振り向いて、そして。
なんとなくいいなって。気になり始めたきっかけなんて、本当に何気ないことだ。
それは、どこにでもあるようなシーンだった。
確かあれは、小学五年生の頃だ。
『樹、これママが渡してって。おばあちゃんからいっぱい届いたんだって』
そう言って、幼なじみの有紗は俺の家までビニール袋どっさりと入ったみかんを持ってきた。
『…ありがとう』
すると、有紗は満面の笑みで言った。
『樹みかん好きだよね?だから特別にみっちゃん家より3つ多く入れたからね』
そう言って、有紗は笑顔で手を振った。
たかがみかんを多めにもらっただけ。
その気遣いに心打たれたのか、食べ物につられただけなのか。単純に笑顔に心を奪われたのかはわからない。
「広瀬くんって本当気が利くんだよね」
高校二年生になった俺の胸中なんて、有紗は知るわけもなかった。
「て、樹聞いてる?」
心配そうに俺を見上げる有紗に、苛々していた。
「広瀬のそれ、ただの点数稼ぎなんじゃないの?」
「…は!?」
俺は、有紗が広瀬を良いと思ってることを知っている。
だから余計に…。
「樹のそれのが、変だよ」
だけど、有紗の一言、行動、態度にぐらつく自分に一番腹が立つ。
「…学校遅れる」
何も知らないふりをして、毎日を過ごしていたのに。
「ねぇ樹。英語の教科書貸して」クラスが違うのをいいことに、有紗は俺の元までやってきた。
「あー。ちょっと待って」
俺は、お世辞にも綺麗とは言えない机の中から教科書を取り出して有紗に渡した。
「はい。どうぞ」
「ありがとう…あれ?」
有紗は机の下に目を向けていた。
「樹、何か落ちたよ?」
有紗が指差す方向を見ると、そこには一切れの紙。
「何だこれ」
その紙を拾って、確認すると、俺は焦ってその紙を有紗に見られないよう隠した。
「…樹?何それ」
「いや、何でも…」
俺の慌てふためいた姿に有紗もニヤリと笑いながら興味本位でその紙を見ようと俺の腕まで手を伸ばした。
「怪しいなぁ。見せてよ」「マジでやめろ、ちょっと待てって!有紗!」
俺は紙を持った手を上に挙げ、有紗が届かないようにしていたのに。
「樹見せてよー」
背の低い有紗は精一杯背伸びをして、俺の腕を掴み、下げようとしていたときだ。
「危ね!…あ」
体制を崩した俺の目の前には有紗の顔がある。
「……ち…!」
近い…!!
そう思って、俺はとっさに横を向いた。
「ち…って…何それ?樹、私に舌打ちした?」
「え?!し、してねぇよ!」
有紗に舌打ちなんて、するわけないのに。
「…無理矢理見ようとしてごめんね。教科書借りてくね」
明らかに勘違いして、有紗は行ってしまった。
「はぁ…かっこ悪…」どうしても紙を見られたくなかったのは…。
紙をじっと見返して、俺はそれをぐちゃぐちゃにまるめて、ズボンに押し込んだ。
放課後、部活を終えて帰宅している途中、俺の前を有紗が歩いていた。
「有紗」
その声に振り向いて、有紗は笑顔で手を振っていた。
「今帰り?」
「うん」
帰り道が一緒の俺たちは同じ道を歩く。
「樹、教科書ありがとうね」
「あー。うん」
有紗はそう言いながら、カバンから教科書を出して俺に渡した。
それを受け取り、俺も教科書をカバンに入れる。
何気ない話をしながら、俺の少し前を歩く有紗をただじっと見ていた。
いつからだろう。
ただ見ているだけで良かったのに。これが恋なはずないって思おうとした時期もあった。
だけど。
「樹?何してんの?早く行こうよ」
その気持ちは、どんどん大きくなっていって、見過ごせないくらい。
いつからか、触れてみたくなって…。
「え?何…?」
俺は、気が付けば無意識に手を伸ばし、有紗の腕を掴んでいた。
「え…?」
無意識のまさかの行動に、自分も追い付かない。
「え!あ、ご、ごめん!」
俺は何をしたいのか。
意味不明な行動に、恥ずかしくて消えたいくらい。
「…私、歩くの早かったとか…?」
有紗は何だか申し訳なさそうに俺を見ていた。
「いや、うん。ごめん。本当何でもない…」
「そう?早く行こう?」
本当、俺…ヤバいかも。
俺は、俯いて両手で口元を押さえながら有紗の後ろをゆっくりと歩いていった。
「あ!」
突然の声に、俺は顔を上げると、有紗は笑顔で振り向いて言った。
「樹、手大きいね」
「…は?」
急に何を言うのかと、俺は拍子抜けしてしまう。
「さっき腕掴まれたとき思ったんだよね」
「…そう?」
俺の中ではさっきの出来事は事件だと言うのに、有紗はそんなことを考えていたことを知る。
「そういえばさ…」
有紗はそう言いながらゆっくりと俺に近付いてきた。
「な、何だよ?!」
有紗は俺に触れるか触れないかのギリギリなところで止まった。
「樹って昔からまつげ長いよね」
直視出来ず、少しだけ視線を外す。
有紗の行動で俺がこんなに動揺してるなんて、気付かずに。
「背も高くなってさ…それに…」
無理だ。
有紗は俺の考えてることわかってるの?
