14独り舞台の役者は大根役者
大根は胃に良いとされ、てんぷらや刺身の付け合わせに大根おろしが添えられているのはそうした理由のようです。食あたりをしないことから地位や役にめぐまれない、当たりはずれでいえば外れ、つまり当たらない。ということで演技の下手な役者を指すようです。
害獣駆除成果を認められ、不本意ながらこっちの方が有名になってしまった。害獣駆除なら宿屋パーティーってね。きっとアルフォードとマリスは悔しいだろう。これで益々モンスター討伐からとおざかってしまった。心なしかアルフォードとマリスのため息が聞こえるようだった。
その日もギルドへ行くと林業を営む農家から野生動物駆除の依頼がきていた。一次産業は農業や漁業だけでない。林業もそうだ。苗木を植林し、環境を整備して植林した苗木に日が当たるようにして植林して育てていく。木の成長を考えれば苗木がお金になるまでに年月を費やす気の長い仕事だ。そんな彼らの大切な売り物の木の木の皮を食べてしまい、売り物にならなくなってしまうから退治してほしいとのこと。私達は下見をすべく早速依頼主の現場へ行ってみた。
「見てください。これが奴らの跡です。これじゃ売り物にならないだけでなく育てた木そのものも腐ってしまう。どれだけ時間を費やして育てていると思っているんだ……」
腹立たしいと言わんばかりにこぶしを握りしてめている依頼主。きっと駆除の報奨金さえ精一杯のお金だろう。
「任せてください。この僕が来たからには害獣の一頭や二頭、ちょちょいのちょいです」
ケントが依頼主の前へ進み出てのたまう。その自信過剰な顔はどこからきているのだろうね。私、こういう男を見ると無性にイラつくわ。
きらりんと白い歯を見せ、決めポーズとばかりに格好つけるケントにもう言葉がなかった。ナントカにつける薬はない、といったところか。
「よし、いい度胸だぞケント。だがリーダーが誰なのかちゃんと把握しておけよ」
アルフォードは大人だ。カチンときつつも荒れることはない。
そんなとき、パリンの肩からサラマンドラが飛び立った。何かの気配を感じたようだ。この動きに私達は害獣が来ていると判断をして身構える。
ガサガサ……。茂みの葉が揺れている。サラマンドラといえば私たちの上空をぐるぐる回っており、確かに茂みに潜んでいることを伝えている。
ガサガサ……。ようやく茂みからそいつは現れた。
あらま、かわいいじゃないの。って見た目で判断しちゃだめだってことはわかっている。でもおばさんは瞳の大きな動物に弱いんだ。
そこにいたのは鹿だ。鹿といっても瞳が大きく、まつげも長い鹿。まるで昭和の少女漫画に出てきそうな感じだ。そう、その瞳で星が輝いているなんて言いたくなるほどなのだ。
「これ、駆除するの?殺すの?なんだか気が乗らないわ」
思わず私は本音を言ってしまう。すると背後から威勢のいい声と共に誰かがとびだした。
「おうおうおう、どいてくれたまえ!やあやあ我こそはクトニオスの魔剣を操りし転生者カガミ・ケント。我の前に姿を現したる魔界の野獣よ。ここであったが百年目。いざ尋常に勝負!」
案の定ケントがいい勢いで鹿の前に進むとためらいもせずに魔剣をひと振りした。いやさ、グロいってもんやない。……ちょんぱだ。
ううううううっ……。ごめん吐気がしてきた。思わず足がすくんで座り込んでしまう。
「大丈夫ですかサユリ。落ち着くまで下がっていてください。鹿の駆除は簡単じゃないんです。これから何が起きるか確かめてください」
心配したパリンが私の肩に手を添えてきた。手から伝わるパリンの感触……。
どぎゅーん!
だめよ、だめだめ。乙女サユリの心臓がまたバクバクする。顔がほてってくる。見事なまでにパリンに撃ち抜かれた感じ。
「あ、ありがと」
赤らめた顔を見られたくないのでそそくさとその場を離れた。賢い依頼主は既に離れた場所から見守っている。彼だってまさかこのタイミングで鹿が現れると思ってもみなかったのだろう。赤ら顔の私に対して依頼主は恐怖のあまり青ざめているのだ。
鹿の駆除は簡単じゃないとパリンは言った。じゃこれから起きることって何だろう。下見のはずが実践となってしまったことに戸惑いがある。今ごろ宿屋で留守番をしながら客迎えの準備をしている彼女たちは心配でならないだろう。
ケントって男、確かに爆弾だ。
「気をつけろ、鹿が変容してくるぞ」
アルフォードが視線を投げかけた。首ちょんぱされて死んだ鹿の背後から可愛い鹿の群れが現れた。これが変容?
