16神は病とともに現れる②
アマビエはコロナ禍のときに羊毛フェルトで人形を作って以来、かわいいなあと思っていました。漫画家の水木しげる氏はアマビエは妖怪であるとされてますね。妖怪でも何でもいい。コロナ禍のときは皆コロナ収束を願っていた。ようやく落ち着きましたがまだ感染者ゼロではありません。「マリサ・時代遅れの海賊やってます~仕組まれた罠編」でもマルセイユの大ペスト流行をとりあげています。ご一読いただければ幸いです。
果たして私たちの目の前に現れたのは紛れもない、見覚えのあるアレである。
半分魚でありながら3本の脚があり、上半身は長い髪の毛を生やした人の顔。口は鳥のようなくちばしだ。
そう、大パンデミックを引き起こした新型コロナウイルス蔓延の際に何度も見かけた日本の妖怪、アマビエだ。
「なんでこの世界にアマビエが?」
あまりのことに私は持っていた武器を落としてしまう。
「サユリの知り合いか?」
アルフォードが聞くが、違うって。知り合いなわけないじゃないの。
「元居た世界で伝説上の生き物よ。ただし危害を加えるわけでなく疫病の流行を予言したということから、疫病を鎮めるともいわれていたわ」
あの頃は新型コロナ感染対策に追われ、いくら対策をしても感染ゼロにならなかった。マスクや手洗い、3密回避やリモートワークなどできることをどんどん取り組んだっけ。そんないきさつを知っている私をみてアマビエは微笑んだ。アマビエの正体は妖怪だなんて言っても伝わらないだろうからあえてその表現は避けた。
「恐れることはありません。私の名はアマビエ。この世界に私たちの世界から転生者とともに病が入ってきたのを憂えてやってきました。私はこの世界の人々を守ります。私の姿を描きうつして人々に広めなさい」
アマビエの声が脳内に響く。
「人に危害を加えるものでないから、ここはアマビエの聖域とした方がいいですよ。さあ、今のうちにアマビエの姿を描きうつしておくのよ」
パリンに声をかけるとパリンは早速アマビエを描いていった。こういうのは得意なんだね。えらい、えらい。
もしかしたらケントの風邪がアマビエの呼び水となったのかもしれない。それならケントを連れてきた意味があった。いい方に考えておこう。
もと居た世界では、アマビエは疫病の流行を予言した妖怪であり、病気平癒をしたわけでない。しかしこの世界へ召喚されたアマビエは少し役目が違うようだ。人々を守るというのだから病気平癒も考えられる。
パリンが姿を描きうつしたのをみるとアマビエは静かに池の中へ消えていった。そしてわたしの隣では跪いて手を組み合わせているスタリオン司祭の姿。
「有り難いことだ……新たな神がお出ましになった……私たちの為に姿を現されたのだ。ここは聖域中の聖域とさせていただく」
信仰の場である教会はさらに人々を寄せ付けるだろう。ってアマビエは妖怪なんですけどね。黙っておこう。
ただ、教会の立場とあって終わり方はこうだった。
今回討伐はなかったが、それでも依頼として出向いた以上いくらかの代金が発生する。しかしそれを出せないということだ。お金の出どころが信者の寄付ということを考えたら私たちもそれ以上のことを請求できなかった。
今回は代金分をボランティアとしておいた。この方があとくされないだろうとアルフォードが判断した。なぜだろう、アルフォード、大人って気がする。見た目や年齢じゃないのよ。その判断が大人だっていうこと。なんか嬉しいなあ……。
居酒屋建築は順調に進み、日ごとにその姿をあらわした。酒飲みたちの中には早くこの場で思いっ切り飲みたいものだからボランティアで手伝ってくれる者もいる。なんだかんだで後は資材や道具類を運ぶだけとなった。元居た世界の建築のように重機やインパクトドライバーなどがあるわけでないが、多くの人力に助けられ居酒屋が完成した。酒飲みパワー、恐るべし。
イケメンが取り柄のケントは今後もホールで働いてもらう。リンリンとランランも今は大事な戦力だ。だが、彼らはお預かりの人々だ。いつかはいなくなってしまう。
居酒屋が完成したことで宿屋と居酒屋の労働のシフトを考えねばならなくなった。ああ、また人手を探さねばならない。
居酒屋開店を午後に控えたケントは庭でアルフォードを相手に剣の稽古をしている。やはり討伐へ行きたいんだろうなあ。若いからエネルギーを持て余している気もする。
「でやあ!」
「いいですね、もっと突っ込んでください」
アルフォード相手に上から目線でものを言うケント。この性格、なんとかならんのかね、全く。そして周りには多くの客がいる。これはギャラリーでなくケントと手合わせをしたがってる人々だ。クトニオスの魔剣を封印していてもケントは普通の剣を持ち、その強さを発揮している。何よりも魔剣持ちケントのネームバリューの賜物だろう。だからケントのあの性格は唯一の弱点といっていい。
