第三回 梧空 托鉢に行った先の城郭の大唐の額に驚き大いに悩む
初めまして!原 海象と申します。
今回は『西遊記』の外伝(SS小説?)である神魔小説『西遊補』を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は千六百年頃の明の時代に書かれたとされております。原作者は董若雨です。
本書は削除版ですので、原書が読みたい方は東洋文庫「鏡の国の孫悟空「西遊補」)をお読みください。多分絶版になっているので図書館で検索すればあるかもしれません。
<西 遊 補>
第三回 梧空 托鉢に行った先の城郭の大唐の額に驚き大いに悩む
梧空は空中に飛び上がり、あちらこちらと見渡しながら托鉢するところを探しに行きますが一刻あまり探しても一向に人家が見えません。
気はあせり、ちょうど雲を下げ。元来た道を引き返そうとしますと、十里ばかり向こうに大きな城郭があるのがふと目に入りました。
梧空はそこで急いで雲を飛ばして行き、眺めてみれば、城の上には緑色の錦の旗、金色の篆書で字が書かれ
「大唐の新天子・太宗三十八代の孫・中興皇帝(唐朝は二十代)」
梧空は突然「大唐」の二文字を見て、全身に冷や汗をかき思案します。
「俺達は西の方へ上っているのに、なぜ東の下の方へ下って来たのか。たしかにせよだ。このようなことをするなんて、また何て憎らしい妖怪だ」
また、ひょいと思えなおし、
「俺は周天の説、『天は丸いもの』、と聞いている。俺達は西天を行き過ぎてしまい、今度はまた東へまわって来たんじゃなかろうか。もしそうならば、何も心配はいらん。もう一度ちょいとまわったら、それで西天だ。となるとひょっとしたらこれは本物だ」
梧空は即座にひょいと思い直し。
「嘘だ!嘘だ!西天を過ぎたからには、仏様のお慈悲でなぜ俺に一声かけてくれない。
それに俺は釈迦如来様に何度か会っている、薄情不義理な仏様じゃない。やはり偽物だ」
すぐさま、また思い直し
「俺様は危うく自分の事を忘れるところだった。俺は昔花果山水簾洞で妖怪くらしをしていたところ、弟分で一人、碧衣使者という奴がいた。奴はあるとき俺に『崑崙別記』という書物を送ってくれたが、そこにはこうあった『中国なるものあり、元々は中国にあらずして、中国の名を慕い、ことさらその名を冒すなり』。ここは、たしかに名前を拝借している西方の国だ。するとこれは本物だ」
瞬時にして、梧空はまた思わず大声を出し、喚き散らします。
「これは偽ものだ! 中国かぶれだったら、ただ『中国』とだけ書くはずだ!
どうして『大唐』なんて書く必要がる。それに師父がいつも言っているとおり、大唐の皇帝はまっさらの天下人だのに、やつらはどうしてすぐそれと知って、こんなところに旗印を立て替えられる?決して本物じゃない」
梧空は半刻もためらって、全く定見がもてません。
梧空は眼をこらし、心をしずめ、下の方を眺めると、「新天子・太宗三十八代の孫・中興皇帝」の十四文字が見えます。梧空はそこで空中で喚き散らかします。
「でたらめだ!師父が大唐の国境を出て、今日まで二十年にもならない。大唐の人民のところじゃもう何百年も経ったはずがあるか。師父はまだ生身の肉体で、たとえ神仙の世界を経験し、蓬莱の天地に出入りしたとしても、常人と同じように日を過ごす。なぜこんなに大きく食い違う。絶対に偽物だ」
梧空はまたちょっと考え
「いやまだわからん。もし一月に一人の皇帝が即位・退位を繰り返せば、四年と経たぬまに三十八人すっかり入れ替わるぞ。そうなるとひょっとしたら本物では」
梧空はこのとき「疑いは未だはれず、思い悩むも空しく疲れる」という状態でした。
梧空はそこで雲の頭を下に向け、真言を唱えて土地神を呼んで消息を聴こう十遍も念じましたが土地神は全くやって来ません。
梧空は胸の中で「平生は簡単に念じると、すぐに平身低頭してやって来るのに、今日はどうしてこうなんだ? 事は急を要するし、今は土地神を責める暇もない。
まずは師父を守る当番役の守護神を呼んだら、自然に判明することだ」
梧空はまた、「当番のご連中はどこだ」と。空に向かって叫ぶこと数百回、影も形もありません。
梧空は激怒して、ただちに大いに天宮を騒がせた三面六臂に姿を変わり、如意棒をちょいと振り回すと壺の口ほどの太さになり、さらに身をおどらして空中に飛び上がり,乱舞乱跳、しかし半刻も跳ね回りますが神仙一人と出てきませんでした。