18アマビエ、出番よ①
レンズと表記してますが、精々虫眼鏡程度だと思ってください。最近、アマビエの絵や話題を聞かなくなりました。新型コロナの収束と日常が戻ったことで忘れられていったのでしょうか。そんなアマビエに光を当てたい私は我がままでしょうか。
この異世界で何やら流行り病がいくつかあって、今のところ病原菌やウイルスなどわからない状態。そりゃ仕方ないことだ。だって顕微鏡はまだ発明されていないしもし発明されたとしてもウイルスなんぞ電子顕微鏡レベルでないとみえない。もっともその先駆けとなっているものはすでにある。レンズだ。ただその活用はまだ限られている。そして前回、マリスがジャッカロープに飲ませた酒。これは飲料用の酒だったがマリスは消毒用に少量いつも持っていた。元居た世界じゃ消毒はエチルアルコールだった。ここではそんな概念はなく、ただ酒は傷口が化膿しないための消毒として使うことができるという認識だけだ。感染予防としての消毒という考えがなかなか広がらない。なぜ感染予防できるのか顕微鏡のない世界で病原菌やウイルスのがどうのこうの言ってもわかってもらえない。新型コロナの時代を生きた者ならわかるんだけどねえ。
マリスはアルフォードよりずっと若く、独身だ。なんでも冒険者として腕の上がらないことが女から相手にされない理由らしい。優しいし無害な男なんだけど結局どこの世界も金や名誉、力のある男がイケメン以上の条件なのだろう。だってケントで考えるとイケメンの顔で世の中回っていると思っているようだからね。あと魔剣持ちという肩書き。そんな肩書のないマリスだが、動物好きの面がある。傷ついたサラマンドラを保護してきたのもマリスだし、ジャッカロープに酒を飲ませて元気づけたのもマリスだ。いいところあるんだよ。
この夏、例のかき氷は大流行りだった。宿屋から居酒屋業務を切り離して別棟を立てたことで宿屋の客は夜静かに眠ることができるようになった。新築オープンした居酒屋は客席を多くとっており、多人数対応もできるようになった。新たに従業員も加わり、宿屋パーティーは純粋に宿屋業務に専念することができた。これは本当に助かった。今まで休みなしの討伐・駆除時間含めた長時間労働だったので組合でも作って抗議しようと思ったが、そもそもこの世界に労働基準監督署なんてないし労働三法(労働基準法・労働組合法・労働関係調整法)なんてないから、響かない。こんなことを言っているのは転生者ぐらいだろう。
マリスは疲れ知らずでケント相手によく稽古をしている。みていても結構腕が上がったのではないかと思う。こんな優しい男がモテないなんて世の中に女の目は節穴かしら。
そういや、わたしだって若いころはディスコで女王の如く踊り、扇子をふっていた。アッシー君、メッシー君、ミツグ君など男には困らなかったけど本命に縁がなかった。きっと高根の花だと思われたのね。でもアッシー君だった夫の経済感覚に目が覚めて逆プロポーズ。まあね、人によって求めるものが違うからね。松任谷由実の歌にも、自分の身長が彼より5センチ高いため周りからおかしな目で見られた、ヒールの高いパンプスを履くことができない……そんな内容の歌があったのを覚えている。たった5センチの身長差を乗り越えられず別れたという歌だった。
人目と見た目が大事なのかな、この世界も。マリスのようにイケメンでも上級冒険者でもない男は余程何かの取り柄がないと魅力がないんだろうか。
そう思いつつ、病のことが心配で(かといって私は医療従事者でないからどうしようもないけど)教会へ足を運ぶ。
既にこの町で流行り病のことを知らない人はなく、不安を抱えた多くの人びとはアマビエの現れた例の教会へ足を運んでいる。これは教会としてあるべき姿なのだろう。
あれ?
