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第三章 『カマキリVS謎の美少女』 2

 『あ、え、い、う、え、お、あ、お』や『あめんぼあかいな……』のような発声練習から初めての部活は始まった。屋上で寝転びながら声を出して練習していたのだが、腹式呼吸とやらは難しいな。先輩が優しく教えてくれたがなかなかうまくいかなかった。声優を目指していると言うだけのことはあり、春乃はすでに基本を身に着けていた。そして、時々、苦戦する俺を見てはニヤッと笑いやがっていた。まったく、鬼のような野郎だぜ。

 発声練習を一時間ぐらいした後は放送室でまったりしながら本を朗読する練習をしたり、だらだらと世間話をしたりして部活が続いた。多分だけど、こんな練習をしている先輩はあまり朗読が上手じゃないんだと思う。しかし、かわいいから俺が許す。

 そんな感じでのほほんとしていると……。

「くるる先輩、今気づいたんですけど、もうとっくに六時過ぎてますよね?」

「……ほえっ? あ、ほんとだねっ! じゃあ、そろそろ終わろっか!」

「そろそろって、確かこの時期の下校時刻は六時じゃないでしたっけ? ……いいんですか? 俺らこんなにゆっくりしてて」

 俺が怒られるのはかまわないが、先輩が怒られるのは嫌なのだ。――ついでに言うと、春乃はむしろ率先して怒ってやって欲しい。

「心配ないよ~っ! いっつも、もっと遅れてるけど顧問の先生は全然怒こんないから~」

「いつもって、一人のときも遅くまで練習してるんですか?」

「えへへ~。一人でのんびりしながら練習してると眠たくて眠たくて……」

「……先輩、ここで寝てるんですか?」

「ま、毎日じゃないよ! 二日に一回……三日に二回? ……もうちょっとかな?」

「ほとんど毎日じゃないですか!」

 やはり、先輩は全然練習してないらしい。この人、意外とダメな人なのかもしれない。――こんな彼女だからこそ俺が守ってやらねばならんのだ。

「じゃあ、部活終わりっ! 勇雄くん、腹式呼吸を忘れないように家でも練習しておいてね」

「おう、合点だ!」

「カマオ、もうバットは振らなくてもいいのよ」

「黙れ、サルノっ!」

 怒りを込めて腹から声を出す。う~ん、やはり難しい。腹筋が少しピクピクしてきた。

 さぁて、そろそろ帰るかな、と鞄を持つ。と、

「さっきから気になってたんだけど、勇雄くんはどうして『カマオ』なの?」

「……え」

 恐れていた事態が発生した。

 どうしてと言われても……な。

「…………」

「あ、あれ? 聞いちゃまずかったかな?」

 困惑した表情を浮かべる先輩に悪意はないんだろうが、これに答えることはできない。だって、俺が『オカマ』と噂されているなんて知られたら嫌われるかもしれないし……。

 よし、ここは黙っておくことに――

「学校では隠してますけど、実はカマオはオカ――」

「いや~、顔がカマキリに似てるってよく言われるんですよ~。ほら、ここの頬の部分とかがそっくりって。……あっはっはっは!」

 春乃の言葉を遮り、完璧なアドリブでギリギリセーフ。回避成功。なんとか助かったぜ……ん? よく考えるとこの言い訳も苦しくないか? それに、カマキリみたいな顔って、完全に悪口だよな。またもや失敗してしまったっ!

 春乃が無表情で目を細めて俺を見ている。――な、なんなんだよ。

「カマキリ? そうかなぁ、わたしは勇雄くんかわいい顔してると思うけどなぁ~」

「か、かわいい!?」

 これは、喜んでもいいんだよなぁ! 涙が溢れ出るほど嬉しいぜ。やっぱり、宗次朗の言っていた情報は間違ってなかったってことか。

 俺の時代、到来!

「……むふふ」

「男がかわいいって言われてなにニヤけてるのよ! だから、あんたはカマオなのよ」

「へっへっへ~、おまえには俺の魅力がわかんねえんだな」

「……気持ち悪い」

「おうおう! なんとでも言いやがれ!」

 幸せな気分を噛み締めながら俺は放送室を出た。それに続いて先輩たちも後から出てくる。勘違いばかりだったが、部活も結構楽しかった。

 明日も楽しみだな。

 そんなことを考えながら、先輩が部室の鍵を閉めているのを待っていると、

「ごめんなさい、あたし用事があるので先に帰ります!」

 春乃は先輩の返事を待たずにそそくさと帰ってしまった。なんて、礼儀のなってないサルだ。一度、人間社会というものを教えてやらねばならんな。

 そうして、俺は先輩と一緒に職員室で、鍵を顧問の先生(男――コイツ見た目ロリコンっぽいな……警戒しなければ)に返した後、靴を履き替え、校舎の外に出た。気が付くと、図らずも先輩と二人っきりになるということを実現してしまっていた。

 ――もしかして、春乃の奴、俺の気持ちに気づいて気を遣ってくれたんだろうか……? ま、まさかな。サルにそんな芸当ができるとは思えない。

 だがしかし、結果的には二人っきりなわけで、俺の心臓はドキドキと高鳴っている。

 今、もしかしたらかなりチャンスなのかもしれないな……。

 ――この機会に、先輩を俺の妹にできるっ!

