表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

8かき氷、はじめました

 喫茶店で手回しのかき氷機を見かけたことはありますか。業務用の手回しかき氷機はその後電気で動くかき氷機へ変わります。昔飲食店を営んでいた実家には業務用かき氷機があり、夏休みとなれは自分でかき氷を作って食べ放題でした。いまみたいに猛暑でもなく、扇風機で十分涼しかったように思えます。氷式冷蔵庫はすでになく商売用の冷凍冷蔵庫とかき氷用の氷を入れる専用の冷凍庫があったのを記憶しています。イチゴやメロン、抹茶、みぞれの他に練乳小豆がありました。

 今日も客たちを元気に送りだし、実に平和な宿屋業務に勤しんでいる。ダンジョン制覇やモンスター狩りのパーティーにはお弁当を作って持たせた。頼まれたわけではないけど、無事に成功してほしいからね。

 この世界の主食はパンだが、製粉技術の関係で真っ白でサラサラの小麦粉ではないため色味が少し焦げ茶色で、ほっとくとパサついて水分無しでは食べにくいものだ。ジャムはお手製のキイチゴやベリーのジャム。

 田舎で生活をしていたことがいろいろ役に立つ。田舎生活あるあるで、その旬の野菜のおすそ分けを頂くことがよくあった。大根、白菜、トマト、キュウリ、ピーマン、キャベツ、イモ類。春のタケノコには本当に嬉しいけど困惑するのよ。夜8時過ぎにピンポーンって呼び鈴が鳴って、玄関出てみればご近所さんがタケノコを5本くらい持っており、このように言う。

「タケノコ掘りのおすそ分け。食べてね」

 喜んでいただきますって言って受け取ったけど、実はこれからが大変なのだ。なぜならタケノコはその日のうちにすぐ下ごしらえをしなければならないから。

 米のとぎ汁や米ぬかを使って灰汁を取りながら柔らかくなるまでゆでなければならず、だから就寝時間がいくらでも遅くなる。おまけにタケノコの皮も結構なゴミになる。

 そんなことももう思い出だ。

 ジャムつくりや干し芋、切り干し大根なども自分で作ってきた。塩や酢漬け、砂糖漬けなどのほかに干したり燻製したりで食品の保存に工夫をしてきた先人の知恵に感服する。


 天気がいいので朝から客の使ったシーツ類を洗濯する。三種の神器に慣れ切っている私はダイエットのつもりで洗濯業務や掃除をしている。電気がないのだから仕方がないけど冬の洗濯は拷問に近いだろうと予想している。パリンに早く魔法を極めてもらって洗濯機と衣類乾燥機つくってもらいたい。やはり魔法があれば何でもできると思ってしまう。

 シーツの端を木に縛り付け、片方を力任せにギューッと絞る。全部の客分絞ればもう私はフラフラだ。見かねてパリンが干すのを手伝ってくれる。いい子ね、パリン。


 庭に整然と並べられたもの干し。シーツを一斉に干せば壮観な眺めだ。うん、仕事をした達成感がある。って何かの洗濯洗剤のコマーシャルでこんな映像があったわ。


 この間にパリンは館内の掃除をしていた。魔法を使わずに自分の手でね。自分でやった方がゴミや埃の把握をすることができるからほうきとちりとり、雑巾を使いなさいといったらちゃんとそれを守っている。ほんとにいい子だ。


 

 私とパリンが家事をやっている間、今日もアルフォードとマリスは連れ立って森にモンスター狩りへ行っている。弱小モンスターであっても人々往来を邪魔し、危害を与えるので自分たちがその役をかって出ているのだ。当然、弱小ということで報酬は少ない。だから強者たちは相手にしないし引き受けない。でも往来の安全を守っているのはこのふたり。稼ぎが少ないから旅館の従業員としても働いているわけだ。

 時折強者パーティーがふたりを見下すような目つきをすることがあって、しばいてやりたかったけど我慢した。精々酒の量をひと目盛減らしたくらいだ。大丈夫、彼らは酔っぱらっていたから気付かなかった。あくどいなんて思わないでね。悪いのは向こう!


