02,ホワイト・ルーム
ノリの悪い観客席を見下ろし、お目目パッチリのアイドル顔の女神が突然不機嫌な顔になりバックバンドを振り返った。
「なによこの会場? わたしもうこんなドサ回りうんざりよ」
下ぶくれでふにゃっと目の笑ったベースをかかえた……恵比寿がなだめた。
「ごめんよ弁天ちゃん。あれ〜?おっかしいなあ〜? 今日は高天原ドーム球場で演奏の予定だったんだけどなあ〜? ここ、どこ?」
ふにゃっと笑った目が細く開いて小さな黒目がじろっと睨み、官房長秘書はうっとびびり、
「お、おまえなんとかしろ!」
と一人だけ拍手した若い秘書を前に押し出した。
首相の再チャレンジ政策の見本でなんとなく採用されてしまった元期間従業員の若者……秘書その5は戸惑いながら七福神らしき者たちに尋ねた。
「あのー、皆さんは七福神様たちでいっらしゃいましょうか?」
「そうだよー。僕たち七福神だよー」
「だそうですよ?」
と若者は秘書長官を振り返ったが、もっとちゃんと聞け!と前を向かされた。
「あのー、皆さん、その姿は?……」
女性2人男性5人の七福神は、形こそおめでたい宝船の絵で見るとおりの昔風の衣装を着ているが、材質がキラキラのメタメタの、実にヘヴィーメタリックな輝きを放ち、エレクトリックな楽器を携えている。
「かっこいいでしょ?」
「はい!」
元ロック少年の若者は両手を握りしめて返事をした。
「いやあ、ドコドコ言う太鼓のグルーヴが最高っすねえ!」
ドラムスに囲まれてどっかと座った黒い顔の……大黒天が「フッ」と渋く笑った。恵比寿は上機嫌でうんうんうなずいた。
「だよねえ〜? 僕もオヤジの叩き出すリズムって最高だと思うんだよねえ〜。僕もさー、ズンズンズン!って合わせてベース弾いてるとムラムラ燃えて来ちゃうんだよねえ〜」
「いやあー、それにツインギターがかっこいいっすねえー!!」
トゲトゲのよろいをまとった……毘沙門天がイケメンを当然だと言うようにつんとすまし、
頭の長い……福禄寿?がニコニコ赤ら顔で「ギュイイ〜〜ン」とエレキギターをかき鳴らすサービスをした。
「キーボードも壮大で世界が宇宙まで広がってっちゃいますねえー」
腹が思いっきりメタボな布袋が「パ、パ、パ、パ、プア〜〜ン」と「未知との遭遇」を演ってフレンドリーさをアピールした。
「女性ボーカルがまたー……………………………」
と、ここで無知で学のない若者は首をひねった。
「弁財天が……二人?」
アイドル顔の方が「へっ」と馬鹿にした笑いを浮かべてもう一人を横目で見て、馬鹿にされた方の目が切れ長のお姉さんタイプの美人が暗い怒りを押し隠して視線を逸らした。
変なところで学?のある若者はピーンときた。
これは、「フロントとしてどっちに華があるか?」で反目し合う「ゴーゴーズ」や「フリートウッドマック」に見られた「女の争い」型の内紛である!と。
しかしこのバンドの場合勝負は明らかなようで、アイドル顔の方がキャピキャピかわいいし、さっきの演奏ではメインの歌詞はほとんどこっちが歌ってたし、もう一人は「ううう〜〜」とか「あああ〜〜」とかうなっていただけだった。
アイドル顔が前に出て意地悪に訊いた。
「わたしがかわいい弁天ちゃん。それでは問題でえーす。あっちの、年上の、お姉さんはいったい誰でしょう?」
ニヤニヤ笑いながら「チッチッチッチッチッ」と秒を刻まれて若者は「え〜〜とえ〜〜と」と悪い頭を振り絞り、もう一人の美人の冷たい視線を受けて脂汗を流し、
「チッチッチッ。ハイ残念、タイムアッ…」
「ハイ!」と眼鏡を掛けたアシスタントの若い僧が手を上げ
「吉祥天様」
と答えた。クールビューティーの吉祥天はつんとしながらもちょっと嬉しそうに唇をゆるめ、若い僧は思わずポッとなった。アイドルの弁天はじろっと不機嫌そうに僧を睨み、
「せいかい〜〜〜」
と面白くなさそうに言った。
面白くない弁天だが……何か思いついてニヤリと笑った。
「へえ〜。キッチョー姉さんも、一部では、メジャーじゃないの? だったらさあー、やっぱあたし、このバンドにいらないよねえ〜?」
恵比寿が慌ててとりなした。
「弁天ちゃあ〜ん、駄目だよお、そんなこと言っちゃあ〜。僕たちのバンドには絶対に弁天ちゃんの力強いボーカルが必要なんだからあ〜ん」
すると吉祥天がボソッと、
「…じゃやっぱりあたしがいらないんだ」
と言い、
「吉祥さあ〜〜ん………」
と恵比寿はほとほと困ってしまった。そんな恵比寿やバンドメンバーをイライラしながら眺め、弁天は言った。
「マジでさあー、わたし、いいじゃん? ううう〜、とか、あああ〜、とか、盛りのついた猫みたいにうなってばっかの歌なんてさ、わたしが歌う意味ないじゃん? マジ、うんざりなんだよね。ぜんっぜん、面白くないわけ」
「弁天ちゃ〜ん。弁天ちゃんのボーカルがなかったらそれこそ全然面白くないよお〜」
弁天は「フンッ」とバンド内に刺々しい空気を振りまきつつ、宝船の縁から身を乗り出して秘書その5にニコニコしながら言った。
「あなた、わたしの新バンドのマネージャーになってよ?」
「ぼ、僕がマネージャーですかあ?」
若者は学生時代ちょびっと夢見ていたきらびやかな芸能ビジネスの世界に『今の仕事より向いてるだろうなあー…』と、冷ややかな秘書室の空気を思い出して思った。
「いや、でも僕なんか……」
と口先だけ否定しつつ反応を見ようかと姑息な態度を取ると、ドン!と背中を押され、秘書長官が怖〜い顔で睨んでいた。低い声で。
『なに嬉しそうに話し込んでるんだ、馬鹿! なんで七福神がこんなうるさいロックバンドなんてやってんだよ? て言うか、本物の神様なのかよ、この人たち?』
「こらこらこらあ〜。神様は、ジ・ゴ・ク・耳、なんだぞお〜?」
と弁天がニヤニヤして長官を慌てさせた。
「そうよね、あんたたちなんでロックバンドなんてやってんの? はっきり言って、変、よ?」
と、それを捨てぜりふに弁天は船から飛び降り、
「行くわよ、マネージャー。新メンバーでバックバンド組んで、全国ドームツアーに出発よ!」
と、堂の扉を開け放ち、夜明けの境内へ歩み出たのであった。
「さあ、レジェンドの始まりよ!」