 今日こそ、くるるちゃんを妹にっ!

 優しい人間のシスターにっ!

 ってあれ? やっぱり、最初と目的が変わっているような気がするが気のせいだろうか。俺は先輩一筋だったわけだし……ううむ、なんだろう、このモヤモヤとした感じは。……まあいい、俺は努力して優しい妹を手に入れて見せるんだ! (注意、俺はロリコンではない)

 俺のそんな考えをまったく知らないかわいい先輩は、鼻歌なんかを歌いながら俺の隣をぴょこぴょこと歩いていた。

なんか危なっかしいなぁ。

「あ、ここ、段差ありますから、気をつけてくださいね」

「だから、わたしは先輩なの!」

 イー、と怒りながら俺をぽかぽかと殴ってくる。

 妹なのに先輩だなんて、おませな先輩もかわいいな~。こんな子を見ると、つい守ってあげたくなるんだよな~。

 ――はっ!

 見渡すと、辺りは薄暗い。今の季節だと、もう少しで真っ暗になるだろう。

 学校の近くは部活帰りの生徒で賑わっているが、少し離れると危険な奴ら(不良とか、不良とか、メスゴリラとか、不良とか……)がたくさんいる。そんな危険な場所に先輩みたいにかわいらしい小学生がいたら、汚い大人に襲われるかもしれない。……というか、俺だったら間違いなく襲ってしまうではないか。(再注意、俺はロリコンではない)

 ――こ、これはピンチだっ!

 世の中には小学生に襲いかかるような腐った大人たちがたくさんいると聞いたことがある。くそっ、先輩には敵だらけじゃないか。……俺はいったいどうすれば。

「勇雄くんはなに通学?」

「チャリですけど、(はっ!)い、家まで送りましょうか!」

「えへへ、いいよ~そんなの。わたしは電車通学だから、ここでお別れだねっ!」

「……くっ、仕方がないか」

 俺は渋々諦めた。まあ、先輩と夜道で二人っきりになると俺が襲いかねないからな、今回はやめておこう。(要注意、もちろんすべて冗談だぜ?)

 バイバーイ! と大きく手を振りながら先輩は校門の向こうへと行ってしまった。純粋で穢れなき先輩は人を疑うようなことをしないから心配だ。なんだか、嫁に行ってしまう娘を思う父のような心境になってしまう。

 ふぅ、と一息ついてから、俺は門から出ずに学生用の自転車置き場に向かった。本当に一人で大丈夫なんだろうか、先輩は子ども料金なのだろうか、切符入れたときピヨピヨって鳴るのだろうか? などを真剣に考えながら自転車を押して校門まで戻ってくる。校内では自転車に乗ることを禁止されているので、真面目な俺は校門を出てから自転車にまたがった。

「……さあて、メスゴリラが生息する家にでも帰ろうかな」

 暗い気持ちで自転車を漕ぎ始めようとする――――が、動かない。

「あれ?」

 まさか、メスゴリラのいる家に帰るのがあまりにも嫌で、体が拒絶反応を起こしているとでもいうのか! 違う、そんなことはないはずだ。アイツに殴られることはもはや俺の日常となっているはずだ。その程度のことでこの俺がびびるなんてありえない、と思う。 ……マジ、ディスってんのか?

 もう一度、今度は力を入れて自転車を漕ぎ始めようとする――――が、やっぱり動かない。

 いや、少しだけ動いた。でも、力を抜くと、また元の場所まで戻ってきていた。

「なっ!」

 ――これが怪奇現象というやつか!

 遂に俺は不良だけではなく、オバケにまで絡まれるようになってしまったというのか。オバケって、……いったい俺が死んでいるおまえらになにをしたよ。……なにをすれば許してくれるんだよ。

 体からドバドバと気持ち悪い汗が流れてくる。

「……へっへっへっへ、そ、そこにいんのかよ……」

 振り返らずにオカルト的ななにかに話しかける。

 はっきり言って、俺はオバケという存在が苦手だ。叫ぶほどではないが、すごく嫌い。気持ち悪いし、できれば見たくないと思っている。だって、あいつら意味がわからないだろ。人を怖がらせて喜んでやがる。――愛していない人間に対して悪戯をしてなにが楽しいと言うんだ? 好きな人間を怖がらせてこそ面白いんじゃないのか! それが人間の本能ってものじゃないかっ! ……まあ、オバケは人間ではないんだけど。――とにかく、奴らの行動は奇妙でならない。だからこそ恐ろしい。

「な、なんなんだよ……俺になにをしろって言うんだよ?」

 ビクビクしながら小さな声を出す。小さすぎて周りの人には気づかれていない。

 ――そのとき。

 そっ、と俺の脇腹あたりにひんやりとした感覚が走った。

「ひぐっ!」

 思わず、奇声を上げてしまう。

 今もなにかに触られているような、なにかに服を掴まれているよな、そんな気がする。

 ――あぁぁぁぁ、俺はどうなってしまうんだぁぁぁぁっ!