 

 私が転生してから少しずつ気温が上がっている。気温や気圧、湿度を測るものはないが、人間の体はそれを感じ取り、屋根の風見鶏は風向きを教えてくれる。木々を観察していると針葉樹や広葉樹が混在しているのがわかる。それは元居た世界の里山と似た感じだ。植生はその土地の自然条件を表すことが多い。元居た世界と条件が似ているならきっとここも冬がきて雪も降るだろう。四季があると考えてよかった。

 

 そうこうしていると氷売りがやってきた。冬季に氷を山の(むろ)に保管して、春になると切り出して販売するのだ。特に食材が腐りやすい夏は需要が多い。三種の神器の電気冷蔵庫はないが、その代わりに氷式冷蔵庫が普及しており、氷売りから氷を買って冷蔵庫の冷却触媒としている。3種の神器が揃う前は昭和の庶民の中で使われていたらしい。それが今ここにあるということはアイデアを転生者がもたらしたのだろうか。まだ電気が通っていないから文明文化の進度は知れている。だから似つかわしくない文化や道具があれば転生者の影響なのだろう。人類がある時期、急速に文明を発達させたのも宇宙人だと私は思っているからね。オカルト雑誌の読みすぎといわれても否定しない。


 立方体の大きな氷を冷蔵庫の上段へ置くとたちまち庫内がひんやりする。これ、かき氷にできたら最高だろうと思い、掃除を済ませたパリンに声をかけた。

「あのね、氷を固定して手でぐるぐる回したら削られた氷が出てくる道具、作ることができる?」

 とできるだけ具体的な絵をかいて見せた。喫茶店にあった電気式じゃなくて片側に丸いハンドルがあってそこを回すと氷も回り、削られるあのかき氷機だよ。昭和40年代の喫茶店にはまだ現役でそういう手回しかき氷機があった。その後に家庭用として上部にハンドルがあってぐるぐる回してかき氷を作るアレが登場したのだ。


 

 パリンはじっと私の描いた絵を見て考え込んだ。悩んでいるかと思ったがその目は一点を見つめていたので迷いはなかったようだ。そして大きく深呼吸をするとこのように唱えた。


「魔力の源より奔流する波動を導き、幻想の氷晶を結晶化させる。氷の精霊よ、我が手元に集い、氷の刃を研ぎ澄まし、氷の螺旋を紡ぎ出せ。かき氷機の魔法陣よ、今こそ解き放たれん!アイスフロウズブレード、発動!」

 

 あらいやだ、ほれぼれするような詠唱言えるじゃないの。と聞きほれているうちに目の前にあるものが姿を現した。


 それはもう立派なかき氷機だ。氷をキャッチして固定するとげとげや氷をスライスする刃もしっかり機能している。今回は私の手直しは必要ないみたい。

「合格よ、パリン。私の望み通りになったわ。手直しないなんて初めてじゃないの」

 私としたことがいわなくてもいいことを言ってしまう。そんなことをいったら今まで失敗ばかりだというのと同じだ。しまった!と思ったがパリンはすぐにこう答えた。

「魔法が完璧にできて僕も嬉しいです。これはきっとサユリの絵がとても具体的でイメージしやすかったからだと思います。でもかき氷機って何をするものですか?何かの武器ですか」

 かき氷機を武器かといったパリン。いや、見たこともない人には得体のしれぬものなのだ。じゃあ、ってことで私はパリンを残して先ほどの氷売りを追いかける。氷売りはこの時期、毎日あちこちへ氷を売りに来ているので大忙しだ。氷売りを見つけるともう1個氷を買う。そう、これは食べるため。


 ひーこらと重たい氷をおばさんパワーで運ぶ。もう汗たらたら。太めの体はとにかく暑いのが嫌い。早くご褒美ご褒美……と。

 

 パリンにかき氷機を食堂へ運ばせると、私は早速氷をセットした。ああ、子ども心に沁みついたあのわくわく感が蘇ってくる。


 ガリガリガリガリ……。手回しハンドルを回すと氷が台の上を回って踊っているように見える。さっきまで重たい氷を運んだ腕の疲れなぞ何のその。おばさんパワーは無限だ。

 小鉢に山盛り盛られていくサクサク氷。なんて美しいのだろう。でもその前にこの冷感最高!パリンも目を丸くして見つめている。きっと予想できない何かなんだね。

 出来上がったかき氷にベリーのソースをかけ、小さな木のスプーンをつけてパリンに渡した。

「食べてごらん。これがかき氷。魔法のイメージを作るには五感が大事だよ」


 パリンはそれが食べ物だと知って驚いたようだったが、ひと口食べ、やがて次々に口へ運んでいった。この様子だと気に入ってくれたようだ。でも美味しいならもっとリアクションしなさいよね。

