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私はまだ生きている。

作者: ありま氷炎

「お前なんて死ねばいいんだ」


 ばんと突き飛ばされる。

 運悪く、それとも狙っていたのか、私の体は階段を転げ落ちた。

 最後の見えたのが、驚いて泣きそうな息子の顔。


 泣きたいのは私だ。


「目覚めたか!」


 野太い声が耳に飛び込んでくる。

 視界を塞ぐのは、いかつい男。


 誰?


 っていうか、ここは?

 息子に突き飛ばされて、家の階段を転げ落ちたはず。

 でも私がいるのはなんか外。

 森の中っぽい。


「急に倒れたから、おっちゃんに運んでもらったんだ」


 視界の中に男の子の顔が入る。


「良太?」


 それは良太だった。私の息子で、私を憎んでいる息子。


「良太?違うよ。俺の名前は雄大シュンダ。で、こっちがヨン


 どうみても目の前の少年は私の息子にしか見えないのだが、どうやら違うらしい、よく見れば着ている服も洋服じゃない。和服のような、でも違うような。

 そうだ。これは中国の服だ。なんかのドラマで見たことがある。


「おばさん、どうして一人で旅をしていたの?っていうか、いままで無事だったのがすごいけど。もしかしておばさん、めちゃくちゃ強いの?」


 良太ではなく、雄大シュンダは次々に質問を繰り出してくる。

 

「おばさんじゃなくて、梨花リーファって呼んでくれる?私は漢家の使用人。頼まれごとをして隣町で買い物して戻る途中」


 この体。おばさんって呼ばれるから、多分日本にいた時と同じ年齢と姿かもしれない。鏡がないからわからないけど。

 でもこの体は梨花って名前を持っている。

 小さい時からの記憶もある。

 漢家で働く使用人の両親の間に生まれたのが私。両親は事故でなくなっていて、天涯孤独。だけど、漢家で働いている仲間もいるし、寂しくない。

 っていうか、記憶がばっちりあるってことは、これは、いわゆる異世界転生ってやつかな。

 階段から落ちた私は死亡。そんで、梨花リーファとして生まれ変わった。気を失って前世、私の記憶を思い出したんだろう。

 うーん。

 異世界転生って普通、ヨーロッパ風の世界に転生して貴族の娘とかに転生するんじゃないの?

 ここは中華風の世界で、しかも私は普通の使用人。

 なんていうか、記憶なんて思い出さないほうがよかったかもしれないね。梨花リーファ

 異世界転生ものにありがちで、元の性格というか、元の人格はすっかりなくなってしまっている。なんか怖いよね。乗っ取りみたいで。とりあえず、別人だと疑われないように振る舞おう。


「ああ、漢家の使用人か。それなら一緒に行こうか。なあ。ヨンいいだろう?」

「あなたがそういうのであれば」


 ヨンと呼ばれたイカツイ男は、不服そうだけど同意する。

 よかったあ。

 梨花リーファは普通の使用人だけど、すこし変わっている。強いのだ。ものすごく。だから、女一人なのに、隣町へ買い物に行かされたりする。

 っていうか、この良太によく似た雄大シュンダはいったい誰だろう。ヨンはきっと護衛だ。何処かのぼっちゃまなのか。

 あ、思い出した。

 そういえば女しかいない漢家が養子を取ることにするって聞いたな。なんでも分家の子だとか。ああ、この子がそうか。


 私と雄大シュンダたちは日が暮れる前に到着しようと、少し早足で漢家のあるフーへ向かった。

 玄関で盛大に出迎えが待っていて、私は慌てて裏口に回る。

 雄大シュンダたちとちゃんと別れの言葉を交わす暇もなかった。

 こっちは身分制がきつい。

 私たち使用人は雇い主、家の主人たちと話すことはほとんどない。向こうから話しかけてきたら答える義務があるが、こちらから話しかけたりしない。

 あ、雄大シュンダはちょっと違ったな。

 変わっている。

 使用人の生活は忙しい。

 戻ったばかりだというのに休むもなく働かされて、深夜近く解放された。体も埃っぽいので、布で体を拭いて着替えるつもりだった。

 水をもらおうと井戸に向かうとそこには雄大シュンダヨンの姿があった。

 

