第五章 『俺VS春乃』 1
文化祭当日。
今日はいつもより早く目が覚めた、というより、ほとんど眠れなかった。
もちろん、別に文化祭が楽しみすぎて眠れなかったわけではなく、昨日の春乃のことが気になって全然寝る気にならなかったのだ。
それなのに朝からぼぉっとしてしまい、おかげで登校できたのは遅刻寸前になってしまった。
一年二組の教室に入る。
クラスはたくさんの装飾品で飾りつけられていた。――そういえば、うちのクラスはなんかの喫茶店をやるんだっけ? ……よく知らないけど。
放送部は、体育館でする出し物のお手伝い(音響関係)もしなければならないので、自然とクラスとの関わりが少なくなってしまう。それなのに、クラスのみんなは『だ、大丈夫だよ。カマ……勇雄くんは気にしなくていいよ』『カマ……勇雄くんは放送部でがんばってね!』『そうだよ! カマ……勇雄くんのラジオドラマが成功するように、みんなで見守ってるからね!』と励ましの言葉までかけてくれた。……チクショウ、泣かせるじゃねえか。
クラスメイトの優しさに涙が出そうになる。まあ……裏では『カマオ』と呼ばれていることがわかって、少しショックだったせいもあるんだけど。
「遅いじゃない」
教室にはいつもと変わらない春乃の姿があった。偉そうに腕を組んで、意地悪そうな目を俺に向けていた。それを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
――大丈夫だったんだ。
「バカだからどこか怪我でもしたんじゃないかって喜んでたのよ?」
「……まあ、色々あってな」
「なによ、それ」
「色々は色々だ。おまえにはまったく関係がない」
「なんなのよ、せっかく心配してるのに……カマオのくせに」
「うっせぇ」
適当に答えて席に着く。と、すぐに担任の先生がやってきて、文化祭前のホームルームが始まった。
――今日は待ちに待った文化祭だ。
『え~……、それではぁ~、……ぶ、文化祭を始めまぁ~~すぅ~……』
スピーカーからの合図(くたくたに疲れた先輩の声だった)によって、文化祭の開始が告げられた。
その後、俺と春乃は急いで放送室に向かった。
廊下を走り、階段を下り、分厚いドアを二つ開けて奥の部屋に入ると、――そこには小さな死体が一つ転がっていた。
「せ、先輩っ!」
「くるるちゃん! 大丈夫ですか!?」
俺は慌てて駆け寄って先輩の軽い体を抱き起こした。すると、薄っすらと目を開けて、
「うぬぅぅぅ……パソコンがぁぁぁ……やめてぇぇぇ、もう聞きたくないよぉぉぉ」
と唸っていた。察するに、ラジオドラマの編集作業が忙しすぎて昨日は徹夜だったのだろう。
こんな先輩もやっぱりかわいいな。と、ほのぼのとした気持ちで死体を眺める。
だが、このまま死なせておくわけにもいかず、
「先輩、しっかりしてください! 俺たちなにをすればいいか聞いてないんですけど!」
体をがくがく揺らして先輩を起こした。
「……うがぁ? なんなのぉ? ……って、勇雄くん!? だ、ダメだよ! あたしが寝ている隙に襲おうなんてそんなこと、学校じゃ許されないんだからね!」
「学校じゃなかったらいいんですか!?」
「バカ! なに言ってんのよ!」
春乃に頭を叩かれた。……冗談なのに。
「ふぇぇ?」
まぶたをごしごしと擦りながら先輩は寝ぼけていた。髪の毛が少しぼさぼさになっているところも子どもっぽくでかわいらしい。――だが、いくらかわいくても襲うなんてことはもちろんしない。俺は紳士だからなっ!
