだな」

「任せてくれ。君を担いでいる間に通った道もちゃんと覚えている」

 そいつは頼もしい。

「なら決まりだ。さっさと移動するぞ」

 俺もできれば、この村には長く居たくない。教会から外に出た途端、異常なまでの冷えと悪寒に加えて、腐臭とも死臭ともつかない臭いが漂ってきたことで、尚更そう思った。

「酷い臭いがするが……何の臭いだ……?」

「分からん。だが、とにかくここに居続けるのは良くないことだけは分かる」

「そうだな……。ヴィゴが目を覚まさないうちに、早く出よう」

 こんな村にずっと留まれば、ヴィゴだけでなく俺やタレクまで正気を失ってしまうかもしれない。この村は異常だ。

 俺たちは教会を後にし、サリア村の入り口まで一言もしゃべらず移動した。肌で感じる不快感と、嫌でも鼻をつく悪臭。それらが俺たちの気力と体力を根こそぎ奪っていったのは事実だが……加えてしゃべれない、いや「音を出せない」理由が、今目の前に大量にいる。

「(チィ……ハウンドの群れだ……)」

 森の中でも何度か見かけた、犬の様な魔物だ。……犬の様と一言に言っても、あくまで骨格がそれに近いというだけで、よくよく観察するとその醜悪さが見て取れる。今にも取れて落ちそうなほど飛び出した目、溶解作用のある涎を垂らす口、体内から何本か骨が突き出た体。あんな魔物に集団で襲われでもしようものなら、傭兵でもトラウマになる。

「…………! ……!」

 タレクが必死にジェスチャーで訴えかけてきてるが、言わんでも分かる。俺もあの数相手に正面突破する気はない。別の出口を探すしかないだろう。俺一人なら石垣を上るなりいくらでも逃げ道はあるんだが、今は護衛中だからな。

 しかし何がここまでハウンドを引き寄せたのか……は言うまでもないか。さっきのヴィゴの何にも憚ることのない絶叫だ。俺とタレクは声量を抑えていたが、ヴィゴはおかまいなしに叫んで暴れた。やってくれたもんだぜ。

「(さて、どうしたものか……)」

 中々一筋縄ではいかんものだが、この場は俺がどうにかするしかない。ヴィゴは勿論、タレクもあれだけの魔物を相手取るのはキツイだろうしな。

 俺はなるべく音を立てないよう気を付けながら地図を開き、タレクにそれを見せながら、サリア村内周の南東側の一点を指差した。

「…………!」

 タレクはこくこくと頷き、俺に続くとジェスチャーした。念のため、音を立てるなと指で警告をしてから、姿勢を低くした状態で移動を始める。

 村の石垣は所々崩れてる箇所があるものの、漏れなくハウンドが入り込んで来ている。数は……ざっと見るだけでも五十匹はいるな。俺が同時に相手できるのは精々が五匹くらいなもんで、タレクやヴィゴを守りながらと考えると……二匹くらいが限界だろう。それ以上は誰の命も保障できん。

「…………」

「…………」

 無言で移動し続けること十分。目的地付近に到着したが、さて……どのあたりだったか。

「(ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫だろう)」

「(気を抜くな。まだそこいらにハウンドがいるかもしれんからな)」

「(分かっているさ。……しかし指示されるままに付いては来たが、ここには何があるんだ?)」

「(もう一つの出口だ)」

「(それは本当か。この場所は通ってないと思うが、いつの間にそんなものを見つけたんだ?)」

「(それは……)」

 それは………………?

 井戸の隣の土を払うと、そこには地中へと続く鉄製の昇降口ハッチがあった。間違いない。ここを開けて地中にある通路を進めば、村の外にある出口に繋がる。

 俺にはその記憶が…………ある…………?

「(…………っ)」

 また、酷い頭痛がした。

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