ケントの相手はアルフォードからマリスへ代わり、その後も多くの挑戦者を迎えていく。どんなに性格がもとで失敗をしようがケントは前向きだ。見習わなきゃね……。
一通り稽古を終えると宿屋と居酒屋業務の準備を私たちに任せたアルフォードはギルドへ行っている。案件探しもやらねばならない。アルフォードとマリスの本業はあくまでも冒険者だ。害獣退治をするが、やはりモンスター狩りをすることになにかしらのプライドがあるのだろう。
夕刻になるとぽつぽつ商人たちが宿泊の為にやってくる。アルフォードもこのタイミングで帰ってきた。少しほっとした感じの表情だ。
「森のモンスター狩りの案件があったよ。どうやら森のモンスター狩りのブームは一時的なものだったらしい。報奨金がアップしたとはいえ、そこまで高いわけじゃなかったからな。まあそんなわけで俺はほっとしたよ。いつまでもハンター業務をしなくてはいけないかと思っていたけどな……」
「あら、そうなの。一時的なブームで終わるなんてどこの世界も同じね」
そうなのだ。ブームってものは長く続かない。飛びつくのも早いが離れるのも早いのだ。何はともあれ、私たちはまた森のモンスター狩りをすることができるのだ。兼業冒険者は辛いのだよ。
「ただな、こんな話を聞いたんだよ。隣国で何やら病がはやっているらしい。多くの人が亡くなっているそうだ」
アルフォードの言葉は重い。だって先日アマビエが降臨したばかりだからね。
このことを宿泊客に聞いたのだが、それは噂でなく本当のことだった。
噂が気になった私はひとりで教会へ向かった。用があるのは例の池。というよりアレに用がある。
あれ以来、池はきれいに整備されてアマビエ降臨のいきさつや姿を描いた看板までたっている。そのそばにはご丁寧に賽銭箱まで置いてあった。スタリオン司祭、なかなかのもんだね。彼の弟子たちも池の主の正体を知って恐れなくなったということだ。そのうちアマビエ饅頭とかアマビエぬいぐるみとか作るのかな……知らんけど。
私が池のほとりに立つと水中からボコボコ泡が立ち上がり、水の輪がいくつもできて広がったかと思うと、見覚えのある例のアレが姿をあらわす。
「ここで敬ってもらってとても居心地良さそうにしているわね。あんたのいう通り、転生者と共に入ってきた病気が隣町で流行っているらしいわよ。死者も出るほどだから相当なものだと思う。この町へ入ってくるのも時間の問題でしょう。あんたの正体が妖怪だということを黙ってあげるから、隣町で流行っている病気について何か情報を対策を教えて」
目の前のアマビエは私が正体を知っているものだから、まるで少し前の少女漫画にでてくるような仕草をした。
テヘペロ。
ちょっと舌を出して照れ臭そうにする表情だ。ってかわいいからってだまされないぞ!
「なーに、かわい子ぶっているのよ。私には通用しないわよ」
そう言うとアマビエは私の脳へ直接言葉を響かせる。
「隣町で流行っている病気は確かに転生者とともに入ってきましたが、感染の媒体がないので長らく地中に眠っていました。これを何かの媒体がまき散らしているのです。この何かを討伐し、焼き尽くせばウイルスは消滅するはずです。あなた方にとっても久しぶりの討伐でしょう?私はこの世界で神と呼ばれるようになりました。神としてそれらしく振舞わねばなりません。ですから討伐の際に力をお貸ししましょう。ふふふ……」
何やら意味深な含み笑いをしてアマビエは静かに水中へ姿を消していった。
「肝心の正体を言わないなんてあんたも大概ね。まあ、もし討伐に失敗したらあんたの正体をばらした紙をまき散らすわよ」
「や、やめてください!そもそも人間を簡単に手助けすると有難みがないし人間の成長の為にもならないんです。あまり手出ししすぎたらプリムス様に叱られます」
アマビエの慌てた声が響く。
「プリムス!?なんであんたがプリムスのドアホを知っているの。知っているならここへ連れてきなさいよ。ぶん殴ってやるから」
この言葉に何やら返事をしたようだが聞こえない。あたりはいつもの静寂な池となった。
やれやれ……この場でプリムスの名を聞くとは思ってもみなかった。ほんと、ため息でしかないわ。
そう思って私が振り返ると、なぜかひざまずいているスタリオン司祭の弟子たちの姿があった。あ、これ……誤解されてっるっぽい。たぶんアマビエと親しくしているように見えたのだろう。脳内に響く声でなかったら、きっと彼らに会話の内容を聞かれていた。
