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第三章 『カマキリVS謎の美少女』 5

 なんとなく、俺の後ろの席に生息する謎のメスザルの日常を振り返ってみた。

 俺が学校に着く頃にはすでに席に座っていて、一人寂しく勉強をしている真面目な女。

 この学校の男子から人気が高いという噂(情報元は宗次朗)が入ってきている。だが、まだ誰とも付き合っていないようだ。

 誰に対しても親切な対応で、優しい笑顔を振りまく彼女だが、俺に対してはかなり違う。

 怒って、暴言吐いて、抱きついて、殴って、怒鳴って、ギュッと制服を掴んで、怯える。

 昼間はツンツン、夜はデレデレ。

 割合的にはツン九割、デレ一割ぐらいと、怒った顔を見る方が多い。

 俺には暴言を吐き散らして『カマオ』呼ばわりするくせに、夜は不良にビクビク震える少しおかしな女。

 謎の女。

 最低な女。

 だが、とってもとっても親切な俺はこんな女と毎日一緒に家まで帰ってやっている。

 ついでに、夜になると容姿が毎回変わる。ツインテール、ポニーテール、三つ編み、口では表現しにくいような奇妙な髪形など、バリエーションは何種類もあるようだった。あれから数日たった今でも、そのゲームのルールについては教えてくれない。――俺もなにかした方がいいのだろうか。

 俺と春乃は毎日一緒に帰っているにもかかわらず、日が出ているうちは仲良くしてくれない。はっきり言って意味がわからないが、そんなことを言えば春乃に殴られるので言わない、というか、言えないんだけど。殴られるだけで済めばいいんだが、また、おかしな噂が広まったら大変だからな。特に、先輩の耳には入れたくない。

 そんな感じで、当初の予定(先輩とのあま~い学園ライフ)からは大幅に外れているが、俺は退屈しない毎日を送っている。

 自分のクラスのこと(みんなの優しい視線が痛い)を除けば実に楽しい毎日だ。

 ろくな練習もせずに先輩(ついでに春乃)とまったり過ごす、幸せな部活動。

 ――しかし、こんな部活にも小さな変化が訪れた。

 それは、いつも通りのある日の部活中。放送室でのこと……。

「わたしのターン! このカードの効果によって、手札から一枚を墓地に送ることができるんだよっ! 食らえ! 『テン』召喚っ!」

 幼く元気な声。

 あぁ~、いつも通り先輩はノリノリだなぁ。やっぱりすごくかわいい。

「……あ、あたしのターンね。それじゃあ、あたしはラブ姫を出すわ!」

 と、透き通るような綺麗な声を出し、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめる春乃。

「……甘いっ! それなら俺は森のキングで勝負だぜっ!」

 先輩が楽しそうにしているなら、俺も楽しいぜ。と思いながら声を張る、俺、伊丹勇雄。

「えっへっへ~。二人とも甘いよ。それじゃあ、わたしに勝つことなんてできないよ」

 小さい先輩は妖艶な笑みを浮かべる。

「残りは一枚、とどめはこの最強のモンスターで決めるよ! いでよっ! 剣のエース!」

 カードが出され、先輩の手持ちがなくなった。

 ――ここで、先輩の勝利が決まった。

「やったぁ~。また、いっちば~んっ! わ~い」

 子どものように喜ぶ先輩はいつ見ても小学生にしか見えない。なんとも微笑ましい光景だ。

「くそ~、また、負けちゃった。……でも、カマオには負けないんだからね!」

「バカな、その手札でこの俺に勝てるとでも思っているのか?」

 余裕の顔で上から……いや、下から精一杯、首を上げて春乃を見下した。俺のカードは残り二枚、『森のエース』と『宝石キング』だ。どちらもかなり強い数……いや、モンスターだ。一方、春乃はと言うと、まだ残り七枚もある。これで負けるわけないぜ。

「さぁ、逆転できるものならやってみろよ!」

「ええ、あたしの本気を見せてあげるわ!」

 両者、剣のエースよりも強いカードを持っていないので一度その場はリセットされる。ルール通り、次の順番の人、春乃から再開される。

 そのとき、春乃がニヤリと笑った。……ま、まさか、あれを隠し持っているのか?

「あたしのターン! 必殺『フォー』の大群召喚っ! これの効果により、この世界に革命が起きるのよ!」

「そ、そんなっ!」

 うぐっ! 俺のモンスターが一気にザコキャラになっちまったじゃねえか!