 全身から冷たい汗を噴き出してきた。

 ――もうどうにでもなりやがれ!

 覚悟を決めて、ゆっくりと後ろを振り返る。

 ……と、


「やあ、どうしたの? お嬢さん」


 そこには俯き加減で俺の服を強く掴む美少女の姿があった。

 長い黒髪を左右の低い位置で結ぶ、いわゆる、ツインテールという髪型と、ぱっちりと開いた目を強調するようにつけられた眼鏡が特徴的な女の子だった。暗がりでもわかるほど輝くように白い肌、整った綺麗な顔、まさしく、彼女は美少女の部類に入るだろう。

 俺は恐怖に歪んだ顔をキリッと、元通り、かっこよくきまった凛々しい顔に戻して美しい少女に話しかけた。

「……えっと、その……」

 大人しそうな女の子。

 気弱な声が俺の耳をくすぐる……? この声、どこかで聞いたことがあるような気がするが……俺はこんなかわいい少女を知らない。さて、どこでだろう?

 少女は俺の脇腹あたりの服をギュッと掴んだまま、俯いてもじもじと恥じろいでいるように見えた。――そう、まるで大好きな先輩にラブレターを渡すときの乙女のようなしぐさで。

 これは今年何度目かの春の予感!

 ただ、残念なことに彼女は俺よりも少しだけ背が高い。そのせいで、さっきから少女が俯きながら上目遣いで俺を見下ろしているという意味不明な状況が続いている。これで俺の方が背が高ければなんの問題もないんだが、なにぶん俺はミクロサイズなもので、すごくかっこうがつかない。――悪かったな! ミクロサイズで!

 今、告白、されるのだろうか?

 俺は初めて、『好き』と言ってもらえるのだろうか。

 ……でも。突然、見ず知らずの女の子に告白される、なんてことはないだろう。姉がやってるようなゲーム(姉は少々変わったゲームを好んでいる)じゃあるまいし。それに、その少女は俺と同じ学校の制服を着ていて、リボンの色から同学年だとわかるし。

 同学年、それは俺の噂を知っていることを意味する。

 この少女は、俺が、『オカマ』であると、勘違いしている、ということだ。

「……だから……あたし……」

 顔を真っ赤にしながら、少女が勇気を振り絞ってなにかを伝えようとしてくれている。

 もしかして、それを知った上で俺に告白しようとしているのか? そこまで俺のことを愛してくれているというのか? これは真面目に聞いてやらないとこの子がかわいそうだ。

 俺は自転車から降りて、しっかりと少女に向き直った。

 じっと目を見つめる。……やっぱり、どこかで見たことがあるような、……でも、どこでだろう? 俺が忘れているだけで、この少女とは接点があるのだろうか。

「……ね、ねえ!」

 ズイッと少女の顔が眼前に接近して、

「……お、お願い!」

 お願い、と請うような目をして、

「……あ、あたしと、一緒に帰って欲しいの!」

 あたしと一緒に帰って欲しいの! と言って俺の制服を強く握り締める。

「……うっ」

 一瞬、心が揺れる。

 その表情はすごく必死で、トマトのように真っ赤にした顔を俺に向けている。潤んだ瞳、小さな唇、どことなく、はかなげな少女に見える。

 ――かわいい。

 素直にそう思ってしまうような魅力を彼女は持っている。

 なんでだろう、胸がドキドキする。

 先輩とはまた違う、守ってあげたくなるような衝動に駆られていた。

 そして、最後に、


 ――お願い、カマオ!


 と。

 余計な一言。

 これは、つまり……どういうことだろうか? 現在、俺の頭は混乱中。

 ……あ。

 俺は、一つ、嫌な可能性を見つけてしまった。

「……おまえ、もしかして、サル……春乃か?」

 なんとなく、こんな弱々しい様子の人間を『サルノ』と呼んではいけない気がしたのだ。

 すると、なにも言わず少女がこくりと頷いた。

 ――肯定。

 つまり、その通りだと。

 このかわいくて暗がりを怖がっているような少女が、俺を『オカマ』呼ばわりして部活の間も散々俺をコケにするメスザルと同一人物だとおっしゃるのだ、この少女は。

 理解不能。

 聞き間違いか、とも思った。

「カマオ……お願い、一緒に帰ろ」

 もう一度、春乃が俺に向かってはっきりと言った。――間違いではなかったんだ。

 今日はおまえのせいで疲れているというのに、まだ、なにか企んでいると言うのか?

 この女はなんなのだ。乙女心? ……だめだ、さっぱりわからない。

 稲美春乃の頭は予想以上に奇想天外だ。

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