喧嘩を売られた
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「私を軽蔑したかね?」
帰路、その最中にアドルフは背後に付いてくるウェルクに振り向くことなく言った。
「この国は戦争の真っ最中だ。
シゼ王国は大昔から国境を挟んで争いが絶えないが、ここ最近はそれが激化しているそうだ。
敵国は魔法使いを戦場で起用し、弓兵のように並べて攻撃してくるという。
我が国もそれに対抗すべく、戦える魔法使いを選出すべく王はお触れを出した。
宮廷魔法師で優れた三人を選び出し、それら以外は弟子を戦力として差し出せと言う命令だ!!」
それを語るアドルフの言葉には怒りで熱が籠っていた。
「魔法は、人間文化の象徴となるべきものだ!!
それを戦争の道具にするなどとッ、私には到底理解が及ばないッ!!」
それは彼の心からの叫びだったのだろう。
彼の想いは、何よりもその背が語っていた。
「だがしかし、弟子が居ないのなら娘を戦場へ連れて行けなどとッ!!
そんなこと、どうして出来ようか、父親が娘に!! どうして戦争へ行けと言えるだろうか!!
そんな時だ。お前が現れたのは。」
「師匠。」
「私は思ったぞ。これで娘を戦場に送らずに済むとな。
だがお前のような未来ある若者に教えていくうちに私は思った。惜しい、と。
私には分かるのだ。お前は必ずこの私を超える魔法使いになると。
その時には、誰にも渡すつもりが無かったあのシュタイン流の看板をくれてやっても良いとさえ、思ってしまうほどに。」
「師匠。」
もう一度言って、アドルフは足を止めた。
「誰かを守る為に魔法を使うのは、間違っていないと思います。」
それは本心からの言葉だった。
「僕は昔貧弱で、いつもいじめてくる村の連中から兄貴に庇われていた。
幼馴染の女の子にも庇われるくらい貧弱だったんです。でもそんな自分が嫌だから、師匠に弟子入りしたいと思ったんです。
自分の力で、兄貴や幼馴染も守れるように、と。」
それは原初の願いだった。
今でこそそのように語れるが、その当時は憎悪と後悔だけがウェルクを駆り立てていた。
ある時、その三人は村の外に出かけた際に、そのあたりでは到底見かけない魔物に襲われた。
ウェルクだけが足手まといだった。その結果、兄は大怪我、幼馴染は下半身不随。
当然ウェルクは責められた。なぜ戦わなかったのか、と。
ウェルクの生まれた村は、どこの蛮族かと思わんばかりの実力至上主義の村だった。
村の誰もが戦士で、強さこそが正義だった。
怒りと、憎しみと、後悔だけが幼い頃のウェルクの全てだった。
だから求めたのだ。自分たちこそが強いと思っている馬鹿な連中を見返す力を。
そして、手に入れた。至極へと至れる魔術という足掛かりを。
彼の魔術の師は言った。
お前ほどの才能の持ち主はこれより後の世には現れないであろう、と。
そして彼はそれを体現した。たった一つのしこりを残して。
「ウェルクよ、お前は魔法に武力を求めるのか?」
そして今の師匠は、ウェルクに問いかけた。
「結果的に誰か殺してしまうこともあるでしょう。
師匠の意にそぐわぬ使い方をすることもあることでしょう。
ですが今日、師匠が教えてくれたように、使う人、使い方次第なんでしょう?
僕はそのことを眩しく思います。」
ウェルクの住む世界では、魔術は一般的に普及しなかった。
魔術師が独占していたからというのもあるが、魔術師と言う人種はかなり個人主義者の集まりばかりだったのも大きい。
こちらの世界より歴史はあるのに餓死者は多く、人々の争いは堪えず執拗だ。
この世界より完成されているのに、人々の心は闇を彷徨っている。
「師匠、もう一度言います。
僕に魔法を教えてください。僕は師匠に誇れるような魔法使いなりたいんです。」
少なくともそうでありたい、とウェルクは思った。
「ウェルク・・・分かった。」
アドルフは振り向くと、深く頷いた。
「お前に私の持てる全てを授けよう。」
その日から、魔法の修業が始まった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
ウェルクの世界において、魔術とは大雑把に二通りに分けることが出来た。
自分の魔力を用いて過程を“代用”する魔術。
自分以外の魔力などを“流用”する魔術。
この世界の魔法は前者、“代用”の魔術に当たるようだった。
修業初日は精神統一を行い、魔力を感じ取るところから始まった。
とは言え魔力ほどウェルクに身近な物はない。
初日でアドルフが満足いく結果に成った。
修業二日目は実際に呪文を唱え、その効果をイメージするというものだ。
呪文が完成しても発動させることなく魔法が発動した際の現象を想像するのだ。
