21アマビエ、出番よ④
世間に忘れられた感のあるアマビエに何とか光を当てたい。そんな思いです。妖怪として取り上げられた水木しげる先生、ありがとうございます。きっとアマビエも喜んでいると思います。
あのとき助けたジャッカロープは自分たちの角が薬になると言っていた。しかも生え変わり時の角が有効だという。でもそれは何の病気の薬となるのか、はやり病と言ってもいろいろあるのだ。この角のことが明らかになったことで闇雲にジャッカロープが捕獲されることはなくなった。薬屋が時間をかけて文献を探し出し、ジャッカロープの角の効能について明らかにしており、それがどの流行り病に効くのか目下研究中である。
そんな講釈はさておき、アマビエの助けを借りて何とかピンクの粒を飛散させていたモンスターを討伐することができた私たち。アマビエにあんな戦闘能力があったなんて知らなかったが、これも異世界へ入ったことの変容だろうか。
ええ、誰もが思う通りあのモンスターは私たちの手におえなかった。あんなもん、上のクラスの冒険者の相手になった方が良かったかも。アマビエのうろこ攻撃とサラマンドラの火焔がなければ到底わたしたちだけでは無理だった。だからギルドへの説明に困ってしまった。
「新種のモンスターなんですってね。どうやって討伐されたんですか。ぜひ聞かせてください」
ギルドへ報告したものの、噂に尾ひれがついており、なんだかわけわからない話になっていた。
「す、すまねえ。仲間がまだ寝込んでいるんだ。失礼させてくれ」
そそくさとギルドを後にしたアルフォード。もちろん私もだ。
「お前はどうやらアマビエを呼ぶことができるようだから、それは能力だと言っていい。俺たちは弱小モンスター専門のパーティーなのに自分たち以上のモンスターを討伐したことで、紹介される案件の難易度が高くなってしまう。実力がつく速さを超えているんだ。そう思わねえか?」
歩きながらアルフォードは思いをぶちまけた。確かに前回はアマビエの力によるモンスターへのダメージが大きい。しかもサラマンドラの火焔がなければ滅することは難しかっただろう。つまり、私たち宿屋パーティーは第三者の力を借りてモンスターを討伐したのだ。今やアマビエは信仰の対象で、教会の池に鎮まっている妖怪だ。それを戦いの場で召喚したのだからなんと言っていいものか。
「神様よ、神様が力を貸して下さったと言って納得してもらいましょう」
そうだよ、私たちを助けたのはアマビエでなく教会のご本尊ともいえる神だということにしておこう。
ぴえん……という声が聞こえてきた気がする。まあいいか。
ギルドをそそくさと後にした私たちは宿屋の従業員宿舎へ向かう。
「具合はどう?」
発熱して寝込んでいたリンリンとマリスはアマビエの絵を抱くことで解熱し、体を動かせるまでになった。ギルドの情報では同じように感染して発熱した人々がアマビエの絵によって解熱したということだ。
「俺としたことが軽率ですまなかった。でも、俺の忘れ物を無防備で届けてくれたリンリンのことを考えると、何とかしたかったんだ」
マリスはそう言ってコップの水を飲み干すと、すでに回復しているリンリンの肩を叩いた。
「マリスこそ、私の為にありがとう。マリス、お互いに生きて顔を合わせられてよかったわ」
じっと見つめあうふたり。
あ、そういうこと?
私はアルフォードの手を引いてその場を後にする。アルフォードもわかってくれたようだ。
庭ではケントが他のパーティーメンバーの勇士たちと剣の稽古をしている。もともと魔剣使いとあって剣さばきがうまい。その横ではパリンがサラマンドラと戯れている。うん、子どもらしい。
結果的にアマビエの絵はお守りだけでなく、解熱剤の役目も果たしてくれた。ピンクの粒々によって感染した人々はアマビエの絵を抱いて祈ったことで回復をした。まるで魔法ね。でもこれはいい変容だと思う。だって元居た世界のアマビエは病の流行を予言しただけで治癒をしたわけじゃないもの。おかげさまで教会に益々人が押し寄せ、主なる神をそっちのけで、アマビエの池にたくさんの供え物が積み上げられたり賽銭箱にたくさんお金が入ったりする様になった。この光景を見たスタリオン司祭の表情のいいこと。某神様、悔しかったら証を見せたらいいわ。
でも根本的な治療となると絵より薬だろう。アマビエの絵は薬というよりお守りであって、解熱作用は功徳みたいなものだ。科学的に説明できないからね。それだけにジャッカロープの角の薬効研究が急がれる。
「サユリ、開店準備を済ませました。たくさんお客が来られるといいですね」
そう言ってやってきたのはカンカン。居酒屋開店にあたり新たに調理師とホール係を採用したそのひとりだ。このカンカン、名前を聞いたときはまさかって思ったよ。だってすでにいるランランと並んだらランラン・カンカン。ほら、上野動物園の初代パンダたちの名前よ。この世界でこんな組み合わせになるとは思ってもみなかったわ。
これまで病気の一件で宿屋と居酒屋営業を止めていた。新型コロナウイルス禍においてあらゆる飲食店や宿泊業、レジャー施設が閉まったあの事を思い出す。あれは本当に働き手や事業主にとっても辛いことだった。もう二度とごめんだね。
その日、久しぶりの居酒屋営業とあって夕刻となると多くの客がやってきた。幸か不幸か宿泊客は少なく、おかげで私も手伝うことができた。相変わらずケントの集客力は大きい。女性客が増えたのはケントのおかげだ。ケントがいなくなった時のことを今から何か考えなきゃね。って、酒と料理で勝負すべきか。
酒や料理の注文が飛び交う。忙しいけど嬉しい。久しぶりに客たちの笑顔をみると疲れも吹っ飛ぶ。
あれ……なんか気配がする。またこっそり見か?
