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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

令嬢と無垢の護衛 ~元婚約者様、どうぞそこのお嬢様と愛でも育んでください。私は小さな魔法使いを育てるのに忙しくなるので~

作者: 冴木甲士
掲載日:2026/07/22

 「クラレット! 貴様との婚約を破棄する!」


 王宮の大広間にて公式大舞踏会が催されるなか、優美なムードに似つかわしくない大音声(だいおんじょう)がその場を凍り付かせる。

 広間にいた貴族達が何事かと静まるなか、

(ああ、ついに来たか)

 と思う者がただ一人、いた。


 クラレット・フォン・アルノーという名の公爵令嬢にして、今しがた婚約破棄を堂々と宣言してくれた第一王子アイボリー・ロングヴィルの婚約者である。

 そして、かつて日本という国に生きた前世を持つ転生者でもあった。



 この国はクラレットが前世で遊んだゲームの世界に、よく似ていた。

 現在アイボリーの隣へ控えている男爵令嬢ことマルーン・ダルタニャンが主人公であり、そこのアイボリーを筆頭にいろんな見目麗しい殿方を攻略していく乙女ゲーだった。

 そんでこの世界のマルーンは見事アイボリーを落とすことに成功したらしい。おめでとうございます、今の私は特に興味ないからどうぞ持ってってくださいませ。


 ところでマルーンさん、貴女家格的に参内権ないでしょ。何当たり前のように王子の隣に立ってるんですか。あと周りも何で彼女の横暴を止めないんですか、というツッコミが頭から離れない。ゲームでは細かいこととして気にも留めなかったけど仮にも貴族の一人としてこの場に立っている今は違和感が半端ない。この国が絶対王政なのは知ってるけど家格を無視して許可できるぐらい王子の権限が強いのですか、そうですか。


 まあ、婚約破棄自体はどうでもいいが、問題はその後だった。

 アイボリー……もうポンコツでいいか。そのポンコツは婚約破棄を宣言した後、破棄した理由を丁寧に説明してくれた。


 曰く、マルーンとかいう女を階段から突き落とした。

 曰く、マルーンとかいう女の夜会用のドレスを切り裂かれた。

 曰く、マルーンとかいう女を王子へ色目を使ったら顔に一生消えない傷を残すと脅した。


 マルーン……こいつももうアレだ、発想や感性が幼稚だからガキ呼びでいいや、とにかくそんなガキといつの間にやら仲良くなっていたポンコツ様はその言葉をすんなり信じて私をこの国内の貴族が集う大広間にて、その耳目を向けさせるかのように糾弾してくださいました。どうしましょう、これって想像よりずっとストレスフル。目の前のポンコツを裂いていいかしら。


 立場ある公爵令嬢が一介の男爵令嬢へそんなマネするわけねえだろアホか、と普通に考えればわかりそうなものだが今のポンコツ王子はガキ令嬢に入れ込みまくり、ガキの言葉が絶対の正義になってるらしい。恋は盲目ってこういう状態を指すんだろうか。ああはなりたくない。


 ゲームではそんな幼稚な悪行を本当にやっていたらしいクラレットだが、当然中身が私になった今のクラレットはそんなことをやるわけない。あまりにも恥知らず過ぎる。というかそんなことするほどポンコツ王子にもガキ令嬢にも興味がない。

 それでもゲームの通りに展開しなきゃ気が済まないのかとばかりに、今こうして主人公がどうしようもないガキに変わりながらもゲームに沿ったような台詞と流れで責められていた。


「このような悪逆非道な振る舞い……到底許せるものではない! よって、貴様をこの国から追放処分とする!」


 ポンコツの口上が終わったところで、


「……かしこまりました、殿下」


 私はこの国を離れる旨を返した。

 異様に聞き分けのいい返事が意外だったのかポンコツとガキが憮然と黙っている。

 周りのお歴々も突然の事態についていけないのか、やはりただ黙している。

 曲もやみ、沈黙が支配している広い空間に足音を鳴らし、私はこの場を立ち去った。


 これでついに、自由の身だ。



 こうなる未来を予想しておきながら、何も準備しなかったわけがない。

 私の生まれたアルノー公爵家は権威が何より大事な門閥貴族だ。

 今回のポンコツとの政略結婚の失敗の責任を全て私に押し付けた上で放逐(ほうちく)することなど、ゲームのときのクラレットの扱いを考慮しても十分に予想できていた。


 そんな私は家中を漁り、公爵家の弱みとなる材料を探し当てていた。

 例えば他の貴族達への賄賂(わいろ)

