第十一回 梧空 項羽をたぶらかした代償として、徹夜で秦楚の戦話を聞かされる
初めまして!原 海象と申します。
今回は『西遊記』の外伝(SS小説?)である神魔小説『西遊補』を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は千六百年頃の明の時代に書かれたとされております。原作者は董若雨です。
本書は削除版ですので、原書が読みたい方は東洋文庫(鏡の国の孫悟空「西遊補」)をお読みください。多分絶版になっているので図書館で検索すればあるかもしれません。
<西 遊 補>
第十一回 梧空 項羽をたぶらかした代償として、徹夜で秦楚の戦話を聞かされる
項羽はすぐに「虞美人、何事かね」と問います。
「あたしは昼間あのサルに心の臓のとまる思いをさせられましたで覇王さまどうか先に観楽の間にお入りになって。あたしはしばらく寝椅子で一休み、それからお茶でも頂いて胸の騒ぎがおさまってから床入りしますわ」
項羽はすぐに梧空を抱きしめ
「余が虞美人をほっとおいて一人寝する道理があるものか。宵の内に床入りせねば、宵の内に寝ず、一晩中床入りせねば、一晩中寝ないで我慢しよう」
そのとき項羽はまた梧空に向かって
「虞美人、余は今夜ちと余計に飲んだので、体中にうっぷんの塊ができてしまった。
一つ夜とぎに講談を語ってやろう。してまたそれでうさ晴らしだ」
梧空は愛らしくしなを作って答えます。
「ねえ覇王さま、怒っちゃいや。ゆるゆる話しちょうだい」
項羽は片手に佩刀引き寄せ、左ひざを立てて語り始めます。
「虞や、虞や、余はホントにやりきれぬ。項羽だって男一匹。年は二十歳。本も読まず、剣術もやらず、秦の始皇帝のまぬけぶりを目にし、若者八千を従え、七十二歳の范増を引き連れて、一心不乱、始皇帝の代わりになってやろうと決めた。
そのおり羽衣方士というのがおり、その男はいささか運気が読めた。
余は何度か人をやり尋ねさせたが、秦の運気はまだ終わらぬという。
虞美人、そなたはどう思う。
秦の運命は終わりなのかまた終わらぬのか。
そのあと余の威勢は猛烈で、意気は盛ん、天だって思い通りにならず、秦は滅びるべきではないのに滅び。楚は興るべきでないのに興った。
余はある日、わが軍の総大将 宋義の血まみれの首を軍門につるし、将軍どもは魂も消し飛び驚愕していた。
秦の大将章邯が挑戦し、余それを応戦した。
このおり秦軍の勢いはまだまだ盛んで、将校が一人我が馬前に飛び出した。
余はすぐに怒鳴った。「貴様何という名だ」余が怒鳴ったことによりその将校は落馬した。
もちろん余はその度胸にめんじて殺しはしなかった。
しばらくして、ひらひらする紅旗には『大秦将軍黄章』とはっきり書かれている。
秦もここまで追い詰められて今更『大』と思うと戦のさなか大爆笑してしまった。
意外や楚の将軍が余の笑い顔を見ると金色の将軍は一人、自軍と見定めた陣営に
逃げ込んでいく。
そのとき、余は秦の陣営のすぐそばで、烈火ごとく憤り、章邯を罵った。
虞美人、章邯はどうしたと思う?日が暮れたころ。章邯は一万の精兵をひきつれ、一口も開かず、一言も話さずいきなり奇襲をしてきた。
乱戦のなか、侍臣の高三楚という者がおり、ふだんから意気さかんで、こう言った。「章邯を殺してはなりません。生け捕りにする方がよろしい。我が陣中に炊事兵が足りないので。その役目を章邯にくれてやりましょう」
そのとき余は、また高三楚の進言を聞き入れ刀の切っ先で軽くひとなぎ、奴の乗る馬を切り捨て、奴を逃がしてやった」
