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存在証明のアポトーシス2~月光は夜闇を照らして~  作者: 古縁なえ
1-大消失<ヒカリ>-
6/17

デレデレ標準装備

 

 折り畳み式テーブル二脚を向い合せて、東西の中心人物が一同に会する。

 東側が団長さんと副団長、そして俺。書記として月日さんが離れた所に座っている。

 西側は雨音さんを筆頭に二名の男女が参席していた。

 前置きの社交的な会話をそこそこに、団長さんが本題を切り出す。


「まず、情報の共有を図りたい。何があったのか、その経緯を詳しく説明してくれないか」


 西陣営が小声でやり取りをすると、代表に決まったらしい雨音さんが開口する。


「発端は昨日の夕方にまで遡ります。ラジオ放送を終えて、帰宅の用意をしていた私たちの元に一人の男性が訪ねてきました」


 長い間ラジオの話し手を務めているだけあって、その明瞭とした声は耳にすっと入ってくる。


「年の頃は私たちと同じくらいだと思います。『トオル』と名乗ったその男性は、西地区が『神託会』と言う大型の組織に狙われている事実を教える為に来たのだと言いました」


 その男は組織の構成員を名乗り、困惑する雨音さん達の前で『神託会』の危険性を懇懇と説いたという。


「『死後の世界にこそ救いがある』なんて思想を掲げて、各地の集落を襲撃しては壊滅に追いやり、共感した人間を吸収しながら大きくなっていったって。今やその総数は300人にも上るそうです」


 このご時世になんて数だよ。ノア――日本都市ですら東西合わせて200人程だぞ。団長さんも驚きを隠せない様子で、口を挟む。


「その情報は確かなのだろうか」


「その時は半信半疑だったけど、今は確かです。命に絡む話だから無視できなくて、確認しました」


 もしそこで、法螺話だと一笑に付していたら西の住民は一掃されていたのかも知れない。そんな未来を想像すると、ぞっとする。


「確認と言うが、どのような方法を用いたのだ?」


「その男性に野営地まで連れて行って貰ったんです」


 抜群の行動力だった。取材の時から思ってたけど、雨音さんって結構後先考えないタイプだよな。


「……一歩間違えたら大変な目に合ってたぞ」


「先の事を考えてるからこそ、確かめる必要があったの。仲間として扱って貰ってたから、侵入自体は簡単だったよ?」


「それもあるけど、そういうことじゃない。もしその男が雨音さんを貶めるつもりだったら、同道した時点でアウトだった」


「それは、そうだけど」


 口ごもる。その想定はやっぱり抜け落ちてたんだな。団長さんが苦笑いを浮かべて言う。


「話を進めて貰ってもいいか」


「ご、ごめんなさい」


 雨音さんが恨めし気な眼差しを向けてきたけど知らん顔。頬を僅かに紅潮させた雨音さんが咳払いを一つ入れて仕切りなおす。


「情報の裏付けを取った私達は話し合いの末、一度西を捨てて東に合流する事が堅実だと言う結論に至りました」


 襲撃前に街を放棄したからこそ、西の住民は無傷で此方まで辿りつけたんだよな。

 それにしても、避難じゃなくて合流なのか。そこまで想定してて、何が『安心した』だよ。まだまだ安堵なんてしてられないだろうが。


「ちょうどその頃です。セントラルの方角――東側に青白い光の大きな爆発が起こりました」


「我々はその現象を『大消失の光』と仮称している」


「言い得て妙、ですね。大消失の光は動揺を誘うものではありましたけど、爆音や振動で皆が起きて、そのおかげで周知の時間が短縮出来ました」


 東は、あの光だけでもてんやわんやだったんだけど。西の住民はそれに加えて街――命の危機まで突き付けられたのに、調和の取れた避難が出来ていた。東側では考えられない協調性だ。


「準備時間を見て8時に街を出る予定でしたが、神託会に動きを感付かれてしまったのみたいで、予定時刻になる直前に、高台で見張りをしていた者が遠方から迫る一団を発見しました」