 国法で厳しく禁じられた密貿易。

 それらがご丁寧にも記された帳簿などを抑え、父と交渉した。

「もし今後何か事件が起こり私を追放することになったとしても、財産分与は行い、静養・隠遁にも十分に協力する」

 というものだ。


 それにより母の血縁にあたる隣国の有力貴族へ書簡を送り自身が静養・隠遁するための正当な「身元保証書」も事前に取り寄せることができた。

 この身元保証書の下では私は「大貴族の血縁だが、諸事情で身分を隠している高貴な人物」という扱いになる。

 これなら周囲の貴族も「あの方には触れてはならない大人の事情があるのだろう」と察して深入りする心配はない。


 私財は両替商を通じて国外の振替銀行の口座へと移送済みであり、手形一枚で引き出せるようになっている。このゲームの世界では銀行が存在すると思っておらずこの仕組みを最初知ったときはカルチャーショックみたいな気持ちになったなぁ。銀行って便利ね。


 かくして、あのポンコツ王子やガキ令嬢と関わらずに済む、新しい人生が始まった。



 ***



 町と町を繋ぐ道路から少し離れた林の中。

 そこで僕は、風を起こした。


 地面に落ちていた葉が、みずから生み出した風で大いに舞い上がる。

 上昇した葉の群れは間もなく渦をなし、葉と葉が強く擦れる音を立てて僕の周りを取り巻いていた。

 数分してから風を止め、同時に葉が大量に地面へ戻っていった。


 うーん……まだ理想と違う。

 ありとあらゆる奇跡を起こす魔法(・・)というのは、まだまだこんなものではないはずだった。



 前世の記憶というものを、物心がついたときに思い出した。

 思い出したといってもかけらのようにバラバラとしていて、親の顔や、友達や兄弟がいたかどうかなどはわからない。

 それでも自分が剣や、魔法や、モンスターのいるファンタジー世界へ憧れているという記憶だけは確かに蘇っていた。


 ここは、僕にとっての理想の世界だった。

 使ってみたくて仕方なかった魔法を学べるようになってからは、ひたすら魔法の勉強と特訓を積み重ねた。

 その時間がいつも短く感じられて、食事や睡眠の時間も削ろうとしたほどだった。さすがに空腹や疲労に勝てなくて断念したけど。



 今やってるのは木の葉で渦を巻く練習。

 葉っぱの渦巻きの中心から突如現れる演出とかできたらカッコいいかな、と思った。

 しかし、理想的な形状にはできず四苦八苦していた。やっぱまだまだかぁ。


 そんなことをしていると、とある光景を見掛けた。


 魔物が、馬車を襲っている。


 烏のように黒い毛で覆われた、細く筋肉の付いた犬型の魔物が群れをなして、一台の馬車を襲っている状況。

 あの魔物、この辺りで最近よく見るんだよね。ちょくちょく狩ってるんだけど尽きることないなぁ。


 とりあえず攻撃。

 馬車には当てないようにしつつ、魔物達のちょうど真下から風を起こす。

 方向は、真上。

 突然の強風で高く吹き上げられた魔物達を見てから風をストップすると、あっという間に魔物達は地面へ落下。

 次から次へと重い音や何かが折れた音を立てた後、魔物達の多くはピクリとも動かなくなった。詳しくは説明しないけど、うん、ちょっとグロい。


 あ、でもまだ生きてるの発見。

 そういうときは木の枝を折って魔物の喉元に突き刺す。

 死にかけの魔物を放置すると結構厄介だからね。



「うん、馬車も大丈夫そう」


 とりあえず襲われてた馬車の無事と魔物達が全部退治されたのを確認した僕は、また林の中へ戻っていく。今日は何の木の実を採ろうかな。


「いや、ちょっと待って!」


 とここで僕に待ったが掛かった。

 なぜか馬車の中から出てきた人が、なぜか僕に話しかけたのだった。


「どうしたの? もう魔物は退治したから安全だよ」

「あ、ああ、そうなんだけど……まずはありがとうね」

「あ、はい、どういたしまして。それじゃ」

「いや、だからちょっと!」


 うーん、さっきからどうしたんだろう。この人。

 僕を呼び止めたのは、とても綺麗な服を着ている女の人だった。



 ***



 私、クラレットはこの少年に目を見張った。


「え、えーと……まず、今の風は、君が魔法で起こしたの?」

「うん、そうだけど」


 手入れされていないであろう髪と服装に、私より頭二つ分は低い背丈。

 幼さが多分に出ているも、それなりに整った童顔。

 言葉遣いも考えると私より年下なのはほぼ間違いなかった。


「よかったら、君の名前と歳を教えてもらってもいい?」

「トープ。9歳」

「9、歳……?」


 本当に?