「再び、あたしのターン! ここは『シックス』で勝負よ!」

「……うぬぅ、出せない~」

「またまた、あたしのターン! 『ナイン』でどうよ!」

「くそっ、出せねえ……」

「おぉっほっほっほ! あんたはやっぱり甘かったわね。ずっとあたしのターン! そして最後の一枚、『ラブリー戦士』で決まりよ!」

「ぐあぁぁぁぁぁっ!」

 叫び声を上げながら俺は手に残った二枚のカードを投げ出した。

「春乃に負けるなんて一生の不覚なり! 死んでも死にきれねえ!」

「残念だったね~、勇雄くん。……でも、これでわかったでしょう? 勝負の世界は甘くないってことだよ!」

「……く、くるるちゃん」

 潤んだ瞳を先輩に向ける。

「辛かったら、わたしの胸に飛び込んできてもいいんだよ!」

「くるるちゅわぁぁぁん!」

 俺は全力で先輩に抱きついた。見た目よりもずっと柔らかくて気持ちいい。

 わんわんと泣きマネをしていると、よ~しよし、ほら、だいじょ~ぶだよぉ~、もうすぐ助けが来るからね~、と先輩が頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてくる。――なんの設定だ?

 先輩に体を預けながらこの後どうすれないいんだろう、と考えていると、

「……はぁ~、やっと終わった。……あの、もうこれやめません? やっぱりまったく効果ないと思うんですけど」

 ぐったりと疲れの溜まった顔で春乃が言った。さっきまでとは違い、弱々しくて張りのない声だった。

「そ、そうかな? でも、楽しいよ!」

「……ちっとも楽しくないです。むしろ、疲れます」

「えぇ! そうだったの? ……勇雄くんも嫌だった?」

「えっ、」

 先輩が悲しげな目を俺に向けている。――男として、はっきりと言わなければならないときもある。正直、疲れるんだよな、これ。

「――いえ、すっごく楽しいですよ!」

「そうだよねっ! ありがとう、勇雄くん!」

「じゃあ、今度は二人っきりでしましょうか」

「うん! そうだね!」

 かわいらしくきゃぴきゃぴと喜んでいる先輩を見ていると体がとろけてしまいそうになる。先輩を喜ばせるためなら嘘でもなんでも言ってやる。それが先輩の兄である俺の使命だ!

 ふと、横に目を向けると鋭い目つきと恐ろしい顔で俺を睨む春乃がいた。

「な、なんだよ」

「別に」

 プイっと横を向いて視線をそらす。この練習を賛成したことに怒っているようだ。

 一応説明しておくと、今やっていたのは、先輩が考案した新しい練習の方法の『ハイテンショントランプ ~大富豪編~』だ。ルールは簡単、普通の大富豪を限界までハイテンションで、大きな声を出しながら、時々演技も混ぜながら進めていくという、ひどく単純かつ曖昧なルールのゲームである。特に禁止されていることはなく、楽しければそれでいいのだそうだ。『この練習をすることで、自然と大きな声を出せるから発声練習にもなる(?)し、無理やりテンションを上げるから演技力も上達する(?)し、そして、なによりもすっごく楽しいんだよ! (ハッキリ)』ということらしい。重要な部分がすべて疑問形だったのは置いといて、とりあえず一度やってみた結果が、今のあれだ。

 結論を言うと、百パーセント練習にはならない。

 ――先輩が喜んでくれているのは嬉しいが、これを毎日続けるのは疲れるだろうな。

 少しだけ憂鬱な気分になる。多分、最初から先輩がやりたかっただけなのだろう。

 ってか、俺ら何部だっけ?