あの教会の神はアマビエじゃなく下界で遊び惚けている女神だぞ。女神不在だからあまり功徳を感じられない教会だったが、今やアマビエのおかげでパワースポット化しているようだ。遊び惚けているから主役を奪われるのよ、全く。
そういう私も女神像が置かれている礼拝堂へ行かず、まっすぐ池へ向かっている。女神に用はない、用があるのはアマビエだ。
アマビエが現れた池はあれから木の柵にぐるりと囲まれ、アマビエの像やいきさつがかかれた看板なども設置されて余計に信者を引き付けているようだ。まさか賽銭箱ないよな?と思ったら本当に賽銭箱が置かれていた。お金は池へ投げ入れずここに入れてくださいって書いてある。
いやはや、なんとも抜かりないことで……。
気を取り直し、多くの信者に混じって心の中でアマビエに呼びかけた。
(病気がこの町へ入ってくるのは時間の問題よ。唯一の連絡路である森の道を閉ざせばいくらかは遅らせられるかもしれないけど、薬や感染対策の知識もないこの世界で私たちはどうしたらいいの?ジャッカロープは角が薬になるといっていたけど、病が流行れば数が足りなくなってしまう。討伐すべきは何のモンスターなの?)
必死で問いかけたが返事はない。人々もじっと池を見つめながら手を組んだりひざまずいたりしている。きっと彼らはこうしているだけでも有難いんだろうが、そうはいかない。私は転生者として何とか打つ手はないのか考えることばかりだからだ。
しばらく待っていたが返事がないままだ。アマビエ、お高くとまってしまったか。
「この……妖」
言葉を投げようとしたとき例の声が脳に響いた。
「お願いですから私の正体をばらさないでください!ここで崇められてとても気分いいんです。ジャッカロープの角は確かに薬になるようですが、それよりも病を広げているものを討伐する必要があります。便宜上モンスターって言ってますがゴブリンやスライム、怪物や怪獣でもありません。転生者とともにこの世界へ入ったウイルスは環境になじむため姿や能力を変えています。私はウイルスがこの世界へ入ったとき、追いかけてこの世界へ来たのですが、ウイルスがどのように変わっているかはわからないのです。でも隣町で病が流行っている以上、ここへ入るのも時間の問題です。すでに他の町では病が入り、死者も出ています。森の通路をふさぐのも手段のひとつですが、それだけでは防ぎきれません。なにより私のうろこがピリピリしています。ウイルスの気配を感じるんです。もうこの町へ入っているのかもしれません。ウイルスは変容していますがきっとあなたはそれを見抜くことができるでしょう。討伐で困ったときは私の名を叫んでください。お役に立てると思います」
そう言って一方的に話を終えてしまった。
「頼りになるようでならないわね。これで無能だったらあんたの正体をばらすから覚悟しておきなさいね」
ため息まじりに言うと何やらアマビエの抗議の声が聞こえたが無視した。
ああ、全く!ウイルスの変容?それワクチンに耐性を持つウイルスってこと?だとしたらそもそもワクチンなんかないのに意味ないじゃん。なにをどうやって戦えばいいのよ。予防対策でマスク手洗い3密回避……新型コロナウイルスの蔓延じゃあるまいし、そうだとしてもこの世界の住人に通じないと思うわ。おまけにモンスターが何か教えてくれなかった。もしかしたらアマビエも掴み切れていないってことかしら。
不安と不満が入り混じって余計に考えがまとまらない。この世界の人々はそんな事情を知らず、病の元凶も知らないのだ。だからアマビエがこの世界へやってきたのはわかるが、対策をたてようがないのは困る。ウイルスとウイルスをまき散らすものの双方を何とかしないといけない。
「もしこれが小説なら異世界転生ものであって、医療小説じゃないのよ!これも遊び惚けている女神のせいじゃないの。なんで私たちが女神のしりぬぐいをしなきゃいけないのよ」
ぶつぶつ言う私を行き交う人々は避けている。きっとヤバい人だと思われているのだろう。歯がゆい、ほんとに歯がゆい。目の前で事件が起きようとしているときに手が出ないこの歯がゆさをどうしたら鎮められるだろう。
