観戦してみた
.
かつて造物主によって作られたもうた人間は、獣と同じように野山に、平原に、洞窟に住んでいた。
獣の一種に過ぎなかった人間に変化が訪れたのは、憐れみ深い炎の神が光と共に地上へと舞い降りた時からであった。
その炎の神は、自分たちと姿が似ている人間に火の使い方を教え、去って行った。
人間は火の扱うことによって集まるようになり、自分たちより大きな獲物を取り、やがて言葉をしゃべるようになった。
ある時、人々の間に争いが起こった。
人間たちの争いにも、火は使われた。
それ見たことか、と神々の長は炎の神に言った。
人間に火を教えた炎の神は囚われの身となっていた。
火を扱い方法は、神々の特権だったからだ。
だが炎の神が囚われた理由はそれだけではなかった。
火は便利で、寒さから身を守るのに必要だが、同時に相手を傷つける武器でもあった。
知恵を付けた人間が、それを争いの為に使うのは目に見えたことだったのだ。
それは神々の教訓だったのだ。
時を同じくして、別の炎の神が、囚われの身となった親友の為に炎に向かってその身を投じ、祈りを捧げ続けていた。
火が他者を傷つけるのは、火に心が無いからだと考えた彼は、99日もの間、その身が焼け焦げることを厭わず激しい炎の中で祈り続けたのだ。
やがて、炎に彼の祈りが通じ、触れても焼けることのない心を持った火が生まれた。
彼はその火を持って、神々の長に訴えた。
私と彼がこの火を、心無い炎に変わり地上へと広めよう、と。
彼らの友情に心打たれた神々の長は、人の姿で赴くことを条件にそれを許可した。
こうしてこの二柱から伝えられた火は、“祈りの炎”と呼ばれるようになって人々の間に広く浸透した。
これこそが、この世界で最も知られた神話にして、神の偉業の一つである。
一方で、心の無い炎が完全にこの地上から無くなったわけではない。
祈りの炎は確かに人々や建物を焼くことも無いが、それはパンや肉や魚も同じだった。
心無い炎を地上から無くすことは不可能だったのだ。
そして、その心無い炎を武器として使う者たちを、人々は魔法使いと呼んだのだ。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
ザルバーグは魔法使いだった。
魔法使いの多くは学院を卒業した後、軍属となり軍人となって祖国の為に戦う。
彼もその一人であった。
しかし、彼の所属する部隊は戦いの真っただ中に敗走し、死に物狂いで逃げ続けた。
敵国の国境を跨いで内側に入ったことに気付いたのは、森の中を数日間彷徨いつづけた後だった。
逃亡兵は死罪、良くても死んだ方がマシと言うレベルの扱いを受ける。
国境を超えるリスクも大きかった。
戦いはこう着状態に陥ったようで、両国の緊張状態はまだまた続いている。
街の方へ行こうとも、敵国のスパイだと疑われて処刑されるのがオチである。
幾つかの平原と運河を挟んだだけなのに、自国と敵国の髪の色は全く異なっているからだ。
彼が山賊に身を落とすまで、そう時間は掛からなかった。
幸いなのか、彼の元には同じような境遇の敗残兵たちが集まった。
そこには顔見知りも居たし、敵国の兵士も居た。
いつの間にか山賊の頭に祭り上げられていたザルバーグは、しかし嘗ての敵同士であることを厭わなかった。
死にたくないという思いだけは共にしていたし、生きるためには戦力が大いに越したことは無かった。
故郷に帰りたいという仲間もいた。自分もそうだった。
だが帰る場所も、帰る方法も無かった。
妻と子を残した者もいた。自分だって親に顔向けできない。
しかし、生きるためには方法が無かった。
死にたくなければ、奪うしかないのだ。
彼らは仲間意識が芽生え、幾度の夜を超えて強くなった。
今なら誰にだって負ける気はしなかった。
そんなある日だった。
自分たちの仲間が、冒険者に殺されたのだという知らせが来たのは。
「損害は?」
「じゅ、十一人、そんだけの数をやられちまった・・。」
そう報告した仲間は、真っ青な顔で息も絶え絶えの様子で這い蹲った。
「ゆるせねぇ!!」
「探し出してぶっ殺してやる!!」
他の仲間たちがその報告を聞いていきり立った。
「待て、それで、どんな奴だった?」
「け、剣士の女と、変な格好の魔法使いが一人・・・。
そいつらが、な、仲間を殺した!!」
「たった二人でか!?」
その事実に、ザルバーグも驚愕を禁じ得なかった。
自分たちの縄張りを巡回しているグループには必ず二人以上の魔法使いを同行させている筈だった。
だというのに、生き残りは彼一人だという。
「特に、魔法使いの方はヤバい、あいつ、俺の仲間たちを笑いながら殺しやがった。」
ザルバーグはその時ようやく報告を行う彼の震えが疲労からだけではないことに気付いた。
恐怖だ。
圧倒的な恐怖に晒され、半ば錯乱しているのだ。
「そ、それに、奴に魔法が効かなかったんだ。
化け物だ、奴は化け物なんだ!!」
「だれか、そいつを休ませてやれ。」
戦いの最中、恐怖で幻覚を見るのは珍しいことでは無い。
ザルバーグは仲間にそう指示して、彼を退出させた。
「頭ぁ、今すぐ仲間の仇を討ちましょうよ!!」
「ああ、だが、まずそいつらの居場所を見つけるのが先決だ。今すぐ哨戒している奴らを呼び戻して探させろ!!」
