誤解
自分でボロボロにした青髪の少女の姿に胸が痛む。
折角整っていた顔も最早見る影もなく、うわ言もただただごめんなさいと言い続けている。
とにかく、一刻も早く部屋に戻らないとな。
足早に進む俺の行く手を遮る者は誰もおらず、ほどなく自分の部屋へとたどり着く。
「ただいま」
なるべく負の感情が出ないよう気を配りながら、それでもいつもに比べれば荒んだ己の声に内心舌打ちしたい気持ちでいっぱいになる。
お帰りなさいと異口同音で発する皆が、言い終える前に息を飲むのが分かった。
この反応も覚悟していたとは言え、辛いものがあるなぁ。
「い、一体どうしたんだ?」
いち早く立ち直ったのは、流石アリエッタだった。
が、彼女を持ってすら困惑の色を隠せておらず、思わず口ごもってしまう。
「……俺がやったんだ」
「そ、そんなに激しい戦いだったのか? 確かに彼女は剣鬼の秘蔵っ子だとは聞いてはいたが、そこまでにしなければならない相手とは……」
驚きの表情を見せるアリエッタに、黙って首を横に振る。
「いや、普通に勝つのならここまでする必要はなかったな。
ただ、最悪を想定すればここまでせざるを得なかった……」
俺の言葉に眉を寄せるアリエッタ。その反応に俺は不思議に思う。
「最悪を想定すればって……何を想定してたんだ?」
「そりゃぁ指南役をも勤める者の子で、師事をしている事だろう。
ならば、逆恨みされる目も何もかもを摘まねば危ないだろう?」
俺の答えに目をパチパチと瞬かせ、口を広げっぱなしにしたアリエッタ。
その反応に、最悪の想定までは行かないのかもしれないと、単にやりすぎたと言う事実だけが残る可能性が高くなった事に内心で更に憂鬱が深まる。
とは言え、一切の後悔はないのだが。
「逆恨みなど……それは私が信用ならないと言う事か?」
キッと俺を睨みつけ、体を震わせながら問いかけてくるアリエッタ。
勿論違うので、先ずは首を横に振った。
「アリエッタの事は信頼しているが、とは言えエリーはまだ何も教えてないのだし、自分の身を守る事も無理だろう。それはシンディーやファニーもそうだ。
いくらお前でも3人同時に守らねばならぬなら、簡単な事じゃないだろう?」
「それは私を信頼していない! 彼女達をどんな危険からもお前が到着する間まで守る事くらいは出来る実力はあるつもりだ!」
俺の問いに激高して怒鳴るアリエッタ。
だけど、それはもう1人同じくらい大事な人の事が何にも配慮されてないと気付いていないのだろう。
「それは、お前自身を危険に晒さずにも可能なのか?」
ただ、気持ちは痛いほど分かるので、静かに聞き返す。
自分の実力を把握し、それに自信や誇りを持つ者ならば、正当に評価されない事はとんでもない侮辱には違いないから。が、大抵の場合自身の安全が除外されている事が多い。
「可能だ! 例えランクⅦの者が来ようと簡単に死ぬものか!」
「でも怪我する可能性は高いだろう? 正直見た事もなかったこの子より、今の俺はアリエッタの方が遥かに大事だからな。
だから、徹底的にやるつもりだ」
はっと息を飲み俺を見つめるアリエッタ。
言われるまで中々気づかないものだが、死ななければ無事と言う人間は少ないだろう。アリエッタだってエリー達の誰かがカスリ傷でも負えば守れなかったと言うに違いない。
で、今の俺の発言で自分がエリー達と同じ立ち位置として俺の中で考えられていた事に気付いたのだろう。無論、彼女が高い実力を持っていると認めた上でだ。
それでも、色々複雑ではあるだろうし、言いたい事もあるのだろう。それがそのまま苦虫を噛み潰したような顔で現れていたのだが、ふと顔色を変えるアリエッタ。
「まて、過去形じゃないと言う事は、まだ何かやるつもりか?」
ああ、やはり彼女も頭に血が上り回転が鈍くなっているのだろう。
頷いて口を開く。
「勿論、彼女だけならこのままでも充分かもしれないが、大元がいるからね。
だから、更に徹底的に精神を痛めつけて送りつけるつもりだ」
俺の言葉に他の面々も息を飲む。
まぁ、そりゃぁ嫌だよなぁ。君らを守る為。言い換えれば、君らの所為で彼女をこれから更に痛めつけますって言ってるようなものだからな。
と、噛み付くようにアリエッタが詰め寄ってきた。
「何故そうなる!? 彼女はかの高明な流派の門弟なのだぞ!! 勿論一部そんな事を考える輩も居るかもしれないが、そんな事すれば逆効果にしかならないぞ!!」
「だけど、そこまですれば被害を受けるのは俺だけになるだろう?