気持ちが落ち着かないまま宿屋へ帰ると、居酒屋準備をしていたリンリンが血相を変えてやってきた。
「サユリ、聞いた?ギルドの受付嬢のひとりが急に調子を崩して倒れたんだって!高熱が出ているようだし噂の病かも知れないわ」
ついに来たか……。アマビエのうろこがウイルスを感じてピリピリするって言っていたけどやはりウイルスがすでに入り込んでいたということか。
「わかったわ。私たちは予防しかできないけどできることをしましょう。このことはギルドから役所へ届けられているのかしら。もしそうなら森の往来をとめてもらわないといけないわね。病気って人の動きでひろがることもあるのよ」
私はすぐさまアルフォードたちに集まるように声をかけた。
あれからリンリンはランランに留守番を頼んで役所へ急いだ。ケント?もちろんあのイケメンだけが取り柄の男はひとり剣の稽古だ。稽古といっても多くのギャラリーを前に素振りをしてキャーキャーいってもらっているだけである。
「ついに病気が入ってきたのですか。僕たちに打つ手はあるのですか……」
パリンが不安そうに聞いてきた。確かに不安だろうね……これで人が死ぬってこともあるのだし。ウイルスがどうこう言ってもこの世界の人々には説明がつかないだろう。宿屋パーティーは弱小モンスター相手の討伐がメインだ。というより上級冒険者や上級魔法使いもいないパーティーなのでそれしかできない。当然ウイルス討伐なんて聞いたこともやったこともない。いやさ、ウイルスは討伐するものじゃなく死滅させるものなのよ。もしケントがそれを知ったら何処にいるかわからないウイルス相手に剣を振り回すのが想像できる。
パリンやアルフォードたちにどう説明をしたらいいのだろう。困った……。
「アマビエが何とかしてくれるわよ」
そう答えるのがやっとだった。
説明に困ることばかりだが、そうは言っても彼らに話さなければ伝わるものも伝わらない。私はできるだけ言葉を選び、比喩を用いて彼らにわかりやすく病気とウイルスの関係を説明した。私が医療従事者でないのは幸いだ。もし医療従事者だったら難しい言葉と難しい説明で終わっていただろう。
「なるほど。そのウイルスってやつはこの世界へ侵入して変容しているのか。そしてそいつが病の元凶ってわけか。しかもどう変容しているのか確認できていない。うーむ……これは上級冒険者に任せた方がいいんじゃないか」
アルフォードはもう戦意消失といったところだ。
「ちょっと待てよ、アルフォード。何か動くかもしれんぞ」
マリスが一点を見つめた。それはかけよってくるリンリンの姿だ。
「役所も事態を把握していて隣町との連絡路を封鎖することになったそうです。あれから病で倒れる人が急増しています。あのギルドも職員全員倒れて閉鎖状態です。そしてこれも役所からの通達ですが、この病の元凶を探し出して討伐するよう全ギルドの冒険者へ依頼が来ています」
ハアハア息を切らせながらリンリンは座り込んだ。
「ということはパーティーのレベル関係なくこの案件をうけろってことか」
「逃げちゃだめってことですね」
パリンの言葉にアルフォードとマリスがゆっくり頷く。
連絡道路が封鎖され、この町は閉じられた状態となるわけだ。新型コロナウイスの際、ロックダウン(都市封鎖)が叫ばれたのを思い出す。
当然宿屋の宿泊客はいなくなるだろう。って宿屋業務どころじゃないわよ。
「マリス、あのジャッカロープの角をどのように薬にするか薬局に問い合わせた方がいいわよ。薬草でも何でも煎じていいのならそれでいいけど、ジャッカロープは角の生え代わり時期を迎えているっていうからそれを採取する必要も出てくるわね。とにかく病が広がる前に薬をなんとかしなきゃ」
そうなのだ。ジャッカロープの角が薬になるとしてももらった角だけじゃ足りない。
そんなわけで宿屋と居酒屋を休業して私たち宿屋と居酒屋の従業員全員は森へ行くことになった。
そう、ジャッカロープへの手土産にお酒を持参してね。
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