「本当良い子なのに」
良い子?
ペット感覚な発言に俺はがっかりした気持ちになる。
「樹、モテるでしょ?」
有紗は満面な笑みで言った。
「いや、そんなことは…」
「えー!本当に?!」
自分ばかりドキドキさせられるのが悔しくてたまらなくなって。
「うん。ちょっとは…」
「そうなんだ!ちょっとってのがリアルだね!」
横目でチラリと有紗を見れば、楽しそうな顔。
なんでこう、距離って縮まらないのだろう。
手を伸ばせばすぐ有紗はいるのに。
「樹行こう」
いつまで俺は有紗の後ろ姿を見続けていくの。
振り向いたら俺がいることに気付いてもらえるのだろう。
「…待って」
「え…?」
俺はまたしても無意識に有紗の腕を掴んでいた。
「禁断症状かよ…」
ボソッと俺は独り言を言った。
「てか、うで細…」
掴んだ有紗の腕は細くて、男の俺は簡単に押さえつけることが出来てしまいそう。
「樹何か変だよ?どうしたの?」
気持ちが溢れ出てきてどうしようもない。
「…有紗が…好きなんだよ…」
俺は自分の言葉に急に恥ずかしくなって、下を向いてしまった。
有紗の様子が気になるのに、恥ずかしさで直視出来ずにいた。
「…樹」
有紗の言葉に情けないけれどびびってしまう。
「私…」
「おい。ひくなよ?てか…嫌いになるなよ」
俺の本心。
精一杯の言葉だった。
チラリと有紗を見れば、有紗は何だかきょとんとした態度で俺を見ている。
「うん。大丈夫…好きだし」
有紗は笑顔で言った。
「あ。なら…いいんだけど…」
好きの意味が有紗に届いてるかは微妙なまま、俺たちはゆっくりと家路まで歩く。
俺は自分の行動に急に恥ずかしくなって、ズボンのポケットに入れていた手を頬のあたりに持って行った。
その時だ。
「樹、何か落ちたよ?」
俺が気付いたときには時すでに遅し。
「何これ?」
それは、昼間有紗から必死に隠した紙切れがポケットから落ちたのだ。
「あ!おい、有紗待て!」
ガサガサと丸めた紙を有紗は解き、じっと見ていた。
俺はもう何も言えずにただその姿を見ているだけだった。
紙を見た有紗は急に赤面し、ゆっくりと俺を見た。
「あ、有紗…?」
俺と目が合った瞬間、有紗は勢い良く俺から目をそらした。
「い、樹!早く行こうよ!」
確実に有紗に俺の想いは伝わったはず。
「いや、何か、急に陽が短くなったよね?!」
有紗はようやく俺を意識し始めたのか。
だって、紙切れの内容はドストレーともいいとこ。
クラスの女子に授業中手紙で告白された。その時の手紙のやりとりの一部だったから。
“樹くんって好きな人いるの?”
“いる”
“誰?”
“有紗”
有紗は赤面して少しだけ早歩きで俺の前を歩いている。
もう、俺の気持ちは伝わってるよね?
「有紗!」
有紗は俺の声にびくっとしながら振り向くも目を合わせない。
「好きだからね?」
「う…うん?」
振り向いた有紗に俺は笑って見せた。
もう、俺の気持ちを知らないとは言わせないよ?
だから。
いつでも俺の少し前を歩いている有紗。
これからは俺に振り向いてみてよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
好きすぎて変な行動とってしまう男の子の話になりました。
幼なじみの恋愛に興味があり、いろいろ思い描くのですが、なかなか恋愛発展は難しいなと思っています(-_-;)
幼なじみの恋愛ってどうなのよ笑?!