事の発端を語ってみた
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事の発端はこうである。
「師匠、師匠、助けてください!!」
弟子のリュミスが助けを求めてきたのだ。
「どうしたんだバカ弟子。」
「魔王です、魔王が現れたんです!!」
「あーもう、そんな時期か。」
僕らの住む世界には数百年ごとに定期的に魔王が出現する。
今回で確か初代から数えて十番目だ。
魔王は出現して人類と敵対するかどうかはまちまちだが、弟子の話では今回の魔王は相当に凶悪なようだった。
「魔族の軍勢を率い、片っ端から街を攻め落としているんです!!」
「へー。」
僕はためしに遠見してみた。
すると脳裏に今回現れただろう魔王の巨躯が目に入った。
一言でいえばそれは鉄でできた巨大な箱舟のようであったし、竜のようでもあった。
真下から見上げれば、その全貌を把握できないほどの巨体だ。
その中に無数の竜騎兵を搭載しているようで、まさに空飛ぶ要塞だった。
「ほほー。こりゃあ厄介だ。」
魔王と人類の戦いは風物詩のようなものだ。
全面戦争になったことは数少ないが、今回はきっとそうなるだろう。
あれほど戦意と敵意をむき出しにした魔王は、僕からしても初めてだった。
「ですから、師匠の御力をどうかお貸しくださらないでしょうか!!」
「嫌だね。」
「ええッ!? どうしてですか!!
私、どうにかして師匠の協力の協力を取り付けるって言ってきちゃったんですけど!!」
リュミスは魔術師たちを束ねる組織の旗印として頭目の立場にいる。
当然、僕のバリューネームを後ろ盾としたお飾りのトップだが。
こいつのお粗末な組織運営から考えるに、こいつに任せるよりはお飾りの方が何倍かマシである。
「君の事情なんて知らないよ。」
「そ、そんなぁ!!」
そう言ったら涙声で足元に縋り付いてきた。
流石に泣き出しそうになる弟子が煩わしくなってきたので、僕は彼女に知恵を授けることにした。
「あれほどの魔王だ、人類は群雄割拠のようだけどそれは同時に英雄もまた多くいるってことだ。
それらをまとめ上げて対抗するんだ。それら全員と刺し違えるくらいはするだろうさ。」
「そんな、無理ですよ!! 私たち魔術師が出しゃばると、教会の連中が黙ってないじゃないですか!!」
「どうせ連中は真っ先に尻尾を巻いて逃げ出すから気にするなよ。
だから遠慮なく各国に根回しすると良い。
ついでに自分の周りの邪魔な人間も掃除するんだ。これを機に自分の組織の舵取りを掌握しなさい。
逆らうようなら見せしめでも何でもして強制的に従わせるんだ。名目は魔王の討伐の為にということにしておけばいい。
その体制を後に残しておけば、後は煮るなり焼くなり好きにできる。」
僕の弟子はバカで気弱で能無しだが、一度どす黒い権力闘争の中に放り込んだことがあり、その中で僕も超える才能を発揮した。
暗闘の才能である。
魔術師としてもダメ、組織の長としても失格。
だがしかし、暗部を作りそれを手繰る才能はピカイチだった。
「君は暗躍して、裏から情報を操作して各国の意向を束ねればいい。
君らも魔術師として後方から支援するとでも言って参戦すれば、被害は最小限になるだろう。」
「な、なるほど!!」
絶望の中に希望の光が差し込んだとでもいうような表情になったリュミス。
「ああ、当然だけど窮地になっても僕は君らを助けたりしないから。」
そんな彼女に僕は谷底から突き落とすようにそう言った。
「え、ええッ!! そんな、本当にピンチになったら助けてくれますよね!!」
「甘えるなよ、バカ弟子が。」
「ひッ」
僕が睨むと、リュミスはその場に平伏して何度も謝罪の言葉を述べ始めた。
「忘れるな、お前はこのウェルベルハルク・フォーバードの唯一の弟子なんだよ?
僕は言ったはずだよね、お前は俗世での僕の代役だって。いざとなれば僕の名前を自由に使っても良いって。
これほどの名誉と権限を預かっていながら、魔王の討伐すらできないって?