 

 しばらくするとアルフォードとマリスがモンスター狩りから帰ってきたので彼等にも食べてもらった。そりゃ労働の後のかき氷は旨いもんよ。何だこのご馳走は、とお代わりをしたわ。最後に私も食べてみたら、ふと亡くなった母親のことを思い出して涙が出てしまった。私はこうして異世界へ転生して第二の人生を送っているが、亡くなった母はどうしているだろう。威張り散らす父親の陰に隠れて言いたいこともろくに言えなかった母。三途の川をとっくにわたってあの世でゆっくりしていると思いたい。そんな私を見てパリンは何事だろうと心配をしてくれた。その気持ち嬉しく思うよ、ありがとう。

 

「これは夏のメニューに加えよう。ところでこんな道具を誰が考えたんだ?」

 2杯目のかき氷を食べたアルフォードは、溶けた氷とシロップが混ざった最後のひと口まできれいに飲み干すと汗が引いた体をいたわった。弱小モンスター相手とはいえ、討伐は肉体労働なのだ。

「サユリが完成図を書いてくれてそれをみて作ったんです。形だけでなく機能や動作などわかりやすく書いてくれたから僕もイメージしやすかった。言葉を覚えるのは難しくありませんが、その道具の機能や動作など考えるのは苦手なんです。でも、こうして喜んでもらえて良かった」

 パリンは自分の作ったものが役立っており、嬉しいようだった。あまり褒められたことがないのだろうな、きっと。そう思うとますますパリンをかわいく思えてしまう。

「私をほめるなんておばさんキラーだね、あんたは。もうかわいくてたまらないよ」

 もはや自制が効かないオスの如く、私はとっさにパリンを抱き締めてしまった。こんなときにオスメスなんて関係ない。ああ、なんて私は罪な女なんだ。

 マリスは茶化すかのように口笛を吹くとこういった。

「じゃあ、かき氷は夏のメニューに決定。冷蔵庫を増やさないいといけないな。俺たちで冷蔵庫をつくっておくから、氷の手配頼んだぜ」

 頼もしい男たちだ。電気式じゃないので手作り可能なのだ。


 私はかき氷機とそのメニューを独占しようと思わなかった。どうせなら町の飲食店でもやったらいい。ということで店主たちにも伝授し、パリンの作ったかき氷機を参考にしてそれぞれのかき氷機が作られることとなった。今年氷売りはウハウハだろうね。


 予想通り、各店でかき氷はヒットした。それぞれの店で工夫したシロップもといソースを使っている。そうなのよ、この姿が一番シンプル。かき氷といえばこれ。果物や何やらかんやらトッピングして映えを目指すアレとは違うのだ。

 

 宿屋の女将として定着しつつある私。でも元々私はアクティブなほうだ。別に宿屋業務がアクティブじゃないわけない。もっと何かやることがある気がしてならないのだ。誰しも潜在的に変身願望をもっているからヒーローものや魔法使いものが流行した。ごっこ遊びはその代表格だ。ままごとはお母さんになりきってやるもの。お母さんのやることを真似てお人形やお友達を相手にして遊ぶのだ。そんな昭和世代を過ごした私は、この姿であっても何か物足りなさを覚えている。きっと外へ出たいんだろうなあ……。いろんな意味の外……。

 

 私はチート能力や武器など持っていない。花粉症神の恩恵はくしゃみとともに消え去り、若返りに失敗をしたおばさんだ。このまま宿屋のおばさんで生きることになるのかなあ。まあそれはそれでよし。でも私にはまだ目的がはっきりしない。生きると言っても無意味に生きるのだけは嫌だ。しぶとく生き抜くにしても何か目的があってこそのことなのだ。物足りなさを覚えるのはそんなところからきているのかもしれない。


 他の転生者のようにチート武器や能力をもっていたならきっと冒険者になって悪者をバッタバッタとなぎ倒し、名をはせていただろう。そういった冒険者の目的が討伐をして世界を救うというものならわかりやすいが、さて私の転生の意味は何だ?しぶとく生きることでおばさんパワーをみせつけるの?なんかそれだけじゃない気がするんだけどなあ……。そう思うのは私の変身願望が残っているからかな。


 

 今日もひーこら言いながら氷を運び込む。ウエストはまだ変わらない。えいっ!私の腰のくびれ、戻ってこーい!

 短期目標はダイエットですが、何か?

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