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22キャパオーバーにつき目下悩み中

冬の洗濯はきついのです。洗濯機と衣類乾燥機、ありがたやありがたや。

ケントの無鉄砲はそもそもはじめからじゃなかった……?

 居酒屋が開業したことで宿屋と居酒屋の業務分担ができた。あれから短時間従業員いわゆるパートも雇い入れ、私たちの労働環境はさらに良くなった。何よりアルフォードとマリスの冒険者活動の時間を多くとれるようになった。ケント?ああ、ケントはね、居酒屋で女性客相手にホール係をしてもらっている。対人関係のスキルを身につけて言動や行動を見直してもらいたい。それにケントがいると売り上げが上がるのよ。もちろん、宿屋パーティーとして討伐に参加するけど、目下魔剣を封印中なので普通の剣で戦わねばならない。分かったことだけど、ケントは魔剣がなくても十分戦うことができる。ただ、無鉄砲で何も考えずに突っ込んでいくことをなぜか今まで正されなかった。なんでこの無鉄砲な男をパーティーに入れたのか理解に苦しむけど、ナギサというケントのパーティーのリーダーと恋仲らしいので、きっと尻ぬぐいをしてきたのだろうね。だからいよいよそれもできなくなって条件付き追放となったわけだ。(ちまた)の噂ではケントの無鉄砲は初めからじゃなかったとのこと.魔剣に振り回されて性格が変わったのではないかともいわれている。そんなチート武器に無縁の私たちはそんなこと知ったこっちゃないけどね。

 そう、ケントはいつか自分のパーティーへ帰らねばならない立場だ。お目付け役だか取り巻きだかのリンリンとランランもいるが、リンリンはマリスと恋仲になっているので多分このまま帰らないだろう。ランランも居酒屋業務が楽しいし、それなりの報酬を得られるのでこっちのほうがいいみたい。だってケントの取り巻きをしていてもお金を貰えたわけじゃなかったらしいから。つまり彼女たちはケントの後を勝手に追いかけてきたのだ。

 人間って現金なもんだわ。これは元居た世界、異世界変わらない。


「ふむむむむ……」

 シーツの端を木に結び付け、片側をひねりながら絞っていく私。この肉体労働は正直しんどいの。洗濯は大きなたらいと洗濯板。この洗濯板、なんと異世界でも存在していた。転生者がもたらしたのでなく、誰かが考案したとのこと。ただ、脱水は手で絞らねばならない。ほんとに過酷な業務だ。

 

 暑さで汗をかく中、一陣の風が抜けていく。周りの木々はさわさわと葉音を響かせており、時折どこからか果実の匂いを運んできた。

 小さい秋……もうすぐ秋だ。


 子どものころ歌った「小さい秋見つけた」は、短調の曲のせいか晩秋の曲だと思っていたが、大人になってから聞いた話では、この曲は夏の終わりで秋の訪れを感じる一瞬を歌ったものだそうだ。それって今のこの感じかな。植生を見ると広葉樹だけでなく針葉樹もあることから、四季があり当然冬もあるだろうと理解できる。ただ、冬の暖をとるのに必要な灯油や石炭がない。あるのは薪ストーブや暖炉の暖房と「おくどさん」だけ。システムキッチンなんてないから「おくどさん」のかまどで調理する。不便はもうひとつ、井戸水にお湯なんてない。冬の洗い物はさぞかし……考えただけで気が滅入る。システム的なものはパリンに魔法で作ってもらうということもできない。

 ふーっとため息をついていたら他の冒険者たちと剣の稽古をしていたケントがやってきた。

「どうしたんです?人生に悩んでいるなんてサユリらしくない……。あなたにも悩みがあったんですか」

 相変らず歯をきらりんとさせて存在感をアピールするケント。

「しばかれたくなかったら、その上から目線の物言いをやめなさい。あんたも転生者だからわかっているだろうけど、冬の洗濯や皿洗いなど冷たい水でやらないといけないことに気が滅入っているのよ。パリンに何か作ってもらおうと思っても電気や上下水道などインフラを使うものをどう説明したらいいかわからないいし。パリンは理屈や説明がないとただの置物しか作ることができないの。だから回復魔法なんて先の先。上級魔法学校へ行くようにすすめたけどまだ気持ちが向かわないようなのよね」

 ケントに理解してもらえるかどうかはわからないけど思わず本音を言ってしまった。昭和という時代は日常の様々な不便が電化製品を生み出し、家事の時間削減へとつながったわけだ。昭和の3種の神器は白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫で、とりあえず氷で冷やす氷冷蔵庫は既にこの世界にはある。

「電気というインフラがない世界でもう少し便利な家事道具を作るってことですね」

 そう言ってケントは地面に何やら図を描きだした。あれ?何か期待してもいいのかな。


「これを形にしてもらいましょう」

 ケントはパリンを呼んでくると図面について理屈と説明をした。しばらく考え込んだパリンだったが。また自信なさそうな顔をして詠唱を唱え始めた。


「潮流と浄化の渦を生み出し、汚れたる衣類に新たな使命を吹き込む洗濯の宝箱よ。人々の手を煩わせることなくその役目をはたせ。我の前に現出せよ、ラワーレ!」


 詠唱の後に現れたのはどこかで見たことのあるようなものだった。そうだ、これは洗濯物を分けて洗いたいときに使う洗濯機だ。私も通販のサイトでみたことがある。手回し式と足踏み式があり、要はたらいで洗濯するものをこの機械で行うわけだ。手回し式の理屈はかき氷機で経験しているので、それを足踏み式に置き換えている。脱水はというと、洗濯機とは別に懐かしいアレを作ってくれた。あれとは昭和の洗濯機で横に2本のローラーがあってそこに洗濯物を挟み込んで脱水するものだ。子どものころ、母方の祖母の家にそういった機能の洗濯機があった。手回し部分は足踏み式に置き換えてある。洗濯物の量を考えたら手回し式が重労働となることもちゃんと考えてある。

