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勉強してみた




ウェルクがアドルフに弟子入りしたのは、ほかのどこにも彼の求める物が無かったからだ。


ウェルクは世界が違えども真理の探究者。

魔法と魔術との違いはあれども、彼はそこに世界の真実を求めた。


ところが、王都へやってきたウェルクが行った大手と言える魔法使いの私塾はみんな戦闘訓練だの魔法使いの戦術的運用だの、彼らは魔法を単なる武器としか見ていなかったのだ。

多くの私塾に試しに入ってみて、どれも三日と持たなかった。


そこでウェルクはこの王都を一番古い魔法使いの元へ訪ねた。

これで駄目なら自分で一から研究する予定である。



ウェルクの目的は第一に自分の世界へ戻る方法の開拓である。

自分一人でもそれくらい見つけられるだろうが、基礎が有るのと無いとでは流石の彼でも数十年は違いが出る。


知らないことで先人の教えを乞うという考え方は、実をいうと彼からすれば当たり前の思考だ。

あまり知られていないが、ウェルクはまだ未熟な頃に多くの知識人と共同研究をして、お互いに英知を教えあったりしていたことがあった。


彼があのような性格になったのは、もう既に学ぶべき先人が皆無になったことが一因である。

ウェルクはアドルフを自分が教えを乞うにふさわしいか見極めようとした。





「師匠、これは、必要ですか。」

「勿論必要だとも。」

だがウェルクの弟子入り一日目は、彼の予想に反していた。


現在、ウェルクは全身の寸法を巻尺で測られていた。

翌日の朝になるとアドルフはウェルクを連れて仕立て屋へと連れて行ったのだ。


「アドルフ様、生地はどれがよろしいでしょうか。」

「いつもので頼む。」

「かしこまりました。」

仕立て屋は頷くと、いかにも高級そうな生地を取り出した。



「師匠、これはなんですか?」

「我が私塾の塾生が纏う正装を作っている。

我が門下生となる者はこうして正装を一人ひとり仕立てる習わしなのだ。」

アドルフは満足そうに頷いてそう言った。


「我が門下生となるならば、黒い装いはいかんよ。

身に纏うのならば“祈りの炎”の如き理知的で文化的な赤色でなければな。」

アドルフは仕立て屋の描いた完成図を見て何度も満面の笑みで頷く。



「・・・・・。」

ウェルクは傲慢で子供っぽいが、魔術に関してだけは何よりも誰よりも真摯だった。

多くの革新的な魔術を開発し、それを広めて多くの古い魔術を過去の物へと追いやっても、伝統を踏襲して守ることの大事さは忘れたことは無かった。

だからこれが伝統だというのならば、黙って素直に従うことにした。



「すみません、アドルフ様。ただいまこちらの染料は切らしておりまして。」

「なんだと!! ええい、無いならば仕方がない、私がこの目で選ぶとするぞ!!」

「かしこまりました。」

「・・・・・。」

ウェルクは素直に従った。たとえその日が丸一日染料選びで潰れようとも。






翌日は杖選びだった。


「一流の魔法使いは良い道具を持たなければならない。

昨今はかさばると言って杖を持たぬ魔法使いが増えているようだが、それはいかん。

杖は魔法使いの誇りだ。これが無くては話にならん。」

杖専門の木材屋へとやってきた二人は、あれでもないこれでもない、と無数の杖を手にとっては置いていく。


「お金、ありません・・・。」

「金だと? いらんいらん、そんなものは幾らでも稼げる。

それに師が弟子に正装と杖を送るのは我が流派の伝統なのだ。」

アドルフは正装を買うときと同じことを言った。


彼だけでは決まらなさそうなので、ウェルクは最終的に自分で選んだ。

一番質のよさそうな腕の長さほどの杖だ。



「よし、杖は一生モノだ。

それを己の半身だと思って使うとよい。杖も持ち主に答えてくれるだろう。」

ウェルクの手に収まる杖を見て、アドルフは満足げに頷いた。




「次はこれをやって貰おうか。」

ようやくアドルフの私塾へ戻ったかと思うと、今度はウェルクに一枚の紙切れを差し出してきた。

びっしりと余すことなくウェルクに読めない文字が書き込まれている。


