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存在証明のアポトーシス2~月光は夜闇を照らして~  作者: 古縁なえ
1-大消失<ヒカリ>-
2/17

外部、光、放送、アンノウン


 朝を何事も無く迎えられたと言う事は、差し迫った状況には陥っていないのだろう。

 学校への行きしなで、この街の自治を行う有志の集団『自警団』の白い羽根をモチーフにした腕章を付けた者を見かけたから尋ねると「セントラルの機能に問題は生じていない」と教えてくれた。

 HRまでの時間が余っていたので、なんとなく部室に立ち寄ってみる。


「そりゃ、誰も来てないよな」


 この部屋は従来で言うところの校長室に当たるようで、備品の品質が高い。誰も使ってないから使ってる。そんな感じだ。

 どうせなら良い部屋が良い、そんな発想をしたんだと『思う』。


 最奥には豪奢な社長机っぽいのがある。木目がいい味出してる。その上で、古ぼけたラジオが異彩を放っていた。

 とりあえず、電源を入れる。聞こえてくるのは勿論ざーざーと言う意味を為さない音の嵐だ。


 そのまま社長机と一組になっているファーのカバーが掛けられた椅子に腰を――下ろさない。そこに座るのは、何だか憚られる。

 社長机の手前に配置されているパイプ椅子が俺の定位置だ。体重を掛けると僅かに軋みをあげる。この場所はしっくり来る。


「終活部、か」


 消滅予告が届いて、俺は自分の人生に消滅する以外の何かを求めた。

 自身の終わりを意識すると、どうしても気が急く。向かうべき方角も定まらぬまま、焦りだけが募る。

 他にも俺のような人間が居るかも知れないと、この部を作った……筈だ。


「己の人生を結実させる。その為に、部員同士で相互協力をする」


 それが、部則。口に出しながら、部室を見回した。そうして、抱いた感想は。


「こんな部活、俺らしくないよな」


 その一点。部室にしたってそうだ。俺が選ぶなら、もっと機能的か、それか秘密基地のようなひと目に付き難い所を好む。それに、ただ集まるだけなら馴染みの駄菓子屋だっていい。


 人生の結実? 部員同士で協力する?

――俺自身、道筋すら見えていないのに?


 『明確な目標を持つ他人を参考にする為』という尤もらしい設定が浮かぶ。でも、改竄されている確信があった。

 だって、俺を除く部員3名のうち、2人が旧知の人間だ。で、後一人は幽霊部員。つまり、消滅予告が届く前と変わらない生活をしている事になる。


「こんなの、あそ部だ」


 だから、そう。俺は憶えてる。頭は忘れてしまっても、心とかそんな感じの深い所が忘れてない。

 この場所には他の誰かが居たんだ。そして俺は、その人にこの部を託された。


 スマホのメールアプリを起動して、受信メールを読み返す。当然、そこに部活に関する事で未知の知識は記されていない。

 だよなぁと当たり前に納得してスマホをしまうと、不意にラジオのノイズにブレが生じる。


「こんな時間にまで放送する事があるのか?」


――ザザザ、ザッ。


『……の受け入……いします……っ、もう……』


 放送が途切れる。ノイズの合間に何やら切羽詰まった声が聞こえた。一人二人の声じゃない。最低でも三色の声音はあった。それだけで、俺は夜半の出来事に連続性を見出してしまう。

