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ブレイブヤード  作者: 蘇芳
第一部一章
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九節【森へ】

 時刻は十八時を過ぎ、もうしばらくで日も沈みきる。森の夜は早いな。

 結局一睡もできなかった俺は、一人寂しく携帯スマホのゲームアプリで暇を潰していた。

 タレクも忙しいのか、あれ以降テントに来ることはなかった。奴さんも立場があるようだし仕方ないがな。

「…………何だ?」

 にわかに村の入り口の方が騒がしくなった。何かあったのか?

 興味を惹かれテントの外へ出ると、丁度フィールドワークから戻って来たらしい先輩たちと目が合った。合ったんだが、何だこの人だかりは。

「もうすぐ日が沈む。掟ではこれ以上、村を離れることはできん」

「ええ、窺っています。ですので」

「アンタらも出ない方がエエ。掟破りには罰が下るからのう」

「そんな! じゃあ見捨てるんですか!?」

「それが掟じゃ。いかなる理由があろうと、掟に背いた者は救えん」

「私たちは外部の者です。私たちだけなら、森に向かうことも許されると思いますが」

「到底聞き入れられませんな。死にに行くのと同じですゆえ」

 ……何だか険悪な雰囲気じゃねぇか。一体何事だよ。

 俺はテントからそろそろと這い出して、近くにいたふくよかな女……カーラに状況を聞いた。

「何かあったのか?」

「あらアンタ。それがねぇ、お上の人たちに付き添っていた村の若い坊やが、行方不明になっちゃったみたいで……困ったねぇ」

「行方不明って……今からでも探しに行きゃいいじゃねーか」

「村の掟でそれはできないのよぉ。夜は魔物もたくさん出るし、森の精霊様も守っちゃくれないわぁ」

 昼間のハキハキとした気風がどこへやら、カーラはただ只管に困っている様だった。なるほど、タレクが言ってたのはこういう事か。

「同行をお願いした僕にも責任があります。どうか森へ向かわせてはいただけないでしょうか」

「ならん! 森の怒りを買うだけじゃ!」

「そうよ! 私たちにまで怒りが向いたら、貴方たちは責任が取れるの!?」

「そんな言い方って……!」

「分かってくだされお三方。これがこの森に住まう我らの掟なのじゃ」

 なるほど、話が見えて来たな。

 先輩たちは逸れてしまった同行者を探しに行きたいが、村人は勿論、先輩たちでさえ「掟」とやらに抵触するという理由で、今から森に向かうことは許されないと。

 そんなことでこんな雁首揃えて言い合ってんのかよ。くだらねぇ。

「村長。不躾ながら申しますと、ヴィゴはこの村の未来を担う若者です。この日ばかりは、掟に背くことをお許し願えないでしょうか」

「タレク、何度も言わせるな。掟を破る者を許せば、村の秩序が、ひいては森の秩序が乱れる。それはあってはならぬことだと、ぬしにも分かっていよう?」

「ですが……!」

「儂とて心苦しい。しかし掟は掟じゃ。覆すことはできぬと思え」

 輪の中心、一番偉そうな爺がそう言い放った時点で、村人たちは全員顔を下げた。最後まで食い下がっていたあのタレクでさえもだ。村社会っつーのはどうしてこうなんだ。融通が利かないにも程がある。

 掟掟掟って馬鹿の一つ覚えみたいによ、爺の言うことには誰も逆らえねぇってか。

「話は終わりじゃ。済まんが、お三方にはこちらで監視を付けさせて貰う。……森の秩序を、どうか乱してくださるな」

 爺が顎で合図すると、村人の中でも特に屈強な男連中が先輩たちを取り囲んだ。あれは……逃げられんな。村人に危害を加えるのが禁則事項タブーな以上、実力行使はできない。かといって隙を見計らっての脱出も困難だ。さてどうする。

「……分かりました。そちらのご意向に従います」

「ヨハン先生、どうして!?」

「レイナさん、我々はこの村にとっては部外者です。現住の方々のルールを破ることは勿論、危害が及ぶかもしれないというリスクも、できる限り避けなければいけません。分かりますね?」

「そう……ですけど……!」

 悔しそうに歯噛みするレイナにマリア先輩が寄り添い、落ち着けるように肩を優しく抱いていた。

「理解が得られたようで我々も安心しました。…………そちらの若人も、賛同いただけますかな?」

 そんちょうは急に振り返ったかと思うと、輪の外れに居た俺を真っ直ぐ見据え、同意を求めて来やがった。村人たちもそれに倣うように、次々と視線をこちらへ向けて来る。一種のホラーだなこの絵面は。