これはなかなかに有用な修行法だ。
どんな結果が起こるか分からない魔術は危険なので、師匠の実演を見てから自分をそれに当てはめる。
そうすることで魔法を発動する際の暴走を防げるのだ。
例えば、雪国の人間でもないのに雪を出せと言われてもイメージできるはずもない。
無理やり雪を出そうとすれば、その先にあるのは無秩序な魔力の氾濫である。
魔力と言う物質は半万能の性質を持つが、人間の精神に影響を受ける不安定さがある。
下手に扱えば容易に爆発する。
どうにもこの世界の魔法の難易度と言うのは、無知ゆえのイメージの難しさというのが大きい要素のようだった。
知らないモノを魔法で出すことはできない。
アドルフが教養を身につけろと言ったのは、理に適った行為だったのだ。
かといって、イメージだけで全てを賄っていてはそれは際限が無くなる。
それを制御するのが魔力の扱いである。
こればかりは体で覚えるしかない。あとは本人のセンス次第だ。
ウェルクはこれを一週間かけて徐々に上達させていったように見せた。
それでも劇的な速さであるので、故郷でも魔法に似た技術はあったと説明した。
しかし故郷の魔法ではダメだったのでわざわざ王都へ来た、と。嘘は言ってはいない。
そして詠唱の訓練の最中、ウェルクは気付いた。
この詠唱は公用語でありイメージを補強する為の物であると。
言うなれば、口に出して頭の中のことを整理することに近い。
なので、魔力を練ることが出来れば詠唱と言う行為は省けるのだ。
「師匠、もしかしたらこの詠唱の過程はもっと短くできるのではないのですか?」
「ほう、やはり気づいたか。
才能溢れるお前の事だからじきに気付くだろうとは思ってはいたが。」
アドルフは感心したように頷いた。
「では、」
「だが、それはまかりならん。その魔法は今の人の世には早すぎる。」
アドルフの声音は真剣であった。
「最近まで、魔法は武力に使われることは忌避されていた。
しかし詠唱を行わぬ魔法が広まれば、神々にしか治められぬ混乱が訪れるであろう。
その技法は便利過ぎており、危険すぎるのだ。」
「師匠がそこまで仰るのなら、僕もその通りにしましょう。」
ウェルクはアドルフの言葉に深く首肯した。
他にもこの世界の魔法は意図的にデチューンされていると感じていた。
出力に制限が掛けられ、発動の際に処理の負荷が重く設定されているし、発現した魔法の魔力強度も脆くなっている。
明らかに不便に作られているのだ。
詠唱の不必要性に気付いたアドルフが、それに気づかないわけがない。
「この技法は人々が必要になった時に気付くであろう。
人々に広まるのはそれからでよい。それまではこのことは伏せておくのだ。
鍛錬を積むときは必ず、人目につかぬところで行うようにせよ。」
「わかりました、師匠。」
ウェルクは反発することなく頷いた。
むしろ、彼が生きている間くらいはそれを守ってやろうとさえ思った。
そのくらいの義理はあると思ったからだ。
それに、まだ彼から魔法の全てをその奥義まで教わっていないからだ。
彼から教わった魔法を極めるまで、自分から手を加えることはしないつもりであった、
それが彼なりの礼儀であり、誠意だった。
そうして修業を行っているうちに、筆頭宮廷魔法師の選別の期限まで一週間となった。
今日は先日に仕立て屋に依頼した正装が完成する期日であり、ウェルクはアドルフを伴ってそれを取りに行くことになった。
「おお、よく似合っておるぞ。」
「そうですか、師匠。
こういう派手な服は初めてなんだけど。」
ウェルクは出来たての正装を身に纏い、着心地を確かめている。
見た目は重ね着したチェニックのような装いだ。
更に全身を包むような仰々しいまでのマントまで羽織っている。
「それに、なんだか重い・・・。」
はっきり言って、かなり分厚くゆったりとした作りで動きにくい。
内側に二枚ほど着込むので、冬でもなければこれを着て外に出歩くのは億劫そうであった。
「それは冬の式典の為の装いだからだ。この国の冬は厳しいからな。
今の時期ならもっと薄着でも構わない。」
「なるほど。じゃあ一回通して着たからもう脱いでもいいよね。」
「ああ。」
アドルフが頷くと、ウェルクはさっさと上着を脱いだ。
防寒具の名残が見える仰々しいマントも脱いだ。
脱いだ上着とマントを畳んで仕立て屋が用意した包みで持ち帰る。
そうして二人は仕立て屋を後にした。
「こんのガキ、俺の財布をッ!!!」
帰路の最中、往来だというのにそんな怒声が響いた。
何事かと周囲の人々はその方へと視線を向けた。
アドルフとウェルクも同様に声の方へと目を向けた。
すると、そこには青と緑のローブの二人組の男たちと走って脇道に逃げようとする少年の姿が見て取れた。