「いるんでしょう、アマビエ。用があるの?」
小声で呟くと脳にアマビエの声が響いた。
「だって寂しいもん。教会の池は夜になると静かで寂しい」
アマビエの言葉にため息しかない。ほんとにかまってちゃんね。
「お客にイタズラしちゃダメよ」
私はアマビエを追い出すことをしなかった。こっそり賑やかな客の雰囲気にいたっていいじゃないの。
その後も多くの注文をさばいていく。ケントは女性客メインに接客をし、リンリン、ランラン、カンカンはなんでもこなしている。このままずっと繁盛してくれたら冒険者をしなくても食べていけるだろう。だけどアルフォードやマリスはあくまでも冒険者が本業だ。いい加減、宿の手伝いから解放しなければと思うが、悲しいかな、居酒屋や宿屋は客が一定しない。つまり収入が安定しない水物商売だ。アルフォードたちもそれをちゃんと理解している。働きながらも上手に体力と時間を配分して冒険者と宿屋の仕事を両立させている。きっと冒険者として強いモンスターを倒し、名声と富を得るのは憧れであり夢なんだろう。残念ながら私は冒険者を片手間の仕事だと考えている。だってソアラ(ハイソサエティ・カー 高級車)からカローラ(大衆車)に乗り換えた元アッシー君(好きな人のために送迎のみを担当する立場)の夫に逆プロポーズしたぐらいだもん。将来の生活設計を見据えるって大事。夢を語る男にはロマンがあるけど、ロマンだけでは生活できない。ここが人生のキャリアを積んだおばさんの意見だよ。
アマビエは姿を隠しているが、この居酒屋で人々の喧騒を楽しんでいる。本当は姿をあらわしたいだろうけど、そんなことをされたら居酒屋が聖地にされてしまうから釘をさしている。ここを聖地にする必要はない。聖地は教会だけで十分だ。
「みんな、楽しい。私もここにいると楽しい。うふふ」
アマビエが羽をバタバタしているようで、風が通り過ぎる。ときどき私の頭や肩に飛び乗ってくるので体のバランスを崩しそうになるが、それは幼児の遊びみたいなものだ。このくらいでギャーギャー言っていたらおばさんとしてのプライドが許さない。人生のキャリアを積んだおばさんは心が広いのよ。あ、あの花粉症神は別だよ。
「病原菌がこの世界へ入り込むのはどうしようもないけど、それならちゃんと医療の発達も促すべきよ。これ以上この世界にウイルスが入ったら免疫のない人々が死んでしまう。あの花粉症神に頼んで医療の知識や技術をもった人を転生させなければならないと思うわ。このことをあのバカに伝えておいて。何なら花粉症対策の権威でも転生させたらいいのにね」
そういったもののアマビエの反応がない。よく見ると目のまえの女性が飲んでいる果実酒が見る間に減っているではないか。慌てて私は客に悟られないようにアマビエを抱ええると外へ出た。
「こらっ!客にいたずらしちゃだめっていったでしょう?こんなことをするなら出禁にするわよ。それともあんたの正体をばらす?妖怪っていうのはモンスターと同じだろうから討伐対象にされるかもよ」
ぴえん……。
姿を見せたアマビエは涙ポロリンだ。……うっ……おばさんは大きくてつぶらな瞳と涙に弱いのに。
「わかった。あんたもお酒を飲んでみたかったのね。でもお客の酒を飲んじゃダメ。泥棒と同じだからね。これからは厨房にアマビエお供えとしてお酒を置いておくからそれを飲みなさい」
私がアマビエとコミュニケーションをとることができるということは宿屋パーティーの秘密だ。公にしていないのは教会の仕事をとることになるからだ。住みわけと役割分担は大事。私にはそれを壊す理由がないもの。
こうして厨房に置かれたお供えのお酒を堪能したアマビエはとても良い気分で私の周りをバタバタ飛んで見せた。たまに下半身の魚の部分が私の顔にあたって痛い思いをしたけど、ゆ……許す。おばさんは心が広いんだからあ!
長いこと陸にいたアマビエはうろこがカピカピになり慌てて教会の池へ帰っていった。
新型コロナは感染者ゼロにはならなかったが、感染者数がかなり減ったことで私たちは日常を取り戻した。しかしコロナ禍で受けた経済的な損失は戻らない。あの頃、閉店や倒産の話をどれだけ聞いただろうか。また、病院や施設にいる家族と会えないまま亡くなり、葬式さえできなかったということもあった。これ程までに社会生活の基盤を崩したことは欧州でみられたペスト大流行以来ではないか。
何はともあれ、アマビエは必要とされてこの世界へやってきたのだ。
アマビエ、出番よ。
そう言わなければならないことの起こらないことが一番望ましいが、これから先どんな感染症が起きるかわからない。転生者にチート武器やら能力を与えていい気になっている花粉症神や女神と違い、アマビエははっきりした意図をもってやってきている。
アマビエ、ちゃんとこの世界の人々を守りなさいよ。
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