 まぁ一瞬だけ面食らいはしたが、俺の返答は既に用意してある。こうだ。

「ああ勿論。こんな時間に怪我人の俺が出張った所で、魔物の餌になるのが関の山だからな」

「その言葉に、嘘偽りはありませんな?」

「ない。なんなら夕飯を賭けてもいいぜ」

 俺が分かりやすく大仰なジェスチャーを交えて返すと、爺は少し間を置いた後に鼻で笑った。周囲の村人たちは全員呆気に取られているが……何だ、そんなにおかしい台詞だったか?

「宜しい。ではこれにて会合は終了とする。後は皆、己の役割に戻るように。……そちらの若人にはイノシシ肉のスープを振る舞うのが良かろう」

 爺がしわがれた声で号令を掛けると、村人たちは(監視役の男たちを除いて)ぞろぞろと各方面へ散って行った。……その途中、何故か俺に奇異の視線を向けて来る輩が多かったが、今更気にしても仕方がない。次からあの爺さん相手には、もう少し締めた言動を心がけるとしよう。

 ともかく、これで俺に限っては拘束を免れることができた訳だ。可能なら先輩も解放して貰いたかったが、それをやれば俺も掴まって終いだろうしな。今は下手に動かずに、イノシシスープとやらが出来上がるのを待っていた方がいいだろう。

 レイナが遠巻きにガン飛ばして来てやがるが、無視だ無視。あの場面で馬鹿正直に歯向かえばそうなることくらい分かったろ。俺が言えた義理でもねぇが、もう少しクールになった方がいいぜ。

「グレン、すまない。君の仲間を捕らえることになってしまって」

「気にすんなタレク。あれはこっちの対応も悪かった」

「しかし……」

「ンなことより、今後の話をしねぇか?」

「今後……?」

 目を丸く見開き疑問符を浮かべたタレクに対し、俺はニヤリと笑った。



 昨日と同じようにケンラ村の恒例行事おどりに強制参加させられた俺だが、流石に二回目は学習して男衆とバカやる程度に済ませておいた。女が絡まなけりゃ存外悪いもんでもねぇな。

 爺の言いつけ通り振る舞われたイノシシ肉のスープは、味にクセはあったものの体力が付く良い料理だった。お陰で昨日の同じ時間には既に底を突いていたエネルギーが今は溢れている。……これなら行けるな。

 時刻は二十一時過ぎ。都会住みならまだまだ夜はこれからだが、大自然に囲まれたこの村では既に消灯時間一歩手前だ。村の人影はまばらになり、ようやく俺も羽を伸ばしやすくなってきた。……が、その前に目の前の三人をさばかなきゃいけねぇようだ。

「……随分お楽しみだったようだけど?」

「まぁな。スープも美味かったし、村のネーチャンたちも最高だったぜ」

「最ッ低」

 レイナはこれでもかと言わんばかりのしかめっ面で吐き捨て、さっさとテントの中に入って行った。普段の俺からすれば明らかに異常な発言だったことにすら気付いてない。ありゃ結構まいってるな。

「グレン君。見た所体に重傷はないようですね」

「お陰様でなァ? アンタ、実は相当タチの悪い部類の人間だろ」

「いいえ。僕はどこにでもいるような、つまらない男ですよ」

 ヨハンは俺の様子をしげしげと眺めた後、納得した様子で自分の車へと戻って行った。テメーの顔なんざもう見たくもねぇが、それも今夜限りだ。任務さえ終われば二度と会うことはない。なら必要以上に恨みもった所で意味はねぇってこったな。

「………………」

「先輩?」

 前者二人は軽い受け答えで済んだが、この人は違った。マリア先輩だ。

「体、大丈夫? どこも痛くない? 辛くない?」

「大丈夫っス。何にも問題なし」

 先輩が心底心配した様子でこちらに詰め寄って来るものだから、俺は面食らいつつもなすがままにした。この人の心配性は昔から変わらない。

「本当にしんどくなったら遠慮なく言ってね。私、いろいろ持ってるから」

 傷薬や痛み止め、精力回復剤やら精神安定剤などなど……他にもあらゆる医療品を両手一杯に抱えて言う先輩の姿は、若干鬼気迫って見える。いやそこまで威圧感はないが、なんだろう。とにかく必死さがよく伝わって来た。

