第二十回 三蔵 西方が取経がと悩んでいたはずが、いつの間にか女をつくっていた
初めまして!原 海象と申します。
今回は『西遊記』の外伝(SS小説?)である神魔小説『西遊補』を編訳したものを投稿致しました。なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は千六百年頃の明の時代に書かれたとされております。原作者は董若雨です。
本書は削除版ですので、原書が読みたい方は東洋文庫(鏡の国の孫悟空「西遊補」)をお読みください。多分絶版になっているので図書館で検索すればあるかもしれません。
<西 遊 補>
第二十回 三蔵 西方が取経がと悩んでいたはずが、いつの間にか女をつくっていた
梧空はくぼ地で口上をはっきりと聞き取り、つぶやきました。
「俺様は石の中から生まれてこの方、正真正銘、掛け値なしの独身だ。いつ連れ合いを貰った?いつ息子が五人もできた?きっと小月王がよくよく師父を気に入り、師父がおれを気に掛けるので、手元に引きとめられぬことを恐れ、俺に濡れ衣をきせようってわけで、芝居をでっちあげ、やれ高官になったの、亭主になったの、父親になったと吹聴し、師父に翻意させ、西方行きの決意を断とうという魂胆にちがいない。ひょいひょいと動かず様子をながめるときめてこもう」
不意に三蔵が言いました。
「芝居の方はもうたくさん。翠縄さまを呼んでください」
すぐに宮女がやって来て、飛雲の紋を描いた玉の急須と茶碗を1つずつ並べました。
まもなく、翠さまが到着、そのお姿は果たして千古に冠絶し、妙香千里にただよう、世の常ならぬ美人です。
梧空はくぼ地にいながら密かに思います。
「世間で器量を言えば、観音菩薩を引き合い出す。俺さまが観音菩薩にあった回数は少なくとも十度や二十度はある。これほどならば、観音さまもお弟子にならなきゃいかん。まずは師父がどのような態度をとるか見なくては」
翠さまが腰をかけたと思うと、八戒と沙悟浄がうしろにくっついてます。
三蔵怒って、「猪梧能!昨夜は六十四卦宮の一つである小畜宮でのぞきを働き、我が愛姫を驚かせたな。すでにおまえを放逐したはず、なぜまだここにいる」
「ことわざには『宵越しの怒りは持たず』とか、陳の旦那、こんどばかりはお目こぼしを」
三蔵「もし行かないなら、わたしは去り状を書いて、たたき出してやる」
沙悟浄「陳の旦那が出ていけとおっしゃるなら、わしら出て行きます。亭主が女房を追い出すのに去り状でも、師父が弟子を追い出すのに去り状は要りません」
八戒「そりゃ構わない。今じゃ師弟で夫婦っていう手合いも多いからね。でも旦那、これからわしらにどこへ行けというのですか」
三蔵「お前は高老荘の女房のところへ、沙悟浄は流沙河に行けばよい」
沙悟浄「わしは流沙河へは行かず、花果山でニセ梧空になりましょう」
三蔵「梧空は丞相になったらしいが、今どこにいる」
沙悟浄「今じゃ丞相もやめちまい、他の師父を見つけてやはり西方へ上っております」
三蔵「されならば、お前たちは二人が途中できっとあれに出くわす。極力引き止め、決して青々世界にやって来てからんだりせぬようにしてくれ」
そこで筆と硯を取り寄せ、去り状を書き始めました。
梧能はわが賊なり。賊にしてこれ留めるはかくまうなり。われ賊をかくまわざれば、賊はすまい無からん。賊われを恋せざれば、われおのずと潔い。われ賊と合して相成し、われ賊とはなれて各々の得るあらん。梧能、われは汝を愛する無し、汝速やかにされ。
