プロローグ 『ミニサイズVSメスゴリラ』
『不良』と呼ばれる人種が存在することを知っているだろうか。
俗に言う、腐ったみかんという奴で、世間的によろしくない行いをする人々のことを指す。
主に夜に出現し、駅前やコンビニの前が生息地だと思われる。
茶髪、金髪、ピアス、腰パン、『アァン?』という口癖、などから判断するとよい。
そして、腹が立つことに奴らには彼女持ちの男が多い。どうして俺には彼女がいないのに奴らにはいるんだ。不良なんて爆発してしまえばいいのに。……ついでに今恋人がいる奴らも。
不良には『お礼参り』という特殊能力が備わっており、下手に手を出すと返り討ちにされる。
……まったくもって迷惑きわまりない生き物である。
どうしてこのようなことをだらだらと述べているのかを説明する前にこんな質問に答えてもらいたい。
――高校生になるまでに何回不良に絡まれたことがある?
ゼロ? おまえと俺は生きている世界が違うらしい。
二、三回もある? も、ってなんだ。意味がわからん、正しい日本語をしゃべってくれ。いったい世の中にどれだけ不良がいると思ってるんだ。
……まあ、数えたことはないけれど、たくさんいるはずだ……よね?
自慢じゃないが、俺、伊丹勇雄は数え切れないほど絡まれている。自慢できるくらいにな。と言っても、そんなかっこ悪いことを人に自慢するような頭の悪いことはしないが、少なくとも、百回なんて甘っちょろいものじゃない。何百回と絡まれて、逃げ出せられなくて、殴られて、金を取られ続けている。あんな奴らに勝てるか! ふざけんな!
なぜそこまで不良に目をつけられるのか。――理由は簡単だ。第一に、俺の身長が低いこと。身長一五五センチメートルと十五歳男子の平均身長よりも十センチ以上小さい。確かに狙われても当然……なわけあるか! 日本の治安はいつからそんなに悪くなったよ! 市長さんは何をがんばっていらっしゃるんですか! ――アァン? うぉっと、口癖が移ってしまった。
もう一つの理由、というか、これが一番の原因なんだけど、それは俺がよく夜中に出歩いているということだ。……そんなことをしてれば絡まれても自業自得だろうと思うかもしれない。
――いやいや、ちょっと待って欲しい。別に好きで夜中に出歩いているわけじゃないんだ。俺は非行少年じゃない。どちらかと言えば優等生に近い……と自負している。誰にも言われたことがないから自分だけはそう信じている。真面目にやっていれば、いつか人生の勝ち組になるはずだ……多分、きっと、おそらく……なるよね?
話を戻そう。どうして俺が夜中に出歩かなければならないのか。その答えは実に簡単だ。
――俺の家には…………メスゴリラが生息しているからである。
『メスゴリラ』というのは本物のゴリラではなく、当たり前のことだが、家の中にいながら目の前で毛むくじゃらの生物が「ウホッ」と鳴く様子を見れるような珍妙な家庭で育った覚えはない。メスゴリラは俺の姉だ。……言っておくが俺は人間だ、ゴリラではない。
巨大な図体をした怪物のような父と、縮尺を間違えてしまったミニマムサイズの母から生まれた俺たち姉弟は受け継ぐ遺伝子を逆にしてしまったのだ。父によく似た姉は女子高生だというのに二メートル近くもある一方、母に似た俺は最近なんとか少しずつ身長を伸ばしてきてはいるが、それでもやはり小さかった。
俺は信じない、あのメスゴリラが実の姉であるなどとは断じて信じない! と頑なに信じようとしなくても、残念ながらあのメスゴリラが実の姉という事実に変わりはない。
その上、姉、伊丹京子は小さい頃から合気道やらなんやら(詳しくは知らないし、知りたくもない)をやっているせいで、物理的にものすごく強い。情けない話だが、いままで姉と喧嘩をして勝てた例がない。男である俺が、一度も、あのメスゴリラに、勝てなかったのだ。俺の妄想の中ではいつもボッコボコでケチョンケチョンにしてやっているのだが……現実というのは少々間違っているらしい。
そんな最強な姉は外では優等生を気取っているが、家では傍若無人に振る舞うメスゴリラと化す。そして、いつも俺にこう言うんだ。
「おなか減ったからなにか買ってきて~」知らん、自分で勝手に作れ。
「いさお~、マヨネーズが切れた~」知らん、自分で店員脅してもらって来い。
「いさお~、ウザいからあんた外に行きなさいよ~」それに関してはなんにも言えん……。あなたは神なのですか? 違うよね、メスゴリラだよね。……まあ、こんなことは面と向かって言えないから心の中だけで叫んでいるんだけど。
いったい俺がなにをしたと言うんだ? なぜ俺は夜遅くに買い物に行かなければならない?
だが、抵抗しても無駄ということはよく知っている。姉は俺が買いに行くまで殴ってくるので、素直にいうことを聞くのが一番賢い選択なのだ。その後、外に出る→不良と出会う→絡まれる→金を奪われる、または殴られる、の繰り返し。なんとも理不尽極まる話である。
だけど……もう慣れた。人間というのは不思議なもので、諦めてしまえばそんなに嫌なことではない。最近では不良の扱い方もプロ級(何をもってプロと言うのかは疑問だが)になってきている。どのへんがプロなのかというと、見た目だけで不良の強さレベルが五段階評価でわかるという無駄な能力に目覚めてしまうほどである。どうせなら、右手から火が出るとか、目からビームを発射できるとか、そんなのにしてほしかった。敵の強さがわかったところで逃げられないのだから、わかろうがわからまいが結果は同じなのだ。……本当に無駄な能力である。
なので、弱者の俺にはどうすることもできない、そういう運命なのだ。
強いて言えば、あのメスゴリラの弟として生まれたことが俺の人生最大のミスだったんだ。
――そうして、今日も伊丹勇雄はいつも通り不良に絡まれる人生を歩んでいくのであった。