「そんなんじゃないのよ。隣町で病気が流行っているようだから祈りを捧げていたの」
そう言って慌ててその場を後にした。
アマビエは流行り病のことを知っていた。しかし媒体しているものについては言わなかった。もしかしたらそこまでわからないのかもしれない。いや、きっとそうだ。有難がっているスタリオン司祭たちには申し訳ないが、アマビエは妖怪だ。この世界には妖怪という定義がないので説明のしようがないもの。あの妖怪漫画の大家である水木先生においでいただきたいと思うほどだ。
宿屋へ帰るとすでに客迎えの準備が整っていた。居酒屋開店まであと少し。夜遅くまで食堂がうるさいのもあと少しの我慢だ。でも……いつになったら長時間勤務から解放されるやら……。
「教会へ行っていたって?サユリがそんなに信仰深いとは知らなかったぜ」
アルフォードとマリスはケントと共に居酒屋つくりを夕刻まで行い、その後はゆっくりしていたようだ。
「流行り病のことを聞いていたのよ。あのアマビエにね。転生者とともに病の原因がはいってきて、それをこの世界のあるものが広めているそうよ。でもアマビエはそれが何かは言わなかった。その何かを倒せば病の流行を食い止められるそうよ」
アルフォードたちにウイルスなんて言っても説明がつかないし意味も分からないだろう。ばい菌とかいってもね。顕微鏡がこの世界にあればの話だけど、まだそんなものはない。パリンに作ってもらえって?いやさ、作っても医療が進歩していないと片手落ちだもの。
「あるものってモンスターか?それとも野生動物?どっちにしてもギルドにはそのものに対しての討伐案件はなかったぞ」
隣で聞いていたマリスも不思議がっている。
「やりましょう、やりましょう。それは僕たちの為にあるようなものです。だってアマビエは僕のいた世界では」
とケントが言いかけたので慌てて私は言葉を遮った。
「ほーら、ケントがうずうずしているわよ。害獣だか何だか知らないけど、あるものっていうのが討伐できないようなものだったらアマビエは討伐のことを言わなかったと思うの。きっと私たちを見込んでいるのよ」
地雷であるケントの発言と行動を考えておかねばならない。地雷であってもケントの戦力は役に立つからね。
数日後、居酒屋開店にあわせて居酒屋に専念するスタッフを雇うこととなった私たち。調理人とホール係だ。専業の調理人が増えただけでも助かる。今まで正式な調理人はいなかったから。転生者である私の料理はこの世界にまだない食材や調理器具などの関係で再現できないものがあった。だから無理に再現しようとせず、調理人に任せた方が良かろうと考えていた。以後、私はサブとなる。少しは気が楽になったわ。だって、今晩のおかずは何にしようって拷問にくるしめられなくてすむから。それは転生前の言葉だけど、ここでも同じことなのよ。
新しいスタッフとの打ち合わせをすませるとアルフォードは私をある所へ誘った。なんだろう、酒を飲むにはまだお天道様が高い時間だ。
はたしてそこは墓場だった。えっ墓場……ちょっと、どういうこと?
「忙しいところすまねえな。ここは俺の後悔の場だよ。ほら……」
アルフォードはある墓場の前にたたずみ、祈っている。文字を見るとふたりの名が刻まれていた。
「亡くなった俺の妻と幼い子供が眠っている。俺が少しでも暮らしを楽にさせようと、冒険者としてしばらく帰らなかったことがあった。その間にふたりは病に倒れて命を落としたんだ。……アマビエがもっと早くあらわれてくれたら助かったかもな……」
そう言って深いため息をついたアルフォード。
こんなとき、どう言葉をかけるべきだろう。お辛いですとか、寂しい思いをされたのですね、とかいうのだろうか。難しいな……。そしてなぜ私をここへつれてきたんだろう。
「サユリの言いたいことはわかっている。なぜ、ここへ連れてきたか……これ以上こんな悲しみを広めたくないんだ。だからアマビエのいうとおり、病を広めている何かを探し出し、討伐しなくちゃならんと思っている。転生者であるサユリはアマビエに対して何か気持ちを持っているだろうけど、どうか協力してくれ」
ああそうか……アルフォードはアマビエに対する私の気持ちを感ずいていたのね。
「何言ってんのよ。当り前じゃないの。あんたの亡くなった奥さんと子どもの為にも協力するわよ」
そう言ってアルフォードの肩を叩く。いかつい、硬い肩だ。何年も弱小モンスター狙いでソロ討伐やってきただけあるわ。
まずは居酒屋開店が軌道に乗らねばならない。それをしながらの情報収集だろう。何かって何だろうね。分からないのが恐怖だ。
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