1話 脱獄
とある死刑囚が脱獄するお話。
コツ、コツ、コツ。コンクリートの床に革靴が擦れる音が響く。壁も床も全てコンクリートで覆われたこの場所は、決して清潔とは言えないし、天井辺りに水の通る水道管のようなものから、一定のリズムでピチャ、ピチャと水が漏れる音が聞こえる。
ここは最寄りの街から馬車で半日もかかる、街外れの監獄である。しかもただの監獄ではなく、異能力を扱うことの出来る『星』と呼ばれる者たちが投獄される場所なのだ。
ほとんどが先天性の能力で、生まれつき魔法を扱う者を『星』と呼ばれ、はるか昔は絶大な権力と地位を占めていた。一部の地方では神の子として崇められていたことまであるそうだが、現在は犯罪に手を染めるケースが後を断たないので、多くの国が役人などに取り立てるため、育成施設を設けほとんどの『星』は現在そこに所属している。
両側の牢屋からは布の擦れる音やいびきなどが聞こえる。看守は、とある牢の前にそっとしゃがむと、低く「おい。」と囁いた。その中でモゾモゾと掛け布団から這い出た男に、看守は牢屋の鍵を開け出て来させると、その男に手錠を掛けて来た道を帰った。
「....え、釈放っすか。」
「まあ、そんな所だ。条件付きだがな。」
少し日焼けた肌に肩までつきそうなボサボサな茶髪。その隙間から覗く赤紫色の瞳は澱んでいて生気が無い。その目から逃れるように前を向いた看守は、心の中でこんな頼まれごと、上司からでも断ればよかった、と悔いた。裏門の手前に位置する看守の詰所に入り、ドアを閉める。
「あそこの扉は洗面所だ。お前はこのタオルで体を拭いてこの服に着替えろ。」
罪人は言われた通り洗面所で顔を洗い、濡らしたタオルで身体を拭っていると、薄く開けといた扉の奥から声が聞こえた。
「あの、先輩。本当にアイツを出していいんですか?死刑と決まっているのに、こんな事して怒られません?」
「上も了承済みだ。俺たちがすることはあの死刑囚をとある組織に受け渡すだけだ。」
「その組織って言うのも、名前すら分からないじゃないですか。怪しいですよ!」
後輩の声が大きくなったところで着替えを終え扉を開けると、後輩はチラリとこちらを見、姿勢を正すと三人で部屋を出た。裏門に着くと、門の前には灰色の車が一台駐車されていて、その前に初老の男が立っている。
「こんばんは、イルナ殿。すみませんなあ、こんな事を頼んでしまって。ですが助かりました。」
「いえ、こちらも恩を返しただけです。それでは、どうぞ。」
グイッと肩を押され、男の方に一歩踏み出した。イルナと呼ばれたあの先輩が、礼をして自分の両手首に掛かっている手錠を外すと、後輩を連れて踵を返した。解放された手首をさすりながら改めて初老の男を見る。
垂れ目で優しそうな、平均的な老人。だが死刑が確定している罪人をこっそりと連れ出そうとしているこの状況で微笑んでいる姿は、どこか歪に思えた。
「さあ、さあ。お乗りなされ。隣町のハルダンまで貴方をお連れしましょう。」
初めまして、縞島と申します。
初投稿でまだまだ未熟者ですが、頑張ります。よろしくお願いします!