仲間の言葉を受けて、すぐ彼は指示を下した。
そして、それらしき二人が近くの村に入って行ったというのを見たという報告が来るのは数時間後だった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
拠点に数名を残し、ザルバーグたちは村へと向かった。
真夜中の行軍となったが、夜は彼らを阻む障害へとなりえなかった。
村は木の柵で周囲を覆っており、門は閉められたままだった。
「撃て。」
ザルバーグは一言だけ命じた。
部下たちが詠唱し、魔法が発動する。
炎の矢と呼ばれる最も基本的な攻撃魔法が門に炸裂し、木っ端微塵に吹き飛んだ。
村の中を進むが、村人たちは祈りの炎の前で待ち構えていた。
当然の判断だろう。素人がこの暗闇の中で戦うなど自殺行為だ。
「今すぐ帰れ!!」
「この村には指一本触れさせねぇべ!!」
いかにも戦い慣れしていなさそうなへっぴり腰の村人たちが、農具を構えて威嚇してくる。
「黙らせろ。」
ザルバーグがそういうと、炎の矢が彼らの足元に飛んで行った。
「ひ、ひえぇ!!」
「お、お助けえぇ!!」
魔法の威力に村人たちの士気は半壊した。
殺し合いの経験などない一般人などこんなものである。
そもそも、村人たちは十数人、こちらは三十余りの戦力差だ。
結果など、戦う前に分かりきったことだ。
「この村に、俺たちの仲間を殺した二人が居るはずだ。
そいつを差し出せば、略奪はしないでおいてやる。まあ、食糧を少々都合して貰うがね。」
ザルバーグは高圧的に要求を突き付けた。
むやみな殺生をしないことが、彼らの中に残る最後の良心だった。
「そ、村長、ど、どうするだべか・・・?」
「わ、私は・・・。」
線の細い若い村長は、恐怖に震えたまま何か迷っているようだった。
「私は、私はッ・・!!
「村長、もういい。」
その時、暗闇から凛とした声が響いた。
「え、エリンさん!?」
「あなたに重責を負わせるわけにはいかないからな。」
暗闇から現れたのは、腰に剣を刺した女だった。
丈夫さだけが売りだろう革の服は、まさに冒険者らしい出で立ちだった。
「そっちから出てきてくれるとはな。探す手間が省けたぜ。」
「神々も恐れぬ不届き者共め。
平和を愛する炎の神の眼前で非道を行うというのなら、天上の神々とこの剣が赦しはしない。」
その女剣士はすらりと剣を抜いてそう言った。
一目でそれが名剣だというのは察しがついた。
「はん、本当に神様が見てんなら、俺たちはこんなことしてないんだよ。
野郎共、嬲り殺しにしてやれ!!」
おう、と彼の仲間たちが一斉に女剣士の方へ飛びかかって行った。
キンッ、という金属音が三度聞こえた。
「どうした、怖気づいたか?」
三人の仲間が崩れ落ち、その先に佇む返り血一つ浴びていない女剣士が血糊を振るった。
この女、強い!!
「何してる、相手は一人だぞ、容赦するんじゃねぇ!!」
尻込みしている仲間たちに叱咤し、一斉に掛からせる。
呆気に取られていた仲間の魔法使いも、呪文の詠唱を始める。
「この野郎!!!」
女剣士の身のこなしは素早く、数人掛りで取り囲もうとする仲間たちの間をするりと躱して常に退路を作りながら応戦している。
「そこだ、撃て!!」
包囲から飛び出した女剣士に味方が魔法を放つ。
「あぎゃあ!!」
しかし、それは計算されていたかのように現れた仲間が意図せず彼女の盾になった。
「馬鹿野郎何してやがる!!」
「す、すいやせん!!」
盾になった仲間は胴体が真っ二つになった。即死だ。
「お前たち、仲間を使い捨てにするような男の下でよく働けるな。」
「う、うるせえ!!」
わざと誤射を誘ったくせに、まるでこちらがそうさせたかのように女剣士は笑っていた。
「もういいッ、お前たちは足止めに専念しろ!!」
彼女を侮ったこちらが悪かったのだ。
もはや容赦はしない。
呪文の詠唱を始める。
危険を感じ取った女剣士が回避を試みようとしたが、もう遅い。
「くッ!?」
魔法が完成すると、炎の渦が女剣士の周囲に発生した。
「焼死ね!!」
こうなっては回避する術は無いはずだった。
『なーんだ、君って結構強かったんだね。』
ふと、聞きなれない言葉が周囲に響いた。
その直後、女剣士を囲っていた炎の渦が霧散し、無数の火の粉となって消え失せた。
「誰だ!!!」
ザルバーグは声の主を探したが、すぐにそいつは姿を現した。
『でも、僕が知ってる最強の女剣士からすれば十歩も二十歩も三十歩も及ばないねぇ。
魔王を倒した僕ら全員揃っても、奴にだけは勝てる気がしない。』
そいつは、暗闇に溶け込んでいるというより、闇を着込んでいるような出で立ちだった。
『だけど、見ず知らずの僕を当てにしなかったところは褒めてあげるよ。
・・おっと、こっちの言葉通じないんだったっけ。』
凄惨な戦いの現場に、まるで散歩でもするかのようにそいつは現れた。
「エリン、あれを、全部、潰します。」
つたない片言で、笑みを浮かべたまま。
「あなた、死んでますください。」
虫けらを見る目で、俺たちを見ていた
こんにちは、ベイカーベイカーです。
早く書きあがりました。早い時はこんなに早いのです。むらっけがあるのです。
自分作家にはホント向きませんよねぇ。
それでは、また次回。