ムカついたので皆殺しにした
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実をいうと、ウェルクは何も考えてはいなかった。
元の世界では片腕一本で四方から迫りくる軍勢27万を蹴散らしたこともあるが、それはざっと千年以上前のことで、今なら小指一本でもできることだ。
しかし、ここはそれが通用しない異世界の果て、今の自分はせいぜい魔術を学び始めた頃と同じ程度に過ぎない。
実をいうと、先ほどエリンを襲った炎の渦を打ち消したが、本当なら発動した直後に相殺するつもりだった。
魔力を操るだけなら魔術を使わずとも可能だが、どうやらその手法もこの世界ならではの方法でなければ効率も出力も悪くいまいちの様子だった。
例えるなら、木刀の素振りを平地でなく、全身に重りをつけて海の底で太い棍棒に変えて行うくらいの抵抗があった。
ウェルクが最初に盗賊が撃ってきた魔術を真似してみた時もそうだった。
元の世界で同じ結果を出すとして、およそ三十倍近い負荷を感じた。
これは一般的な魔術師ならば全身の神経に激痛が走ってショック死するレベルである。
そもそも魔法として発動すらしないだろう。
もし弟子のリュミスがこれを魔術だと言ってウェルクの前に持ってきたらその場で地底のマグマに放り込んで反省を促すくらい酷いものだった。
いくら魔法もどきと言えども、それを衆目に晒すのは魔導を極めた彼のプライドが許さなかった。
それにこの数である。
三十人程度の数など鼻にかける程度も無いが、あの魔法もどきで対抗するとしたらかなりの泥仕合になるだろう。
それだけは面倒くさかった。
目の前に現れた虫けらの駆除はすべきだが、むきになって力みながら踏み潰すのは馬鹿らしいのだ。
だが、この世界では自分の培ってきた魔術は使えない。
ではどうするのか?
簡単なことである。
「じゃらじゃらじゃら~。」
服の袖から引っ張り出したのは、一見すれば鉄の鎖だった。
思いのほかその量は多く、長さにすれば十メートル近くはあるだろう。
持って振り回すには重くかさばって長すぎる代物だった。
「はんッ、そんなもので何ができる!!」
無防備に鎖を取り出しているウェルクを侮ったのか、盗賊の一人が近づいてきて剣を振りかぶった。
「あ、危ない!?」
何の抵抗の素振りさえ見せないウェルクに、エレンが動いた。
そして、二歩でその足は止まった。
「あ、が、ぎゃあああああああああああああぁぁぁっぁぁぁ!?」
盗賊の絶叫と、その姿に二の足を踏んだのだ。
彼の最後の一部始終を、エリンは目撃した。
まるで生きた蛇のように鎖が地面を這い、山賊の足から全身に伸びて締め上げ、首をへし折る様を。
ばきぼき、と鎖は当事者が絶命しているのも構わずに閉めつづけ、その肉体を圧縮し続ける。
最終的に、その山賊の体は四つ折りになった。
血だまりの中に、口にするのも憚れる姿となって。
『本当にお前は悪趣味だね。』
誰もが絶句する光景の中で、ウェルクだけは笑っていた。
ウェルクは知っている。
どれだけ世界の壁を隔てようとも、変わらないモノ知っていた。
それは、魂だ。
その数は永劫不変の存在にして、あらゆる世界にて一定だ。
それはこの世界でも変わらない。
この鎖には全身の骨をへし折ってその悲鳴を楽しむという嗜好を持った殺人鬼の魂と怨念が宿っている。
死して悪霊にさせられ、こんな姿になってまで己の渇望により動き続ける悪鬼の鎖だった。
魔術を用いて魂を封じ込めはしたが、それ以外全く手を加えていない。
だからこれも問題なく動くだろう。マジックアイテムと言うより呪いのアイテムであるが。
「次、あなたです。」
ウェルクは手短な一番近くに居た山賊を指さした。
ひるんだ山賊たちに、しかし、呪いの鎖はウェルクの言うとおり動かなかった。
「はぁ?」
むしろ、持ち主であるはずのウェルクに巻き付いてきたではないか。
それはある意味当然のことだった。
これは呪いのアイテムで、特段制御されているわけではなかった。
それどころか、この鎖に宿った魂の持ち主はウェルクに怨念と怨嗟が最高潮に満ちるまで責苦を与えられて怨霊となり、この鎖に封じ込められた。
彼に襲いかかるのは当然の摂理と言えた。
「な、なにしてやがる、早くあの鎖ごとあの野郎をぶっ殺せ!!」
上ずった山賊のリーダーと思しき男の命令が、浮足立った山賊たちを現実に引き戻した。
山賊の魔法使いたちは一刻も早く詠唱を終わらせるべく早口で呪文を唱えた。
中には急ぐあまりに呪文の詠唱に失敗している者までいたが、それを咎めている余裕があるものはいなかった。
矢継ぎ早と、足並みもばらばらな魔法の雨がウェルクに降り注いだ。
村人たちの悲鳴と、エリンのウェルクを呼ぶ声が重なり、爆音と共に砂煙が巻き起こる。
訪れたのは、静寂だった。
「や、やったぜ・・・。」
山賊の誰かがそう言った。
無音が続き、山賊たちが勝利を確信し始めた頃だった。
「・・・イラッ」