 万事に備えて予測は必要だ。でも、無知のままでは確定しない無限の想像が不安を駆り立てる。なら、すべき事は一つだった。



  ◇   ◇   ◇



 一度校舎を離れ、自警団の詰め所を訪ねる。道中では腕章を付けていない数人の住人とすれ違った。

 こんな時間に、それも学校でわざわざラジオを聞いていたのは俺ぐらいなもんだと思うから、昨夜の『大消失の光』について新情報を求めて行ったんだろう。

 もし、ラジオの件でこの一体が騒がしくなる事があるとすれば、もう少し後になる。


 プレハブの前には掲示板があり、そこには『大消失の光』について、セントラルの機能に問題がない事を明記した上で、詳しく調査していると締めくくられた張り紙があった。

 どうやって、セントラルの機能に問題が無いことを知ったのか気にはなるけど、現在優先すべきはそっちじゃない。


「誰か居ますかー?」


 網戸に向かって声を掛ける。程なくして、そこから知っている顔が出てきた。


「聞いた事のある声だと思ったら、君か」


 精悍な顔付きをした男性。俺の用件からすれば、最も都合の良い相手だった。


「おはようございます、団長さん」


 この人は自警団の団長を務めていて、歳は俺より一つ上。以前、とある事件で協力関係になった事があり、お互いに面識があった。

 自警団の誰よりも情報を持っている可能性があって、尚且つ性別が第一種。幸先が宜しい事だ。


「君も、あの光について情報を求めてやってきたのか? であれば、生憎そこに記されている内容から進展はないが……」


「別件です。西の方から、何か特別な連絡を貰っていたりしませんか?」


「特別な連絡? 何故そんな事を?」


 事情を掻い摘んで説明する。話を聞き終えた団長は、背後を振り返って俺以外の誰かに指示を出した。

 メールが届いていないか確認してくれているようだ。ややあって、屋内から団長と比べると明らかに高い声が耳朶を打つ。


「それらしいメールは届いていません。着信記録の方も確認しましたが、該当するものはありませんでした」


「そうか。ご苦労、月日」


 第二種人類のソレに身を固くしていた俺だったけど、その苗字を聞いて少しだけ肩の力が緩んだ。


「聞こえていたと思うが、連絡のようなものは特に届いていない。そもそもの話、我々は向こう――西側と連絡を取り合っているわけではないんだ」


「え? 自警団同士、情報交換をしたりはしないんですか」


 例えば、向こうで狂乱者が出て、捕らえられなかった場合は、此方に飛び火が来る可能性が大いに考えられるだろう。『大消失の光』に関してだって、協調すれば調査の速度や精度も向上する。


「いや、そもそも大前提として」


 しかし、次の団長の言葉に俺はそんな想像が見当外れも甚だしいものだったと理解させられた。


「西側には此方で言う自警団のような組織は存在しない」


「存在しないのだから、手を結ぶも何もない……?」


「それじゃあ、誰かが狂乱者と化した時、西側の連中はどう対処しているんですか?」


 終末の絶望に精神を蝕まれてしまった者の末路。理性のタガが外れ、害悪と成り下がった元人間の事をここでは『狂乱者キョウランシャ』と呼んでいる。


「真偽の程は不明だが、西側では狂乱者が出ないらしいのだ」


 西側には、そう言う人間が選別されている? いやいや。俺達がこっちに居るのは、そもそも俺達の選択だ。たまたまこっちに来て、こっちに居着いてるに過ぎない。

 狂乱者が出ない何かしらの理由があるのか、根も葉もない噂なのか――?


「狂乱者じゃなくても、混迷の時代を引き摺ったままの外敵への対策は必要ですよね?」


 最近だと外部の狂乱者が西側に現れたって話を小耳に挟んだ記憶がある。


「それなんだが……」


「それなんだが?」


 言い淀んだ団長の言葉の先を促すと、苦笑を零して「これも真偽の程は不明なんだが」と前置きした。


「西側には治安を守る正義の秘密組織がある……らしい」


「なんですか、その胡散臭い組織は。でも事実『外部の狂乱者』は鎮圧されてるんだよなぁ」


 眉唾だと一蹴するにも、その根拠の方がない。だからここは、西側にも東側の自警団にあたる組織があるものとして認識しておく。

 緊張状態が続くと、狂乱者が発生しやすくなる。その点を考えると、その組織が提供している安心は侮れない。下手をすれば、此方の自警団よりも信頼されている。


「外部の狂乱者、大消失の光、ラジオ、謎の組織」


 点と点を結ぶと何か像が見えそうで、見えない。何かが足りないのか、それともそもそも接点がないのか。


「同時期に発生したからと、全て関連している一個として考えてしまうのは良くない」


「それは、解っているつもりなんですけど」


「『大消失の光』なんて不安を煽るものを目撃してしまった後では、神経質になって些細な出来事に事件性を見出してしまうのも無理はないが……それも良くない兆候だ」


 最もな指摘にぐぅの音も出ない。大消失の光については勿論の事だけど、先程のラジオの声が耳に残っている。悲鳴とは違うけど、切羽詰まったような。

 手違いがあって機材の電源が入り、それに気付いた誰かが急いで停止させたのだと、平和的な解釈をすることもできる。

 むしろ、そっちの方が自然だ。俺は、無意識に『大消失の光』に寄せて物事を考えてしまっているのかも知れない。


「君の懸念を具体的な形にしてみよう。要するに、西側が『大消失の光』のような超常的な何かによって窮地に陥っている可能性がある、ということだろう?」


 言葉にされると、俺の不安が余計にバカらしく映る。だと言うのに。


「もし、そのような大事が起きているのなら、それは到底見逃せる事ではない」


「いや、実際に進行中ならそうですけど……そもそも調査するにしたって、今は深夜の件の対応で手一杯ですよね」

 

