第五章 『俺VS春乃』 4
「ありがとうございましたっ! じゃあ、わたしはこれで」
「ご苦労だったね、篠山さん。放送部にはいつも仕事任せちゃって悪いねえ」
「いえいえ、わたしは好きでやってますからっ!」
先生に大きく手を振りながら体育館を出て、喫茶店や展示などが並ぶクラスへと向かった。
――あの二人のことは心配だけど、少しくらい遊んでもいいよね。
きょろきょろと辺りを見回して面白そうなところを探す。
「あっ! プラネタリウムやってる!」
一人で騒いで暗い教室に入った。見上げるとキラキラと光が輝いている。こういうのを見ていると、ロマンティックな気持ちになってくるんだよね~、とほんわかした顔で眺めた。
――あれ? そう言えば、校内ラジオやってないなぁ。……もしかして、あの二人サボってるのかなぁ? まったく、二人とも恥ずかしがり屋さんだなぁ。
くくくと小さく笑う。わたしはあのかわいらしい二人の後輩が大好きだ。勇雄くんももっと積極的にしないとわたしは惚れないよ~、と心の中で呟いて、もう一度、くくくと笑う。
気づいていないフリをしてるけど、勇雄くんがわたしに好意を寄せていることは知っている。気持ちを行動にできない、そんな勇雄くんを見て、かわいいなあと思い、頼りない弟を持った気持ちになっていた。
――ほんと、二人ともかわいいなぁ。
『ブチッ』
教室に設置されたスピーカー特有の電源が入るときの音が聞こえてきた。
――やっと、やる気になってくれたのかな?
嬉しくなって、ついつい笑顔になってしまう。そして、二人の声を聞くために耳を澄ましてスピーカーの音に集中する。
『え~、あ~、ねえ、もう入ってる? ……そう。じゃあいいや、ありがと』
勇雄くんの声が聞こえてきた。ちょっとボリュームが大きいな。
――完全に裏に聞いてる声入っちゃってるし。
なんとも微笑ましい放送だった。わたしもこんなミスよくしたなぁ、なんて感慨にふける。
『え~、ゴホン。えっと~、みなさん、こんにちは! 初めまして、伊丹勇雄です! 文化祭、楽しんでますか? イェ~イ! と、 ここで、今日は声を大にして言いたいことがあるので、それをみなさんに聞いてもらおうと思います!』
――なんだろ? そんなに面白いことでも見つけたのかな?
すこしわくわくしてきた。あの子は少し変わってるからドキドキするんだよね。
『この言葉をたった一人に聞いてもらいたい。……えっと~、くるるちゃ~ん、聞いてますか~、聞いてたら返事してくださ~い。… …えっ? なに春乃、返事できない? なんだよ~、ダメな先輩だな~』
――なんかものすごく無茶苦茶なこと言われてるんだけど! それに、放送を私的なことに使っちゃだめだよ!
わたしの心の叫びは放送室まで伝わらない。
『とりあえず、聞いてくださいね~』
「なんだろ……?」
嫌な予感がしていた。
ものすご~く、悪いことになりそうな、そんな気がする。
変な汗を掻きながら勇雄くんが続きをしゃべるのを待っていた。
『……くるるちゃん、……俺、ずっと隠してたんですけど、本当は、くるるちゃんのことが、大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!』
「……へっ?」
一瞬、わたしの思考が停止する。
「……大好きだぁ?」
全身の血が沸々と沸きあがるのを感じる。赤く、熱く、なってきて、
『まあ、こんな放送で言うのもなんなんですけどねっ! てへっ!』
「じゃあ、言わないでよぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――っ!」
思わず大声を上げて泣き叫んでいた。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!』
防音されているはずの放送室の中にも先輩の叫び声は届いた。――さすがは放送部の部長、よく響く声だなぁ。感心するぜ。
「よしっ、これでスッキリしたし、女が好きだってわかればみんなの誤解も解けるだろう。完璧だぜ! な、春乃!」
決め顔で振り返ると春乃が冷めた視線を俺に向けていた。……いったい、なぜ?
「……なにしてんの?」
「仕返しと誤解を解くこと。それと、こんなにも簡単に言葉を届けられる、ということをおまえに教えてやってんだよ」
「……あんた、バカでしょ?」
「バカと天才は紙一重って言うだろ?」
ほんと呆れた、と春乃は頭に手を置いて溜息をついていた。
バカなのは知っている。
こんなバカなやり方しか思い浮かばなかったけど、力になってやりたかったんだ。不安な気持ちが少しでも薄れるかもとか、こんなノリでストーカーにも言っちゃえるかもとか、そんな都合のいいことを考えていたんだ。
世の中、悪いことばかりじゃないと信じたかった。
「それに、」
俺は立ち上がり、背伸びをして春乃に目線を合わせ、手を前に突き出して親指をグッと上に突き上げて、
「なんかありそうだったら、俺がそいつをぶっ飛ばしてやるぜ!」
春乃に笑いかけた。
これが、俺の最大級の応援だった。惚れさせようとか、そんなことは考えていない。――ただ、純粋に春乃が抱える悩みを解決してやりたかっただけだ。
すると。
ふんわりと蕾が開くように、春乃の口もとが弛みかけたそのとき、勢いよくドアが開いた。
「もうっ! い、勇雄くん! あれはダメだよっ! 死ぬほど恥ずかしかったんだからね!」
飛び込んできた小さい生物がプンスカと怒っていた。顔が真っ赤だ。
……う~ん、後のことは考えていなかった。どうしよう?
「いや~、失敗しまして~。まさか、マイクのスイッチが入ってるなんて思わなくって」
「絶対に嘘だよ! だって、勇雄くん確認してたでしょ!」
「……バレました?」
「わたしだって怒るよ! もうかんかんなんだからね! 勇雄くんなんて大っ嫌いだよ!」
「ぐはっ……」
心が折れそうになる。
――やっぱり、大っ嫌いはなかなかきついかもな。……妹の反抗期には困ったもんだぜ。
なんとか耐えてやれやれと肩をすくめる。その様子を見て、春乃が小さく笑っていた。
これで、春乃が変わってくれたらいいな、……なんてな。
少なくとも、ちょっとは元気を出せたかな。
「おいコラ! 今の放送をした奴はすぐに職員室まで来い!」
「ひえっ!」
強面の体育教師が放送室に入ってきたのを見て、俺はようやくことの大きさに気がついた。
――意外と怒られるかもしれないなぁ……。
俺は暗~い気持ちで、まるで犯罪者のように職員室まで連行された。
それを見て、先輩は「まったくもう……」と呟いて、春乃は声を上げて笑っていた。