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存在証明のアポトーシス2~月光は夜闇を照らして~  作者: 古縁なえ
1-大消失<ヒカリ>-
12/17

カリスマ()


 神託会の侵攻作戦の詳細については引き続き諜報に努めているメンバーと野営地で合流をしてから決めるようだ。


トオルが去った後の詰め所には、早々に絶望感が漂っていた。デモ隊連中の「この街から出て行けー!」と言う声が此処にまで聞こえてくる。


 標的に自警団まで追加している辺り、無駄に行動力がある……自警団が必死に止めていなければ、今にも敷地内に雪崩れ込んできそうな勢いだ。頭が痛くなる。


「この分だと、さっき聞いた話の全てを妄言だと一蹴してそうだ」


「そうだろうな。無条件に信じろというのもムリがあるというものだが……ふぅ」


 団長さんですら、盤上の絶対的不利を前に渋面を浮かべている。

 自警団は総員を投じても大上を打倒することが出来なかった。そんな化け物クラスの相手が五人も居る。数的不利を覆せる材料もない。

 解ったのは、現段階では勝ちの目が限りなく薄いということ。

 トオルの話を丸々鵜呑みにする訳じゃないけど、真実であった場合の想定はしておくべきだ。

 住民の意思統一、敵勢力の把握、役割分担、最低限必要なそれを済ませるには先ず以て時間が足りない。身内に足を引っ張られている。


「これからの身の振り方を考えませんか?」


 先程の会議で書記を務めていた月日さんが、ホワイトボードと睨めっこをしている。団長さんが自らの頬を叩いた。


「彼等との和解が急務だろうな。このままだと西組にも不満が募る一方だろう」


 雨音さん含む西組は避難民に事情を伝える為に校舎に戻っている。この大音声は、校舎の方にも届いてる筈だ。


「そうですね。ですが、説得をしようにも、保身しか考えていない人間に人道を説いても徒労だし、そもそも、もう私達の言葉に耳を貸してくれそうにありませんし、どうすれば……っんとに、傍迷惑な連中なんだから」


 月日さん、本音が漏れてます。団長さんはパイプ椅子に深く腰を掛けながら、天井を仰いだ。


「そう責めてやるな、月日。彼等は知らないだけだ。さてと、東西を結びつける要素は何かないものか」


 相変わらず、外からはバカの一つ覚えみたいに「この街から出て行けー!」という言葉が繰り返されている。

 身を守る為に、排撃する。その遣り方を否定する方法なら、ある。俺は昨晩から用意していた案を口にする。


「あいつらの要望通り、この街を出ていけばいい」


 無知は罪だ。罪だから、罰を受ける。


「考えがあるようだな。詳しく聞かせてくれるだろうか」


 提案の細部を説明していると、天井寄りの壁に取り付けられたスピーカーを通して馴染みのある声が聞こえてくる。


「皆さん、おはようございます。西校放送部プレゼンツ『出張版方舟ラジオ』! 東校放送室から、雨音九葉でお送りします」


 こんな時に放送なんて度重なるストレスから気でも触れてしまったのだろうか。こんなのデモ隊の気を逆なでするだけだぞ。


「止めてきますか?」


「そうしたいのは山々だが、校舎を自由に使っていいと許可したのは此方だ。彼の作戦を実行するなら、これ以上西側からの顰蹙を買うのは避けたい」


 俺は表向きは苦虫を噛み潰したような表情を維持しながら、内心で昨晩けしかけすぎたかなぁと苦笑いする。

 予想に違わず、デモ隊からの不服の訴えから更に品が欠けてきた。


「早速オープニングの一曲! と行きたい所だけど……ふふふ、手元に音源が無いから流せないんだよね。という事で、今回は生歌で乗り切っちゃおうと思います」


 先程の和やかな雰囲気から一転して、静かな時間。すぅっと、それだけでも味わいのある歌のような呼吸のあと、スピーカーから聞き覚えのあるフレーズが流れてきた。

 陽気なリズムに風刺を含む斬新な歌詞。この人類最前線のマッドソングは、そう――○シバだ。

 びびび、びびび、毒電波受信中と言わんばかりに凍りつく自警団の二人。俺も多分、あんな感じになってるんだろう。

 この神をも恐れない選曲をしたのは誰だ。


「♪何が良いかは自分で決めるの♪」


 答えは歌詞の中にあった。

 でもなんだろう。普段なら、第二種人類の歌声なんて胸糞が悪いだけからシャットアウトするのに、雨音さんの歌を聞き逃したくないと耳がいつも以上に音を集めている気がする。

 心なしか、穏やかな気持ちになるし。え、なに? これもしかして常習性のあるドラッグなの?

 曲が終わる頃には、デモ隊のやかましい声はすっかり失せていた。


「歌で観客を黙らせるとは、彼女のカリスマは本物だな」


「ただ絶句してるだけだと思いますけど」


 なんて、ぼやいてはみたものの。俺も気付いたらしっかり聞き入ってしまっていた。


「あっ」


「どうした、月日」


「西に狂乱者が発生しないのは、雨音さんのおかげかも知れませんね」


 そんな大仰な事を月日さんが億面もなく言うもんだから、俺は堪え切れずに笑ってしまった。適度に和んだ所で、気を引き締め直す。


「それじゃあ、俺は西の方に話を通してきます」


「放送の方も任せてもいいか?」


 首肯して、詰め所を出る。状況開始だ。西組の有志一同にもこれからの行動を説明して、協力を乞う。快く引き受けてくれた。

 20名にも及ぶ男女に自警団と合流して指示を仰ぐように頼んで、俺は雨音さん達と一緒に放送室に向かう。


「いや、雨音さん達が着いてくる必要ないんだけど」


 第二種人類と狭い部屋で時を同じくするなんて、苦行以外の何物でもない。


「放送は得意分野なの。任せて欲しいな」


「これから流す予定の放送は雨音さん達が普段やっているものと大分毛色が違うからな」


「光火くんだったら上手くやれる自信があるの?」


 そんなものはない。二の句を継げずにいると、雨音さんが畳み掛けてくる。


「それなら場数を踏んでる私の方がまだ上手に出来る可能性があるよね」


 言い負かされたようで悔しいけど、作業を任せられるならその分は俺も他の仕込みに動ける訳だし、悪い話じゃないか。


「そうだな。でも、最初の一回目は俺が引き受ける」


 ふふふ、と嫋やかな微笑が聞こえてくる。


「意地?」


「ばかもん、そんな幼稚な衝動と一緒にするな。東の鳩達はこの期に及んでも未だ今回の件に懐疑的なんだよ。西組の言葉だけじゃ、尻を叩けないかも知れないだろ」


 放送する内容は体育館に集まれって旨だけど、その前に相応の危機感を抱かせる為に脅しを掛ける。その役目は、雨音さんには相応しくない。

 機材の電源を入れたら、東エリアをカバーする回線に繋げてマイクの音量を上げた。一度使った経験がある。ハウリング対策も万全だった。


「えー、自警団東地区所属臨時団員、土岐光火からのお報せです。皆さんは現在、命の危機に貧しています。命が惜しければ、これから言う話を一言一句漏らさないよう耳を傾けて下さい」


 遅れて、俺の声が外部から聞こえてくる。木霊の反響も合わさって、非常にやり辛い。

 物騒な話をしてるのに、今一締まらず悪戦苦闘する俺の様を、西組放送部一同が我が子を見るような優しい眼差しで見守っていたのが腹立たしかった。


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