「俺の体はいいんスけど、今回の任務……せっかく来て貰ったのにこんなザマで、申し訳ねぇっス」

「い、いいのいいの! そこは気にしないで! 誰だって体調が悪くなる時くらいあるし、勿論私だってあるから!」

 腕をブンブン振って受け答えする先輩が可笑しくて、つい笑っちまう。ダメだな、この人といると気持ちが緩んで仕方ねぇ。全然イヤな感覚ではないが。

「だから何も心配しないで、次もご一緒させて……ね?」

「……ああ。そん時は、またよろしくッス」

 先輩が安堵したように微笑み、テントに戻って行った所で、見張りの村人たちがテントを囲んだ。なるほど、本当に村から出す気はないんだな。爺の権力は思った以上に凄まじいらしい。

 俺のテントも監視の対象範囲には入っちゃいるが、別に俺は今、あそこに入らなくてもいい。逆に入ってしまえば、もう事は起こせない。タイミングは今しかないんだ。

「……っし」

 気合いを入れる。こっから先は…………俺の仕事だ。

「行けるのか?」

「ああ。そっちは?」

「監視の巡回ルートは全て知っている。二人抜け出すくらい造作もない」

 さすが、立場があると言うだけあるな。俺ともう一人の男……タレクは、村人の目を盗みながら民家(タレクの持ち家らしい)の裏手に移動し、そこで必要な装備を整えた。

 俺は任務用の黒い戦闘用傭兵服タクティカルスーツを着込み、ナイフや銃、銃弾の入ったマガジンの確認を行なう。立体機動用ワイヤーの量も申し分ない。……昼間の任務で碌に使えなかったからだけどな。

 タレクは何やら袋やビンの詰まった鞄を持ち出してるが……ざっと見る限り薬が多そうだ。まぁ正直、この環境下ロケーションならそっちの方が役立ちそうだ。オカルトめいたモノは勘弁だけどな。

「グレン、これを。ニオイ消しだ」

「いいのか?」

「勿論。今夜は風が強いから、今のままだとすぐに魔物に見つかるぞ」

 なるほど、現地の知恵だな。

 タレクから薄緑色の液体の入ったビンを受け取り、中身を全身に塗る。草のニオイというか土のニオイというか、とにかく森そのものみたいなスメルになった。これは有用だな。

「よし。じゃあ行くぞ」

「ああ、任せる」

 準備が整った所で、俺はタレクの先導に従いケンラ村脱出の為のスニーキングを始めた。

 消灯時間間近とはいえ、村を守るための監視役は結構多い。物陰に隠れ息を殺し、機を見て次の物陰へ。足音を立てるなんてもっての外だ。物陰が途切れると、今度は草むらの中に身を隠した。まるで狩人ハンターだなこりゃ。

「(中々上手いじゃないか。その身のこなしは腕も相当立つな?)」

「(このくらい学校アカデミーの初等部でも習う。初歩だ初歩)」

 一々褒めちぎってくるタレクをよそに、俺たちは一歩一歩確実に、村の外へと移動を続け……遂ぞ監視に見つかることなく、ケンラ村の外れまで辿り着いた。

「ここまで来ればもう人はいない。後は森の動物と……魔物だけだ」

「何だ、今更怖気づいたのか?」

「そう責めてくれるな。俺だって夜の森を経験したことは少ないし、正直言えば怖いさ。……だが、それでも為さなければいけないことだ」

「掟を破ってでも、か?」

「ああ! 村の子供一人救えずに、何が掟だ。俺はヴィゴを助けに行く!」

 そう熱く語るタレクだが、こいつは……本当に真っ直ぐな奴だな。俺とは反りが合わない筈なんだが、不思議と不快感がない。目的を同じにしてる点で繋がる所があるのかもしれねぇな。

「改めてグレン、感謝するよ。お上であるにも関わらず、村の問題にまで付き合って貰って……こんなに嬉しいことはない」

「よせ。まだ何かを成し遂げたわけじゃないし、俺にはそういうノリは必要ない」

「だが君だけだ。君だけが、ヴィゴを想って行動に移してくれた。それだけでとてもありがたいんだ」

 タレクに両手で力強く握手され、俺はそっぽを向いた。やめろっつってんだろ。そういうのは……慣れねぇんだよ。ったく。

 そもそもこれは俺自身の汚名返上も兼ねてんだ。昼間の任務で全く仕事ができなかった分、何かしらの形で埋め合わせはしなくちゃならねぇ。ヴィゴとかいうガキが村に戻ってくりゃ、先輩も……レイナも負い目なく村を出られる。