「ケントにしちゃなかなか良い仕事をするじゃないの。じゃあ、私から改善点を言うから直してみて。宿屋で一番大変なのはシーツの洗濯なの。できればもっと大きくして、尚且つひとりの足踏みの力で十分に機能を発揮できるようにお願いします」

 そうなのだ。何たって宿屋は洗濯物の量が多い。これにちゃんとパリンは応えてくれた。例の拡大魔法で洗濯機と脱水機が大きくなり、それだけじゃなくケントのアドバイスで井戸から水をくみ上げて洗濯機へ入る様に手直しをしてくれた。母方の祖母の家にあった井戸の手押しポンプと似ている。その時はもう水道が引いてあったので井戸水は花の水やり用だったけど、危ないから子どもは近くへ来てはいけないと言われたっけ。なんでこんなことまで考えつくのかと思ったら、ケントは元居た世界でその関係のアルバイトをやっていたそう。しかも彼のリーダーであるナギサはその会社の専務だという。

 ああ、そういう出会いね。仲のよろしいことで。

「素晴らしいわ!これで洗濯の重労働から救われる。ケント、あんたはこの世界の住民を過酷な洗濯から解放したのよ。ありがとうね」

 私に褒められてまんざらでもないケント。だって今まで叱ってばかりだったからね。


 宿屋の規模が大きくなり、食の環境は居酒屋を別にしたことで解決したが、洗濯についてはキャパオーバーになっていた。時間と力を使って行う洗濯は冬になるとさらに苛酷になることが目に見えていた。そうなるとせっかくの従業員が離職してしまう可能性がある。それを防がねばならなかった。

 また宿屋に付属して小屋が建てられてそこに洗濯機と脱水機が置かれることとなった。今や問題は排水である。この世界にはまだ上下水道というものがない。これらは感染症予防にも必要なものだが、そういったインフラは一軒でできるものではない。息子のラノベをいくつか読んできたが下水について書かれているものを私は知らない。あっても魔法でやってしまうものだったが、パリンにその大工事をさせるにはキャパをはるかに超えている。忘れてはならない。パリンは上級どころか中級魔法を使えない。生活のためとはいえ、よく強者パーティーで討伐に参加をすることを考えたものだ。結果はまあアレだけど……。


 こうして毎日ひーこらと言っていた洗濯業務はめでたく労力削減となった。私もたらいに水はって洗濯板でゴシゴシするような洗濯を経験していない。なにが憂鬱ってこの世界の家事が憂鬱だったのよね。だって3種の神器なんて無いもの。掃除は何とかなるが洗濯だけは人力だけではどうにもならない。

 ともあれ、宿屋から始まった簡易洗濯機はご近所の目にもとまり、たちまちパリンのお出ましとなった。サラマンドラと遊びたいパリンはけげんそうな顔をしたが、そこはパーティーの魔法使い、やるべきことはやるのだ。

 よく考えたらこれを専売特許として商売したら儲けることができると思ったのだが、正直宿屋業務と両立は難しい。これ以上事務手続きが煩雑になるのは叶わない。こうした事務手続きをどうするか考えていたところ、なんと税理士のように請け負ってくれる店があった。この世界には税理士や司法書士みたいな職も存在しているということが分かった。本当に有難いことだ。そうした人まで転生させられるのは神のご加護かどうかは知らないけど、例の遊び惚けている女神にその意味で拍手を送りたい。


 

 何日かして生活道具店にパリンの作った洗濯機が並んだ。宿屋のマークが入っており、いわば家電メーカーのブランドみたいなものだ。

 病気が流行って一時業務を停止していたが、その件が解決したことにより宿屋や居酒屋へ客が戻ってきている。嬉しいことに、これまで手で洗濯や脱水までこなしてきたせいか、お腹周りが少し軽くなった気もする。そりゃあね、家電はとても便利だ。この世界には電気なんてないしもちろんWi-Fiもない。パソコンやスマホもない。無いならないなりに事実を受け止め、生活しなきゃならない。人間は少しの不便を工夫と発明で克服してきた。この世界では目下文明文化の発展途上だ。いいじゃないの。私はその変化を目にすることができるのだもの。


 家事のキャパオーバーはこうして解決することができた。が、肝心のキャパオーバーは解決していない。


 前回は神様のご加護としてごまかしたが、いつまでもそんな嘘をつくことはできない。私たち宿屋パーティーは弱小モンスター討伐専門だ。あんなラフレシアの怪物みたいなもの、とても初心者じゃ無理だった。困ったことに、私たちに来る依頼の難易度があがっている。それは期待値も含まれているのだけど正直無理だ。それはアルフォードが言いきっている。

 宿屋パーティーはキャパオーバーにつき目下悩み中。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

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