梧空はひと息入れさせようと小さな声で、
「覇王さま、まあお茶でも召し上がって。それからゆっくりと語ってね」
項羽はやっと口を閉じます。
望楼の上でドン・ドンと太鼓が響きもう二更になりました。
「虞美人、眠たいかな?」
「胸はまだこんなにドキドキ」
「美人が眠らないのなら、余の続けて語るのをきいておれ。
次の日の朝、余が大将の寝所で寝ていると一斉に聞こえて来るのは四方から百万人
が『万歳』と叫ぶ声であった。
余はただちに起き直り、近衛の一兵士を呼んで問うた。
『きっと秦の皇帝が自ら兵を率いてやって来て、余の相手をするのだな。奴だって天子であるし、今日は新しい鎧に替えようか』
虞美人、それで軍士がどう答えたと思う。
その軍士は幔幕のところにひざまずき、口どもりながら言いおった。
『覇王さま。お間違いでございます。この時機にまだ秦の字などを口にされるとは。
八方の諸侯が軍営の門前に参上、口々に万歳と唱えております』
軍士がそういうのを聞き鎧などに手を通す等身支度をして即座に令を下した。
「天下の諸侯にみなみな軍門に入り、申し条を述べさせよ」
しかし、命令を下してから数刻たっても軍門の諸侯どもは全く姿を見せない。
いささか疑念が生じ、すぐに軍士を呼び諸侯どもにこう尋ねよと命じた。
『余に会いたいくせにして、急いで謁見せぬ。反対に余を貴様らに会いにいかせたいのか』
余の言葉がまだ終わらぬうちに、突然軍門が大きく開かれ天下の諸侯がどれもこれも身の丈半分になっている。余はびっくりして顔色が変わり『一群の英雄どもが、何故身の丈がたった半分になったか?』とひそかに思った。
よくよく眺めてみると、実は諸侯どもは両ひざを足がわりに歩いて入ってくる。
何故いつまでも入らなかったと、余が怒鳴ろうとしたとき侍臣が奏上した。
『覇王さま、階下の諸侯は覇王さまの命令を受け幔幕の前で評議致しておりました。
胸を張って軍門に下る勇気も、御前に詰めかける勇気もありません。
そして、一同が思案の結果決まったのがこの膝行法で、やっと拝謁できることに』
余はその話を聞いて少しばかり憐れでもあり、そこで天下の諸侯に頭を上げさせた。
地の底から何か音が聞こえるが、鐘の音でも太鼓の音でもなく心を落ち着かせじっと聞くと実は諸侯が頭を上げられぬままに。『万歳』を唱えていたのじゃ」
梧空はここでまたものさびしき階段に花びらのちるごとき声を出し、
「覇王さまお疲れのようね。緑豆かゆを少し召し上がって、ゆっくりされてから語ってください」
項羽はようやく口を閉じると望楼の上から太鼓の音が3回響きました。
「三更ですわ」と梧空
項羽は言います。
「虞美人は胸がまだ治まらぬ、余が続けて語るのを聞いておれ。その後劉邦がちと勝手をしおって、少しばかり腹立たしいこともあったが、奴なんかに構わず、ついに関中に入った。
見れば十里のかなたに一人の人物、天子の冠をかぶり、山や竜の紋様の御衣をまとい色鮮やかな皇帝車に乗り高官が幾千人も従い、長蛇の列を作って押すなと近づいてくる。
そいつは松並木の間からふと余を見つけた。そのとき、先頭そいつは天子の冠をとって庶民の被る麻の帽子をかぶり、御衣を脱ぎ青白い衣に着替えて、皇帝車から降り自分で両手を自分で後ろにまわした。これにならうように文武百官たちも同様にみすぼらしい服装に着替えた。
彼らがいでたちをちゃんと整えるうちに、余の愛馬 騅は飛ぶように走りアッと言うまに目の前に着いてしまった。と道端で『万歳爺、万歳爺』と呼ぶのが聞こえる。
