第八回 梧空 万鏡楼台で迷い仏典に出てくる無数の並行宇宙をしる。
初めまして!原 海象と申します。
今回は『西遊記』の外伝(SS小説?)である神魔小説『西遊補』を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は千六百年頃の明の時代に書かれたとされております。原作者は董若雨です。
本書は削除版ですので、原書が読みたい方は東洋文庫(鏡の国の孫悟空「西遊補」)をお読みください。多分絶版になっているので図書館で検索すればあるかもしれません。
<西 遊 補>
第八回 梧空 万鏡楼台で迷い仏典に出てくる無数の並行宇宙をしる。
さて。梧空はこのいわれのないそしりを受けて、更には大恥をかかされ。
重ね重ねの怒りに、すぐにもひと戦やろうとしますが、
また一方で密かにおもいますに。
「俺が来るとき、師父はちゃんと草むらに腰を下ろしていた。
どうして青々世界なんぞに行くものか。この小月王は絶対に妖怪にちがいない」
梧空は言葉を返さず前に一足飛びしました。
今道を曲がったばかりで、一つの城に正面から突き当たります。
城門の扁額に青い苔が篆書のようにおのずと文をなし、
なんと「青々世界」の四文字で、二枚の扉は半ば開いております。
梧空は大喜びし、急いで入って行きましたが、見
れば城門はぴったり沿ってさらに高い城壁がそびえ立ち、
東から西へ駆け、潜り込める穴一つありません。
梧空は笑いながら
「こんな城に人間一人もおらぬはずがあるまい。人がいなかったらならば、また何の為に城壁を作る。俺がよく調べてみるからな」
半時も調べてみましたが、実際入り口がありません。梧空はまた腹が立って来まして東・西にぶつかり、上・下にぶつかりしていますと、一個の青い石の表面が割れ、たちまち足をとられ、まばゆいばかりに光り輝く場所に転落しました。
梧空が瞳を凝らして眺めますと、実は硝子の楼閣で、上面は硝子の大きな一枚板で屋根を作り、下面は硝子の一枚板で床を張り、紫瑪瑙の寝台が一つ、緑瑪瑙の椅子が十脚、白瑪瑙の卓子が一脚、正面の青瑪瑙の窓は八枚ともすつかり閉まっており、どこから入って来たのか一向にわかりません。
梧空はいつまでも呆れて驚いていましたが、ふと頭を上げて見ますと四壁はみんなびっしり宝鏡で組み上げられ、ほぼ百万はあります。
鏡の大小さまざま。丸や四角やいろいろ。梧空は言います。
「こいつは面白い。俺様の百千万億面相を映して見えるからな」
近寄って行き、映して見ますのに、自分の姿はなく、どの鏡の中にもそれぞれ別に天地日月山林があるばかり。梧空は感嘆の声を上げ、神通力を使い一目で見尽くします。
そのとき、耳元で大声に「孫和尚、ずいぶんご無沙汰して、御変りないか」と呼ばれるのが聞こえます。
梧空は左右の鏡を見ても人一人おらず、楼上にはまた、物の怪の気配もないが、その声が聞こえるのは、またほかからではありません。思いまどっているちょうど、突然一つの獣紺の鏡の中で一人が手に叉を持ち、鏡面にぴったりくっついて立ち、またまた大声で「孫和尚驚かずとも。昔のなじみです」と呼ばれました。
梧空は鏡に近づいて行き、ちょっと見て「顔見知りらしいが、すぐに思い出せない」
その男が言います。
「私は姓が劉。名を伯欽孫和尚が封じ込められた五行山の猟師で、昔五行山の下から、孫和尚が出てくるとき、わしもひと肌脱がせてもらったが、とんとお忘れとは、人情なんてそんなもんさ」
梧空はあわててあいさつし、
「重々申し訳ない。恩人の親方。あんた今どんな仕事してるんで。なんでまた俺と同じにここにいるんだ」
「同じなんてことが言えるもんかい。おまえさんは他人の世界の中にいて、儂はおまえさんの世界の中にいる。同じじゃない」
「同じじゃないとすりゃあ、どうして顔が見える?」
「お前さんは知らないが、小月王が万鏡楼台を建て、鏡一つで世界の一つを管理し、一草一木、一動一静、たいがい鏡の中に入ってて、気の向くまま見て行くと、すべて目の前に出で来る。そこでこの楼は名づけて三千大千世界(並行宇宙)と呼ぶ」
梧空がふと思いつき、唐の天子の消息を伯欽に尋ね、新唐の真偽を見分けてやろうとしていたらちょうどそのとき、突然真っ黒の森の中から、ばあさんが一人進み出て、とんぼ返りを二・三度、劉伯欽を追い立て、もう出てきません。
梧空はすっかり気がふさぎ、あたりは早くも夜の気配になったのを見て、
「もう暗くなりかけているのに、師父を探し出せない。いっそ鏡をいくつか詳細に検討して
みて、その上でのことにしよう」