10ごめんなさいと言える?
仕事をしているとミスしても自分の間違いを認めず人のせいにしたり無視したりする人に辟易しますね。どういう育ちをしたのか、頑として誤らない方々。きっと育ちが良かったんでしょうね。
成長の第一歩は自分の見つめなおし。指摘を受けたりミスしたりしたらそれを認めなければ先へ進めません。
先日の宿屋パーティーによるゴブリン討伐で相当数のゴブリンたちを一掃したおかげで、しばらく森の往来は特に支障なく平和そのものだった。町を行き来する商人たちは護衛の冒険者を雇っているが、今のところ彼らの出番はないようである。ただ安心できないのは、あのゴブリンたちは時間がたつとまた現れるということだ。今までアルフォードとマリスが数匹単位のゴブリンを相手にして倒してきたが、その後何度もゴブリンは出没し、倒されていて次のゴブリンが現れるという事態に正直疲弊していた。終わりのないゴブリン退治と先日の異変でさらに不安要素が増す。
ゴブリンの繁殖力の問題か生命力の問題かはわからない。また、弱小モンスターはゴブリンだけでなく他にもいる。あの何だっけ……形がなくてぷにょぷにょしているやつとか豚さんに似た人型のものとかね。ともあれ何か森で起きているということは確実なようだ。
そんな思いをしながら客迎えの準備をする。パリンは昼にサラマンドラを放って自由に飛ばしてやった後は、また魔法を独学している。上級魔法学校への進学を勧めたが、まだサラマンドラのことで頭がいっぱいのようだ。もしかしたら進学して上級魔法を覚えて回復や蘇生をすることになったときのトラウマを恐れているのかもしれない。彼は昔所属していたパーティーのメンバーを回復・蘇生できなかった。困窮した生活を支えるため上級魔法学校を卒業したとウソを言って討伐に加わっていたが、上級魔法を使えなかったことでバレてしまい結果的にメンバーを失っている。もし上級魔法学校へ進学してもそんな過去が彼を苦しめるのではないかと危惧している。
これは結構、根が深い問題だ。だからしばらく進学の言葉を言わないことにしている。まあね、上級魔法学校が逃げるわけじゃないから、時が来るのを待つという感じだ。パリンが魔法を独学しているのはやはり上級魔法学校を意識しているからに他ならない。
パリンの保護者としてなんとか力になってやりたい。元居た世界じゃ息子のことに一生懸命だったけど、この世界ではパリンを息子のように思っているもの。それは私の勝手な思い込みだけどね。
弱小モンスターたちの間に何か起きているとアルフォードとマリスはギルドで皆に知らしめた。しかしそこにいた冒険者たちや知らせを聞いた人々の反応は予想外だった。アルフォードたちが弱小モンスター専門で討伐をしていたことを知っており、モンスターに異変が起きているのでなくて彼らが弱いだけだといって信用しないのである。
そうだな……人は弱者の意見を聞くよりも上に立つ権力者や強者の意見を正しいと思ってしまうのだ。おかげさまでアルフォードたちは嘘つきにされてしまった。このことに私は激高し、ギルドへ怒鳴り込もうとしたがパリンの引き留めにあって思いとどまった。
「信じる信じないはギルドの人たち次第です。別に共に討伐をするわけじゃないからほっときましょう。僕たちは誰も受けない弱小モンスター専門としてこのままでいたらいいんです」
信じる信じないは○○次第……なんか似たようなことを言うタレントがいたなあ。それはさておき、パリンの発言に成長を感じた私は気持ちを静めて宿屋業務に戻った。嘘つき呼ばわりされたふたりも相当悔しかったに違いない。だから私たちは結果を積み上げていくだけだ。
本日の予約客はとてもうるさいというか賑やかなパーティーだ。なんでも指定討伐対象のモンスターを討伐し、報奨金がたんまり入ったらしいのである。
(まあ、それはおめでとう。良かったわねー)
嫌味と妬みが入ってしまうおばさんは正直じゃないなあ。素直に喜べたらいいけど私はそこまでできた人間じゃない。
賞金のかかったモンスターを討伐したこのパーティーに続いて、ぞろぞろとお連れ様が一緒に食堂へ入る。夜ともなれば居酒屋みたいに宿泊客以外も利用するとあって本当に賑やかい。3密(密閉・密集・密接)回避はどうした?コロナが5類になっても感染対策は必要だぞ。いや、この世界じゃ関係ないか。
お連れ様の狙いは「たかり」である。おごってもらうためだ。たかりは嫌いだけど、今日は儲けさせてもらうわよ。気にしなーい。