 なまじここで十数年と生きていたからわかるが、その年で魔物を上空に吹き飛ばすほどの風を起こせる魔法使いは早々お目に掛かれない。

 魔法を鍛え上げるというのが大の大人でも音を上げるほど過酷なものだからだ。

 私とてあんな威力の魔法は使えたものじゃない。


「それで、一体僕に何の用なの?」


 どういうわけかさっさと道中近くの林に帰ろうとしているトープという少年は、早く用事を済ませたそうにしていた。

 さっきの強烈な魔法をまざまざと見せつけられた私は、それならばと本題に切り込むことにした。


「ねえ、よかったら、私のところで魔法を学んだり、働いたりしてみない?」


 ずばり、目の前の原石(トープ)を雇うことだった。



 一応例のポンコツをはじめ他の貴族からちょっかいを掛けられる心配のない生活を手にしたものの、身の回りの心配事は結構多い。


 例えば静養先の隣国にて妙な動乱が起こったら。

 隣国が何らかの戦争の当事国になったら。

 そうでなくても魔物や自然にまつわる大災害が起きたら。


 そういうときに自分の身を守れる戦力は、どうしても確保しておきたい。

 せっかく窮屈かつストレスまみれのクソ宮廷生活から抜け出せたというのに、抜けた先で不幸に終わったら死んでも死にきれない。


 とは言え、強い魔法使いなんてものは貴族といえどもめったに雇えるものでもない。

 強い魔法使いというものが、貴族よりも希少な存在だからだ。

 当然今から自身が強い魔法使いになるというのも、現実的ではない。


 だから、今誰の(つば)も付いていなさそうなトープを勧誘する。

 この子なら将来有望な護衛として活躍してくれることだろうから。



 さて、トープ君の答えは。


「魔法を……学ぶ?」


 案の定、魔法の件で食いついてきた。

 魔法の能力は才能の要素もあるが、基本的には努力の結晶だ。

 あれだけの魔法を扱えるほどの努力をしたということは何か必要に駆られてか、もしくは好きでやってることだろうと直感した。

 そこで後者に賭けてみたが、まずは正解だったらしい。


「うん。私の下でなら、魔法の鍛錬ができる環境を用意できるし、学習できる魔法の数もずっと増えると思うよ」


 嘘じゃない。

 実家からがめてきた財産があれば一人の魔法使いを鍛える環境を整えることなど造作もない話だ。


「そうなんだ……でも、働くっていうのはどういうこと?」

「君……トープ君が大人になるまでは、一人前の魔法使いになるまでこっちが面倒を見る。でもその代わり、私のことを守ってほしい」


 本来なら、子供にさせることじゃない。

 しかし、この子供は今現実に窮地の私の前で魔物を倒してみせた。

 あの犬の魔物……ワールウルフはここらの地方で出る魔物の中でも相当に強い類だった。

 本来この辺りに出る魔物でもないだけに準備が不足していた。

 恥ずかしい話、あのままだったら成す術なくやられていただろう。


 ならばもう、たとえ子供であっても頼りにするしかない。

 子供でも何でも利用して、何としてもこの魔法と魔物と古い身分制度の存在する厳しい世界を生き抜いてみせる。

 それこそまさしくゲームで評された通りの、いやそれ以上の「悪役令嬢」と呼ばれようが構わない。


「あなたを……? 名前は何て言うの?」


 あ、自己紹介をすっかり忘れてた。


「私は……クレイ。クレイ・モンテーニュよ」


 私は静養先の貴族の家名を借りた偽名を、名乗った。

 少なくとも今後はめったなことではクラレットの名を使う予定はない。


「クレイ……さん? を僕が守ればいいの?」

「そうよ」


「でも僕、大丈夫かな。檻の中から逃げてきたところなんだけど」

「え?」


 え、この子、もしかして犯罪者?

 ひょっとして、さっきみたく強烈な魔法で町を破壊したりしてないよね?



 詳しく話を聞いたところ、お金を払えば解決できる事件だった。


 トープ君の説明によれば事の発端は町中を往来していた貴族の身に着けていた装飾品だった。

 その装飾品についてトープ君曰く「数年後かに周りの人々を急死させる」呪いの魔法が掛かったものらしく、よかれと思って破壊したとのこと。

 そうしたらそんな効果を露も知らない(当然ながら)貴族は激怒。弁償を求めるも素寒貧(すかんぴん)のトープ君は債務者監獄という施設に収容されました、と。


 ちなみにトープ君がその呪いの装飾品を発見できたのも独学で身に着けた魔法が理由らしい。この子学習意欲高すぎない?



 事情を聞いた私はその足で元いた町へトープ君を連れて引き返し、トープ君の債務を肩代わりで弁済する手続きを進めた。

 その全額については思いのほか大したことなかったので、一括で弁済してやった。前世が一般庶民だっただけにこうして大金を叩き付けるように決済するのが気持ちいい。


「あ、あの、ありがとう、クレイさん」


 さっきは9歳とも思えない飄々(ひょうひょう)としたトープ君が、今は恐縮するような態度でお礼を言ってきた。

 自分にとっては途方もない額のお金を気ままに扱える私を畏怖しているのだろうか。


「ううん、いいよ。その分、働いて返してね」

「う、うん。頑張る」


 やけに素直になったトープ君にどこか可愛らしさを感じた。

 まずは、常識とマナーから学ばせた方がいいのかな。


感想や評価ポイントをいただけると幸いです。

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