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演目 “魔女の誘惑”



薄暗い場所だ。

その中で天井から振る光の恩恵に預かれるのは、その場にいる三人だけだった。




「ああ、皇帝陛下、偉大なる皇帝アテズデリ様!!」

「ああ、皇帝陛下、神に選ばれし偉大なる皇帝アテズデリ様!!」

そのうちのみすぼらしい格好の二人が、大仰な仕草でもう一人の玉座に座る男を讃えるように両手を向ける。


「いったい何故にそのようにその美しい相貌を曇らせておられるのか!!」

みすぼらしい二人は声を揃えて、けだるげに玉座の座る男に問うた。



「水の神々を奉る神官たちが、この王都にまた神殿を建てろと言ってきたのだ。

神殿を作るにも民たちの血税で賄うしかないというのに、奴らは神の威光に盾に無理難題を吹っかけて来よる。」

玉座に座る男は、苛立ちを隠そうともせずにそう口にした。


「おお、偉大なる皇帝アテズデリ様!!

貴方は神々に選ばれて皇帝となったというのに、神々の威光を疎んじておられる。」

「おおッ、我らが皇帝アテズデリ様ッ!!

貴方の偉業は誰もが知るところなれど、いかに貴方様と言えども、手に届かぬ天におわす神々には、自ら言葉を伝えることも出来はしない・・・。」

彼のうちに秘める怒りを代弁するかのように、二人のみすぼらしい男たちは彼の胸の内を吐き出していく。


そこに、あらたに一人の男が現れた。

ゆったりとした白いローブを纏った肥え太った醜い男だ。



「おお、偉大なる皇帝アテズデリ様!!

貴方様にお目通りが適い、恐悦至極にございまする。

私めは水に纏わる神々に使える神官でございます。

本日は先日お話した神殿建設の件について、進展を訪ねに参りました。」

神官はそう言って、慇懃無礼を隠しもせずに皇帝の前に跪いた。


「おおッ、なんて図々しい男だ!!」

「ああッ、なんて恥知らずな!!」

二人の男が、歯噛みをしながら神官を非難する。




「・・・・・もはや我慢ならぬ。」

けだるげに玉座に座っていた皇帝が、ゆったりと立ち上がった。


「触れを出せ。

神々の威光に依らぬ、新しき英知を持って参れ。

それを持ってきたものには望みの物を褒美として取らせよう!!