「それは、なんですか?」

「私が作成した学力を測るテストだ。

これをどれだけ理解できるかで、どの程度の教養の持ち主かわかるようになっている。」

「私、文字、読めません。」

「なに、そこからか?」

しかし、アドルフは顔を顰めることなくテスト用紙を引っ込めた。


「文字から教えるのは現王の教育係を承った時以来だが、それもよかろう。どうせ教えるのなら一から教えた方が良いだろうしな。

どうせだから、そのたどたどしい片言の公用語を矯正しなければな、呪文の詠唱に差し支える。」

そう言いながら、彼は本棚から何冊もの参考書を引っ張り出してきた。



「魔法使いは技術職だ。大工や鍛冶屋も考えなしに木を切ったり鉄を打ったりしているわけではない。

何事にも緻密な計算と美しさがあるのだ。

それを理解する為にも教養が無くてはならない。魔法を扱うにふさわしい教養がな。」

そして二日目は語学の勉強に費やされた。


この世界の言葉は言語学上では屈折語に分類されるとウェルクは理解した。

発音はラテン語に近いが、全くの別物である。

単語や発音は単調で覚えやすいが、時々音をはずしたような発音が混じり、それが理解できるまでの間、ウェルクの言語の習得を僅かに遅らせた。


ウェルクがほぼ完全にこの世界の言葉を会得したのは弟子入り四日目の事であった。


並行して文字の習得も行われた。

この世界の文字は至って単純であり、64文字の形態素の集まりが用途や意味によってグループ分けされているというものだ。

アルファベットに近い性質を持つが、これにより同音異義語が少なく、文字のグループ分けを理解すればアルファベットより早く覚えることも可能だろう。

文法も特殊な例を除き、単純な単語の前後ばかりである。


常人でも1週間ほどみっちりと学べば誰でも習得できるだろう。

ウェルクはそれを二日で成しえた。




「我がノグレス帝国の起こりは、初代皇帝アテズデリが神々より王権を授かったところから始まる。」

五日目にはこの国の歴史を学ぶことになった。



「神様たちはどうしてそのアテズデリって皇帝を選んだの?」

「当時人間はいくつかの部族ごとに存在していたが、部族間の争いは絶えなかったという。

それを見かねた神々が最もふさわしい王を一人選び出し、その者が人々を治めることになったそうだ。」

「神様が人間の政治に口出しするのが普通なの?」

「よほど世が乱れた時以外は基本的に不干渉だ。

何かあった場合は、各神殿の巫女や神官を通じて神託をなさることになっている。

とは言え実際、神々に選ばれたというアテズデリ帝は今の施政の礎を築いた人物で、今の世になっても彼を超える名君は現れておらぬのが現状であるな。」

ウェルクはよく質問し、アドルフはそれに答えた。




「昨日も語ったが、人々の生活に神の威光は無くてはならぬものなのだ。」

六日目には神々の敬意が足らないと感じたアドルフは神話について語った。


「たとえば“祈りの炎”だが、あれは神々の力によって賄われている。

私たちが神々に感謝をささげた時、神々はそれを目に見える形で返してくれているのだ。

我々が“影魔”から守られているのは神々の威光あってこそだ。」

「“影魔”って夜に出てくるあれですよね。

あの真っ黒でもやもやした獣みたいな。」

「うむ。」

アドルフは頷いた。


この世界には、夜になると形容しがたい現象が発生する。

それは影が実体化したかのような不定形で、しかし獣のような外見の人を襲う怪物だ。

殺すことはできる、というより物理的に消滅させられるのだ。



「あれが何故に発生し、なぜ人を襲うのかは分からない。

分かっているのは、あれが完全なる暗闇にのみ存在できるということだけだ。」

「多分あれは月の魔力の所為だと思いますよ。」

「そのような学説があるのも聞いたことはあるな。」

「間違いないのに。」

「ちゃんと調べたわけでもないのにわかったような口を利くでない。」

「はーい、わかりました師匠。」

この不遜な態度も矯正せねばなるまいな、とアドルフは心の中で決めた。



「ところで、神様っていっぱいいるんでしょう?