ケントの顔はまだ余裕のよっちゃんだ。その横でアルフォードとマリスが警戒心マックスの構えをしている。
「鹿は仲間の死に反応して変容をします。一番いいのは人間の入らない深山へ追い立てるのがいいのですが、こうなった以上それは難しい。迎え撃つしかありません」
パリンとサラマンドラはかなり警戒をしている。
いったい何が起きるの?
パリンは防御ともいえる魔法の壁を張り巡らせた。
目の前の鹿の群れは牙を出し咆哮をあげながら壁にぶつかってくる。その空気振動が肌に伝わってくるとますますヤバさを感じないではいられなかった。
鹿って牙があったっけ……。
見た目の変容でなく凶暴化するということか。そういえば蜂も仲間が傷つけられると攻撃してくる。アシナガバチの巣を駆除しようとして返り討ちにあったことがある私は変容の意味が分かった。
何度も何度も鹿の群れは壁に体当たりをしてくる。物理的な力が魔法の壁を越えようとしているのだ。こ、怖いんですけど……。
……何かが壊れる音がした。魔法の壁は破られてしまったのだ。
「ごめんなさい。僕の力じゃこれが精一杯」
パリンは謝りながら第二の壁を張り巡らせる。
「気にするな。時間かせぎさせてもらってるよ。できることをやってくれ」
励ますアルフォード。さすがリーダーだ。しかしこんなときに大根役者は要らぬことを言う。
「なんだ?君は攻撃魔法を使えないのか」
上から目線のケントの言動にアルフォードとマリスは明らかな嫌悪の顔をする。仲間をディスられたのだからそりゃ当然の反応よ。
ケントは剣を一振りして鹿を駆除していくが余計に鹿を怒らせてしまい鹿の群れはケントを囲ってしまった。鹿の変容に依頼主は怯えて隠れている。だが私たちはそんなわけにいかない。
凶暴な野生動物なら1頭でも十分人を傷つけるだろう。この鹿は人間に危害を加えるでなく木を食害していた。パリンのいう通り深山へ追い立てた方が良かったのかもしれない。サラマンドラを使えばそれができるのだ。だが英雄気どりの大根役者は鹿を怒らせてしまった。
見る見るうちに鹿の群れは私達をも取り囲んでしまう。
「えええっ!ちょっとそこの大根役者、なんとかしなさいよ。チートの魔剣を持っているんでしょ」
これから起きることに恐怖しかない私。ああ、なんとなくわかった。この男はパーティーで討伐をするにあたって独り舞台を演じようとしてパーティーに危機をもたらすようだ。なぜ追放でなく修業なのかと彼のリーダーさんの判断に苦しむわ。
アルフォードとマリスは剣を構えて攻撃に備えている。パリンはというと体が震えている。自分ができる精一杯の魔法使いの仕事をしなければならないことの震えだろう。ケントは数が増えたことに驚いたようだが緊張感のない顔つきだ。チート武器を持っている余裕か?
こんなとき私は無力だ。
「ほほう。数で勝負か」
無双気分のケントは再び歯をきらりんとさせて鹿の群れにつっこんでいく。
もう救いようのない男だ。ケントと言いながら剣に使われている人間といったところだ。つまり単なるアホだ。
「うりゃあああ!」
ケントの威勢のいい声と鹿の咆哮が山々に響き渡る。だが、アホより鹿の方が賢かった。何も考えずに突っ込んでいったケントを鹿の群れが次々に蹴り飛ばし、最後の1頭はケントを大きく蹴り上げた。
ぐうっ!
ケントの体がたたきつけられる。もう、しばらくいい子でねんねしてなさいよ。
「行け、サラマンドラ」
パリンが命じるとサラマンドラが飛び立ち、火焔を噴きだして鹿の群れを威嚇した。害獣と言えどやはり火は苦手らしい。その間にパリンは魔法でけもの道をつくりあげていく。けもの道というのは人が通るために整備をしていない、動物の通り道だ。動物がきまったルートを通ることでけもの道が生まれる。
ケーン!
