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第五章 『俺VS春乃』 2

「……レベル三、レベル一、うわっ、レベル四……一、二、一、一、二、一、一……」

「あんた、さっきからなに見てるのよ」

「気にするな。これは俺の習性みたいなものだ」

「ふ~ん……」

 春乃が不機嫌そうに俺を睨んでいる。

「普通、男ってさ、文化祭とかだと女の子のエプロン姿を見ちゃうもんじゃないの? それなのに、カマオはさっきから男ばっかり……あっ! ごめ~ん、あんたはオカマだったわね」

「うっせーよ! ……まあ、確かに男を見ているが、俺はカマじゃねーよ!」

「……見てるんだ」

「……あっ」

 みずから墓穴を掘ってしまった。

 くそっ、どれもこれもこの文化祭という行事が悪いんだ! と、心の中で悪態をつく。

 ――文化祭。

 それは生徒の自主性を向上させるものであり、日常活動の成績を発表する場でもある。多くの場合、クラス、部活動による展示・発表、模擬店の出店、体育館での劇や合唱なんかもあったりする。それらによって資金を調達し、その売り上げが部費になるというシステムである。

 誰から金を巻き上げるのか? ――答えは外部の人間だ。

 ――文化祭。

 それは学校に関係のない見ず知らずの人間が、いとも簡単に校内へ侵入できてしまう日のことである。

 ……それがなんと恐ろしいことか。

 うちの学校はそこそこ優秀で、普段はどこも綺麗で大人しそうな生徒ばかりが集う、とっても安全な場所だったのに……なんだこれは。

 ――なぜこんなにも腐ったみかんがうろうろしているんだ。ここはダンボール箱じゃないんだぞ。人間様のいるべき場所なんだぞ! 貴様らはダンボールに帰れ!

 そんな、俺の心の叫びは誰にも届かなかった。

 要するに、学園祭には不良がたくさん集まるということだ。奴らはお祭りや行事が好きらしい。『ちょ、マジやばくねぇ?』『ぱねえ、はんぱねえし』『えぇ~超ぉきもぉいんですけどぉ』……こんな感じに校内が汚染されている。

 なにがぱねえだ、おまえの顔がぱねえよ! きもぉいって意味わかんねえよ、カラフルな髪の毛の色を直してから言え! 貴様らは黒髪の美しさを知らんのか! バカ者! ……とは言わない。

 だって、怖いもん。

 なにが? ――お礼参りが。

 まあ、さすがに教師がいる校内で絡まれることはないだろうが、それでも本能的に警戒してしまう。考えないようにしても、今までの悲しい記憶を思い出してしまうのだ。

 そういうわけで、俺はこっそりと不良の力量を確認しながら文化祭を楽しんで……はいないんだが、春乃と二人でとりあえずクラスを回ろうか、ということになっている。

 でも、それだけじゃない。

 俺が楽しめていないのには不良以外にもう一つ理由がある。

 ――昨日のこと。

 ――春乃のこと。

 朝からずっと聞きたいと思っていたんだが、まだ、春乃からなにも聞いていなかった。

 春乃は、教えようとしない、というよりは、まるで昨日のことを忘れてしまったかのように普通に、いつも通りに、いや、いつも以上に明るく振る舞っている。

 そんな彼女を見ていると少し胸が痛んだ。

 俺に気を遣っているのかもしれないと思うと、とても恥ずかしくなった。

 ――春乃を守ってやりたい。

 そう思ったから、春乃と向かい合おうと決めたんだ。

 俺は大きく息を吸い、そのことを聞こうとして、

「……あのさ、昨日のこと――」

「やめて」

 止められた。

 春乃は真剣な表情をしていた。

「でも……」

「今日の文化祭は楽しもうって決めてたの。ずっと楽しみにしてたの。気になっちゃうかもしれないけど、少しだけ待って欲しい。後でちゃんと説明するから……今はやめて」

 言ってから、春乃は優しく微笑んた。いつもなら上から見下ろされて、バカにするなと思うところだが、今日は思わなかった。こんな春乃を見るのは初めてのような気がした。

 黒くもなく、グレーでもなく、真っ白な笑顔。

 とても美しかった。

 ――恋愛の素晴らしさを教えると言っておきながら、教えられそうになっていた。

 心が震える。

 少し悔しい。なんだか、無性に悔しい。

 普段、昼間は意地悪そうにしか笑わないくせに、どうして今日はこんなに綺麗に笑うんだ。

 おかしいことはわかっていたが、なぜか俺は腹が立っていた。ムカムカしてきて、どうにも抑えられない気持ちが沸き起こってきて、――――そして、笑った。

「おう、じゃあ思いっきり楽しもうぜ!」

 これは、まっすぐにしか生きれない俺の精一杯の反抗だ。自分自身への、春乃への反抗。ということにした。

 それでもまだ恥ずかしかったけど、

「もちろんよ!」

 春乃が笑っているのを見るとすべてが吹き飛んでいくような気がした。

 ――これでいいわけがない。……だけど、今は春乃を信じよう。春乃が自分から俺に話してくれるのを待とう。

 ちゃんと、待とう。

 決めて、俺は歩き始めた。

 隣には俺より背の高い春乃が並んでいる。

 そうやって二人で並ぶのが、どこか心地よく感じたのだ。

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