 ただでさえ自警団は人数が少ない。通常の業務である見回りだって行っている。


「その通りだが、並行して行えない訳でもない。不謹慎に聞こえるかもしれないが、今回はタイミングが良かった」


 詰め所から出てきた月日さんと目が合う。荷物を背負っていた。お辞儀をされたので、お辞儀を返す俺。


「これから月日オチフリがセントラル近辺の調査に向かう予定だ。何も問題がなければ、そのまま西側にも足を伸ばして貰おうと思う」


 セントラルは東と西の真ん中辺りに建っている。そういう配置になるように街が作られたのだろう。


「お前にばかり負担を掛けて申し訳ないが、引き受けてくれるか?」


 月日さんは間髪入れずに頷いてみせた。東と西を結ぶ線の中央にあるセントラル。そちらまで向かうとなると、単純計算で倍の距離になるんだけど。

 それに、セントラルに問題があった場合はどうするのだろう? 普通に考えると、対応策を練る為に直帰する事になりそうだ。

 二人の様子から、今回は月日さんが一人で行くみたいだし――あれ?


「そう言えば、自警団の仕事中は基本的に二人一組での行動が義務付けられてるんですよね?」


「その通りなんだが、何処でその情報を?」


「見ていれば判る」


 とある事件の容疑者として嫌疑が掛けられている時に自警団の会話を盗み聞きした、なんて間違っても言えない。


「今回は、特例なんです」


 団長の横に並んだ月日さんが説明を引き継いだ。俺としてはそのまま団長さんの口から聞いていたかったけど、親切を無碍にするのも憚られた。


「この間の事件で自警団に3名の欠員が出た為、私1人が浮く状況になりました。昨日までは、暫定的に他の組の補佐をしたり、団長と組んで動いていましたが……」


 自警団が慢性的な人手不足にあるのは誰もが知る所だ。ただでさえそうなのに、人員の欠如なんて大きな痛手を負ったばかりで『大消失の光』か。

 非常事態に備えて、組織の頭が拠点を離れるワケにはいかない。頭でっかちに原則に従っている場合じゃない。


「あの光の影響を詳らかにしなければ、住人の不安は拭えません。ですが、街の警備も軽視出来ません」


「それで月日さんに白羽の矢が立った、と」


「正直に告白しよう……それは大義名分だ。今現在においては、街の警備よりもセントラルの調査の優先度の方が高い」


 安心が狂乱者を生み出さない事に繋がるなら、不安はその逆。セントラルの欠損は直近の生活に繋がってくるから、比重が重い。


「我々は潜在的にあの光を恐れている。この街を守るという尊い志を持ってしても、それを克服するのは難しいのだ」


 また存在を死へ誘う光が発生するかも知れない。恐ろしい別の何かが待ち受けているかも知れない。そんな場所にすすんで行きたがる人が居るとすれば、それは自滅願望のある者か、自己犠牲精神の強い人だけだ。


 あの光がどういう性質のものか目の当たりにしているなら、恐れるのも仕方がない。それに、自警団が無報酬で活動している以上は献身の義務はない。


「だから、月日さんに押し付けた?」


「それは違います。私が自ら志願しました。誰かがやらなければいけないなら、私が適任だと思いました」


 適任じゃない。優先度が高いと言うなら、きちんと人を割いた方が効率的だ。そう言おうと思った俺の機先を、月日さんの言葉が制した。


「誰でも良いなら、私で良いです」


 脳内に問題点を列挙して、考えた末に俺は一つの結論に達した。


「少し時間が欲しいんだけど、いい?」


「それは、構いませんが……何をするんですか?」


「俺も着いて行くから、その為の準備をする」


 結局の所、問題は人員不足の一点にある。セントラルの調査に名乗りを上げる者が居ないのなら、俺が代用になればいい。


「自警団は有志の集団だ。志ある者の協力を拒む事はしない。有難い申し出だが、良いのか?」


 返答に窮する月日さんに代わって、団長さんが尋ねて来る。


「元々、俺が持ってきた事案でもあるし、それにここで手をこまねいているよりかは動いた方が建設的です」


 現状、学校に留まっていても有意義な予定があるわけでもない。ネックなのは、月日さん――第二種人類(異性)と二人きりで行動する事ぐらいだ。

 月日さんは俺のアレに一定の理解があるらしく、接しやすい部類に入る。


「誰でもいいなら、俺でも良いよな」


「土岐くん……ありがとうございます」


 こうして、俺はセントラルの調査に同道する運びとなった。


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