この周辺の区画は貧富の差が開いており、この辺りは裕福な人たちが住んでいる反面、貧民街が隣の区画に存在している。
そこへ逃げられれば捕まえるのは至難の業である。
だがそうはならなかった。
「“風の鞭”よ!!」
二人組の男の怒声を上げていない緑色の方が魔法を唱えたからだ。
魔法使いの手から伸びた不可視の一撃が少年の足元へと飛来した。
「ぎゃッ!?」
少年はその衝撃に転び、手にしていた財布を手放した。
「このガキめ!!」
再び逃げ出そうとする少年を、怒声を上げていた青色の方の男が胸ぐらを掴みあげた。
「薄汚いスリが、ここで痛めつけてやる!!」
そうして男は腰に差していた杖を振り上げた。
「やめないか、魔法使いの魂である杖で誰かを殴ろうなどと。」
しかしその手をアドルフが掴んで止めた。
「何しやがる!!」
「これ、いらないの?」
激怒する魔法使いの男に、ウェルクは地面に落ちていた財布を拾い上げてそう言った。
「くッ、返せ!!」
魔法使いの男は掴んでいた少年を投げ捨てると、ウェルクから財布を奪い取った。
「これに懲りたら相手は選ぶことだ。」
アドルフはそう告げると、少年は一目散に逃げ去って行った。
「あ、このガキ!!」
「よさないか。貴様、よもやこの公衆の面前であることを忘れたわけではあるまいな。」
そこまで言われて、ようやくその男も衆目を集めていることに気付いたのか、口籠った。
「誰かと思えば、アドルフ先生じゃないですか。」
すると、先ほど呪文を唱えた方の魔法使いがアドルフを見てそう言った。
「お前は、見覚えのある顔だな。」
「ええ、ホンの僅かな間だけとはいえ門下生でしたから。」
そう言った彼からは、アドルフに対する敬意は感じられなかった。
それどころかどこか見下しているような雰囲気すらあった。
「はッ、まさか落ち目のシュタイン流かよ。
知ってるぜ、弟子入りしてもまともに魔法の修業すらさせてもらえないんだろ!!」
「ええ、役にも立たない勉強ばかり。半年以上机の上で同じことばかり。
魔法の修業をさせてと言っても首を振るばかりでした。」
「そんなんだから弟子が一人も居なくなるんだぜ!!」
魔法使いの二人はそう言って笑い声をあげた。
「そうなの? 僕は七日もしないで魔法の修業をさせてもらえたけれど?
それって君が馬鹿だったからじゃないのかな?」
だがアドルフが何か言おうとする前に、ウェルクが笑いながらそう言った。
「なんだって?」
「あッ、お前!! この辺で噂になってた奴じゃないか。
いろんな塾に入ってはすぐ辞めて出て行っちまうっていう!!」
「それにその正装、じゃあ今度はシュタイン流に入門したっていうのか。」
「はん、落ち目の流派に入ったところでまともな魔法使いになれるわけないっていうのによ!!」
「イラッ」
ウェルクは杖を抜こうとした。
「止めないかウェルク。
せっかく彼らを止めたというのに、私の顔に泥を塗るつもりか?」
それを押し留めたのがアドルフの声だった。
「師匠・・・?」
ウェルクは杖に手をかけたまま、ゆっくりと彼の方を向いた。
実は割とこれは奇跡的な事で、ぶっ殺すと思った時にはそれは終わっているくらいウェルクの手は早い。
彼の弟子のリュミスが見ていたらアドルフを崇めるくらい珍しいことだった。
「それに、私はそのような使い方を教えた覚えはないぞ。」
「わかりました。師匠。」
ウェルクが腕をだらりと伸ばしたことで、アドルフもゆっくりと息を吐いた。
「行くぞ。」
「はい。」
そのままアドルフとウェルクはその場を立ち去った。
「ははッ、腰抜けめ!!」
「やはり別の塾に変えて正解でしたよ!!」
二人の背中に投げかけられる嘲笑を聞きながら、ウェルクは思った。
今回だけは師匠の顔を立てて見逃してやるか、と。
「・・・・それにしても懐かしいなぁ。」
誰かに喧嘩を止められたのは、それこそまだ彼が未熟だった時以来だった。
魔術師と言う理知的な職種でいるくせに誰よりも気が短く喧嘩っ早かったウェルクは、仲間たちに呆れられながら止めに入られたものだった。
だから彼は今のつまらない出来事をあっさりと忘れることが出来た。
その懐かしさだけが、彼の数少ない生きがいなのだから。
新年あけましておめでとうございます、ベイカーベイカーです。
今年もよろしくお願いします。これからの皆さんご愛読があれば幸いでございます。
この外伝はウェルクの旅行を通じて彼の人間性を確認するための小説となっています。
なので、以前のように皆殺しにすることもあれば、今回のように見逃すこともあります。
しかし、このままではつまらないので、次回あたりで新たな局面を迎えます。
起承転結でいえば、転ですね。弟子入り編は速くて後三話、遅くて五話くらいを予定しております。
それでは、皆さんまた次回。