 あの二人、レイナは分かりやすかったが、先輩も表情の節々が陰ってたからな。あの人に限って気にしない方が無理ってもんだろう。

 ヨハンの野郎は表情一つ変えてなかったが、責任があるとは言っていた。ならその責任問題を帳消しにすりゃ、今朝の「借り」もチャラだ。俺がスッキリする。

 とまぁ、こんな感じでいい具合に利己的な理由だから、その、あれだ。そんな眩しい顔をこっちに向けんでくれ。直視できん。

「ああ、すまない。少し騒ぎすぎたな」

「まぁ、いいけどよ。……そろそろ行くか」

 お喋りはここまでだ。ここから先は未知の世界。俺も夜中の任務は久し振りなわけだし、気を引き締めていかねぇとな。

 軽い深呼吸をした後、タレクに続き森の中へ。

 目的地……直前までヴィゴの姿があったという、フィールドワーク地点Dまでの道のりだ。この位置はケンラ村から最も離れた、ロッソ森林南西の端に該当する。タレクが言うには、地点Dの近くには十年前まで小さな村があったらしいが、そこも今は廃村となっているそうだ。もしヴィゴが森の中に留まることを嫌えば、そこに逃げ込んだ可能性もあると推測できる。

 ザッ……ザッ……と草むらを掻き分けて進む。道らしき道は近くにないから、こうする他ない。草が鬱陶しいのと地面がぬかるんでいること以外は特に問題ないがな。

「見ろグレン……魔物だ」

「…………」

 程なくして狼型の魔物……ハウンドの群れに遭遇した。丁度狩りの時間だったらしく、獲物になった鹿が四、五匹のハウンドに食い散らかされている。一見残酷なシーンにも見えるが、アレが自然の摂理ってもんだ。

「あの集団を相手取るのは不味い。迂回するぞ」

「あ、あぁ……」

 タレクが少し及び腰なのは気になるが、これは仕方がない。本人もさっき自分で言っていたし、経験がないと俺も同じ感じになるとは思う。

「さすが傭兵……落ち着いてるな」

「経験があるだけだ。それこそ、あんな光景よりもっと酷い……」

 …………。

 …………………。

「グレン? どうかしたか?」

「……いや、何でもない。先を急ぐぞ」

 一瞬。何かがフラッシュバックした…………気がした。

 ハウンドが鹿を喰らう様が、何かに見えた。同じような、全く違うものに。

「もし気分が優れないなら言ってくれ。薬草をたんまり持って来たからな」

 やはりと言うべきか、その袋の中身は薬草か。薬じゃなく素材そのものを使ったことはないんだが……まぁ、それも頼る場面が来たら頼るとしよう。今は任務遂行が優先だからな。

 ハウンドの群れに気付かれないよう、木の陰に隠れながらやり過ごす。恐らくタレクに貰ったニオイ消しが効いている。アイツらは鼻が良いから、本来この距離ならニオイで気付かれていた筈だ。ナイスだぜ。

 後はなるべく音を立てずに移動するだけだが、これも容易い。何せ今夜は風が強いから、木々のざわめきでほとんどの音が上塗りされる。天の神様なんざ一ミリも信じちゃいないが、今日ばかりはツイている。思ったよりも簡単イージーな任務になりそうだぜ。

 ザ……ザ……

 その後何度か魔物に遭遇はしたが、その殆どをスルーして俺とタレクは進んだ。最初は真っ暗だと感じていた夜の森も、段々と目に馴染んできたしな。このまま一時間も歩けば、目的地の地点Dに到達できる。

 当初は怯えの色が強かったタレクもそろそろ慣れて来たのか、俺より優れた嗅覚で魔物を捉え、戦闘回避に一役買っている。順調の一言に尽きるな。後はヴィゴが見つかればいいんだが。

「………………」

「グレン、やはり顔色が悪いように見える。大丈夫か?」


 一つ懸念があるとすれば。

 俺の体が、明らかに異常をきたしてきていることだけだった。

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