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村を歩き回ってみた




待ってろ、と言われてこの方、ウェルクは黙って待っていた試しは無かった。


だからというわけでもないが、彼は村の中を歩き回ってそこに暮らす人々の生活を観察していた。



「この村がこの世界で一般的な農民の生活水準と仮定すると、文明レベルも僕の世界からワンランク下くらいかな。」

この村の住人達の服装は貫頭衣から発展したと思われる田舎情緒溢れるもので、服飾の技術の参考にはならないが、そこまで自分の感性と離れている物ではないと思ったのだ。



「この音は、粉を引いているのかな。」

川辺に隣接する小屋からは小麦のような匂いがした。


「となると、この世界の主食はパンや麺あたりかな。

もっと奇抜なのを想像していたけれど、それもなさそうだ。」

それについて、ウェルクはなんとなく想像がついていたことだ。

人間が主食とするものは、ほぼ例外なくどんな世界だろうと似たり寄ったりするものなのだ。



並行世界、あるいは異世界を説明する時、可能性の分岐を樹木の枝に例える。

しかしウェルクはそれを、水面の波紋に例える。


即並行世界は静寂であった水面に投じられた一石から生じた波紋の連鎖である、と。

即ち、彼は並行世界は元々一つであった原初の世界を起源とする派生から成っていると論じた。


原初の世界にも人間はいただろうから、そこから派生した我々もまた彼らと同じようなものを食べているわけだ。


世界の文化が劇的に差異が生じていても、よその世界から見てゲテモノばかりを食べているような世界の人間はいないのである。


と言うのがウェルクの推察で、その目で確かめたわけでもないので実際は分からない。

だが、真理を極めた彼がそれらが大きく逸脱したことが無いのも事実だった。



「まあ、ここの連中だけを参考にして決めつけるのはよくないか。

だってこいつら貧乏そうだし。」

そんな身勝手な物言いをしながら、ウェルクは田畑を耕す農民たちを観察する。


彼らの使う農具はかろうじて先端を鉄で補強している程度で、かなり原始的であるとウェルクは思った。

もしかしたら肥料の概念すらもないのかもしれない。



彼ら農民は生活時間の大半を農作業に費やす。

それが終わるころには日が落ちる。

朝起きて、同じことを繰り返す。ほかのことをする暇などありはしない。



「不便さゆえに時間に支配される彼ら。

そして便利さ故に時間を管理しているつもりで時間に縛られている奴ら。

どっちが人間として健全かねぇ・・・。」

どちらをも嘲笑いながらウェルクは歩を進める。


すると、井戸端会議をしているだろう村民の女性たちが持ち寄っていた野菜などを交換している姿を見つけた。



「物々交換がまかり通っているのか。

いや、ここまで田舎だとそれも関係ないか。」

いちおうこの世界にも貨幣の概念が存在することは分かっていた。


しかし貨幣とは、物の価値の基準である。

貨幣は無くても困らないが、商取引において無いと不便なのだ。


ウェルクの判断基準の一つは、等価交換である。

だから、価値がバラバラな物を数で交換する様な真似を見るのが不愉快だった。


生涯に何度も村から出ないだろう彼女らに対して、それを理解した上での不快感だった。

彼らとて外貨はもっているだろう。

こんな小さな村でも行商人くらいは出入りするはずだ。


それでいて物の価値を投げうるような文化を、彼は苛立ちすら覚えた。

その苛立ちは、人間が勝手に物の価値を決める潜在的な傲慢さに対してでもあった。



やがて、あほらしいと頭を振って彼はその場を立ち去った。

関係のないことに苛立つのは大人げないとわかっていたからだ。




そうして村の中を歩き回っていると、一際目につく物を見つけた。

こんな辺鄙な村にふさわしくない、巨大な金属製の杯だった。


そこには油が入っているわけでもないのに炎が燃え盛っており、風は吹いてもその炎は揺れることなく微動だにしていなかった。


それが特別なものであることは考えるまでもないことであった。

その炎の杯は恐らく村の中心としてされているのだろうと、ウェルクは感じた。



「これは魔除けの炎か・・・?