 ここからは俺達も知る通りだった。セントラルの視察に出た俺達と西側の窮状を伝える為に先行していた雨音さんが邂逅して、今に至る。


「あらましはこんなところ、かな……あっ、何か質問があればお答えします」



「避難の際にセントラルの付近を通ったと思う。今回の件と直接の関係はないだろうが、その周辺に異変は見られただろうか?」


 団長さんが手元の手記と睨めっこしながら尋ねる。それも看過できない問題の一つだった。


「どう、でしょう。移動で手一杯だったから、私はあんまり……二人はどう?」


 雨音さんに帯同していた二人も横に首を振る。


「校舎に居る皆にも聞いてみますね」


 一人が詰め所を出て行く。仕事が早い。


「宜しく頼む。それと、もう一つ。情報をリークしたと言う男について、詳しく聞きたい。その男は何故、君達に情報を与えたのか」


「神託会は各地の集落を襲撃、吸収して巨大化した組織だという話はしましたよね? 彼はその被害者の一人だと言っていました」


 内部に潜り込んで被害を食い止めようとしているって事か? 絵に描いたような理由で胡散臭く感じてしまうのは、俺だけなんだろうか。


「その『トオル』なる人物とは今後接触する機会はありそうか?」


「ある、と思います。また動きがあったら報告に来ると言っていました」


「なるほど。そうなると人相の方も知っておいた方が良さそうだ」


 それから団長さんが幾つか細部を詰めていく質問をしていき、煮詰まって来たかという頃に「君からは何かないか?」と水を向けられた。


「今朝、一瞬だけどラジオ放送をしてたよな? あれは何だったんだ?」


「あ、聞いてくれてたんだ……此方の事情を東側に伝えようと思ったの。あんまり早く放送しちゃうと神託会側にも伝わっちゃうからってギリギリにしてみたんだけど、裏目に出ちゃった」


 理由を聞いて、腑に落ちた。それだけで、特に収穫はなし。気になってる点は団長さんが片付けていたし、俺からは以上。


「あらかたの情報の共有はできたか。それでは、これからの話をしていこう」


 そう団長さんが切り出すと、その横で沈黙を守っていた副団長さんにバトンが渡される。


「差し当たりの生活についてですが、学校の敷地内であれば皆さんの自由にして頂いて構いません。ただし校外を出歩く場合は、申し訳ありませんが此方に申請をお願いします」


「……解りました」


 西陣営は雨音さんを含めて何かを言いたげにしていたけど、その口からそれ以外の言葉が出ることは無かった。


「西が襲撃された理由が『神託会』なる組織の活動理念によるものであるなら、東側も当然その対象となる事が危惧されます。周辺の警邏の強化が急務になりますが、自警団の人員だけでは心もとない為、西の方々の中からも有志を募って頂きたい」


「はい。具体的に何名ほどでしょう?」


「多ければ多いほど。ただ、数を優先するのではなく、善良な精神の持ち主が望ましいです」


「皆なら大丈夫です」


 ぴしゃりと言い切る。雨音さんは自信があるようだけど、俺達からすれば全く根拠がないから困る。

 かと言って、苦言を呈して東西に亀裂を生じさせるわけにもいかない。副団長さんはポーカーフェイスを保ったまま続けた。

 団長さんはこれからの話と前置きしていたけど、その内容は東側から西側への一方的な要求が大部分をを占めていた。

 外敵への対策は後日有志が一同に会する場で話しましょうと言うことで、その日は解散となる。


 自警団組は残務があると詰所に残り、俺は雨音さん達と一緒にその場を辞した。


一定の距離を置いて前方を歩く西組が何度も振り向いて俺の方を頻りに気にしている。

 俺に聞こえない声量で言葉を交わしたかと思うと揃って歩みを止めて、雨音さんが俺の所にやってきた。


「光火くん。私達に何か話でもあるの?」


「はい? いや、ないけど」


 表情の微細な変化も見逃さないとばかりに、じーっと見つめられる。


「それじゃあ……私達の監視を仰せ付かったりしてるの、かな」


「その突拍子もない質問は何処から来たんだ」


「話もないのに校舎に向かう私達に着いてくる理由が、それ以外に思い当たらなくて」


 普通に、校舎に用があるんだとは思わなかったんだろうか。けど、あの話の後だもんな。そう疑われても仕方のない部分ではあるか。


「ちょっと部室に寄るだけだ。大体な、監視をするなら見つからないようにこっそりやる。わざわざ見張ってますアピールをして脅しつけるような事をしたら、お前らの気分を害するだけだろ」