酒や料理の注文が相次ぎ、厨房の忙しさは半端じゃない。亡くなったタロウはどうやって乗り切ったんだろうね、ほんと。今の私たちにはサラマンドラという強力な助っ人がいる。パリンの指示で火を操り、料理の火加減もみてくれる。いやあ、マジに助かるわ。
肉料理は特に喜ばれる。揚げ物焼き物煮物……何でもござれ。肉体労働の彼らは肉を欲しているのだ。サラマンドラの良き火加減により焼かれた肉料理は香ばしさがあり、それでいて柔らかい。
このまま美味しくおとなしく食べて飲んで終わってくれ。
だが、私のそんな願いもむなしく問題が起きてしまった。
「俺たちの手にかかればどんなモンスターも相手じゃねえよ。なのにここの宿屋パーティーは自分たちが弱いのをモンスターが強くなったって言い訳しているんだぜ。そんな弱いパーティーならやめてしまえ。そもそも宿屋が討伐何ておかしいと思わねえか。それからな、宿屋パーティーの魔法使いはあの魔王軍に挑んだクオーレのパーティーにいたんだぞ。俺の大事な友人のクオーレは討伐で傷ついて死んでしまった。そこにいる魔法使いが回復・蘇生できなかったから死んでしまった。そんな魔法使いを迎えている時点で宿屋パーティーなんて終わってるさ」
酒の勢いもあってかその男は大声でまくしたてる。シーンとする食堂内。厨房にもこの声が聞こえ、パリンが固まっているのが見えた。
なんてことを言うのだ!パリンをいじめる奴は許さない。
バチーン!
気が付くと私は男の顔を平手打ちしていた。もう我慢ならなかった。じっと男の顔をにらみつけ、言葉の代わりにこぶしを握り締める。この状況にその場の人々はアルフォード含めて言葉を失い、視線を私に向けている。
「落ち付け、サユリ。弱小モンスターばかり相手にしていた俺たちだから、その男が悪く言うのも仕方がないんだ。森で何が起きているか知っているのは俺達だけ、信じてもらえないのを承知の上でギルドへ報告したんだ」
アルフォードは再び男へ向かおうとしている私を制止する。
「手を放してよアルフォード……いくら客だといっても言っていいこと悪いことがあるわよ……」
私の目から涙がぼろぼろ零れ落ちる。
「パリンがどれだけ苦しんでいるか知らないくせに……。そもそもほんとにクオーレという男が強いなら死ぬなんてこともなかったんじゃないの……回復・蘇生者がいるから死んでも大丈夫だなんて考えで討伐に挑んでいるの?」
涙でまともに相手を見ることができない。
そんな私の手を誰かがぎゅっと握りしめる。温かい、温かい手だ。
「もういいんです、僕の為にサユリがそこまで熱くなるなんて……それだけで僕は救われます」
パリンだ。私の手を握っていたのはパリンだった。パリンは泣き顔の私へ少し笑みを見せると、そのまま男の前へ進み出て深く頭を下げる。
「僕は学歴を偽ってクオーレのパーティーへ加わりました。そのため知識や経験不足であり、結果としてクオーレを死なせてしまいました……。あなたの大切な友人であるクオーレを僕のせいで死なせてしまったこと、本当にごめんなさい……」
頭を下げたまま小刻みに体を震えさせているパリン。泣いているのだ。
クオーレとパリンのことを知る人は知っているが知らない人は知らない。そのままそっとしてやってほしかったのにこの男は掘り返してきた。確かに友人の死を納得していないのだからこの男の言動も頷ける。理解しなけれなならないのは私も同じことだ。
「あなたの気持ちを理解すべきだったのに、感情任せで暴力をふるってしまいました。私もごめんなさい……」
パリンの横で私も深く、深く頭を下げる。こんな深い謝罪、人生でそうあるものじゃないのだ。一番つらいのにパリンが先になって謝罪しているのをみて自然を私も謝罪をしていた。それが大人である行動だ。
そのまましばらく時間が経過する。周りの人々もこの男の反応を見ているようだ。
「俺こそ、言い過ぎた……。いい大人がすまないことをした。クオーレのことを後悔しているなら、今度こそ上級魔法を覚えて立派な魔法使いとなれ。そうでもしないとお前も苦しいだけだろう?」
男は私とパリンの肩を叩く。なんとまあ、彼も大人だ。ちゃんと酔いもコントロールしている。
パリンは言葉が出ないようでただ頷くだけである。きっといろんな気持ちが交錯しているだろう。
「さあ、みんな、飲みなおそうぜ。ここのグラマーなサユリがゆさゆさとおっぱいぶらぶらさせて酒を運んでくるからな!」
男の声に歓声が響きわたると、たちまち注文が殺到する。
「はあ?どさくさに紛れてセクハラ言うんじゃないわよ!」