サラマンドラが声高く鳴き、鹿をけもの道へと追い立てていく。そしてアルフォードとマリスもそれに続いた。
「どこへ……?」
彼らの姿が小さくなっていく。でもどこへ誘導しているのだろう。
「あの方向に崖があります。その下は沢なんです」
身を潜めていた依頼主がようやく物陰から出てきた。安心したのだろう。ケントはと言えば目の前でまだ気を失っている。ふふっ……いいわよ、まだ朝は来ないから。
しばらくすると鹿の群れとアルフォードたちが向かった方向からけものの叫び声が聞こえ、山々にこだましていった。その声に鳥たちが一斉に飛び立ち、あたりが騒々しくなる。
「やったようだね……」
依頼主はほっとして座り込んだ。極度の緊張がとけたのだろう。それは私も同じことだ。
私たちの目の前にサラマンドラの姿が姿を見せる。そしてその後にアルフォードとマリス、パリンが続く。
「鹿の群れは崖から次々に落ちていったよ」
アルフォードの言葉に依頼主は安堵をしてその場で報酬を払ってくれた。長年育てた木を食害され、収入を絶たれるわけだから依頼主にとってこれは身を切る思いなのだろう。アルフォードは約束の報酬から一部を依頼主へ返した。
「うちのアホが闇雲に突っ込まなければもう少し安全に早く駆除できたかもしれない。せめてもの迷惑料だよ」
その言葉の真意を受取った依頼主は涙ぐんでいた。
「食害された木を使って宿屋の修復や増築に使いましょう。どうですか」
パリンがそう提案する。食害された木は売り物にならないが使えないわけじゃない。パリン、大人だねえ。
そんなこんなで取引が行われ、食害された木は後日訳アリとして木材業者へ売られた後、宿屋の修復に使ったり建築材料として使ったりすることとなった。依頼主の喜びようは表せないほどだ。
「ううう……。いたたた……」
痛みでケントの目が覚めたらしい。まあ、あれだけ鹿に蹴られていたからね。痛いだろう。
「パ、パリン。お願いだ……回復魔法を頼む」
ケントは魔剣を杖にして立つとパリンに頼み込んだ。この男、体力だけはあるのか、骨折もなしに打ち身だけで済んでいる。うわーっ!食えないんですけど。
「すみません、まだ回復魔法を覚えていません……」
申し訳なさそうにパリンが答える。この答えもパリンにとって精一杯なのだ。
「何だって?君は攻撃魔法どころか回復魔法もできないのか?何の役に立っているんだ?」
ケントはまた上から目線でものを言う。全く救いようのない男だ。しばき倒そうかと私は前へ進みかけたが、私よりも早かったのはアルフォードだ。
ぐわっ!
我慢ならなかったアルフォードが思いっ切りケントを殴り飛ばした。何と頼もしいわね。
「お前はしばらく黙ってろ!」
不意を突かれて殴られたケントが再び倒れ込む。アルフォード、今日のあんたは輝いているわよ。
そうは言っても彼を連れて帰らねばならない。引きずって帰るかと冗談交じりに言っていたが、パリンがサラマンドラを大きくして私たちを里まで降ろすことにしてくれた。サラマンドラはまだ成長過程の為、パリンが拡大魔法で大きくしている。いつだかの包丁拡大魔法だ。
宿屋へ戻ると留守番をしていたケントの取り巻きたちであるリンリンとランランが大騒ぎをし、率先してケントの手当てをしてくれた。また、別のパーティーの魔法使いに頼んでヒールをかけてもらうこともできた。うん、ケントのお守りはやはり君たちだ。
でもここでケントにちゃんと言っておかねば示しがつかない。
「討伐や駆除は独り舞台じゃないのよ。なに格好つけて突っ込んでいくのよ……。この世界の鹿は奈良公園の鹿と違うのよ。何も考えずに突っ込んで結果的に鹿に変容をさせてしまったじゃないの。おまけにパリンを馬鹿にして。パリンがいなかったら駆除は成功しなかったのに……」
その後もいろいろケントに言ったがもう自分が何を言ったか覚えていない。
「そこなんです。ケントのリーダーであるナギサは、ケントが単独プレーをして周りのメンバーを危機に陥れるたび困惑し、とうとう条件付き追放という手段をとらざるを得ませんでした。修業を命じたのはそれが理由なんです」
彼女たちの話では、ケントはやたらと単独プレーをやりたがり、リーダーを困らせていたという。もちろん後始末もリーダーだった。
「リーダーさん、よく我慢されましたね。やはりケントの実力を見て我慢し続けたのかしらね」
そうなのだ。私だってケントの独り舞台で辟易したのだから、リーダーさんは心病んでしまったのでないかとも思うのだ。でもリンリンとランランの答えは違っていた。
「実は……ケントとリーダーのナギサは恋仲なんです。というか、そのパーティーは転生者ばかりでそれぞれチート武器や能力を持っています。いずれは魔王に挑むのでないかともいわれています。恋仲ゆえにナギサは見捨てることができないままケントの後始末をしていたわけですが、ケントにまつわるクレームも数知れずでかばいきれなかったと言った方がいいかもしれません」
なるほど……これだけのことをやらかすのだから、相当クレーム処理に追われていたのだろう。やれやれ……先が思いやられるわ。
私はアルフォードとケント対応について検討をした。そしてそれが決まるとこう言いつけた。
「懲りてないようだからこっちから対策をさせてもらうぜ。ケント、あんたは魔剣を使わず、俺たちと同じ普通の武器で戦うんだ。魔剣をもつと自分が最強になったように思うかもしれないが、それは自分の実力じゃない。やるなら実力を示せ。いいな?」
アルフォードの言葉にケントは呆然としていた。自分の力を否定された様なものだからだ。
独り舞台の大根役者は一から出直しだ。この大根役者をまともな冒険者としてナギサというリーダーに返すのが私たちの務めだ。
宿屋パーティー、なめんなよ。
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