村に行ってみた
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「エリン、それはなんだ。」
恐らく、その言葉を私は人生で一番多く聞く日であろう。
「あれは、鳥・・だ。」
なるべく単語を聞き取りやすいように、私はそう答えた。
「とり、トリ、鳥・・・これでよいか。」
「ああ、大丈夫だ。」
そして最後に自分の言葉の発音を確認する。
このやり取りを既に数えるのを億劫になるほど繰り返した。
私を助けた奇抜な格好の少年・・ウェルクは非常に好奇心が強く、そして呑み込みが早かった。
彼が私を雇おうとして、まず最初に彼が行ったのは山賊どもの所持品の検分だった。
そこから貨幣を見つけ出し、私の反応から価値のあるものだと理解した。
それから簡単な受け答えができるようになるまで、恐らく一時間も掛からなかっただろう。
彼が二度同じことを訪ねたのは、同じ同音異義の単語や発音が難しい物くらいで、それから発音の確認もするようになった。
そして私はお互いに言葉が通じなくても、お互いが何かを伝えようとすれば何とかなるということを学んだのだ。
本当に彼は私を雇うらしく、貨幣の価値を正しく理解すると王国銀貨二十枚を差し出してきた。
私個人としてはそれを受け取るつもりはなかったのだが、(その金は盗賊の奪った汚い金であるし、そもそも彼は命の恩人だ。)お互いの意思疎通がままならない状態では話がこじれるので素直に受け取っておいた。
大した額ではないが、この金は依頼を受けた村に譲渡することにしよう。元々山賊たちが奪った金品は村へ渡すつもりだったのだから。
それから、村までの道中、私は質問攻めとなった。
実力を買われて雇われたわけでないのは分かっていたが、これでは昔うちに来ていた語学の教師のようであった。
村までは二時間歩いて半日程度の距離だが、その道程も長く感じる。
彼の行動は言葉の応答だけではなかった。
突然道から外れたと思うと、野草をむしり取って観察したり口に含んだりするのだ。
「おい、それは食べられないぞ。」
私が彼の奇行を見咎めてそういうと、案の定、彼は口に含んだ野草をペッと吐き出した。
「腹が減ったならもう少し待て、あと少し歩けば村に着く。」
私は思わずそう言ったが、今の言葉は彼には伝わらない単語ばかりだ。
「腹、減ったのか?」
身振り手振りを交えて何とか伝えようとしたが、腹が減ったかなんてどう伝えればよいのか。
結局、数度のやり取りをかわし、ようやく彼も私の意図を理解したようだ。
「お腹、減った、違います。」
若干不機嫌そうな表情で彼は言った。
「これ、使います。」
彼はさっきの野草を細かく千切ると、腕の上に乗せて塗りつけるような仕草を見せた。
「その野草に薬効があると言いたいのか・・?」
その野草の名前や効能を知っているわけではないが、どうやら傷に効く野草らしかった。
「その草、知っているのか?」
「いいえ、知りません。この草、知りません。」
驚くことに、彼はそれを口に含んだだけで理解したというのだ。
もしかしたら彼は薬学に精通しているのかもしれない。
確かにこの怪しげな風体は古の書物に出てくる魔女そのものである。彼は男だが。
初めて来た地の草を口に含んだだけで効能がわかる物なのかどうなのかは知らないが。
そのような彼の奇行は道中何度も続いた。
時には虫を捕まえて、その四肢を引き千切ったりと、子供のようなことまでし始めた。
悪趣味な行動なので度が過ぎれば止めようと思ったが、何事かぶつぶつと呟く姿は近寄りがたく、私は何も言うことができなかった。
朝早く出発したおかげか、村への帰還は日が落ちるより早かった。
というより、私が目的地に到達する前に引き返したので昼過ぎにはついた。
門番をしている青年は私たちの姿を見て目を見開いた。
「アンタは村長が雇ったっていう冒険者じゃないか、もう山賊どもを退治したってのか!?」
「いや、そのことについて村長殿に話がある。急ぎ取次願いたい。」
「それは構わないが・・・そっちは・・。」
当然と言うべきか、門番の青年は、となりのウェルクに奇異なる物を見る視線を向けた。
「彼は、その、旅の学者だ。
異国の者らしく言葉は通じないが、山賊の奇襲を受けた私を助けてくれた。悪い人間ではないのは私が保証する。」
「異国のぉ? 言葉が通じないって・・うーん・・。」
彼は少し悩んだようだが。
「取りあえず、武器の有無だけは確認させてくれ。」
「わかった。」