それを持って生意気な神官たちを押さえつけるのだ!!」

皇帝は高らかに宣言した。









「ストップストップストップ!!!」

その時、場違いな声が響いた。


その直後だった、真っ暗だったこの場所が光に満ちたのは。

玉座の周囲は明るくなれば、とても宮殿の一室とは思えない場所だった。


端っこの方には木の板の破片みたいなものが散乱しているし、作り掛けの張りぼてが玉座の背後には一面に広がっている。


玉座の対面には無数の座席が段差ごとに規則正しく並び、数人がそこに座って彼らを見ていた。




「・・・・監督、自分の演技に何か問題がありましたか?」

硬い表情になった皇帝は、視線を下へと向けた。


そこにはしかめっ面を隠そうともしない初老の男が『舞台“魔女の誘惑”台本』と書かれた本を開き、あるページを指さしていた。


そう、ここは劇場だった。

現在ここで、来月から講演される舞台の稽古がなされていた。



「アテズデリ帝は神々の権威を振りかざす人間にはうんざりしていたが、彼は同時にその権威に深く感謝をしている。

君のその、神官たちの権威ごと神々も憎むような演技じゃいかんよ。」

「は、はい、わかりました・・・。」

「そして彼は誰もが認める名君だったが、それと同時に非常に我が強かった。

その辺を考慮して演技してくれたまえ。頼むよ、君が主役なんだから。」

「はい、わかりました・・。」

主役の男はへこへこと頭を下げて頷いた。



「では、次の場面から行こうか。

アテズデリ帝と魔女の邂逅のシーンだ。」

監督はそう言って座席にどさっと座り込んだ。





役者たちの準備が整うと、劇場内は暗転し、舞台上だけが照らされた。



皇帝の座る玉座の前には、三人の男が跪いていた。

それぞれ、鍛冶師らしき男は金づちと剣、船乗りらしき男は望遠鏡と地図、商人らしき男はそろばんと金貨袋を手にしていた。



「偉大なる皇帝アテズデリ様、私はこの国一番の鍛冶師です。

ご覧になってください、私が鍛えたこの剣は、神々の威光に劣る物ではないでしょう。」

「話にならん。」

鍛冶師は皇帝の一言で一蹴された。


「偉大なる皇帝アテズデリ様!! 私はこの国一番の船乗りです。

私は新たなる航路を開拓しました。これで遠くの国々と貿易も容易くなりましょう。」

「それで力を付けても神々の権威には適わぬ。」

船乗りは皇帝の一言で一蹴された。


「偉大なる皇帝アテズデリ様!! 私はこの国一番の商人です。

いかな神官たちと言えども、金の力には適いますまい。金を持っている者が一番なのです。」

「余に神官たちよりもおぞましい俗物になれと言うのか。」

商人は皇帝の一言で一蹴された。


三人は一様にうな垂れた。



「余は間違っていたのか。

もはや神々の権威に楯突こうとは思わぬ。

・・・だが、あの傲慢な神官たちを押さえつける力はないものか!!!」

皇帝が嘆き、力なく両手を顔で覆った。

その時である。



「ここにありますわ。」

劇場の入り口から美しい声が上がる。

それは黒衣を纏った美女だった。


黒衣の美女はゆったりと客席の真ん中を通り舞台の上に上がった。




「無礼者!! 皇帝陛下の御前であるぞ!!」

「断りも無く王の前に出るとは、首を落としてやろう!!」

玉座の両脇に立っていた甲冑姿の兵士が二人、槍を持って壇上へ上がってきた美女に向かってそれを突き出す。


しかしそれは美女が手をかざすと、槍は弾かれて兵士たちの頭に跳ね返った。


「ぎゃぁ!!」

「な、なにが起こったのだ!?」

跳ね返ってきた槍の柄に当たり、迫真の演技で崩れ落ちる兵士二人。



「ひ、ひえーー!!」

玉座の前で跪いていた三人も、怯えたように舞台袖へと退場する。




「・・・お主は何者だ。

もしや神々の遣いか。傲慢な私に罰を与えるために遣わしたか。」

「いいえ、わたくしはそのような者ではごさいませんわ。」

美女は優雅で、周囲を魅了するような仕草で首を振った。


「わたくしは、そう、魔女とお呼びください。」

「魔女、だと?」

「陛下が神に依らぬ英知をお求めと聞いて、馳せ参じた次第でございます。

そう、私は陛下にお教えしたことがあるのです。」

「余に教えたことだと?」

「論より証拠、これをご覧になってください。」

魔女がそういうと、黒子がやってきて丸い小さな机と花瓶を持ってきた。



「はぁ!!」

魔女が花瓶の花に向けて手をかざすと、花は炎上し、瞬く間に灰になって消えた。


「な、なんということだ!!

神々の齎した“祈りの炎”ではなく、心無き炎で貴様があの花を燃やしたのか!!」

「これが、“魔法”でございます。」

驚愕する皇帝に、魔女は微笑みながらそう言った。




「この魔法ならば、神々に祈りを捧げずとも、我々人間の力だけで神秘を手繰り寄せることができるのでございます。」

「おお!! なんと素晴らしい力だ!!

しかし、その力こそ神々が齎した物なのではないのか?

この心無き炎のように、いったいどのような神々が齎したのだ?