「でも、春乃ちゃんが嫌がってるし、これはもうやめよっか!」

 先輩が明るくにこにこ笑った。後輩にも気遣いのできる素晴らしい人だ。春乃もほっと安心し、にっこりと微笑み、

「それに~、実はやりたいことがもう一つあるんだよ!」

「「……え?」」

 先輩の言葉を聞いて急に引きつった笑顔に変わった。それが見る見るうちに曇っていく。

「……なん……ですか?」

 あからさまに嫌そうな顔を浮かべる春乃。よく言えば正直者、悪く言えば不器用な奴である。

「うふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。今みたいに変な練習じゃないから」

 ……自覚してたんだ。

 先輩は話を続けた。

「二人とも、一ヶ月後に文化祭があるのは知ってるよね?」

「まあ、それくらいは」

 春乃も小さく相槌を打つ。

 うちの学校は少し変わっていて、春と秋に、二回文化祭が行われることになっている。

「その文化祭で放送部は校内放送、まあ、簡単に言うとラジオみたいなものを毎年やってるんだけど、それの前に毎年すっごく面白い ことをしてるんだよね~」

「……面白いこと、ですか?」

「そう! わたし一人だと絶対にできないことだから、二人にも手伝って欲しいなって思ってるんだけど……ダメかな?」

 瞳をキラキラと輝かせて俺と春乃を交互に見ていた。嫌な予感がするけど、仕方ない、か。

「俺は賛成ですよ」

「あたしもいいですけど……具体的になにをするんですか?」

「えっへっへ」

 先輩の顔がこれ以上ないくらいにぱあっと明るくなって、

「みんなでラジオドラマを作ろうよ!」

 俺たちの手を握った。

 ――ラジオドラマというのは、テレビドラマと違って声や音だけでストーリーを表現するドラマ……でいいんだよな?

「ラジオドラマですかっ! すごくいいです! あたしもやりたいです!」

 どういうわけか春乃はノリノリのようだ。そういえば、コイツは声優になりたいんだっけ? それなら納得だ。俺は……そういうのあんまり得意じゃないんだよな。

「実は~、お話はもうできてるの。と言っても、そんなにすごいものじゃないよ。男の子と女の子のベタベタのラブストーリーなんだけどぉ~」

「えっ!」

 春乃が眉をひそめてすごく嫌そうな顔をしている。

 ――ラブストーリー?

 男……は俺しかいないだろう。ヒロインは年上の先輩がやるはず……と、ということは、俺と先輩が二人でラブラブで熱い演技をするということか!? 燃える炎のようなラブを疑似体験するということか!

 ――それは実に素晴らしい!

「やりましょう! 俺と一緒にドキドキラブラブの甘~い話をやりましょう!」

「……えっ、うん。まさか勇雄くんが食いついてくると思わなかったよ!」

「……気持ち悪い」

 ぼそりと春乃が呟いたのが聞こえてきたが、今の俺にそんな言葉はなんのダメージにもならねえぜ! たとえこれがドラマであっても、本物の愛ではなかったとしても、そこから本物の恋が発生するなんてことがあるかもしれねえからな! 精一杯がんばらせてもらうぜっ!

「本気で演技をしてみせますよ!」

「ほんとっ! それは楽しみだな~。……あ。言い忘れてたけど、メインの二人は勇雄くんと春乃ちゃんだからね!」

「おう! 任せとけ!」

「……えっ、それって……?」

 ――あん? メインの二人? それって、ラブラブな二人ということか?

「わたしは編集とかで忙しいと思うから、主役は後輩の二人に任せるねっ!」

 ――後輩の二人って、俺と春乃のことだよなぁ~。そうかぁ~、主役が俺と春乃になるのかぁ~。…………って、なんだとっ!

 そ、それだけは絶対に嫌だ。愛する先輩の前で春乃とドキドキでラブラブなんて、そんなのひどすぎるよ! いくら先輩でもそれは譲れない! 一つ文句を言ってやる!

「あの――」

「わたしが一生懸命がんばって作った話だから、二人ともがんばって演じてね!」

 あぁ。笑顔が眩しい!

「勇雄くん、かっこいい演技を期待してるよ!」

「おうっ! 任せとけ!」

 その顔を見ると断ることができなかった。

「……がんばります」

 春乃は微妙な表情を浮かべて、俺の様子を伺っていた。俺とじゃ嬉しくないのだろうか。それは少しショックだなぁ。

 ――でも、仕方ない……か。

 先輩を喜ばせるためなら春乃とラブストーリーでもしてやる。それが先輩の兄である俺の使命なんだ。

 ――兄とは、ときに悲しいものだなぁ。

 しみじみとそう感じた。

 俺と、春乃が、ラブストーリー。ちょっと想像しただけでも笑えてきた。

 ……それ、コントじゃねえか。

 笑えるものになればまだいいが、と俺は無限に湧き出てくる不安に苦笑してしまった。

 ……まあ、春乃なら……いいかもしれない。と、心のどこかで思っていた。

「コントだな」

「コントよね」

「違うよ! ドラマだよ!」

 先輩がちっちゃく飛び跳ねて俺と春乃の間に入った。――か、かわいい!

「春乃! がんばって大爆笑のコントを作ろうぜっ!」

「……そうね、せいぜい笑わせてやろうじゃない!」

「だ~か~ら~、やるのはラブストーリーなんだって!」

 先輩が顔を真っ赤にしているのを眺めながら、俺と春乃は笑っていた。

 こうして俺の恥ずかしい日々の幕が開け、今日ここで了承したことを後悔することになるのだった。

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