・・・お前さ、別に破門してやっても良いんだよ?」
僕の言葉に、リュミスの顔が恐怖に引きつる。
それはこいつにとって死刑宣告にも等しかった。
「お願いです、師匠・・・見捨てないで・・・。」
「だったら、自分の力で何とかして見せろよ。僕の弟子だろ。」
「はい・・・。」
リュミスはしくしくと泣きながら頷き、帰って行った。
「正直、あれはリュミスには荷が重いだろうけれど、まあ一人で戦うわけじゃないし。」
僕は弟子に試練を課すことで成長を促しているのだ。
当然、あいつにもう成長する余地なんて皆無なのを理解しての所業である。
しかしながら、己の限界を超えなければ真理の探究なんて夢のまた夢なのである。
「とは言え、僕がここに居たらどうせあいつは頼ってくるだろうし、そうだな・・。」
どうせだから、あのバカ弟子が絶対に分からない場所に行って、頃合いを見計らって帰ってくることにしよう。
とは言え四番目の魔王以来の大衝突になるのは予想ができるので、しばらく様子を見てからにすることにした。
ひと月ほど時間を進める。
「おぉ~。今回の魔王はやるねぇ。」
地上の半分は更地と化していた。
大地に根ざし、狭い世界で住処を奪い合っていたはずの人類はその必要すら無くなるほど数を減らしているようだった。
「そうさ、それでいい。もっと数を減らせよ蛆虫ども。」
この世の真理を理解した僕は知っている。
人々は魔王などと称しているが、あれは所詮この世界が齎す浄化作用に過ぎない。
人は増えれば文化を作り、文化は優れてくれば人は増長する。
かつて人類は、増長し身の程知らずにも天国にも届かんとする塔を建て、神の怒りを買ったという。
この魔王との戦いも、魔王当人すら自覚は無いだろうが形を変えた神の鉄槌なのだ。
「だから幾ら祈ったって無駄なんだよ、馬鹿どもめ。」
僕は眼下で醜く着飾り安全な所へ逃げた教会の高僧たちを嘲笑う。
今回も人類は同族同士で争い合いをするほどに発展し、文明を進化させてきた。
魔王とはそれを一度潰し、生命のバランスを調整する世界の現象に過ぎないのだ。
「あははは、バカ弟子め、いい感じに苦戦してやがるよ。」
魔王の竜の咆哮とも戦艦の砲撃とも取れる一撃が大陸を両断するかの如く大地を焼き払う。
リュミスはその余波で体の半分が消し飛ばされたが、ぎりぎり消滅を免れたようだ。
「この調子じゃ、この一戦では仕留めきれないかな。」
他人事のように僕はそう言った。
彼女が助けを求める視線が、僕と合う。
きっと僕が見ていることに気付いたのだろう。
僕はにっこりとほほ笑んでおいた。
全てを察したリュミスは半泣きになって戦い、敗走した。
その姿が面白かったので、再び僕の前にやってきて恨めしそうに僕を見ているバカ弟子の相手をしてやることにした。
「師匠、本当に助けてくれませんでしたね。
私の部下や各国の人間が大勢死にましたよ、これからももっと死ぬでしょう。」
こうは言っているが、これでリュミスは助力に応じなかった僕に対するから義憤ではなく、本当に助けてくれなかったことを拗ねて怒っているようだった。
「僕を責めるかい? それもいいだろうさ。
でもね、僕が出て言って魔王を叩いても、意味はないんだよ。」
ヒマなので僕は講釈を垂れることにした。
「これを見るんだ。」
そう言って僕は世界の端を切り開いた。
その先には僕らの住む世界とは別の景色が広がっていた。
天にも昇らんとする建造物が列挙する灰色の街に同じような格好をした人間たちが蠢きひしめいている光景だ。
「見ての通り、この世界の人間では想像だにできないほど文明が進んでいる。
彼らは豊かに暮らしている。水も食料も不自由しない。ありすぎて困っているくらいだ。」
「羨ましい限りですね。」
「それは当然、自分たち以外の貧しい連中を見て見ぬ振りしての結果だがね。
まあ、それは今はどうでもいい。
見てみろよ、彼らは水も食料も衣服も住む場所にだって不自由していないのに、息苦しそうに生きているだろう?
彼らは豊かさの代償に、心身を削って働いている。」
「仕事の為に心身を削るのは当然のことでは?」
「彼らの文明では便利なことに自分たちの国の端から端まで行き来するのに一日も掛からないそうだ。
街から街を又に掛ける程度の者から、彼らの中には国中を縦横無尽に飛び回り、果てには世界中の国々を飛び回る者もいるらしい。
彼らは移動するのに必要な時間を縮めて楽するのではなく、更に働いて豊かになろうとしているんだよ。
自分たちの心の豊かさを切り捨てて、ね。」
実に滑稽な話じゃないか。
彼らは金銭的に豊かになろうとするばかりで、周囲の環境が悪化していってもどうしようもできないのだ。
「人間ってのは増えればいずれこうなると、神は分かっていたんだろうね。
だから増長し、高い塔を建てた人間たちの言葉を乱した。」
「では、魔王が人類を蹂躙するのは仕方がない、と?」
「そこまでは言っていないさ。
でもさ、こんな風に星に湧いた蛆虫のような人間を見るくらいなら、適度に魔王が間引くのはそれなりに理に適ってるんじゃって思うんだよね。」
それに魔王は人類を決して滅ぼすことはできない。
あれは世界の浄化機構であり、天秤を平衡に保たてる為の存在に過ぎないのだから。
いずれ魔王を倒すにふさわしい英雄が現れ、必ず魔王を屠ることだろう。
今までもそうだったし、これからもそうであるのだから。
「僕はそもそも隠居した身であるし、地上のことは地上に住む君らが解決することだ。
地上の人間がどれだけ死のうが知ったことではないのさ。」
「かつて、私のご先祖様たちと共に魔王の脅威を打ち払ってくださったのに、ですか?」
「昔のことさ。何にも知らず、愚かで愚昧だった昔のことだよ。」
昔のことは嫌いだ。
その話が出た時点で、僕は話を切り上げることにした。
「僕はこれから別の世界に旅行に行こうと思うんだ。
当分戻ってこないし、お互い連絡もできないだろうけれど、君もよろしくやるんだよ。」
「え、そんな!!」
このバカ弟子はこの期に及んで僕の助けを期待しているようだった。
「じゃあね。」
僕はそう言い残して、この世界から旅立った。
「そんなぁ、師匠、師匠!! ししょーー!!」
そんなバカ弟子の悲痛な涙声が耳に残った最後の言葉だった。
これが事の発端である。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
言うまでもありませんが、この作品は見切り発車の不定期更新です。
同じように見切り発車で不定期更新でも素晴らしい作品を書いてくださる作者さんはこのなろうには数多くいらっしゃいますが、自分には前科があるのであまり期待しないでください。
この作品は超常的な存在である彼を掘り下げてみようかな、といった思い付きでできています。
いつもは軽く一万字書いていますが、実はこれ結構きつい。なのでこの作品では短めの話を列挙する方式でいかせてもらいますね。
そういうわけで、新しい試みではありますが、どうかお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。
それでは、また次回。