公の場であそこまでやって、かつそこまでやる人間がただここで手に入れただけの付き人を大事にしている等と思うか?」
「違う!! そう言う事じゃない!! そう言う事じゃないんだ!!」
「あっ……」
思わず口から声が溢れてしまう。まさかアリエッタが涙を流しながらうったえてくるとは思わなかった。
と、エリーがいつの間にか俺の足元にいたようで、ひしっとしがみついてくる。
「お兄ちゃん、そんな泣きそうな顔で1人で悲しまないで」
見ればエリーも涙を零しており、困惑しながら視線を上げればシンディーもファニーも涙を零していた。
「私達なら大丈夫です。それより、ご主人様が感情を堪えていらっしゃる方がエリーの言うとおり辛いです」
「そうですよ、それにアリエッタさんがおっしゃったじゃないですか。高名な流派だって。
それじゃぁ他に方法あるんじゃないでしょうか?
お願いですから、無理をなさらないで下さい」
皆の言葉が胸に響く。
あーもー。ベストな道筋ではこのまま嫌われる方向に持って行って、更に彼女達に被害の及ぶ可能性を下げたかったのだけど……だめだ、やっぱり俺は心理的な事は苦手だな。
溢れる事こそなかったものの、自分の視界が若干悪くなって目が熱くなっている事を自覚する。
「あー、もう、上手くいかねーなぁ」
目を閉じ、本当は頭を掻きたかったのだけど、それは両腕が塞がっているので諦めて上を向く。
よし、それじゃぁ1番不安要素が残るけど、皆の……俺も含め全員の心の負担の1番軽い方針に変えますか。
「分かった、それじゃぁこの子とその流派に掛けてみよう。
いやー、判断基準が俺の実家に沿っているから、正直不安でたまらないけどな」
幾分か確実に気楽になったそのままで口を開く。
その言葉を受け、ようやく涙を零しながらも笑みを浮かべてくれる皆。
「そうですよ、皆で考えましょう」
ファニーが力付けてくれるように言う。
「全く、気を使おうとなさるのはよろしいのですが、空回りも程々になさって下さい」
辛口で言ってくれるのも励ましてくれているのだろう、シンディーの優しさを感じる。
「お兄ちゃん、皆でハッピーだね!」
いつの間にやら涙も止まり、ニコニコとエリーが無邪気に伝えてきた。
「……すまない、相談してくれたというのに、これは私の所為でもあるな。
だからと言う訳じゃないが、今度こそしっかり腹を割って話そう」
どこか吹っ切れたようにアリエッタが力強く言ってくれる……、て、あれ? 私の所為ってどう言う事だ?
「皆ありがとう。ただ、アリエッタ。私の所為でもあるってどう言う事だ?」
「あぅ、……そのぅ。ちゃんと詳しく説明すれば良かったのに、あの時つい大雑把に説明しちゃったなぁっと」
「いや、それはちゃんと聞き返さなかった俺の所為だ。
そのう、ほら、女性は色々あるだろう? うん、その、分かってるから!」
本当は親指を立てたかったのだけど、代わりにドヤ顔を浮かべてみる。
と、ファニーがへにょっと顔を歪め、シンディーは手で顔を覆って深いため息。エリーは……よく分かってないのか首を傾げていた。
周りの反応が予想外で、失敗したかとアリエッタを見れば顔を真っ赤に染めて目尻に涙を貯めていた。
し、しまったぁあああああ。こう言う事って絶対言っちゃダメだよって昔っから怒られてたんだ!!
や、やらかしてもうた。
「分かってなぁああああああああああああああああい!!」
アリエッタの絶叫にただただ平謝りする俺だった。とほほほほ。




