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04,ピッグ・オン・ザ・ウイング

 201X年、日本の商店街は壊滅の危機に瀕していた! さび付いたシャッター街が勢力を広げ、かろうじて生き残っている個人商店をすべて飲み込もうとしていた!


 ここはとある地方のアーケード街である。往時華やかだった中心街も人通りは年々減少し、大手専門学校グループを誘致して生き残りを模索していた。

 昼休み、総菜屋の肉団子弁当を買った映像系専門学校生は

「はい、大当たり〜!」

 とお弁当といっしょにソースの染みた一枚のチケットを渡された。

「え? なにこれ?」

「有名なロックバンドなんじゃないのかい? おばさん聞いたことないけどねえ?」

 学生はチケットのバンド名を見て、『知らねえなー』と思った。

「これ、何百円か買い物するともらえるの?」

「ああ、いくらでもいいよ。なんならお友だちの分もあげようか? 商店街の振興にって会長さんが配っていったんだけどね?」

「ふうーーん。じゃあオレ、学校で友達に宣伝してあげますよ。弁当買いに来るように」

「おやありがたいねえ〜。弁当貸して。肉団子一つおまけしてあげる」

「あ、ラッキー。へへへ、いただきまーす。じゃ、本当に宣伝しますよ」

「よろしくねー!」

 と、肉団子一つとよく分からないロックバンドのライブチケットをおまけにもらった学生はさっそく最近始めたTwittterでつぶやいてみた。ちなみになんでそのバンドがロックバンドであると分かったかというと、バンド名で名乗っているからである。


  「  ザ・ロック・福神  」


 と。



 201X年。学生たちの生活も困窮していた。以前は遊興費に充てられていたバイト代は日々の生活費に充てられ、憂さ晴らしのカラオケ代にも事欠く苦学生が激増していた。


 そんな彼らによく分からない……おそらく地元商店街のおじさん連中が結成した素人バンドであろうが……そんなものでも数少ないエンターテイメントとして見に来る若者がけっこういた。

 しかし会場に集まった彼らは困惑した。会場として指定されていたのは護国神社の広い境内だった。どこかに夏祭りのようなステージがあるのかと捜したが見当たらない。夕刻の境内をいったいどこに見に行けばいいのかとうろうろしていると、表の道路に大型トラックの荷台に載って派手な宝船が現れた。

 宝船の胴にまるで砲筒のように仕込まれたスピーカーを通して、

 ドカドカドコドコドン!と雷のような太鼓が打ち鳴らされ、

 ギュワワワワアア〜〜〜ン!とツインギターが吠え、

 ドッドッドッドッドッドッ、と重低音のベースが地鳴りのように響き、

 パパパパパパアーーンウンニュアアアア〜〜ン、とシンセが甲高くねじれ上がり、

 ダダダダダン、ダダダダダン、とヘヴィーなリフの演奏が始まった。

 若者たちは思いがけず本格的な演奏に度肝を抜かれ、宝船の周りに殺到し、遠くからは「あっちだあ!」と駆けだした。

 すると宝船はトラックの荷台から浮き上がり、境内上空を飛びながらバカテクの演奏を繰り広げた。若者たちは拳を振り上げて喝采し、爆音のようなインストゥルメンタルをバックに縁に片足かけた超美麗な女性ボーカルが

「・・・・・・・・・」

 ……まあなんと言ってるのかまったく分からないしほとんど聞こえないが、とにかく若者たちは熱狂した。

 1時間ほどの演奏が終わり、宝船が空のかなたに消えていこうとすると、

「アンコール! アンコール!」

 と大合唱が起こり、船が戻ってくると「うおおーーーーっ!」と歓喜の怒号がわき起こった。

 2度のアンコールに応え、夜空に打ち上がった花火の向こうへ、今度こそ宝船は去っていった。

 いやあーー………、良かったなああーーーー………………、と、

 幸運にもそこにいた若者たちは熱狂さめやらぬ面もちで仲間同士感想を言い合い、さっそく携帯電話であちこちに自慢を始めた。



 次のライブはどこだ!?

 ネットにチケットの配布情報が現れると近隣はもとより、全国各地からロックファンが噂のバンドのチケットを求めてその商店街に殺到した。ロックなんかにはまるで無縁の商店主たちは訳の分からぬままお客にチケットを配布し、とにかく降って湧いた好景気に嬉しい悲鳴を上げた。

 空飛ぶヘヴィーメタルバンド=ザ・ロック・福神は全国各地でライブパフォーマンスを繰り広げ、一部頭の固い良識派の大人から騒音被害を訴えられたりはしたが、全国の若者たちを熱狂させ、往年のファンのロック親父たちをも取り込んで大フィーバーを巻き起こした。

 著名なロック評論家、「ヘヴィメタゴッド」こと伊藤◯則氏のライブ評である。

「『ザ・ロック・福神』の全身全霊を打ち込むライヴ・パフォーマンスに僕は衝撃を受け『これぞ本物のロックのライブだ!』と興奮のあまりネクタイを引きちぎってしまった。会場はマグマのごとき熱さに飲み込まれ、空を見上げる目撃者はロックの原始的なエネルギーに満ち溢れた演奏に口をあんぐりと開け、ただひたすらにすさまじき音のパンチを浴び続け、そして、ノックアウトされたのである。しかし観客は何度ノックアウトされても立ち上がり、もっとだ!もっとだ!とパンチに酔ったようにもっと激しいビートを、リフを、求め、そして彼らパフォーマーは見事にそれに答え、そして僕らは、完膚無きまでにノックアウトされたのである。地面に大の字で倒れ込んだ僕らをあざ笑うように彼らは優雅に空のかなたに去っていった。静かになった会場で、僕らは今目撃したことが現実であったのかしばし我が目を、耳を、疑った。事実は幻であったのかもしれない。しかし会場に詰めかけた何百という観客が、同じ幻にノックアウトされたのである。僕らは皆同じ熱を感じ、腕を振り上げ熱くシャウトしたのである。この素晴らしい幻を、何度でも味わいたいと思う。次のライブ会場にも僕は足を運ぶだろう。そして何百何千のパンチを浴びて、また夢心地でノックアウトされるだろう。

 ………女性ボーカルが弱いのがちょっともったいない」

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