私はその神々に感謝をせねばなるまい。だが、魔法なる力を伝えた神々を私は知らぬ。

魔女よ、私に教えておくれ。一体いかなる神々なのか。」

「陛下。」

魔女は笑みを浮かべたまま、首を振った。



「その神々を崇めてはなりませぬ。」

「何故じゃ。感謝の意も捧げては駄目なのか。」

「駄目でございます。

この魔法を伝えたる神々、“黒き異邦人”たちは、自分たちに縋る者たちを罰する神々なのですから。」

キョトン、とした皇帝の表情は彼の演技ではなかった。

それは魔女のアドリブだったのだ。


反射的に彼は監督の方に眼を向けた。

監督は微動だにしない。続行だ。



「では、お前に褒美を取らせよう。一体何を望むのだ?」

実は間に数行分のセリフがあったのだが、彼の判断で飛ばした。

そこをうまく対処できないところが、彼の若さゆえの経験不足を物語っていた。



「この魔法を等しく教え伝える場所を作りたいのです。」

「よかろう、お前の望みは適えよう。」

そして舞台が暗転する。このシーンはこれで終わりだ。




「よし、オーケーだ。」

監督は満足そうに頷いた。

それで場を満たしていた緊張が一気にほぐれた。


「では、諸君。本日も陽が傾く時間だ。そろそろ終わりにしようか。」

監督は手を叩いてそういうと、他のスタッフたちも各々の片付けに入った。



「メレム君、先ほどのアドリブは良かったよ。

君は“黒き異邦人”をあのように解釈したんだね。よく資料を読み込んでいるよ。

セリフもそのように書き換えよう。君が感じたままに演じるのが一番だからね。」

監督は主演女優である魔女役のメレムに向けて満面の笑みでそう言った。

その様子に、スタッフたちは安堵の息を吐いた。脚本家が役者のアドリブに激怒してその日の稽古が潰れたなんて話は日常茶飯事だからだ。




「ええ、私はそのように感じました。」

「あれを読み込んだんですか・・?」

ちなみに、彼の言う資料というのは軽く三百ページを超える代物で配役が決まった時に台本と一緒に渡されたものだ。

だから、皇帝役の彼がそのように呟くのも無理は無かった。


「そうですね、役作りのためにはあれくらい労力にはなりませんわ。

エイシェルさん、貴方は違いますの?」

「い、いえ、そんなことはありませんよ。」

皇帝役のエイシェルは監督からも半眼で睨まれているのを察し、慌てて話題を変えた。



「それにしても、本当に“黒き異邦人”なんているんでしょうか。」

「居るよ。僕はそう信じている。」

監督はすかさずそう反応した。


彼は元々王宮に出入りするほどの高名な歴史学者だったらしいのだが、ある時、演劇の魅力に取りつかれたらしく、職を辞して劇団を立ち上げるという突飛な経歴の持ち主だった。

エイシェルは彼の集めたまだ下積み時代の若い役者の一人で、今回見事主役の一人であるアテズデリ帝という大抜擢だった。

もちろん初めての経験で、大役に緊張している。

彼のおかげで食いっぱぐれずに済んでいるのだから、彼は監督に頭が上がらなかった。



変わり者の監督だが、演目の方も変わっていた。

演劇と言えば定番はハッピーエンドが前提の英雄譚やラブロマンスが鉄板だが、彼が脚本と演出を手掛けるこの名前もまだ決まっていない劇団の初の演目というのが、大昔の寓話だった。


寓話、そう、たとえ話のことだ。

そして寓話と言えば、最古の寓話である、魔女の寓話だ。


今日演じたシーンでもあったように、大昔にアテズデリ帝に取り入った魔女は今の魔法学院の原型を作り上げるが、彼女はそれ以外にも皇帝に招かれ“黒き異邦人”の伝承を尋ねられた。

そこで彼女が皇帝に語って聞かせたのが、魔女の寓話である。


寓話と名が付いたのは当時、どこを探しても彼女の語る“黒き異邦人”の伝承は影も形も無かったからだ。

人々はそれを彼女が“黒き異邦人”と言う架空の神格を持ち出し、皇帝を諭すのに使ったと思った。


だがそれが百年、二百年と経つと、彼女が語った内容に類似するどころか、全く同じ出来事が幾つも発生していたことに人々は気付いた。

そうなのだ、彼女が語ったのは伝承ではなく預言だったのだ。


それだけ時間が経てば似たような事例など出てくるかもしれないが、似ているどころでは済まないのだ。

魔女の寓話には歴史的な事件こそ具体的に語られないが、預言と言う事実が寓話の役割を大きく示しているのは間違いなかった。



その伝承を演劇の題目にしようというのだ。

だがエイシェルはそれが大衆に受けるとは思わなかった。



魔女の寓話というのは、その大抵が愚かさゆえに身の破滅をする人間を語っているからだ。

その数は多くても十数人程度だが、それが預言となれば過去の人たちは戦々恐々だったことだろう。


魔女の寓話の預言はもうすべて終わっているとされてが、王室が幾つかを隠しているだの、根も葉もない噂は堪えない。




「僕は“黒き異邦人”が来訪したという伝承が残る街に行ったことがあるんだ。

そこには大昔の人々が“黒き異邦人”から授かった、太古より一度も絶えず光り続ける立方体の物体が秘宝として保管されていたのを見学させてもらったことがある。

あれはまさしく神の御業としか言いようがないね。あんなもの、人間には作れない。」

監督はそう力説する。

彼がこうなったら長いことは、彼だけでなくスタッフ全員承知の事だった。


「神々が人間の姿で地上に降臨することは決して珍しくない。

あの“黒き異邦人”だってそうだ。彼らも幾つもの時代に地上にその足跡を・・・」

「監督ッ!! この公演の次はいったいどんな題材にする予定でしょうか!!」

「おや、もう初公演を終えた気でいるのかい。気が早いね。」

やや強引だが、エイシェルは無理やり話題を転換した。

しかしそれは成功したようだった。

監督はにやりと笑って答えた。





「次の舞台の演目は、魔女の寓話で最も有名な話にしようと思う。

・・・そう、最も多く人を殺した魔法使い、アドルフ・シュタインの話さ。」







こんにちは、ベイカーベイカーです。

今年最後の更新になるのかな?

なにげにこういう感じで作品の設定を語るのは初めての試みです。

それでは、また次回。

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