なんで個々の神様を信仰しちゃいけないんですか?」

「いい質問だな。」

アドルフは出来のいい弟子の質問に笑みを深めた。


「神々の信仰には幾つかのルールがある。

これは神々の定めた掟なのだ。」

「人間が決めたものじゃないの?」

「一時は人間が決めていたようだが、すぐに悪用された。だから神々が決めたのだ。」

「やっぱりそんな感じなんだ。」

「神々の定めた掟の一説に、特定の神を崇めてはならない、勝手に神の名をつけて呼んではならない、と言うものがある。

これは特定の神或いは架空の神を作り崇めてはいけないという掟だ。

この掟により神々に優劣を付けることが出来なくなるということだ。」

「ああ、個々の神の信仰を許したら、必然的に火の神を信仰する人ばかりになっちゃうしね。」

「ほかにも水を清める神や大地を鎮める神、豊穣を齎す神など、信仰が偏ることを防ぐための処置であろう。

だから我々は神々への感謝は特定の神々ではなく、神族全体に感謝を捧げるのだ。」

「ふむふむ。」

アドルフはウェルクが要点を羊皮紙に書き加えたのを見ると、次の話へと続けた。



「炎を司る神と言っても、彼らは複数存在する。

“祈りの炎”の逸話を見るに、個々の役割は微妙に異なっていることが窺えるな。」

「それは神は全能ではない、ということですか?」

「そうだ。だから人で解決できることは人が解決しなければならない。」

そこまで言って、アドルフはああそうだ、と呟いた。



「私はお前の将来についてとやかく言うつもりはないが、少なくとも冒険者にだけはなってくれるなよ。

魔法は神々に与えられた崇高な物だからな。」

「冒険者・・・? ああ、あまり評判はよくないらしいですね。」

「何でも屋と言えば聞こえは良いが、悪く言えば遺跡荒らしどもだからな。

商隊の護衛やら恫喝やら、傭兵まがいの荒事を生業にする賤しい連中だ。

神々の残した神聖な遺産を荒らして金銭に変えるなどもってのほかだ。」

「じゃあ、神々は昔は地上に居たってことですか?」

「そう伝わっているな。

とは言え、まだ人間が地上に誕生する以前に天上へと移り住んだと言われているが。」

「ねるほどなるほど。」

ウェルクは要点を羊皮紙に書き加えていく。



「ところで、僕たち人間は神々の真似をしちゃいけないって決まりとかはあるんですか?」

「神々の真似とは・・?

そういえばかつて神々の偉業に敬服し、神々の行った荒行を真似て実践し、神の声を聞こうとした神官が居たな。

当然、その神官は死んだが。

“祈りの炎”のように心無い炎に飛び込むのならまだしも、首を切って大地に置き山を作った伝承などをどう真似ればいいのか私にはわからんがね。」

「なるほどなるほど。」

「ふむ、どうやらそろそろ頃合いか。」

アドルフが窓の外を見上げると、ちょうど外は真っ暗となった。

この世界の人間は経験則で夜が来る時間がなんとなく分かるようだった。




「では、今日はここまで。」







こんにちは、ベイカーベイカーです。

前話が今年最後と言ったなあれは(結果的に)嘘だ。

筆が乗ると書いちゃえるもんなんなんで。

もしかしたらもう一話くらいいけるかも(保障するとは言ってない。

ではまた次回。

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