第2話 エルフとドワーフと人間
「困るなあ、今回の失敗でもう3回目だ。次こそリザードマンを駆除しないとだぜ?」
ギルドの店内に、大きな声が響き渡る。声の主は、軽装のエルフの青年である。
「・・・ふむ、その通りだな。」
テーブル越しに対するは、鎧に身を包んだ、黒々としたヒゲが勇ましいドワーフの男。鼻下から長々と伸びる立派なヒゲでその表情は読み取りずらい。
その無表情なドワーフの顔を見て、エルフの青年は少しウンザリした様子で言葉を続けた。
「分かってる?この調子じゃ、いつまでもダンジョンクエストがクリアできないぜ!」
店内に響き渡る声、周りにいた人間達は、何事かとその視線を送る。そこにいたのが、エルフとドワーフの2人組だと分かると得心が言った表情となり、楽しそうに野次を飛ばす。
「フィル、だからエルフとドワーフの2人でパーティ組むのは無理だって言ったろ!ドワーフなんかと組まずに、俺たちと組もうぜ!もっと儲かるぞ!」
「ブラウのおっさん、エルフなんかと組まずに、俺たちのパーティ入れよ、ちょうどダンジョンへ一緒に入る前衛を探しているんだ!」
エルフの青年、フィルはそんな野次を、面倒そうに手で払うと、首をすくめながら、ドワーフのブラウに向き直った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダンジョン ― 地下迷宮を指す言葉である。
冒険者達はその中に眠っている金銀財宝目当てにダンジョンに入る。
しかし、眠っているのは財宝だけではない。
ダンジョンの中には、独自の生態系を築いた「魔物」が存在し、冒険者たちに襲い掛かる。
この魔物の倒しながら進むため、冒険者達は装備を整え、仲間と一緒にダンジョンに挑戦をする。
先ほどの2人が挑戦しているのは、「魔術師の墓」と呼ばれる太古の魔術師の王が地下に眠ると言われる古代迷宮で、およそ30年前に発見された。
ダンジョンには、各地から冒険者が集う。人が集まることで、村ができ、街ができる。
「魔術師の墓」の近くには、メルクフィアという名の、500人ほどが住む村があったが、ダンジョンの発見とともに人が集まり、今ではおよそ6000人が住む立派な街となった。
ダンジョンは街が管理しており、その窓口となるのが、冒険者ギルドと呼ばれる組織だ。
冒険者ギルドはクエスト管理や冒険者への情報提供などを行う組織である。
エルフとドワーフの2人はパーティを組んでクエストに挑戦をしているが、どうやら苦戦をしているようだ。
2人はギルドに併設された酒場のテーブルに座り、失敗したクエストの話をしていた。
エルフ族のフィル、10代後半から20代前半に見えるが、人族より長命であるゆえ、実際の年齢は分からない。
栗色の毛は肩までの長さがあり、後ろで一つに纏められている。
身長は170センチメルトルほどとエルフにしては小柄で、先のとがった耳と深緑の色彩を持つ大きな目は、エルフ特有の魅力がある。
小ぶりな弓、ショートボウと腰には矢筒を付けており、彼が弓を得意とすることが分かる。
エルフにしては、表情が豊かで、へらへらとした口元は、どことなく軽薄な印象を相手に与える。
ドワーフ族のブラウ、見た目は中年オヤジ。
身長は150センチメルトルに届くか届かないかというところでずんぐりとした体形で黒々とした豊かなヒゲを蓄えている。
槍のような穂先に、斧を持つハルバードを持っており、鎧と合わせ、重戦士の出で立ちだ。
エルフの青年とは対照的に、その表情はヒゲのせいもあってか読み取りにくい。
先ほどからエルフの青年、フィルが一方的に話をしている様子からみると、このドワーフは無口なようだ。
「俺たちの実力なら十分クリアできるはずだろ?また明日ダンジョンに挑戦しようぜ!」
エルフの青年は手に持っていたビールをグビりと煽ると、ドワーフの中年に言葉を投げかけた。
「ううむ、分かった。」
「たのんだぜ、ブラウ。じゃあ明日、朝八つ時の鐘が鳴るころに冒険者ギルド前に集合ね。」
「どうやって倒す?」
と、ドワーフの中年がたずねた。
「遠距離から俺が矢を放つから、ブラウは近づいてきたトカゲどもを倒してくれ。報告では4体とあったが、実際は6体もいたから、矢を多めに用意しておくよ。」
話は終わりと席を立つエルフの青年、ドワーフの中年も手に持っている杯を空にし、腰を上げ店の出口へと足を向けた。
―――えぇ、今の会話で打ち合わせ終了なのか?そのままじゃクエスト、絶対失敗するだろ!
「PDCAだ!2人にはPDCAが足りないっ!!」
奇妙な出で立ちをした人族の青年がそこに立っていた。
「ん?にいさん、誰だい?俺たち、これでも結構強いんだぜ?何が足りないって?」
エルフの青年フィルは、唐突に話しかけてきた声の主に視線をおくり、返事をした。
奇妙な青年である。黒髪の短いショートヘアで身長はエルフの青年よりやや高い。筋肉の付き方を見る限り、戦士ではなさそうだ。髪と同じ黒い瞳の輝きに、好奇心と意志の強さを感じる。
そしてその恰好は随分と珍しいものだった。上下黒い服に身を包んでおり、インナーには白のシャツを着ている。首からは細長い紐のようなものをぶら下げており、この街では見られない出で立ちだ。
どこか異国の人間だろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(第1話冒頭に戻る)
「兄ちゃん、それで、そのぴーでぃーしーえーってのは何なんだ?」
エルフの青年フィルが、面白そうな表情で再び問いかける。
―――あまりにツッコミどころが多い話に、思わず声をかけてしまった。こういう生産性のない話を聞いているとつい首を突っ込みたくなってしまうんだよな。
「そう、PDACだ! 俺の名前は織葉聡一、よろしく!」
「・・・俺はフィル。それでこっちのドワーフのおっさんはブラウさ。」
軽装のエルフ族の青年フィルと、重そうな鎧に身を包んだ、黒々したヒゲが勇ましいドワーフ族の男、ブラウは、差し出した手を握り返しつつ、値踏みするような視線を向けた。