 そもそも、俺は自警団のメンバーですらないんだけども。あの席にちゃっかり参加しておいて、その言い訳は苦しい。


「そっ、そっか。そうだよね。いきなり変な質問しちゃってごめんね……? はは……少し変になってるかも、私」


 雨音さんの顔には疲労が色濃く滲んでいる。聞いた話の通りなら、雨音さんは潜入捜査したりだとかで昨日から不眠不休で動きっぱなしの筈だ。

 しかも緊張状態を維持しっぱなし。いつ糸が切れてもおかしくはない。

 第二種人類がどうなろうと知ったこっちゃない。ないが、ここで西の支柱になっている人物に何かあれば大事になる。

 さて、どうしようか。考えてみるけど、気休めの言葉しか浮かばない。

 だったら、そうだな。前向きな話でもしてみるか。そっちの方が気が休まりそうだ。


「さっきの有志を募るって件、考えがあったりするか?」


「一応、このあと皆に聞いてみるつもりだよ。それがどうしたの?」


「具体的な案がないなら、全員で志願しなさい」


「全員で……それは、難しいよ。まだ混乱から抜けきれてない子だって居るのに。人手が欲しいんだよね? 動ける人だけじゃ駄目なの?」


「いいから、全員で志願しなさい。それが結果的に俺の為になる」


 俺は随分と勝手な事を言っているように見えるだろう。雨音さんの後ろで聞き耳を立てているお仲間さんは不快感が隠しきれていない。


「それに、西側の為にもなるかも知れない」


 人手が欲しいだなんて、俺は一言も言ってない。

 もし俺が東の利益の為に働きかけているのだと思っているのなら、それは見当外れも甚だしい。括りなんて俺と隣人と他人の3つだけで十分だ。


「仮でも自警団に所属すれば、校外を歩き放題だ。仕事って形で、それなりの制限はあるだろうけど」


「それは、そうだけど。当然、動けない人にも指示が来るよね?」


「自警団からの要請を思い出してみろ。『警邏の強化』の為の人員を募りたいって言ってただろ。100人が一気に見回りをするのか? おそらく、ローテーションになる筈だ。無理なら、非番の中から余力のある代役を立てれば良い」


「な……るほど。でも、いいのかな。それって、東側を謀ってる気がするよ」


「悪事を働くつもりなら遠慮願いたいけどな。そうじゃないだろ。警備が充実して、より早く危機を察知できるようになるなら、それに越した事はない」


 他にもメリットはある。避難民の受け入れに難色を示した日和見思考の連中に現実味のある危機感を抱かせる事ができる。

 デメリットがあるとすれば、西側が人数を武器に自警団の頭を抑える可能性だけど、誰がトップに立とうが俺は構わない。


「有事の際は否が応でも動かざるをえないんだからな。だったら、やることに変わりない」


「そう、だね。うん……そうだよね」


「こんな簡単な抜け穴にも気づかなかったのか」


 心身の疲労は思考を鈍らせる。

 疲れてるんだから、有志の話は他のお仲間に託して休みなさいと続けようと思ったけど、やめた。そこら辺のフォローはそれこそ身内の仕事だ。


「む。私は光火くんと違って捻くれてないからね」


 人が細やかな気遣いをしてやってるってのに、この言い草。これだから第二種人類は。呆れてものも言えない。


「憎まれ口を叩ける程度には元気なんだな。それなら、こんな所で無駄口を叩いてないで、残務の一つでも片付けろよ」


「君に言われなくたって、そうするつもりだよ」


 そう言って雨音さんはひらりと身を翻して、見守っていた二人の元に早足で戻っていく。

 合流を果たすと、雨音さんは一度だけちらりと振り返って、小さく何かを呟いた。


「あ……とう」


 その声は、風に掻き消されて聞き取れなかった。


「もしかしたら、俺はこの方法を勧める為にあの席に呼ばれたのかね」


 盲点というには見え透いていたし。自警団の一員だったら教えられない事でもあるし。


 そんな事を、照れ隠しに思ったりした。


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