「あ、二人ともおはようっ! いい朝だね! グッドモーニングだよ~」
ようやく先輩は目を覚ました……のか? 少しボケているような気がする。
「くるる先輩、今日はどうすればいいんですか?」
「うぇっとねぇ~、う~ん……ん。二人とも遊んできていいよ~。午前中は体育館の仕事もないし~、わたしは疲れたし~」
「……それでいいんですか?」
「いいんじゃないかな~。わたし眠たいし~、早く寝たいし~」
適当な先輩だった。
春乃を見ると、眉根を寄せて困った表情をしていた。俺も困った。
「遊ぶときは、二人一緒に遊んでね!」
眠そうな先輩は意味不明なことを言い出した。やっぱりまだ寝ボケてるんじゃないだろうか。
「……あの、くるるちゃん? 起きてますか?」
「起きてるよ~、目の前に勇雄くんが七人見えるくらいしっかりと起きてるよ~」
「いや、寝てますよね? 完全に夢の中ですよね?」
「えへへ~、冗談だよぉ~」
そう言って、二カッと笑う先輩は誰もいない方向に向かってしゃべりかけていた。間違いなく眠っている。
「二人で遊ぶのには意味があるんだよぉ~。……えっとねぇ~、お昼からラジオドラマを流してぇ~、それから数時間は校内生放送ラジオをすることになってるからぁ~、フリートークのネタを探さないといけないよぉ~」
起きているらしい先輩は、またもや理解不能なことを言い出した。
校内生放送ラジオ? フリートーク?
そんな話は聞いてない。
ついでに言うと、聞きたくもないんだが。
「一応聞いておきますけど、校内生放送ラジオってのは誰がやるんですか?」
「そんなの決まってるよね? ――勇雄くんと、春乃ちゃんの二人だよぉ~」
と言って、先輩は誰もいないところを指差していた。……先輩はさっきから誰と話しているんだろう。まったく、かわいいなぁ。このお寝ぼけさんめ。
「あはは~、冗談きついですよ~。くるるちゃんが寝ぼけてあることないこと話すから信じちゃったじゃないですかぁ」
「そ、そうよね! いきなり生放送なんてあるわけないわよね! あははは」
「あははははははぁ……はぁ~あ。……マジで冗談ですよね?」
乾いた笑いが部屋に響く。――人は信じたくないことに直面すると、現実逃避をしたくなる生き物であることが今日わかった。
「そんなに心配しなくても大丈夫、わたしは二人の実力を過信してるからね!」
グッと手を握る先輩は間違いなくバカだ。
「ちょっと、過信しないでくださいよ! 俺たちがただのザコだって気づいてくださいよ!」
「ふざけないで! カマオはザコかも知れないけど、あたしは最強よ!」
「えぇっ! なんでここで強気発言?」
もう……わけがわかんねえ。
「春乃ちゃん、よく言ったね! 勇雄くんのことも応援してるからね!」
キラキラと輝く瞳は虚空に向けられているが、かわいいことに変わりはなく、
「任せてください!」
先輩に応援されてつい勢いで言ってしまった。……俺のバカ野郎。
「それじゃあ、後のことは……ま……か……せ……」
バタン、と言い終わる前に倒れてしまう。
くるるちゃん――――死亡。
「くるるちゅわぁぁぁぁぁんぬ!」
先輩を心配しているフリをしながら、さりげなく先輩に抱きつく。くそ、柔らかい体しやがって、と思っていると後ろから後頭部を思いっきり叩かれた。
「いてえな!」
「なにわけのわかんないコントやってんのよ。早く行くわよ」
「行くって、どこにだよ」
「フリートークのネタ探しよ。そうしないとなにもしゃべれないじゃない」
「……ああ、そうだな」
ようやく現実を受け止める。
確かに俺はそんなにおしゃべりな方ではない。先輩への愛の言葉なら、息継ぎ無しで三時間ぶっ通しで囁き続けることができるかもしれないが、普通のフリートークとなるとそうはいかない。
……でも、あれだな。全校生徒に向かってラジオ放送をする。しかも、春乃と。それは、公開処刑って言うんじゃないだろうか。絶対にうまくいくはずがないじゃないか。
――なんというか、すごく大変なことになってしまった気がする。
俺は春乃に引きずられるままに放送室を後にした。