どこか神聖なものを感じる炎だけれど・・・。」

などとウェルクは考察をしていると、数人の女性が杯の前へと歩み寄っていった。



『見てくださいお婆さま、やはり炎の揺らぎがいつもより大きいのです。』

『いつもはまっすぐ天に伸びる祈りの炎が今日はこんなにも揺れ動いて・・・・。』

『うむ、これは・・・。』

数人の女性は、一人の老婆を中心にして何やら話し込んでいるようであった。


言葉がわからないので見ていても面白くないのでウェルクは立ち去ろうとしたが、彼女らはふと地面に両足を付け始めた。

そして両手を組んで、炎の杯に向かって何か祈るように体を折り曲げた。



ウェルクは興味深くその様子を窺っていると、杯の炎に変化が訪れた。

杯に灯っている炎が一瞬膨らみ、先ほどより派手に燃え上がったのだ。





「極めて原始的な祈祷だけど、それにしては簡易的過ぎる・・。

この程度で神霊が力を貸すとは思えないけれど。、」

観察と考察を続けるウェルクの考えとは裏腹に、杯の炎は勢いを増してその神聖さを増していった。




『これは警告であろう・・。』

『どういうことですか、お婆様。』

『恐らく、何か良くないことが起ころうとしているのだ。

かつて三日三晩続いた嵐の前の日も、祈りの炎は激しく揺れ動いていた。

なにか、よくないことが起ころうとしている。なにかが・・・。』

神妙な顔つきで語る老婆の言葉に、村娘たちは想像もできない何かに怯えるしかできなかった。



『婆さま!! ここに居たのか。』

そこに、村長が額に汗を流して駆け寄ってきたのだ。


『今すぐ村の女たちをまとめてこの村から出るんだ。

時期に山賊たちが襲ってくるかもしれないんだ!!!』

『ならぬ。』

大慌てで身振り手振り説明する村長に、老婆は静かに首を横に振った。



『は、はぁ?』

『もうじき、“夜”になる。

“夜”は眠らなければならない。でなければ今日に置いて行かれてしまう。』

『そんなの迷信だろう!!』

老婆の言葉に、年若い村長は怒声を上げてそう答えた。


『私が首都に居た頃は、番頭の仕事で夜遅くなることも多かった!!

“夜”が明けるのも気付かずに仕事をした日だってあった!!

だけど私は昨日に置いて行かれてなどいないぞ!!

それに、神も恐れぬ山賊どもは“夜”であろうと構わず襲ってくるに違いない!!』

『では我々は“夜”の餌食となれというのか?

それに逃げたところでお前たちが山賊を追い返せるとは思えない。

そうなれば我々はどうなる? 夜に村の外へと逃げるのと同じことよ。』

『その為に冒険者も雇ったんだ、彼女は協力してくれると言った。彼女に護衛してもらえば、何とかなるかもしれないだろう!!』

『ふん、神々が御力で守る大地を暴こうとする輩など信用できるものか。

奴らの仕業で神聖な山々に眠る神の遺産をどれだけ荒らされたものか。

神々を恐れぬとはまさに奴らのことよ。』

『婆さん!! 神々は私たちが思っているほど、私たちを見てくれちゃいないんだよ!!』

二人の口論は平行線を辿り、それを見守る村娘たちもオロオロするしかない。


二人はどちらも譲るつもりはないのか、時間だけが過ぎていく。



そんな時、老婆が空を見上げた。


「どうやら、こうして論ずる時間もありはしないようだ。」

老婆がそう呟いた。


一瞬のことだった。

青空が瞬く間に黒く塗りつぶされた。


黒色の空に浮かぶのは、月のみ。



“夜”が訪れたのだ。






「ああもう、こんな時に!!」

突然の“夜”の訪れに、村長が地団駄を踏んだ。


「村長、ここに居ましたか!!」

「ああ、エリンさん!! ちょうど良かった。」

そこにエリンがやってきて、こちらにやってくる彼女に村長が手招きをする。



「すみません、私の連れ・・・奇妙な風体の少年なんですが、見かけませんでしたか?」

「あなたの連れ・・・? いいえ、見かけていませんね。」

周囲を見渡しても、既に闇夜の中だ。

祈りの炎があるこの周囲は兎も角、“夜”は月明かりがあっても10メディス(長さの単位)先も見えない時間だ。



「くそッ、この中であの黒い服を見つけるのは至難か・・・。」

今度はエリンが地団駄を踏む番だった。

だから彼女は“夜”になる前に彼を見つけたかったのだ。



「婆さん、こうなっては仕方がない。

女子供は私の家に集めてくれ、私は男衆をここに集めて迎え撃つ用意をする。

エリンさんは彼女たちの護衛を。」

「・・・ええ、承りました。」

一先ず苛立ちを抑えて、エリンは自らの仕事に徹することを決めた。

村長はそれだけ言うと、足早に去って行った。




「それにしても、どこにいるんだ、ウェルクの奴・・・。」

闇の中を見つめていても、エリンの求める答えは出てくるはずもなかった。








こんんちは、ベイカーベイカーです。

師走の時期は忙しいので思ったより書いてる時間が取れない・・・!!

おかげで不定期にもほどがある更新状況である。

ちなみに、文面には出ていませんがウェルクがあの場からいなくなったところはきちんと描写されています。

少しずつ明らかになってきた世界観ですが、その根幹となるのはもう少し後。

それでは、また次回。



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