第3話 背番号の向こう側
平日の夕方。
SATOスタジアム浜松
(地元の大手自動車メーカーSATOの名を冠したチームのホームスタジアム。収容可能人数5500人)
観客席は、やはり寂しかった。
公式戦。
それでも、スタンドにいるのは百人にも満たない。
拍手の音が、やけに大きく響く。
「これが……今の現実か」
相馬恒一は、腕を組んでピッチを見つめていた。
リーグ中位同士の一戦。
内容は悪くない。だが、何かが足りない。
前半二十三分。
決定機を外した若いフォワードが、悔しそうに俯く。
「今の、決めなきゃいけない場面ですよね」
隣に立つ田島が、淡々と言った。
「でも、責め切れない。
彼は、今季初スタメンですから」
相馬は答えなかった。
ピッチの選手一人ひとりの動きを、目に焼き付ける。
――勝つために足りないのは、技術だけじゃない。
自信だ。
後半終了間際、カウンターから失点。
0―1。
重たい空気のまま、試合は終わった。
ロッカールーム前。
うつむく選手たちを前に、鷹宮監督が短く言う。
「今日は、以上だ」
相馬は、一歩前に出た。
「待ってください」
選手たちの視線が集まる。
「俺は今日、初めて君たちの試合を最初から最後まで見た」
ざわつきが止まる。
「正直に言う。
このチームは、弱くない」
数人の選手が顔を上げた。
「でも、勝つ顔をしていない」
沈黙。
「背番号は、過去の実績じゃない。
これから何を背負うかだ。
ポジションも、年齢も、関係ない。
一番勝ちたい奴が、ピッチに立つ」
若いフォワードが、拳を握りしめる。
「次の試合から、評価基準を変える」
相馬は鷹宮を見た。
「監督、週明けに全選手面談をさせてください」
鷹宮は少し考え、頷いた。
「……いいでしょう。
責任は、あなたが取るんですね」
「もちろんです」
その夜。
クラブハウスの明かりは、最後まで消えなかった。
契約書、データ、過去の試合映像。
相馬は一人一人、ノートに書き続ける。
「このチームには、物語が必要だ」
勝利の理由。
応援したくなる理由。
翌朝、鷹宮と村瀬が面談室に入ってくる。
「全部の選手と話すつもりですか」
「はい。
サッカーの話だけじゃない」
村瀬が静かに言った。
「それ、選手にとっては怖いですよ」
相馬は、少し笑った。
「だから、意味がある」
窓の外、スタジアムの上空に、風が吹き始めていた。
まだ小さい。
だが確かに、凧を揚げるには十分な風だった。
――背番号の向こう側に、未来がある。




