神を見た
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ウェルクには、ひとつ決めていたことがあった。
それは、自分を崇める者は一人残らず根絶やしにすると言うことだった。
かつて、彼は一度だけ自分を崇拝していると言った魔術師に、貴方を神として崇め奉りたい、と言われたことがあった。
気をよくした彼はそれを許した。
その半年後だった、リュミスが泣きついてきたのは。
その魔術師は自分こそかの『黒の君』に選ばれた使徒だと喧伝し、一つの宗教を作り上げ、挙句の果てにはリュミスを偽物扱いし始めたのだ。
自分を見捨てないでと懇願する弟子を横目に、彼はその様子を見てみることにした。
その日、彼は吐き気と言うものを数百年ぶりに思い出した。
聞くに堪えない自分を崇めたてる言葉の数々。
似てるとは思えない自分の偶像。
集まった人間たちの滑稽な酒池肉林。
そして教団を中心にして渦巻く欲望の坩堝。
彼はその全てをその日のうちに消し去った。
その光景を見せて立ち直らせた弟子に、彼はこう言った。
「二度とこの僕を偶像に仕立て上げるな。
もしそういう連中がまた出て来たら必ず潰せ、どんな手を使ってでもだ。
分かったかい? できるよね、お前は僕の唯一の弟子なんだから。」
それを聞いたリュミスは機嫌をよくして帰って行った。
それからである、『黒の君』が真実恐怖の存在として君臨し始めたのは。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「エリンさん!?」
彼女が吹き飛ばされる光景を目の当たりにして、年若い村長が声を上げた。
先ほど山賊どもを吹き飛ばしたこれは、実をいうと魔術ではない。
単なる魔力の塊をぶつけただけだ。
ようは力技のごり押しである。
逆に、山賊どもを無傷で絶命せしめたあれは、連中の魔力を生命力ごと抜き取ったのだ。
魔力とは生命力から精製される物である為、その性質上密接に繋がっている。
それを通じて生命力を根こそぎ奪い取ることなど、たとえ離れていようともウェルクには造作もないことだった。
その結果として、彼らは魂を奪われたかのように生命活動を停止したのだ。
ウェルクが村人たち全員を吹き飛ばす規模から威力を抑えたのは、ひとえにエリンがまだまだ使える人材だったからだ。
村人たちと比べて、エリンは教養があるのは明らかだった。
物腰や立ち振る舞いまでもどことなく違う。
血色まで見れば、幼いころから十分な栄養を与えられて育ったことがよくわかる。
だから殺さなかった。尤も、こんなものに殺傷力など殆ど無いのが。
よほど至近距離で、打ち所が悪くない限り軽傷で済む程度だ。
エリンは地面に落ちる瞬間に受け身を取ったので、ほぼノーダメージのはずだ。
「ど、どうしてあの人が・・? あの人は味方だべ?」
「なにか、何か、怒らせるようなことしちまっただべか!?」
「もしかしたら、あ、あいつが冒険者だからじゃないのか!?」
「きっとそうだべ!! きっとあいつも神々の遺産を荒らしたんだ!!」
「お前たち、やめないか!!」
村長が身勝手な非難を浴びせ始める村人たちを止めようとするが、彼の言葉を聞き届ける者は一人もいなかった。
ウェルクにも彼らが何を言っているのか分からなかったが、彼らがエリンを非難していることだけは理解した。
だから、彼は先ほど村人たちに撃つはずだった魔力の塊を溜め始めた。
今度は殺傷力の無い半端なものではなく、爆発に近しい破壊力を秘めたものに。
ウェルクは昔から嫌いなものが幾つかある。
その中で特に嫌いなのは、考えることをしない愚民、盲目的で馬鹿な宗教家、自分を強者だと勘違いしているマヌケ。
虫唾が走るほど嫌いだった。
そう言った連中を自ら破滅へ歩むよう陥れて、ようやく溜飲が下がるのだ。
彼らが神を自分に求めるのなら、ウェルクは神の如く無慈悲に彼らを消すだろう。
「ウェルクッ!! やめろ!!」
魔力が集った手を振りかぶったウェルクに、エリンの叫びが響く。
「静まらぬか、お前たち!!!」
カッ、と甲高い声がその時、轟いた。
声の方へと、全員の視線が向いた。
それはウェルクも例外ではなかった。
「その御方がなぜ御怒りか、どうして分からぬのだ。」
その声の主は、この村に住む老婆だった。
杖を突いて腰が曲がっている身でありながら、彼女の存在感はウェルクの興味を引くほどだった。
「冒険者の娘よ、今お前はその御方の名を呼んだな。」
「え。ええ・・・。」
「ならばその御方が御怒りになるのも必然であろう。」
「どういうことなんだ、婆さん!?」
「そいつが神の名を勝手に呼んだから御怒りなのか!?」
「たわけがッ!!!」
老婆の一喝で、村人たちは口を閉じた。
この時の老婆の姿は、高名な預言者にでも見えたことだろう。
「皆も知っておろう、神々の名を勝手に唱えてはならぬ、と。
これは数多の神々の中から一人だけを崇拝してはいけないという掟なのじゃ。
