第16話 『鮮紅令嬢』が広まった原因は下着泥棒?
え、なにそれ知らない。全くの初耳なんだけど?!
あくまでも国王に近しい内向貴族《王都暮らし》が、戦闘を好む私を『鮮紅令嬢』と揶揄しているものだと思っていた。
だから、私自身は『鮮紅令嬢』と呼ばれても動揺することない。
自分がそう呼ばれていると認識するぐらいには、私の日常に溶け込んでいたのだ。
「まさかリュミエール王国の、ましてや本人が知らないとは……」
宰相様の訝し気な言葉に反論する気力も起きない。
同意するしかない、彼が放った言葉に。
さっき、彼は『リュミエール王国の近方の国すべて』と言っていた。
この国の兵士と彼の様子を見る限り、情報の正確性はまだ低い。――ただ、その収集にかなり力を使っているのがよく分かる。
「それって、いつから知られるようになったのですか?」
「時期ですか。そうですね、大体5年ほど前だったような気がしますよ。」
5年前か。ちょうどヴィクトルと婚約したあたりだ。
確か、その時初めて王城に参上したのよね。
右も左も分からないから、緊張でガチガチに固まっていたのが懐かしい。
あの頃は、まだ王家に対する尊敬もあったんだけどな……。
もしや、王家の誰かが原因か?
「ちなみに、最初の評判はどのようなものだったのですか?」
「『こっそり侵入しようとしたら、綺麗な女の子が鬼の形相で追いかけてきた』ととある小国の諜報員が言っていたものでしたよ」
その諜報員と接したときのことを思いだしてか、眉間にしわを寄せる宰相様。
そんなに強烈な人だったの? そんな顔をしわくちゃにするぐらい、思い出したくないのか。
ルカさんもなんとも言えない表情で「あいつか、もう二度と顔も見たくない」とか言っている。
ルカさん、あなたは一体何を見たんだ。
顔が青白くなるを通り越して、生気のない色になっているけど大丈夫か?
「あれか、マルダーフントとか言う胡散臭いやつか。確かおかっぱ糸目で気色の悪いことばっかり言うあの……」
イヴァン様もかなりストレートに非難したぞ。しかも、みんなスルーしているし。
彼も彼で不快さから舌打ちしている。
一体、何をすればここまで拒絶されるんだ。
糸目でおかっぱ頭の恐らく男でしょ? なかなかいない特徴だからあっていたら思いだせるはずなんだけど。
いや待ってよ。まさか……
「あ、もしかしてその人って、狐の『変化魔法』とか使うの得意ですか?」
私がそう尋ねると、やはり3人とも動きが止まった。――そして、ブリキ人形のように振り返る。
渋い顔つきでゆっくりと頷くルカさんを見て確信した。
「よく知っていたな。悪い意味で結構有名な奴だからか」
「ハハッ、そうですね」
感心するイヴァン様に、私は曖昧に微笑むことしかできない。
口から出る声はどこか乾いているように感じる。
思いだしたくもない、あの忌々しい13の記憶を。
マルダーフントって、領地の屋敷から下着を盗もうとした下着泥棒じゃないか!!
それでいて、男女を問わず襲うし逃げ足も速い面倒な奴だ。
陛下が気色悪いって言ったり、ルカさんが顔を青くするのも理解した。
二人とも結構男らしい厚みのある肉体を持っている。
そして、奴はそのような奴を恋愛対象にし欲情して襲い掛かる変態だ!
なにせ、私は見てしまった。ジョセフを待ち伏せしてあっちの意味で襲おうとしていたところを。
そこに殺意は全くなく、あったのはあまりよろしくない系統の欲情。
あの男がジョセフに覆いかぶさっているのを見た時、思わず吹っ飛ばした私は悪くない。
――あれ、そういえば、逃げ出したかの変態を捕縛するために追いかけたような。
「つまり、あの変態がきっかけで私はゴリラと思われていたのですか」
改めて口に出してみても、腹の底から沸々と怒りがわいてくる。
あくまで私は外敵から自分の家と弟の貞操を守っただけだ。
それなのにどうして、変な評判を広められねばならない。変態自身の自業自得だというのに。
王国内だけならまだしも、他の国々にもって随分と調子のいいこと。
「ルイーズ嬢の尊厳のために、リュミエール国王は隠していたんじゃないですか?」
「いいえ、それだけは絶対にありえないわ」
いきなり震えだした私を宰相様が慰めようとするが、否定させてもらう。
もし、国王が私の尊厳を守ろうとしていたのであれば、私はきっと『社畜令嬢』にはなっていなかった。
あの男が欲していたのは、自分を守る盾となるもの。
「彼にとって私は他の国が戦争を起こせないようにするいい口実だったのでしょう。もう、それを使うことはできませんけどね」
それが推測であればどれだけよかったと何度も想像した。
でも、はっきりと聞いてしまった。
『あの娘は実に金のなる木だ。万が一、ヴィクトルと破棄するようなことがあっても、決して逃がすでないぞ。あれを失うのは私たちにとって痛手だからな』
下品な笑い声が今も耳にこびりつく。思い出しただけで苛立つわ、本当に。
もう忘れよう、あの人たちで思考を埋める理由などないのだから。
「エキャルラットで思いだしたのですが、確かあなたヴィクトル第二王子と婚約していたはずでは?」
宰相様はあのパーティーに来ていなかったから知らないのか。
『鮮紅令嬢』のことを知っていたから分かると思っていた。
「婚約破棄されましたよ。栄誉ある卒業パーティーの真っただ中で、多くの人がいる場所で堂々と」




