さてはお前、詩人だな?
街中、陽気な午後。ユイはマッチングアプリで知り合った男と並んで歩いていた。
歳は同じくらい。見た目はまあ悪くはない。だが重きを置くのは性格と資産。ユイは結婚を前提に付き合うかどうかを今日のデートで見極めるつもりだった。
開始からここまでは特に問題なし。多少、心に引っ掛かりはあるが、それが何なのかユイ自身も言語化できずにいた。ゆえに、大したことではないだろう。そう思っていた。
「――かない?」
「え、あの、今なんて? ごめんなさい。ちょっとボッーとしてて……」
「ん、この辺りに僕の家があるから、ちょっと寄って行かないかい?」
いきなり家に……と、ユイは思ったが、数年前に大型ショッピングモールが建つなど開発が進んでいる駅近くのこの辺りの土地の価格は高い。これまでの会話で賃借ではないことは確定。それも伸び伸びとできるという口ぶりからして一軒家。
もしかしたら古い家かもしれないが前述の通り、土地自体はかなり高額だろう。売れば、どこだろうとマンションを買えるのでは。
そもそも、サイトのプロフィールによると彼の貯金は二千万円以上。ゆえに生活の心配もなし。
と、そう考えたユイは目を強くつぶり、自制する。
お金ばかりのことを考えては駄目。あたしの現状……。嫌な人がいる職場。給料もそんなに貰っていない。だから確かにお金は大事。でも、結局は愛でしょう?
「ハートだよね」
「そう、ハート……え? ああ、ごめんなさい、あたし、またお話を聞き逃して……」
「……心臓はね、ハートなんだ。ハート、愛、恋。ほら、恋ってドキドキするよね? だから心臓が動いているのってつまり恋をしているからなんだ。
生まれたばかりの時はお母さんに恋。やがて、クラスメイトとか他の女の子に。そして……今、僕は君に恋している」
「ああ、あーっと、あはは。お上手ですね! あ! そういえば今日、なんか会話の中にそういうの多いですよね? マサミチさんて、しじ――」
「詩人だな、にいちゃん」
「え、え、あの、あなた、誰ですか? あ、お知り合い……?」
「俺と戦ろうか」
「は?」
「……ふっーやれやれ、春の陽気にあてられた新芽さんかな? 摘むのは心が痛いよ」
「へっ、言うじゃねーか。俺は、よその町じゃ四天王をやってたんだぜ」
「してん、は? あの」
「へぇ……それはとんだハッピープレゼントだぁ。じゃあ、ルールはどうしようか」
「そうだな、そこのねーちゃんをキュンキュンさせたほうが勝ちとしようか」
「きゅんきゅ……」
「最高だね。虹の麓のお宝探しというわけか」
「は?」
「そういうこった」
「どういうこと? いや、え、嘘、始まろうというの? いや、なにが!?」
「じゃあ、僕からいかせてもらおうか。三、二、一、いくよ。
『片思いって素敵だね。怖くて涙が出ちゃう。だからキラキラと輝いているんだ。君という太陽に照らされてね』」
「……は?」
「くっくっく、やはり俺の目に狂いはなかったようだ。にーちゃん、アンタ……つええな」
「だから何が!?」
「君のも見せてくれよ。ワクワクするねぇ。蕾が開く瞬間。どんな色の花を咲かせてくれるのか」
「いや、蕾の色から大体わかるでしょ」
「いくぜぇ……『コンペイトウって星みたい。いろいろな味。いろいろな色。甘くっておいしくって、あ! これって恋みたい。夜空の星には届かないけど、この星なら君にあげられる。受け取って、僕のマザームーン』」
「おえっ、いやなんで二人とも似た感じの詩になるの……ん、詩? 詩人? え、まさかこれって、詩で戦ってるの!?」
「ふっ、やっと気づいたのかい、お寝坊さん。そう、これはポエムバトル。このストリートには詩人が集まるんだ。
だから目が合ったらこうしてキッスみたいに詩を交わし合うのさ」
「キッスって……」
「そういうわけだ。じゃあ詩闘の続きを始めようか。にいちゃん、アンタの番だぜ」