「梨花。やっと会えた!なんだよ。急にいなくなって」


 ちょっと声がでかい。

 やめてほしい。


雄大シュンダ様、声を落として。梨花が困っている」

「そうか、悪かったな」


 くしゃりと雄大シュンダは笑う。

 良太とは違う。

 良太はこんな屈託なく笑わない。


 いつだろう。彼の笑顔をみなくなったのは。それすらわからない。

 気がついたら部屋に篭るようになって、何もしなくなった。

 学校の先生たちも最初に気にしていたけど、何もしない彼に匙を投げた。精神科にかかったら、優しく見守っていてくださいと言われ、言われるままにしていたら、王様のように振る舞うようになった。

 これが欲しい、あれが欲しい。 

 拒否すれば、自殺してやると仄めかされる。

 

 息子は引きこもるまで優秀な息子だった。

 勉強が趣味だと思っていた。


「何もしてもつまんない。何か楽しいことはない?」

「好きな動画をみたら?私は映画が好きだらいつも見てる。あんたは私と違って、勉強終わったら休めるだろう。私は仕事から帰ったら、家事。休む暇がない。もし、私はあんたなら、勉強終わったら、ずっと動画を見ている」


 子供は自由だ。

 勉強だけすればいい。私は違う。仕事が終わった後も家事しごとが待っている。時間がない。自分の時間が欲しい。


 毎日が忙しく、ばたばたしていた。

 そんな時、コロナの流行で、会社が倒産した。小さな旅行会社で、自転車操業だったから、余力なんてなかった。

 元々私が働かなくても家計は回っていた。

 私は自分のために働いた。自分が自由に使えるお金がほしかったから。自分の分、3万円、あとは貯金に回した。

 だから、私が仕事を失っても困ることはなかった。

 それまで仕事を理由に惣菜やカップラーメンで済ませることもあった食事。

 作らないといけない。

 プレッシャーになった。ネットで簡単な料理をぐぐって毎食作る。

 これが面倒。

 

 そんな中、息子がおかしくなっていった。

 子供は私と話をしなくなった。

 ただ、スマホにメッセージが送られてくる。


 元から会社の人としか会話したことがなかった。

 だから専業主婦になって、家にずっといる。

 息が詰まりそうだった。

 息子は部屋から出てこない。

 旦那は私の教育がなっていないと叱る。

 限界だった。

 あの日、私は息子のドアを鍵を使って開けて、怒鳴り込んだ。

 そして引き摺り出した息子に突き飛ばされて死んだ。


 ああ、自業自得だ。


 思い出した。

 全部。

 死ぬ間際だから。


 私は雄大シュンダを庇って死んだ。

 ヨンの代わりに護衛とか偉そうに街へ出た。

 そこで絡まれて、彼を庇って前にでたら、ナイフでぐさり。

 馬鹿だな。

 ああ、また私は死んだ。

 でもこの死に方は好きだ。

 息子に憎まれて死んだわけじゃない。

 雄大シュンダは泣きまくっている。

 あんたが無事でよかった。

 

 「お母さん!お母さん!」


  ぎゅっと抱きしめられた。

 

 「……良太」


  首を絞めるんじゃないかと思うくらい、抱きついてきたのは息子だった。


「そんなつもりはなかったんだ。僕はお母さんを殺すつもりじゃ」

「わかってる」 

 

 そんなの知ってる。

 

「お母さんが起きてよかった。本当に」


 良太はずっと私を抱きしめたままだ。

 部屋に引きこもるようになってから、その声すら聞いたことがなかった。

 

 何が悪かったのか。

 私はわからない。

 でもこうして、息子に抱きしめられ、その温かさを感じると生きていてよかったと思う。

 どうしていいか、わからない。

 でも諦めずに、息子と向かい合っていこう。


  


 



 


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