私は頷いてウェルクに向き直る。
「剣、ありますか?」
「は?」
お前は何を言っているんだという視線を向けられた。
しかし、私と彼とが共有している言葉ではこのように訪ねるしかなかった。
私は羽織っていた外套を捲ったりして、何とか武器を持っていないか伝えようとした。
「剣、ありません。」
そんなやり取りをして、彼に何とか意図は伝わったらしい。
首を振って武器を持っていないことを告げた。
「そう言うわけだ。」
「はぁ、もう分かったよ。入っていいよ。」
我らのやり取りに辟易したらしい門番の青年が、木製の門を開けた。
そのまま村の中を進み、村長宅の前へとたどり着いた。
「ここで、待っていてください。」
私は彼にそう言い含めると、一人村長宅のドアを叩いた。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「エリンさん、もう山賊どもを退治したのかい!?」
まだ三十も数えていないだろう、年若い村長は出会い頭に驚いたようにそう言った。
「実は、それについて報告したいことがあって早急に引き返してきたのだ。」
しかし、私が話を切り出そうとすると。
「待ってくれ、エリンさん。仕事を完遂してくれたと判断するまで報酬は払えない。」
村長は険しい表情でそう言った。
「あ、もちろん、金を払う気は無いというわけではないんだ。
その、物事には順序があるだろう?」
取り繕ったような言い訳を述べる彼の表情から苦いものを滲み出していた。
「・・・何かあったのですか。」
「ええと、その・・。」
「報酬は必要ありません。なぜなら私一人ではこの仕事を完遂することはできないでしょうから。」
私がそう断言すると、村長は戸惑ったように私を見た。
「それは、どういうことかね?」
「私が遭遇した山賊どもは高度に組織化されていました。
恐らくどこからか流れてきた傭兵崩れでしょう。最近、両国との間で小競り合いもあったと聞きます。」
それを聞いた村長は打ちひしがれたように額に手を当てた。
「なんてことだ・・。貴女を雇うだけの金で精いっぱいなんだぞ。」
「私は奴らと遭遇し、恥ずかしくも隙を突かれ、旅人に助けられる始末。
その際、何人か殺しました。奴らはすぐにでも見せしめを行うでしょう。」
「どど、どうすれば!!」
「落ち着いてください。」
取り乱す村長に頼りなさを感じながらも、私は冷静に方策を述べる。
「村の中から戦える者を選出してください。私も戦いましょう。」
「そんなこと言ったって、うちの村で戦える人間なんてせいぜい十人居れば良いところだぞ!!
それに、連中の数は分からないんだろう!?」
「ええ、最低でも数十人は居るでしょう。
私が遭遇した奴らにも魔法使いが何人もいましたから、あれですべてとは思えない。」
「そんなッ・・・そんなッ!!」
村長は髪の毛をわしゃわしゃとかき乱すと、立ち上がった。
「そんな立ち向かうだけ無駄でしょう!!
今すぐ逃げる準備をした方がいい。」
「今から逃げて、着のみ身のままでこれから過ごせると?」
村民と言うのは良くも悪くもその村に縛り付けられた存在だ。
その生涯を村から一度も出たことがないまま終えるものも少なくない。
仮にほかの村に逃げたとしても、そこに受け入れられる保証もない。
それに、今から家財をまとめて逃げる準備をしたところで、山賊どもに襲われるのが落ちだろう。
「それは・・・」
「逃がすなら、女子供だけにしなさい。
こちらが決死の覚悟を見せれば、向こうも割に合わないと判断するかもしれません。」
私がそう言うと、村長はずるすると椅子へと座り落ちた。
「・・・・村の者を集める。
しかし、貴女はよそ者だ。この村のいざこざは関係ない。
どうか、別の街まで村の女や子供を頼んでもよろしいか?」
「それが、貴女の判断だというのなら、私は雇い主に従いましょう。」
ウェルクを待たせているので、私は指示があるまで待機します、と村長に伝えて村長宅を後にした。
「いない・・・。」
そして外には、ウェルクの姿は無かったのである。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
小刻みに更新すると言っておいてすぐにこんなに間が空いてしまった・・・。
パソコンに調子が悪かったり、今複数遊んでるプラウザゲーがイベントラッシュで書く暇がなかったりと、まあいつも通りですわ。
今回のように場面場面で区切って細かくストーリーを展開していこうと思います。