「さも当たり前のように言っているけどポエムバトル、詩闘って呼び方が統一されてないじゃない」
「地域差と個人差があるのさ。何せ、我々ポエリストは自由だからね」
「ポエリスト!? 次々新語を出さないでよ! 吐き気が止まらないわ!」
「じゃあ、行くよ。三、二、一」
「そのカウント腹立つのよ」
「『君は豪華な色鉛筆セット。僕に素敵な虹を見せてくれる。でもね、僕は一色しか君に見せられないんだ。薄いピンク色、それはね――」
「うわっ、下ネタ?」
「……『恋の色さ』詩の最中に口を挟むのはノウノウだよ。さて、次はあなたの番だよ、チャレンジャーさん」
「さあてと、じゃ、本気出すとするかな」
「ふふっ、じゃあ僕もいくよ」
「いつまでやるのこれ?」
「『幸運の女神様も本当は後ろ髪を掴まれたいんだね。え? なんでかって? だって君は素敵なポニーテールじゃないか』」
「こっち見ないで。ポニーテールじゃないからこれ。お団子とハーフアップだから」
「『綺麗な人は苦手。だってすぐに好きになってしまうから。でも可愛い君は好き。僕を好きになって欲しいと思うから』」
「……私は美人じゃないと暗に言ってない?」
「『僕は三つ葉でもない二つ葉のクローバー。でもいいんだ。ほら、君と合わされば四葉のクローバー』」
「私を二つ葉だと……?」
「『君はビー玉じゃなくてエー玉。サイダーの瓶の底にいる手の届かない存在。
カラカラと笑い、太陽の光に反射して眩しい君さ。取り出そうと、手を尽くすけどやっぱり難しいね。
割ったらいい? ダメダメ。それじゃ君が怪我をしちゃう。だから僕はそっと砂浜に刺して行くよ。ああ、眩しいね。君との夏。恋が始まる』」
「お、エー玉……いや、結局、ゴミ扱いしてんじゃない!」
「『君はアンティーク。一見じゃ価値はわからないミステリアスガール。目を細めても駄目さ。でも僕は諦めないよ。だって信じてるからね。君の価値を。そして僕の勝ちを』」
「骨董品……私を古い、と?」
「はぁ、はぁ、やるね……」
「ふぅ、ふぅ、にーちゃんもな。ますます、あんたの場所が欲しくなったぜ」
「ふー、それでどうだい? ユイさん」
「どっちの詩がキュン! したんだ? おお、そうだ。あんたの詩で勝者を発表してくれよ」
「それ、ナイスアイディア。ああ、大丈夫。詩っていうのはね。心に思ったことをただ口にすればいいんだ。恐れないで。さあ」
「……その前に一ついい? あなたの家って」
「ああ、この先さ。ま、ここと言ってもいいかもね。だって地球は大きな一つの揺り籠。みんなの家さ。
地面をさ、ほら触れてごらん。固くて寝心地悪く思うだろう? でもね、ほら。こうやって自分が柔らかくなればいいのさ」
「……貯金が二千万以上っていうのは?」
「ああそれ。大したことはないよ。僕はこの先でいつも色紙に書いた詩を売っているんだけどね。
それらを足した金額が二千万円以上というだけさ。ん? ははは、売れてはいないよ。でも、僕の資産だからね。実質お金と同じさ。まぁ、そもそも詩に値はつけられないよね。そうだから、これだって思う人がいたらタダで譲ってもいいのさ! そう、君のようなね」
「ふっ、器が大きいなぁ。こりゃ、もう勝敗見えちまったかなぁ」
「ふふっ、あなたもかなりのポエ力だったよ。そうだよね、ユイさん。ユイさん……?」
「……ヘイ、ヨー! てめえら自分に酔ったゴミクズ! その態度にアタシ凍りつく!
意味不明に慇懃無礼! 100パーセントマスタベーション!
弱者生存に異論なし! 生きる権利、みんなあり!
ただしお前ら二人は別だクソ野郎! その腐った右脳左脳耳の穴から漏らさねえように右往左往したあげく排水溝に顔突っ込んで溺死しろぉぉ!
……AもBもCも丸がねぇ。これがアタシからのアンサー。
交差点、交わることねえ、ノーマネーでフィニッシュファッキュー」
――みなさんは詩してますか?