第四章 『レオナルドVSチャーミングな妹』 2
それから数日後に収録が始まった。
この頃になると、死ぬほど恥ずかしいセリフを言うのにもだんだん慣れてきていた。
『おぉベイビー』とか、『ベリーキュートだぜ』とかを日常で自然に言ってしまっていることがあるくらいに、俺の脳は薔薇の花畑に侵略されていた。……その度に春乃は気持ち悪そうな顔をしている、やめてもらいたい。
それでも収録はなかなか進まなかった。先輩にもこだわりがあるらしく、やっと噛まずに言えたと思ったら『そこはもっと気持ちを入れて読んで欲しいかな!』『言葉には言霊がこもっているから、ちゃんと気持ちを伝えないとダメだよ!』『本気で春乃ちゃんを恋人だと思って!』『愛が足りないよ! もっともっと愛して!』という感じに奇妙なダメだしを食らった。――先輩のキャラが少し変わってきている気がする――それなのに自分の演技にだけは甘い。脇役だし、こんなのでいいよね、とすべて一回で録り終えていた。横暴だ。
愛が足りないよ! と言われてもそもそもエリザベスなんて愛していないし、ストーリーが無茶苦茶すぎてレオナルドという人物のキャラクターをまだ掴めてないし、駄作になる予感しかしない。
――こんなの、とんだ茶番じゃないか。
初めはそう思ってだらだらと演じていた。
それでも先輩は自分が納得するまで録り直し、春乃だけはそれに一生懸命応えていた。こんなストーリーでも、声優の夢を叶えるための練習とでも思っているのだろうか。春乃のそういうところは素直にすごいと思う。どんなことでも真剣に取り組もうという姿勢は嫌いじゃない。そんながんばっている姿を見ていると、なんだか俺もやる気が出てきて、いつの間にかノリノリでレオナルドを演じていた。
恋人役を演じる二人はいつしか惹かれ合って……なんてことはないが、別にいい。
ただ、必死に声を出して、役になりきって、ボケて、笑いをとることだけを考えた。
何度も言うが、これは壮大なラブストーリーだ。
決して愉快なコントではない。
だから(?)、俺は真剣に笑いをとりにいった。このラジオドラマを聞いてもらえば、同級生からの優しい視線もなくなるかな、なんてことも考えて、とにかく男らしくなるようにがんばった。熱心に腹式呼吸の練習もして、家でも姉に変な目で見られてもがんばって、姉に気持ち悪いとののしられても読み続け、姉にこの台詞萌えるわねと言われても無視し続けて。愛する先輩のために、自分のために、俺よりも努力している春乃のために、俺はいつにもなく真面目に練習を続けた。
――こういうのも、悪くない。
どんなことでも、真剣になるのはいいものだな。
そうして、収録は文化祭前日まで続いた。
残っているシーンは、ラスト二分になって突然現れたエリザベスの元彼、ゴンザレスと愛の奪い合い、のところだけ。
『ゴンザレス役が一人足りないから、勇雄くん誰か男の子を呼んできてくれないかな?』
と先輩にお願いされた。
こんなことを頼めるのも引き受けてくれるのも一人しかいない。なので、今日の部室には宗次朗もいる。
「えっと……宗次朗くんだよね? 少しの間だけだけど、よろしくねっ!」
「こんな奴に笑顔見せなくてもいいですよ、くるるちゃん」
「相変わらずひどいなぁ~、いさりんは。こちらこそよろしくお願いしますね! えっと、くるるん!」
「……くるるん?」
先輩が頭に疑問符を浮かべている。
――なんだその呼び名は…………無駄にかわいいじゃないか! 先輩にぴったりだぜ!
宗次朗、グッジョブ!
「勇雄くんから台本はもらってるよね。――じゃあ、早速始めよっか。今日はずっと三人のシーンだから、三人ともマイクの前に並んでね!」
「「「はい」」」
収録は機材が少ない奥の部屋で行われる。放送室にはたくさんのマイクがあるので、みんな一緒に録音することができる。俺たちは先輩の指示通りにマイクの前に並んだ。
すると。
小さな問題が発生した。
「あれぇ? マイクの高さがあってないなぁ」
宗次朗の奴がこんなことを言い出したのだ。確かにあのマイクはいつも先輩が使っていたものだから俺が使っても高さが合ってないが、修二郎の場合は合ってないなんてレベルの話じゃない。
なんと、マイクが宗次朗の腹に向けられているのだ。
まるで腹からしゃべれと言っているかのように。
しかも、
「困ったなぁ~」
なんて軽快に笑ってやがる。背が低い俺の前で。
……なぜ俺の前で笑えるというんだ。……俺を気遣って、自分でなにも言わずに直せばいいだけだろ? アァン?
ものすごく腹が立つ。わざとやってんじゃねえだろうな。
怒り、憎しみ、恨み、妬み……。
それらすべてが爆発しそうなまでに増大していく。
――これは、一度、背が低いものの苦しみをわからせる必要があるな……。
「宗次朗くんは背が高いからね。それじゃあ高さを調節しないと――」
「オイ宗次朗。おまえは知らないかもしれないが、放送部ってのは腹から声を出すもんなんだぜ。……この意味がわかるよな?」
「えぇ! いや、いくらなんでも腹から声は出ないよ~」
まるで俺が冗談を言っていかのようにわざとらしく驚いたフリをしていた。……冗談で済ますはずがねえだろ、このデカ物がぁ!
「本当の話だ。ねえ、くるるちゃん。腹から声を出さないといけないんですよね」
「えっと……それはその――」
「いけないんですよね!」
「……そうだよ。お腹から声を出すものだけど……間違ってはいないけど……」
「ほら見ろ! わかったなら高さを調節するんじゃない! このバカ野郎がっ!」
「いやっ、それ、本気で言ってるの?」
宗次朗は困った笑顔を浮べている。これで少しはダメージを与えられただろうか。
「……そんなことはどうでもいいけど、さっさと録音しないと間に合わないんじゃない?」
イライラとした様子の春乃が冷めた口調で言い捨てた。
そういえばその通りだ。
今日は文化祭前日、いつもより遅くまで活動していても許されると言っても限度はある。残り二分を急いで録り終えないと明日までに完成できなくなってしまう。
――それは嫌だ。
というか、なんで春乃はこんなに不機嫌なんだろう。どこか焦っているようにも見える。それだけ完成させたいということだろうか。それとも、外が暗くなるのが嫌なのか……。
「そ、そうだねっ! じゃあ、急いで録り始めよう! えい、えい、」
『おぉ~っ!』
みんなで腕を勢いよく突き上げる。不機嫌そうにしていているが、春乃も真剣なのだ。なにせ、今日がラストの収録だから。ひどい内容だし、ひどい演技ではあるが、みんなで一生懸命に作り上げた初めての作品になるのだから。
もうすぐ完成する。
それが――楽しくないわけがないのだ。
それが――嬉しくないわけがないのだ。
俺も久しぶりに真剣になることができた。
だから、なんとしてでも今日中に完成させて、楽しい思い出として残したかった。
俺たちは、みんな同じ気持ちでこの場所にいる。
心が一つになっている。
――クライマックスぐらい、完璧な演技になるように精一杯がんばろう。
ようやく、最後の収録が始まった。