第18話 異国の姫君たちとの対面
「ここが、彼女たちの住んでいる宮なのですね。あの、いささか広大過ぎませんか?」
宰相様――フィリップ様に案内されて見えた建物は、離れと言うにはあまりにも大きな建物だった。
イヴァン様が住んでいる本城にはさすがに劣るけど、少なくともリュミエール王城よりも大きい。
何と言うか建物の絢爛さだけで言ったら本城に勝っているんじゃないか?
真白な漆喰の壁に、建物を支える金色に輝く柱。どれも上等な資材を使っているみたい。
所々にある朱色の意匠が目の前にある王権の象徴のような建物の華やかさを引き立たせる。
「それは、陛下のお父君がその……かなりの女好きで。お手付きにした女性も少なくなく、その人たちを受け入れるために広くなったのです」
気まずそうに重そうな扉を開けようとしながら、フィリップ様は続ける。
建物を一瞥してから彼の顔はどんどん曇っていくばかり。それほどまでに彼の心を蝕んでいるというのか。
直接聞くほど無粋ではないが、その心中は彼の表面ほど穏やかなものではないに違いない。
「なるほど。もしかして、異国の姫君たちが送り込まれたのって……」
「想像の通りです。陛下は『彼のせいで人間不信をこじらせているからやめてくれ』と言っているのに、相手方は聞きやしない」
彼のいら立ちを隠さない発言でやっと、彼らに抱いていた違和感がほどける。
『冷血皇帝』であるというよりも、そうならざるを得なかったのね。かつて私が『社畜令嬢』と言う皮を被っていたように。
でも、良かった。
彼はそれを理解してくれる人が近くにいるのだから。
仮面をはぎたくなっても、ありのままを受け入れる。それだけでもきっと彼は進んでいけるだろう。
「まぁ、それはそれは。……宰相様、少しお待ちになってください」
さっきから感じる私への悪意。蛇のような全身に絡みつくそれは酷く不快だ。
分かっていて放っておいた私も悪いけど、さすがに攻撃性のある魔法を使おうとするのはよくないわよね?
今もちょこまかと動くそれに、思わず舌打ちをする。
「誰か曲者でもいるのですか? こうなるのであったら兵士を……」
「静かにしてほしい」と言う意図をこめ、フィリップ様の口に指を立てる。
まだ、彼には今私のやろうとしていることに手を出されるのは困る。
私の幼稚な思惑に気づいたのか、彼は私の3歩ほど後ろに下がっていく。
これでいい。こうすれば、1人目の姫君ともお話もしやすくなるだろう。
「そこで、こそこそ人の話を聞いているお方。……見え透いた気配で尾行するぐらいなら、堂々と私の前にでていらっしゃい。私から見て、右側の4本目の柱の後ろにいらっしゃる方は卑しいどろぼうか何かで?」
そう煽るように言うと、尾行してきた者は予想通り体を跳ねさせる。
当てられるとは思わなかったのだろう。体がフルフルと震えている。
今は待つのみだ。
わざわざ私が歩み寄らなくても彼女は絶対にやってくる。
「私は泥棒なんて汚らわしい身分ではないわ。あなた、初対面で失礼ね。この私……」
「アリーチャ・デルフィーナ・フィチーノ様ですよね。戒律が多いサンティタ皇国の姫であるあなたが、そんな犬みたいな喋り方してもいいのですか?」
自分の名乗りを取られた彼女は、私を明確に敵視した。
彼女なりに凄んでいるつもりなのだろう。
でも、私にはただのチワワにしか見えない。
甘そうなキャラメル色の髪、オレンジのようにフレッシュな橙の瞳を持つ少女はとても幼く見えた。
そんな彼女がいくら私に凄もうとしても、王妃に比べたら全然恐ろしくない。
ちょっと、彼女を煽る余裕があるぐらいには恐ろしさの欠片もなかった。
「な、な、あんたなんか、だらしのないリュミエールの阿婆擦れの癖に!!」
何かがプツンと千切れる音がした。
今でこそ、リュミエール王国に関して思い入れなどないに等しいが、それでも故郷としての誇りはある。
それをよくも知らない他人に侮辱されるなど、許せない。
自分が言ったことの意味を理解させないと。
「あら、人に言っていいことと悪いことを習わなかったのですか? だから、そこまでわがままで幼子みたいなのですね」
「私は子供じゃない、立派なレディなの!!」
言い返すと、そうされるとは思わなかった少女が堰を切ったように泣き出してしまった。
まるで、自分が悲劇のヒロインとでも言わんばかりに、大げさな仕草だ。
流石に初対面の――しかも、他国から来た令嬢に対して言う言葉ではない。
下手したら名誉棄損ものだとも考え付かないのか。
少し考えればわかることすら考え付かない彼女はまだ泣いている。
しかし、それを慰める者は一人もいない。
フィリップ様は私の要望通り一歩も動かなかった。
多分相当関わりたくないと思っているな、あれ。
その証拠に彼女が縋っても、ひたすら無視を貫いている。
「あなたの行動が、フリーギドゥム帝国内でのサンティエタ皇国の評判になるのよ。立場をわきまえなさい」
貴族として、権力を持つ者として当然の責務だ。
権力を持つということはそれ相応の責任も背負うということ。
サンティエタ皇国みたいな厳格な法構造している国なら、余計に叩き込まれるはずなんだけどなぁ。
蝶よ花よと育てられるのも、良いことではないということか。
「他の方々と仲良くしたいと思うのです。だから……」
会わせていただけますよね?
なるべく優しく微笑むことを意識しながら、座り込む彼女にお願いをする。
「え、な、なんであなたの言う事なんかに従わねばならないの?!」
まだ、ここまで言い返す度胸があるとは驚いた。
足をがくがくさせ、私に向ける視線は恐怖で揺れているというのに。
彼女の皇族としての誇りがなせる業か、それとも私から他の者たちをかばおうとしているのか。
ここまで見ている限り単純な性格をしている彼女だ。純粋に私のことが苦手なのだろう。
「それなら、結構です。もう彼女たちの居場所なら分かりましたから、行かせていただきますね。……ごきげんよう」
私が彼女と言い争いを始めた時から、彼女のいる方向の直線上に複数の気配があった。
どれも悪意に満ちていて、攻撃の意思を感じられた。
『待って』と彼女は縋るようだが、今更だ。なぜ、聞く必要がある。私は彼女の召使じゃない。
「皆様、人の喧嘩話を聞くのは楽しかったですか?」
扉を開けながら、部屋にいる令嬢たちを見る。
ふんぞり返った態度をする者、怯えて隠れる者、冷静に私を見極めようとする者。
「初めまして、私ルイーズ・エキャルラットと申しますわ。どうぞよろしくお願いいたします」




