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第四章 『レオナルドVSチャーミングな妹』 1

 とある昼休み、弁当を食べ終えて宗次朗との世間話で時間を潰している。

「と、言うわけなんだ」

「へぇ~、そんなことになってるんだぁ~。いいなぁ~、僕も混ぜてもらいたいなぁ~」

「……勝手にやってろよ。こっちは恥ずかしさで死にそうなんだって」

「いいじゃん。面白そうだし~」

 いつも通りの能天気ヅラでニヤニヤしながら言っていた。……こいつはなんにもわかっていないからそんなことが言えるんだ。

「宗次朗、おまえは知らないだろうが、ラジオドラマはそんな簡単なもんじゃないんだ」

「ど~ゆ~こと~?」

「それがな~。てっきり、俺の敵は春乃だと思ってたんだ」

「えっと……? ラブストーリーなんだよね?」

「ラブストーリー……。俺は『ラブ』というものを甘く見ていたようだ。つまりだな……本当の敵は……最愛の先輩だったんだよ!」

「なんの話かな? もうちょっと僕にもわかるように説明してくれないかな?」

 困ったように笑う宗次朗はなにもわかっていないようだった。

 仕方がない、教えてやるか、と鞄から何枚かを束ねた紙を取り出す。

「なにも言わずにこれを見ろ」

「それ、なんなの?」

「……先輩が作った台本さ。……これが、自信作なんだそうだ」

 思い出すだけでも全身がぞわぞわっとして痒くなってくる。あれは、初めて味わう拷問だ。

 俺は宗次朗に台本『レオナルドの恋――あま~いラブはエクスタシー』(約二十分間の内容)を渡してぐったりと机に突っ伏した。

 現在、ラジオドラマの練習が始まってから十日ほどが過ぎていた。

 まさに、地獄の特訓だった。

 甲子園に向けての特訓なんかとは比にならないほどにつらい。

 ――先輩は……容姿だけじゃなくて、頭の中まで小学生……いや、園児だったんだ。

 苦しさのあまり頭を抱えてしまう。俺は姉のせいで物理的な攻撃には強くなったが、内面から攻撃されることにはめっぽう弱い。そして、そんな俺が特に苦手としている分野が……。

 ――メルヘンだ。

 あれは、メルヘンチックな物語、いや、乙女チックな物語、というべきだろうか。

 本気で恋しているときならどんな恥ずかしいことでも言えるのだが、演技でそれを言うというのはなんとなく気恥ずかしい。それも、『好きだ!』とか、『美しい!』とかそんなストレートな言葉ならまだいいんだが……先輩の台本はちょっと違う。

 色で表現するならピンク。それも、パッションピンクのようなイメージ。

 ……なんといえばいいのだろう。要するに、セリフがちょっと『アレ』なのだ。……つまりその、独特のセンスを持っているというか、なんというか。……先輩の前では言えないが、夢見がちで、少女漫画の見すぎだろ! みたいな。

 例えば『薔薇色に染まる君の頬がとってもチャーミングだよ』とか、『君を幸せにするため、僕はきみの心を盗みに来ました』とか。ついでに登場人物の名前がマドレーヌだかジョセフィーヌだか知らないが、なぜかみんな外国人だった。日本が舞台なのに。

 いやぁぁぁぁ――――っ! ってなる。読むだけで痒くてたまらないのだ。ちゃーみんぐってなんだ! 心を盗みに来たってなんだ! 意味がわからねえ。そんなことを言う男なんて三次元には存在しねえよ! と、そんなことを言うと先輩が泣きそうな顔になるので、一度しか言ってない。――すでに一度、泣かせてしまっているから、もう言わない。

 先輩の考える理想の男というのが王子様タイプの人間らしく、クールでキザったらしい言葉を吐くような奴が好きなのだそうだ。

 それは俺が一番苦手としているタイプだった。

 今どき幼稚園児でももっとマシな夢を見ているだろうに。――先輩はどこまでお子ちゃまなんだ。

『それでね、それでね! 元彼が現れて~、ヒロインを奪い合うの!』

 先輩の頭の中には真っ赤に染まる薔薇の花畑が広がっているらしい。まるで、おとぎ話、メルヘンの世界だ。

 ――いくら先輩が好きでも、さすがにそれにはついていけない。

 俺はがっくりとうな垂れた。

 ショックだった。

 愛する先輩にそんな趣味があったなんて、心が折れそうだった。

 妹のオタク趣味が発覚したときぐらいにショックだった。……まあ、そんな奇妙な体験はしたことがないんだけど。単なる想像、妄想なんだけど。

 ――だが、そんなことで俺の先輩を愛する気持ちは変わらない。

 そこで揺らぐようじゃあ本気の愛とは言えないな。

 俺はそんな趣味も含めて先輩を愛すると決めた。

 兄として、妹である先輩の少し変わった趣味を受け入れるのは当然のことなのだ!