一瞬カチンときたが、文句を言う暇があったら酒や料理を作り運ばねばならなかった。あのセクハラ言葉に対する抗議はあとでゆっくりやるつもりだ。今はパリンのことが優先だから。かわいい息子パリンだもの。
酒の飲みなおしが行われると、改めて男がアルフォードのところへやってきた。ギルドに報告したことの詳細を聞いて自分たちで確かめたいというのだ。
「自己紹介したほうが良かったな。俺の名前はシーマ。ここにいる仲間たちと各地のダンジョン制覇や討伐をやっている賞金稼ぎだ。お前たちの報告が本当かウソかを腕慣らしがてら森へ行って確認してみる。もちろん、お前たちも一緒だ。報告がどのように実証されるか自分たちの目でみてくれ」
へえ……こんな風に言われたら誘いを受けるしかないよね。アルフォードも同じ思いらしく笑みを見せ、シーマと手を組み合わせた。
「いいわよ。もし報告が虚偽だとされたら私は逆立ちして客を迎えるわよ」
私がそれを言っただけで周りの客たちも騒ぎ出す。おいおい、報告は真実だから逆立ちは無いってことよ。何か勘違いしている?でも一応逆立ちの練習をしておこう。
シーマのパーティーには攻撃・回復魔法を使うことのできるシルビアという女性の魔法使いがいた。緋色の服を着ておなじみの黒い三角帽子をかぶっている見た目勝気な感じのする顔つきだ。攻撃魔法も操るぐらいだから顔でも勝負というところか。おっと……人のことを言えたもんじゃないわ。このシルビア、なんとまあ酒をよく飲むのだ。まるで蟒蛇……いや、これでは『ちくわの酒盛り』状態だ。昔所属していた作画同人グループ同人誌の中にそのタイトルのイラストがあったのを今で覚えている。ちくわがいくら酒を飲んでも穴が開いているので上から下へ酒が流れ落ち、いつまでたっても酔えない、というネタイラストである。これ考えた人はすごく天才だと思ったほどで、その後もその例えを好んで使っている。
酒の強いシルビアは私が失ったメリハリのある体つきをしており、ときどき私の方をみてニヤッとしてきた。明らかに小太りの私を馬鹿にしている。いやあ、マジでウザイ女なんですけど!同性を敵に回すと怖いわよ。
「はーい!ご注文の酒お持ちしましたー。アルコール度数、2桁につき一気飲みはおやめくださいまっせ~」
見た目はともかく、私は大人だ。そんな時でも商売、商売。精一杯の嫌がらせで強いカクテルを提供する。ロシアからの異世界転生者がもたらしたと思われるウォッカがこの世界にもあり、私が若いころに流行った飲み物の再現が可能だった。
シルビアに提供した酒はレディーキラーともいわれる昭和のカクテル『スクリュードライバー』だ。このカクテルはウォッカをベースに柑橘のジュースが使われている。1980年代はいろんな香りのフレーバーを加えたフィズが酒場にあり、色も鮮やかであることからビールや酒よりもおしゃれさを求める若者に人気だった。そのひとつがスクリュードライバーだ。もちろん、私は飲んだこともあるからその強さは知っている。私のお勧めはバイオレットフィズ。飲みすぎ注意だけどね。
なかには女性を酔わせてあとは……なんて悪いことを考える男もいたから強い酒は気を付けなければいけないよ。
予想通り、シルビアは柑橘の甘さと香りに騙されてなんと5杯もおかわりをした。それでもまだ平気な顔をしている。ええええっつ?5杯も飲めばビール10本飲んだと同じアルコール量だよ。さすが魔法使い、アルコール度数に魔法かけたのかい?
「アハハ……。何なの、いつからみんな天を泳いでいるの……。わが名は……シルビ……」
そう、高らかに笑うとそのまま倒れ込んでしまった。うん、そうこなくちゃ。魔法使いだって酔うときは酔うからね。下手に強がって我慢しなくてよし。
そのまま寝入ってしまったシルビアを何人かで部屋へ運び込み、ベッドへ寝かせた。シーマはその体に妖艶さを感じて口笛を吹いたが私はそれを制止する。
「ここで理性を捨てたら私はあんたをもう一度ひっぱたくからね!」
そうだ、男はみな野獣なのだ。そういう内容の歌がピンクレディーという2人組の歌手の歌にあった。思えばピンクレディーの曲に合わせてよく踊ったものだ。
明日はシーマたちのパーティーが森へ行き、弱小モンスターに起きている異変の真偽を確かめる。そして私たち宿屋パーティーも同行する。
シルビアの魔法はパリンの刺激にもなるだろう。いつまでもトラウマに引きずられてはいけない。私のパリンへの思いはそれだ。
ごめんなさいを言ったことでお互いの信頼関係が生まれた気もする。やはりごめんなさいは大切なのだ。
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