八戒は号泣し、去り状を受け取ります。三蔵もう一通書きました。
離書を書く者は,小月王の愛弟陳玄奘なり。沙和尚は妖怪にして,容貌は黒く、雑念未だ断たれず。わが徒に非ざるなり。今日おいたれば黄泉にいたらぜればみえざるなり。離書の証人小月王なり。今一人は翠縄嬢なり。
沙悟浄は号泣して、去り状を受け取ると、二人一緒に高楼を降りてとうとう行ってしまいました。
三蔵は全く意に介さず、小月王に向かって笑いかけ「わたくしこれで厄介払いしました」
そして翠さまに尋ねます。「朝から何をしていた」
「気ふさいだので鳥棲曲を一首作りました」
すぐに裾をつまみ、眉を寄せて、ころがすような声で歌いました。
歌い終わると、悲しみにうちひしがれ、「旦那さま、あたしたちもう縁が切れるの」
三蔵をひしと抱いて号泣しました。三蔵はただもうびっくり、優しい言葉で慰めようとしました。翠さまは泣きながら
「まもなくお別れだのに、まだそんなことを。旦那さま,
南をご覧ください、すぐに分かってよ」と手でそちらの方向を指しました。
三蔵がそちらの方向に顔をむけると1群の軍馬が黄色の旗を押し立て、馬を飛ばしてやって来ました。三蔵は胸騒ぎがし始めます。しばらくすると楼は軍馬であふれかえります。
紫衣を着た人物が詞書を捧げ持ち、三蔵に拱手をして「小官は新唐よりつかわされた者です」
兵士に向かって「殺青大将軍に衣服を換えてさしあげよ」
急ぎ香机を置き、三蔵はきた北面してひざまづき紫衣の使者は南面して詞書を読み上げます。読み終わると紫衣の使者は五色の割符を三蔵に渡し
「将軍ぐずぐずしてはおられませんぞ。西の戎の軍勢の動きただならず、ただちに出兵していただく」
三蔵が言います、「貴様は人情というものをわきまえないのか!ちょっと身内と別れてくる間待っといてくれ」
その場を離れ翠さま会おうと奥座敷へ駆け込みました。翠さまは三蔵が将軍の出で立ちになり、今にも出発しそうなのを見ると、もろ手で三蔵に抱き着いたかと思ったら、地面に泣き伏し叫びました。
「旦那さま、どうしてあなたをいかせられますか。貴方は本来蒲柳の質、将軍になったら、朝は風吹きすさぶ山、夜は水際に寝泊まりするのが定め、その折あなたの身の回りの世話をする身内とておりません。単衣を一枚枚重ね着したり等の防寒の調整も自分で注意してせねばなりません。旦那さま、私の選別の言葉を忘れないでね。
兵士には厳しい刑罰を行ってはならないわ。仕返しがあるかも。
降伏した兵士をむやみに受け入れてはならないわ。寝返りするかも。
暗い森にむやみに入ってはなりませんし、日暮れて後、馬がいなないたら前進してはいけません。
春、水際の花を踏んづけてはなりませんし、夏、夕方の涼風を体に当ててはいけません。
気分がめいいっているときに今日の出来事を思い出して手はなりませんし、嬉しいときはあたしのことを忘れないでください。
ああ、旦那さま、どうしてあなたをいかせられますか?あなたと一緒に行ったら軍律違反になりますし、あなたを行かせてしまったら、寂しく長い夜をどう過ごすのでしょう。それならいっそあたしは霊魂と化し将軍用とばりのあるあなたのお側にいることにするわ」
三蔵と翠さまはひしと抱き合って号泣し、抱き合ったまま、細かく砕いた玉を敷き詰めた池の端まで来たかと見れば、翠さまは水中に身を投げてしまったのです。
三蔵は痛哭、「翠さま生きてくれ!」と連呼します。
と、外から紫衣の使者が馬を飛ばして駆け込み、三蔵をさらうと、
兵馬が一斉に取り囲み、とうとう西の方角へ走り去りました。