 俺は絶対に拒絶しない!

 ……と、受け入れはしたものの、正直、練習には行きたくない。

 だって、全身が痒くなるんだもん。

 恥ずかしいんだもん。

 嫌なんだもん。

 乙女のように拒んだところで俺は男。不思議なことに、かわいい先輩にお願いされると一秒後には『任せてください!』と答えてしまっているのだ。……弱い生き物だな、男ってのはよ。

 しみじみとそう思う。この学校に入ってから特に弱くなってしまった気がする。『恋に落ちたら負け』というような言葉を聞いたことがあるが、まさにそれだった。最近ではポジティブにもなれなくなってきている。……悲しい現実を知ってしまったからな。

 恋に落ちた俺は敗者で、振り回している先輩が勝者。春乃は俺に巻き添えを食らって敗者となっている……のだと思う。アイツは、はっきりとはなにも言わないが、俺がセリフを言うとビクッと反応するときがある。そして、『やっぱり……男って気持ち悪い……』と真剣な表情で呟いている。――春乃の奴……なにか男に恨みでもあるのだろうか? ラブストーリーをすること自体に嫌がってたし、恋愛とか、そういうのに興味がないのかもしれないな。……だって、メスサルだし。

「これは……なんというか~、とってもユニークな物語だね!」

 目の前から太陽のようなピカピカの笑顔を向けられる。

 ――眩しいねぇ。

 相変わらず宗次朗の満面の笑みのタイミングはよくわからない。

「こんなに面白い物語に文句を言うなんて、いさりんはクレーマーだね~」

「……うっせーよ」

「ほら、このレオナルドのセリフ、『エリザベスは俺のものさ! ゴンザレスなんかには絶対に譲らないよ! フッハ!』って。すっごく恥ずかし……、面白いよね!」

「言い直したが、どっちにしろ間違ってるぞ」

 ここは物語の最後、クライマックスだ。確か、恋人と結ばれる感動のシーンと先輩は言っていた、が、その前に名前のインパクトが凄すぎて全然内容が入ってこなかった。

「愛が溢れているというか、アホらしいというか、とにかくすっごくいいよ!」

「もう隠す気すら起きないのか。はっきりと作品をバカにしてるぞ?」

「そんなことないよ~。笑える愉快なコントだって褒めてるよ!」

「だから、これはラブストーリーなんだって」

 一応、立場的に先輩をかばったが、心の中では宗次朗と同意見だ。

 と、そのとき、

「こらっ! カマオなにやってんのよ!」

 威勢のいい声が聞こえた方を見ると、廊下から春乃がずんずんと近づいてきた。

「なにって、親友との友情を深めているんだが?」

『友情?』

『できてんのか、あいつら!』

『私も前から疑ってたんだよね~』

 一瞬、クラスがざわめいた気がしたが、そんなつまらないことは気にしない。男は堂々と生きるものだからな!

「バカなことしてないで早く行くわよ」

「行くってどこに?」

 はぁ~、と春乃が呆れたように溜息をついた。

「時間が足りないから昼休みも練習するって言ったじゃない! ほら、早く行くわよ!」

「……やっ、ダメだ! 俺はこれから深い友情を――」

『もしかして~、あれって修羅場?』

『きゃっ! すごい展開ね!』

『勇雄くんって男にも女にも手を出すのかなぁ?』

『違うわよ、勇雄くんの気持ちは宗次朗くんでいっぱいなんだから。――ちなみに、勇雄くんが受け――』

「さあ、春乃、一緒に行こうか! いまから楽しい練習だ!」

「えっ? あ、うん」

 俺は豪快に高笑いしながら、春乃の手を引いて異常な雰囲気の教室を去った。男には、堂々と逃げなければならないときもあるのさ!

 出て行くときにチラッと後ろを振り返ると、そんな中でも宗次朗はニヤニヤと微笑んでいた。

 ――おまえ、それでいいのか? ……やっぱり、おまえはそっち系……。

 俺の不安は募るばかりだった。

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