第一話 輝くもの天から落ちて
さてさて、お話しが始まります。
よろしければ、お付き合いください。
それはある日、唐突に世界中の
人々に訪れた。
国も人種も性別も関係なく、この地球という惑星に生きている人間であることだけが、プレゼントを受け取るための、必要な条件だった。
世界中のありとあらゆる場所、
暖かなベッドで微睡む老人、
仕事に向かう背広姿の青年、
海上の航海を続ける船乗り、
微笑みあう仲睦まじい恋人たち、
血濡れた戦場の兵士たち、
あるいは混乱の極みにある少年、芦原惣太にもプレゼントは届けられた。
誰もがその瞬間、何故か空に目を向けた。
そして空の高みから、無数の光が軌跡を描いて落ちてくるのを見た。
激しい光の奔流がおさまると、
目の前に奇妙な物が、浮いていた。
それは黒いダイアル式の電話で、淡い光の粒子をまとっていた。
惣太は目を丸くしながら、辺りを見回した。
変哲もない近所の公園である。
幾つかの遊具と、二つの木製のベンチ。
その一つに惣太が座っていたが、
公園内には他に誰もいない。
惣太はその黒電話を前に祖母を思い出していた。幼い頃、田舎の祖母の家にあった古い電話機。
そして、連鎖的に引き摺り出される数多の記憶達、
虫網を振り回す幼い弟の笑い声、
川で倒れて泣き出した小さな妹の涙、
三人で歩いた帰り道と染み入るような夕陽、
祖母と両親が夕飯を用意している。
何処にでもありそうな、ありふれた家族。
けど、それは
もう何処にもない。
失われた風景。
交通事故だった。
家族全員で出掛けた土曜日の午後、
昼食の余韻で、惣太はうとうとしていた。
父の鼻歌や弟達のはしゃぐ声、家族の出す様々な音や気配に弛緩しきっていた。
ふいに世界が揺れ、意識が飛んだ。
次に気がついた時、惣太は一人だった。
どのような神の悪戯か、惣太はかすり傷一つ負っていなかった。
でも家族は皆、即死だった。
それはほんの一週間前の話で、
惣太はまだ信じることができなかった。
だから泣いてもいない、涙は流れていない。
そして今、
黒電話を前にして、惣太は始めて泣いた。
記憶がとめどなく溢れて、
静かに涙を運んできた。
この黒電話がなんであるのか、
惣太にはさっぱり分からなかったが、
そんなことはどうでも、よかった。
ようやく泣けたから。
そしてそれは容赦ない現実を、認める第一歩となるはずだった。
混乱は去り、来るのは絶望かもしれない。
残された者は、いつかは泣くことも減るだろう。時には家族の名残を、見出してやるせない気持ちを抱くだろう。消せない記憶のある限り。
時は無常に過ぎて、悲しみを彼方に追いやっていく。悲しみ続けることは難しい。それが世の常である。
だがその時、
ジリリリーン、ジリリリーン‥
黒電話が、唐突に震えて鳴いた。
それは、この地球上の人がいるあらゆる場所で同時に起こった。さほど大きな音でもないのに、まるで地球が揺さぶられているように、それを聞いた誰もが感じた。
敵も味方も
善人も悪人も、金持ちも貧乏人も、
電話を知る者も知らない者も、
同じタイミングで、
黒電話に手を伸ばし、受話器を取り上げ、
耳に充てた。
もちろん惣太も同じように。
それは史上初めて、世界中の人々がシンクロした瞬間であり、また、何らかの意思が全ての人々に語りかけた瞬間でもあった。
人々は聞いた。
ーーー貴方の願いをかなえます