余はチラッと見ると、そいつはまた『万歳爺々、私は秦王 子嬰万歳爺様に降伏致す者でございます』と言う。余はその時虫の居所が悪く、あっという間に手が動き一刀のもとバッサリ切り捨て、君でも臣でも大人でも子供でも数千人を切り捨てた。
そこで余は叫んだ、
『秦の始皇帝の幽魂よ、おまえさん今日あることをとうに知っていたか』」
さて梧空が一生懸命の探索は始皇帝の為、突然項羽が始皇帝の3文字を口にするのにぶつかり、わざと先をせかさず、
「覇王さまお話はやめて、あたし眠たいわ」
項羽は虞美人が眠たいと言うのを聞いて、どうして従われずおれましょう。
すぐに口を閉ざすと望楼から太鼓の音が五回聞こえます。
梧空はそこで寝台に寝ころび、項羽も横になって、同じ枕で寝ます。梧空はまた項羽に向かって「覇王さま、あたしほんとに眠れないの」
「虞美人が眠れぬとあらば余がもっと講談を語ってやろう」
「たとえ語られるにしても。今度はそんな顔のない話をしないで」
「どんなのを顔のない話というんだ?」
「他人のことを話すのを顔のある話、自分のことを話すのを顔のない話と言います。ねえ、始皇帝は今どこにいるの」
「ああ、秦の始皇帝だって男一匹、だが問題が一つ他の男は賢く奴は阿保なんだ」
「始皇帝は六つの国を併呑し、長城を築いたし、やはり知恵者ですわ」
「虞美人、人間は智愚と愚智を弁別せねばならん。
秦の始皇帝の智は愚かな智というもの。
天尊はやつがひどく間抜なのを見て
古人世界に置いとくのを許さず、すぐに間抜世界へと送り込んでしまった」
梧空は間抜世界の㈣文字を耳にしますが、何が何だか一向に分からず、あわてて
「間抜世界までどれくらいの距離があるの」と尋ねます。
「まだもう一つ未来世界が間にあるぞ」
「間抜世界は未来世界のまだもう一つ向こうなんだから、秦の始皇帝が間抜世界にいるなんて誰が分かるの?」
「美人、お前は知らないが、実は魚霧村に二枚扉の玉門があって、そこから未来世界に通ずる抜け道が一本隠されており、未来世界の中にはまた間抜世界へ通ずる抜け道が一本隠されている。
先年、名前を新在 号を新居士という人物が、大胆にもある日、玉門を押し開け。なんと間抜世界へ父親を探しに行ったが、帰って来たときは髪もひげも真っ白だった。
その新居士は一度だけにして、そもそも二度も行くべきではなかった。
ところがじっとしておれず、三年経つと、また玉門を出て、義父を探しに行こうとした。そのときは大舜玄帝がひどく腹を立てられ、その帰りを待たずに、一枚の紙で玉門関を封印さっせてしまわれた。
新居士が間抜世界から出てきて、玉門関がピッタリ閉まっているのを見ると、一日中呼び続けたが、誰一人答えず、そんな目にあった人間はいやどうにもならぬ。
嬉しいことに新居士は根性があったので、未来世界に住むこと十数年、今になってもまだ家に帰ってこない」
梧空はそこで口をはさみ
「大王様、玉門がほんとうに見ものなのか、明日ちょっと見に行きたい」
項羽は言います。
「そりゃ何でもない、ここから魚霧村まではほんのひと走りだ」
しゃべっているあいだに、鶏が三度ときを告げるのが聞こえ、緑の紗のかかった八枚の窓があおじろく変わり、次第に日が東の山に顔を出し、朝日の光がきらめき踊っています。
ほどなく侍女が扉を開けて入って来て、項羽は梧空を助け起こし一緒に寝台を離れます。
そこへ侍女が小走りで来て「王妃様、どうぞ天歌舎でお化粧直しを」と言います。