我らの神々への感謝の念は、決して単独の神へと向けてはいけないのじゃ。
それを忘れたからお前たちはその御方の怒りを買ったのじゃ。」
その老婆の言葉は見当外れだった。
しかしながら、結果的に言えばそれがこの村を救った。
「その御方は自らの名を名乗り地上へと降臨なされておる。
であれば、その名を勝手に奉るのは神々の定めた掟に反しよう。
地上に降りてきた神々は、人として扱うのが神々の掟じゃ。
神々への感謝ならば、“祈りの炎”へと行うのじゃ。」
老婆はそう言って、“祈りの炎”の台座を指さした。
「おおッ、つまり天は我々を見捨てたわけではなかったんだな!!」
「天上に住まう神々よ、我らにかの御方を遣わしてくださったことを感謝いたします!!」
それに従うように村人たちは台座へ向かって平伏し、次々に祈りの姿勢で感謝の言葉を述べ始めた。
『・・・・・・・・萎えた。』
その姿があまりにも滑稽だったからなのか、ウェルクは手のひらに掌握していた魔力を霧散させた。
勿論彼には老婆たちが何を言っているのか一割程度も伝わっていない。
だが彼らが勝手な思い込みで何やら勘違いしていることだけは分かった。
似たようなことは経験済みだったからだ。
その結果、殺す気も失せるくらい馬鹿馬鹿しくなったのだ。
「ウェルク・・・・あなたは、もしや本当に・・。」
そしてその姿は、まさしく老婆の言葉に従い彼が怒りを鎮めたように映ったことだろう。
理性でそれを否定していたエリンも、どこかそれを受け入れてしまいそうになっていた。
その時であった。
「わ、わッ、なんだ!!!」
村人たちの悲鳴が上がる。
ぼあッ、っと“祈りの炎”が突如として膨れ上がり、巨大な火柱となって天にも昇らんというばかりに燃え盛り始めたのだ。
その明るさたるや、村全体が昼間のように見えるほどだった。
「ば、婆さま!! これはいったい!!」
「お、おお!! これは!!」
老婆は手にしていた杖を放り出し、地面へとその身を投げ出し、深く頭を下げた。
「な、何が起こって・・。」
「これは・・。」
一瞬にしてあたりを満ちるほどの神聖な力。
ウェルクはすぐに答えを理解した。
『まさか、その程度の憑代で顕現できるなんてね。』
その現象に、ウェルクは笑みを浮かべた。
巨大な火柱と化した“祈りの炎”の中から、黒い影が浮かび上がる。
それは人型の輪郭だった。
炎に包まれた、人に見えてどこか決定的に違う何かが、炎の中から村人たちを見下ろしていたのだ。
その視線は、違わぬことなくウェルクへと向けられていた。
「ほ、炎の神だ、信じらんねぇ!!!」
「やっぱり神々はいつも俺たちを見守ってくださってたんだぁ!!」
村人たちは勝手に感涙の涙を流しながら、平伏する。
だから彼らは気付かなかった。
彼らが神と謳う人型の表情が、どう見ても信者の祈りに答える慈愛の神のそれとは違うことに。
神は言った。たった一人に向けて。たった一言だけ。
カ、エ、レ、と。
言語ではなく、思念だけをウェルクに送ってきたのだ。
そうして“祈りの炎”はその勢いを弱らせ、先ほどまでのような人の背丈ほどの火力へと戻って行った。
『なるほど、そういうことか。』
「ウェルク? 何を言っているのだ?
お前、もしかして、あの炎の神から何か言葉を受け取ったのか?」
エリンの言葉など、今のウェルクには耳に入らなかった。
彼は根本的に勘違いをしていた。
この世界を、彼は自分のいた世界を基準にして考えていたのだ。
『全く、これじゃあ僕も魔術師失格じゃないか。』
けらけら、と笑みを浮かべながら、ウェルクは確信した。
この世界は、未だに神代なのだ。
それは、神々がまだ偶像ではなく、人々の隣人であった世界の黎明期。
隣り合い、ほんの少し手を伸ばせば神々へと手が届いてしまう、そんな不安定な時代。
あの程度の炎で、一瞬とは言え神が顕現したことからそれは間違いない。
宇宙も無ければ星も無いのも当然だろう、それらはこれからできるのだから。
昼や夜だけしかないのも当然だろう、この世界の法則は未だ未完の部分が多いのだから。
そう、この世界は今まさに、神話の時代なのだ。
『帰れ、って言われても無理だよ、だって帰る手段なんてないし。
まあ、それはおいおい研究することだとして。』
ウェルクはエリンの方を向いた。
「行きます。」
「えッ!?」
「行きます、先へ行きます。」
差し当たっては、こんなつまらない村をさっさと出ることに決めたウェルクだった。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
とまあ、こんな感じでこの世界の世界観が明らかになりました。
そう、中世でも近代でもない、神話の時代が舞台となります。
エリンたちはギリシャ神話の登場人物だと思えばわかりやすいでしょうか。
つまり、まだ神々が人間によく干渉してくる時代ってことですね。
詳しいことは今度かな。
それでは、また次回。