その場にいる誰の耳にも意味の分からない単語が響いた。
そしてそれを口にした当人も、自分の胸に湧きあがった感情を端的に言い表したかっただけだった。
『飛び回るだけしか能のない羽虫の分際で僕の一張羅にすすを付けるとはいったいどういう了見だよ。』
「えッ」
『どういう了見だ、つってんだよカス虫共!!』
その罵声は、衝撃だった。
より的確に言うなら、衝撃波だった。
砂塵を巻き上げ、前列に居たおよそ十人ほどの山賊が突如として空へ巻き上げられるほどの烈風を受けて落ちてきた。
何が起こっているのか、その場にいる誰一人として理解できなかった。
その中で、ばらばらに千切れた鉄くずの山から動き出したウェルクが、巻き上げられて落ちてきた山賊の一人の胸ぐらを掴みあげた。
『おい、お前、どうしてくれるんだよ、これは僕の師匠から受け継いだ大切な、それはもう大切な一張羅なんだぞ。お前の人生千回分よりもずっと価値があるのさ。それをよくも汚しやがったな。どうやって責任とれっていうんだよ、ええ!!』
「な、何言ってやがるんだ!?」
『僕の言ってることがわからないのか? じゃあおまえ人間じゃないな、死ね。』
ウェルクに掴まれていた山賊は死んだ。
外傷もなく痛みもなく、白目を向いて生命だけが失われていた。
ウェルクは次に近くに落ちていた山賊の胸ぐらを掴みあげた。
『じゃあお前が責任とれよ。』
「ひ、ひぃ!?」
『話にならない、死ね。』
ウェルクに掴まれていた山賊は死んだ。
外傷もなく痛みもなく、白目を向いて生命だけが失われていた。
「ば、化け物だぁ!?」
とうとう恐怖に負けた山賊の一人が逃げ出そうと踵を返す。
『なに勝手にいなくなろうとしてるわけ? 死ね。』
逃げ出そうとしていた山賊は死んだ。
外傷もなく痛みもなく、白目を向いて生命だけが失われていた。
離れて見ていた者も、それだけは理解した。
『いま目が合ったな、死ね。』
『お前の顔が気に入らない、死ね。』
『なんとなくだけど、死ね。』
『隣が死んだよ? お前も死ね。』
『お前で何人目だっけ? 取りあえず死ね。』
『許してほしい? でも死ね。』
激怒と言うにはあまりにも幼稚で、子供の癇癪のような処刑は続く。
ひとり、またひとり、ウェルクが一歩ずつ歩くたびに、山賊の命が消えていく。
その無慈悲な姿を、彼の世界の人間はこう呼んだ。
暴君。黒魔術の暴君。『黒の君』、と。
「う、嘘だ、あれは、魔女の寓話のはずなのにッ!?」
最後の一人となった山賊のリーダーは、恐怖で足は崩れ落ち、自分の元へとやってくる死の音を待つことしかできなかった。
「じ、実在していただなんて・・・!!」
滂沱の涙を流しながら、彼は祈りを捧げるように跪いて、ウェルクを見上げた。
それは奇跡を目の当たりにした敬虔な神の信徒のように。
彼は思い出していた。
温かい家庭に居た毎日の日々を、それらを安寧を齎してくれていた神々の灯への感謝を。
山賊に身を落としてから忘れていた。
日課だったはずの神への感謝を。ようやく。
「貴方が、“黒き異邦人”――――ッ!?」
「死ね。」
彼はそのまま、祈るように全ての生命活動を停止した。
「ふぅ。」
山賊全員を皆殺しにして、ウェルクはようやく肩の力を抜いた。
「またやっちゃった。まあ今回は人助けだから構わないよね。」
笑みを浮かべながら振り向いて、ウェルクは硬直した。
村人たちが全員、彼に向かって平伏していたからだ。
「ほ、本当にあの人が“黒き異邦人”なんだか!?」
「おら、おら見たぞ、昼間に空から真っ赤な光が落ちてくんのを!!
間違いねぇ、“黒き異邦人”がやってきただ!!」
「本当に、伝説通りに、あの山賊どもに天罰を与えに来てくださったんだ!!」
「奇跡だッ、奇跡が起こったんだ!!」
村人たちは、ウェルクの視線がどんどんと冷たくなっていくのを知らずに口々にそんなことを言い始めた。
「何を馬鹿な、ウェルクが“黒き異邦人”だって!?」
そんなことはありえない、とエリンは頭を振った。
村人たちは勘違いをしている。彼らは理解できないことを無理やり納得しようとしているだけだ。
仮に彼らの言葉が正しいとしても、“黒き異邦人”は人助けをするような神々ではないのだ。
ウェルクが纏い始めた濃密な殺気を、エリンは感じ取っていた。
一目でわかった、彼はこの村人たちを山賊たちのように一人も余すことなく殺し尽くすつもりなのだと。
自然と、エリンは彼の前へと立ちはだかっていた。
それとほぼ同時に、彼女の体が空中へと舞い上がって行った。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
今更かもしれませんが、この作品における主人公、ウェルクは挫折も苦労もしません。
彼は一貫してデウスエクスマキナを貫き通します。今回のようにちょっとした癇癪ですべてを終わらせてしまいます。
新しく登場した用語に関しては、次回に解説があります。
それでは、また次回